7話「誤解にライアーは笑う」

 校門から出れば、くろり高級車が待ち構えていた。

 いやもう、どよめきざわめき、高校生たちうまが見えないバリアにはばまれているようだった。

 おれ――さいサイタはいっしゅんだけ意識が飛びかけた。目立ちたくないのに。

 

 横ではイケメン女子高生なララも遠い目している。

 人前で乗るには勇気がいる高級車。外車だということがますます注目の的だ。

 特にそういうの大好きなやつらは、けいたい電話で写真をっている。まあそれ以上に人目をきつけるのがあるけどな。

 

 中性的な美形。鏡テオ護衛七人衆(仮)なかしさんだ。

 赤茶のかみは短く、すっきりしている。ただしまえがみの片側は顔をかくすようにばしている。運転手としてどうなんだ、そのヘアスタイル。

 緑色のひとみものげに携帯電話を見つめている。細身な顔筋も相まって、男装のれいじんのようなりょくあふれていた。

 

 黒スーツだけど、スカートではなく長ズボン。オーダーメイドなのか、体のラインにぴったりしていて細身がきわっている。

 ますます性別がわからない。俺の周囲はそんなのばっかりか。

 

「お待ちしておりました。雑賀様、多々良様」

 

 顔を上げた樫さんがうやうやしくお。それだけで悲鳴のようなどよめきが広がる。

 いや、うん。俺もごこが悪い。様付けとか人生でも数回しかないと思うし。

 前髪がさらりと動いて、少し夏風にれる。目元近くの額に火傷やけどあとが残っていた。

 

くるる様からごらいされた場所へお連れします。どうぞ」

 

 そして自動で開くとびらごうな内装。ふかふかじゅうたん

 ほーら、ひそひそとうわさができあがっていく。明日には千里どころが地球の裏側までとうたつするんじゃないか。SNS拡散のおそろしさよ。

 心を無にした多々良ララがくついで入っていく。仕方なく俺も後に続く。

 

 静かに発車。遠ざかっていく群衆。

 そして俺達は二人そろって顔面を両手で隠した。

 

ずかしすぎる!!」

「……同感」

 

 俺のさけびに小声の同意。見世物小屋の展示品になった気分だ。

 もうれいぼうで快適な車内かんきょうも意味をなさない。顔は真っ赤で、あせをかきまくっている。

 

だい様とあまとり様はそれぞれようがあるようで、集まるのは難しいとお聞きしましたが」

「ヤマトはバイト。ヤクモはへんきゃくされた試験結果をじゅくで復習だとよ」

 

 どちらも生活と人生に関わるからな。いはできない。

 特にヤクモは受験生だ。夏休み前なのだから、そろそろほんごしを入れる時期だろう。

 来年はか……進路は決まっているが、成績がみょうなラインで不安しかない。

 

「では発車します」

 

 なめらかに走り出した車の中から、外の景色を見つめる。

 昼過ぎでも太陽は元気なまま。夜はまだ遠く見えるけど。どうなんだろうな。

 なーんかいやな予感がずっと胸中でわだかまって、それが時間経過と比例して肥大化してるんだよな。

 

 

 

 着いたのは昼間だとカフェテリア風のお店。

 ただ扉にはクローズドの看板がかけられており、店前をそうするダンティが一人。

 あと和服美女――なんだが、五十代半ばの老女が立ち話をしている。

 

「おや、お客さんかい?」

 

 姿勢がぴしりと伸びた姿は、銀座のママみたいなイメージだ。

 黒壇を思わせる髪に、椿つばきのような赤いくちびる。上品なかおりが夏場の湿しっよりもまさっている。

 がさも高価そうなレースではなやかだ。まさにマダムな印象。

 

「そうです。初めましてのおじょうさんもいらっしゃるようですし、あいさつをしましょう」

 

 オールバックのちゃぱつとちょびひげがよく似合うダンディは、額の汗をぬぐいながらにこやかに笑う。

 少し垂れ目なへきがんぎんぶち眼鏡。服装は白シャツにスラックスとさわやかだ。

 まあこしを手でさすっている辺り、としにはかなわないようだが。

 

ふじと申します。どうぞお見知りおきを」

「どうも。多々良ララと言います」

 

 ぺこり、とれいにお辞儀をする多々良ララ。

 こういう時はなんだか育ちの良さを感じるよな。いいと思うぞ。

 

「雑賀様は昨日ぶりですね。まあ大体の事情は電話で聞いたのですが」

 

 少しずつしゃべりにくそうにしている藤さん。まあ、わかる。

 すると老女がふところから品のいいせんを取り出し、ぱたぱたと自らの顔をあおぐ。

 

「客を店前で待たせるんじゃないよ、ぼうや」

「ああ、失礼。そうでしたね」

 

 藤さんは看板そのままに、店の扉を開けた。

 人がいない店内は不気味なほど静かで、冷房が効いていた。

 

「私も参加するよ。あの青い血からの依頼だからね」

「それってまさか……」

あくしゅな大家さんだろ?」

 

 鼻を鳴らしながらかれた言葉だが、俺は大きくうなずいた。

 あの人も手を回してやがったか。事態をややこしくしないでくれよ。

 

 招かれて入った店内は、せいそうが行き届いて清潔だった。

 来客用のソファにすわれば、藤さんが飲み物を用意しにカウンターのおくへ。

 俺と多々良ララのななめ向かいに、上品な老女が腰をかけた。

 

「私は東城カナメ。まあ客からはママって呼ばれてるよ」

「はぁ……」

 

 カナメママは煙草たばこを取り出そうとしたが、俺達をちらりと見て手を止めた。

 未成年へのはいりょらしい。俺の中では好感度が高いぞ、ママ。

 

「藤の坊やが店を出すように補助したことがあってね。それを利用されてる最中さ」

「あの大家さんとはどんな関係で?」

 

 思わず気になったことを、そのまんま口に出してしまった。

 いやだってこんな美老女と、大家さん――つながりが全くわからない。

 

「育てられた恩があるんだよ。言っとくけど、あいつはジジイだよ」

「え?」

「私より年上さね。困ったジジイさ。いつまでも若者ぶって……」

 

 小さないきをつくカナメママだが、俺の頭の中は真っ白だ。

 だって大家さん、どう見ても二十代のヤンキーにいちゃんなふんだぞ。

 やっぱり血が青い人外なのだろうか。深くついきゅうしたくないな。

 

「まあいい。私も疑問があったからね」

「どんな?」

何故なぜ、青路シュウにしつするのさ。他にも候補はいるんだろう」

 

 別に固執してるわけじゃねぇよ。

 ただ、なんだろうな。明確な理由があるわけじゃない。

 運命論なんて信じないし、ぐうぜんの一言で済ませてもいいけどよ。

 

「……友達になりたいから」

 

 それも本当に正しいかわからないけど、一番なっとくできる。

 だっていい奴だ。やさしい兄貴みたいに笑ってほしい。

 それが悲しい顔をするのは、なんか嫌だった。

 

「くっ……くくっ……あーはっはっはっは!!」

 

 なにがおかしかったのか、大笑いされてしまった。

 扇子をぴしゃりと閉じて、それでひざたたいている姿はいきだ。

 ごうかいに笑う姿は、老女の魅力を引き出していた。この人、か。

 

「いい返事だ! おい、藤の坊や。この子は信用していいよ」

「カナメさんのおすみきならば安心ですね」

「当たり前だろう。あっ魍魎どもを日々相手にしてるんだからね」

「政治界のお客さんをそう言うのはよくないと思いますよ」

 

 目の前に差し出されたのはオレンジジュース。

 きんきんに冷えた氷が、とうめいなグラスの中でかがやいている。

 

「んー。でもあまり話すことないですね」

「は?」

「だって事故の資料見たのでしょう? ぼくも深くは知らなくてね」

 

 あのねこみみろう……くわしく聞いとけって、あれはどういう意味だったんだ。

 いきなりのせつを感じさせる展開だったが、俺の横に座っていた多々良ララが口を開いた。

 

「青路さんって、家の事情とか複雑なんですか?」

 

 そうだった。せきの問題とかあったな。

 

「いや、僕は父親の方と親友だったけど、つうのご家庭ですよ」

「でも母親が……」

「うん。そこからほうかいして……今は僕が保護者代わりです」

 

 一呼吸をつくように、オレンジジュースに口をつける藤さん。

 その目はなんだか悲しそうだが、どうしようもないとあきらめているようにも思えた。

 

「シュウくんもミチルちゃんもいい子ですよ。二人に問題はないはずです」

「けれど……」

「イコマくん、心が弱かったのかも。かれは奥さんを愛してたから」

 

 そう言ってから、眼鏡を外してがしらを親指の腹でんでいる。

 どうにも聞きにくいよな。もっとわかりやすいところからたずねたいけど。

 

「青路さんの固有ほうって?」

 

 いい切りえだ、多々良ララ。

 

「知ってますが……でもシュウくんは使わないと思いますよ」

「どうして?」

「彼は自らの固有魔法をきらっていますから」

 

 ほおの赤い薔薇ばらあざは、はたでも綺麗だったが。

 

「僕でさえ一度も見たことありません」

「そんなに!? いやまあ、固有魔法も色々だけどよ……」

「確か【獣の心ビーストローズ】と言いまして、姿形が変化するそうです」

「ララと少し似てる感じかもな」

 

 多々良ララの固有魔法【灰の踊り子サンドリヨン】は、身体強化だ。

 けれどずいして服装などが変化する。その仕組みは、まあ、魔法だからな。

 俺も詳しくは知らんし、調べようとも思わない。

 

「ミチルちゃんは通常者ですね」

「へー。あ、チヅルは?」

 

 思い出して、問いかける。

 ふたきょうだいなんだから、もしかしたら片方は固有魔法所有者かもしれない。

 なにせ二人に一人は当てはまる話だからな。まあ、二人とも通常者の可能性も多大にあるが。

 

「……だれだい?」

 

 カナメママが発した言葉に、俺の方が疑問をいだきたくなった。

 そして頭をかかえた藤さんが、痛みをえるように小さくうめいている。

 

「私が調べた中に、そんな名前はなかったよ」

「はぁ!? でも戸籍にミチルはいないって……」

「ああ。あれは変だったね」

 

 多々良ララが藤さんをかいほうしようと近寄る中、カナメママは世間話のように言葉のばくだんを落とす。

 

「なにせ四人目がくうらんなんだから」

 

 戸籍ってのは短所長所はあれど、日本ではしんらいするべきものだと思っている。

 そこにこんせきがない双子。不自然な藤さんの反応。そして、俺は――。

 

 貴方あなたは誰ですか?

 

 青路ミチルの言葉を思い出す。

 でもなんで青路シュウは疑問を覚えていない様子なんだ。

 俺の不安を知らせるように、携帯電話の着信音がひびいた。

 

「こんな時に……はい、雑賀ですが」

『サイタ、探求はそこで止めて』

 

 タイミングいいな、猫耳野郎。

 むしろ悪い。こちとら疑問しかてねぇんだけど。

 しかしみょうあせったこわなのが気になる。めずらしいこともあるもんだ。

 

『テオが変だ』

 

 ……元からじゃねぇの、それ。

 個性的と言ってやった方がマイルドじゃないか。

 

『ありえない高速移動してる』

「なにが?」

『テオの発信機が』

 

 そういえば迷子防止だかで着けられてるんだったか。

 まあ本人同意なので、あまりかんしてなかったから忘れてたけど。

 

「つまり?」

 

 めんどうになった俺が結論を求めれば、

 

ゆうかいされたっぽい』

 

 とんでもない答えが返ってきやがった。

 

 

 

 家に帰ればらされた室内が目に入る。

 古ぼけたアパートとはいえ、まりはしっかりしていたはずなのに。

 しかしごうとうではなさそうだった。たななどはいじられていない。

 

 部屋で暴れたような痕跡と、たたみの上にたおれている弟――チヅルがいた。

 

「チヅル!?」

 

 気絶していたらしく、うっすらとまぶたを上げた。

 れた感じは外傷はなさそうだが、頭を打ち付けていたら一大事だ。

 俺は警察と救急車を呼ぼうと思い、携帯電話に手を伸ばした。

 

「なぁ……ミチルは?」

 

 チヅルの問いに、俺の背筋がこおりついた。

 定期テストが返ってくる夏休み前。中学生は昼に帰宅予定。

 テオがいつまでも帰ってこないから、昼過ぎに諦めたのはおくに新しい。

 

「変な男達が入ってきて……うっ!」

「チヅル!」

たのむ……ミチルを」

 

 そう言ってチヅルはまたもや気を失ってしまった。

 俺は急いでとんき、その上に弟を横たわらせる。

 

「藤さん、すいません……」

『どうしたのかな?』

「ちょっと家にどろぼうが入って……弟と妹ががいって」

 

 事情を軽く話し、警察の手配や弟の看病をお願いする。

 なんだか妙にまどっている藤さんの背後で、聞き覚えのある声が。

 

「それでは!」

『あ、シュウくん……』

 

 電話を切り、俺は弟の顔をのぞむ。

 顔色は今のところ変化はない。きっと受けたショックが大きかったのだろう。

 俺は書き置きをちゃぶ台に残し、かぎをかけて外へ出る。

 

 もう夕暮れが街をおおい始めていた。

 真っ赤に染まったこうきょうながめ、一回だけ深呼吸を行う。

 

「ミチル、待っていろよ」

 

 兄として、お前を救うためならば。

 どんなみにくけものにもなってやるし、殺人だっていとわない。

 

 全身にしゅうあくな毛が生えて、人間としての姿を隠していく。

 歯がとがり、つめが伸びていく気持ち悪さを堪える。これくらい、まんだ。

 肥大化する足と手を見つめ、アパートのさくに乗りかかる。

 

 それを足場に都会の空へとおどる。

 人間ではありえないきゃくりょくちょうやくし、ビルの屋上をけた。

 目指すはにおい。部屋に残った知らないのこたよりに。

 

 醜い獣がせまる夜に向かってえる。

 青年としての姿を捨て、青路シュウは獣へと成り果てた。

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