6話「混線フェイズにフェイクを添えて」
深夜の
遠くからサイレンの音。
ゲーム機からの
それなのに
新曲はストリートライブで
まあ便利な世の中のおかげで、音源は完成したらしい。
ギターやベースを中心に、ドラムの音が機械的に
なんで俺の部屋で作業しているのか不思議だったのだが、
「ねえ、飛び入り参加
原石探しらしいが、これで成功する確率なんて天文学レベルだ。
けれど鏡テオが指さしているのは、入賞した時の賞金の方だった。
特別賞が一番高い百万円。
けれど彼は満面の
「
もう金銭でやり取りできる段階ではないんだが。あの大家さん相手に、こんな金額で動かせる事態はないと思う。
「
本人的には気軽に言ったつもりかもしれんが、他人が聞けば重い内容だ。
月明かりがカーテンの
「いいなぁ」
その言葉がなにに対してかは、わからなかった。
けれど強欲な彼にとって、たった一つの
鼻歌が聞こえる。携帯電話の画面に
朝、快適とは形容しづらい。
だって暑い。夏
からん、と氷が動く音。本当は麦茶を入れたかったんだが、
おかげですぐにわかった。なんか真っ赤に染まっている。
手で
「……」
最初は
こういう時は油を固めて捨てる手法が一番だ。俺――
朝の五時でも、夏の太陽は元気だ。窓から差し込む陽光に目を細めながら、ぼやけた意識で朝ごはんについて考える。
「
背後にぴっとりと張りついてきた都市伝説
女子中学生が
「……あれ? 飲まなかったの?」
貴重な水分を
むにゅう、と。二つ。ゼリーと肉まんの中間みたいな。都市伝説殺人鬼の
「なにを入れた?」
「愛情とか」
殺意の
「料理の基本だよね、
「料理したことがない
一度くらい家族人数分を一日三食作ってみろ。愛情なんて、そんな
毎食バリエーションを変えて、栄養バランスも考え、いかに効率と
金を取ってもおかしくないレベルの労働だからな。飯を食わせてもらっている奴はそれくらい
「具体的に聞くぞ。追加材料はなんだ?」
「……
薬物
振り向かないように細心の注意を
手を
「これはエーテルが
「……は?」
にやりと笑う大神シャコの頭上に、
タオルが
「朝っぱらから大変っすね」
こいつまた早朝か深夜のバイトをしてきたな。条例
シャワーを浴びていたということは肉体労働系か。まあ食費を自分で
「あ、ちょうどよかった。そのまま
指だけが激しく動いており、リズムゲームをクリア中らしい。わずかに
「賢者の石ってエリクサーに
「……ゲームの話か?」
「現実だよ」
すっげぇ冷めた目で
俺だってRPGを遊ぶし、そういう単語にわくわくして調べたことはあんだよ。でもゲームごとに
「まあ俺もゲームみたいにお手軽だったら楽だったんだけど」
「それってどういう」
ぐぅううううううう、と。
でかい腹の音が
大和ヤマトが俺をじっと見ている。わかったよ。まずは朝ごはんな。
「おにぎりと
卵焼きもほしかったが、大人数だからな。登校準備もあるから
味噌を
相変わらず大神シャコが天井近くでもがいているが、そろそろ
「ヤマト、大神を解放してやれ」
「ういっす」
茨が一瞬で消え、床にびたーんと落ちる全裸
料理に集中する俺に手出しはできないと判断したらしい。固有
「ほれ、お前の分も用意してやったから」
急な来客にも対応できるようになってしまった。大神シャコの
たったそれだけのことなのに、なんだかキラキラとした
「シャコは洋食が好きだけど、先輩のおかげで和食も大好き!」
料理を作った側としては、地味に嬉しい。ただ一言多いがな。
「で、エーテルに関してなにか知ってる?」
お味噌汁を冷ましつつ、おにぎりを
竹輪とか
ニュースで今日の星座
「……六番から、
通学鞄から真っ黒なクリアファイル。クリアなのに、中身が見えない仕様とはこれいかに。
難しそうな話を朝っぱらから頭に
「……」
受け取った枢クルリがわずかに顔をしかめる。
横から
俺も怖いもの見たさで向かい側から身を乗り出し、紙面を
「
まあ紙の白い部分が二割で、八割が文字なんだもんな。クロスワードパズルじゃねぇんだから、もっとわかりやすくしようぜ。
まともに読むのも
「他にはなんか言ってなかった?」
「えっとね、確か『授業がつまらない時に作る
なんだそりゃ。あー、でもいるよな。やけに
休み時間にクラスの奴らが集まってゴールを目指すんだけど、笑えることに作った本人さえ道筋を忘れてやがるんだよ。
最初の一本道があるはずなんだけどな。あれはどうなってるんだ。
「そういえばテオの兄貴は来ないんすか?」
両手でおにぎりを掴んでいる大和ヤマトの一言で、ようやく気づいた。
確かにいつもであれば
まあ大和ヤマトに白のタンクトップと半ズボンが似合いそうな大将スタイルとか、そんなのを
「……」
おい待て。その
今日は木曜。来週の火曜日には終業式。夏休みも待っている時期だ。変な事態だけは起こさないでくれ。
「アストラル?」
赤ペンでなにかを見つけたのか、ぼそりと枢クルリが
それも
賢者の石がエリクサーに繋がってもエーテルだとして――アストラルはなんだ。
まあ俺の思考などお構いなしに、ピンポーンと来客を知らせる音。
俺が返事する間もなく、慣れたように
「サイタ、お客さんだよ」
「ん?」
大神シャコは
他に訪ねてくる奴なんていたかなと思った矢先、
イケメン女子と並んでも、やはり青路シュウは方向性の違う顔立ちだ。なんというかワイルド感がある。
「テオから妹に
今日は休日なのか、ラフな格好の青路シュウ。簡素な白シャツに黒いスラックス。それだけで様になるなんて
しかし困ったな。
「昼前には戻ってくると思うから、俺の部屋で待ってれば」
「でもお
「テオにもそう言われてる。小説とかあるし、好きに過ごしていいから」
なーんかひしひしと予感が背中を
まあ
「じゃあお言葉に
「?」
「おにぎり一つ
少し照れた様子で
多々良ララなど「いただきます」と言ってから、すぐに食べ始めたというのに。
一つどころが、三つくらい持っていけ。三角は梅、四角は鮭、俵型は青菜のおにぎりだ。
そうこうしている内に時間が
多々良ララも日直らしく、予定よりも早く駅へ。俺もそろそろ出かけないと危ないな。
「クルリ、その危険物をちゃんと処理しておけよ」
「ん」
せめて二文字で返事してくれないか。
まあ誰かが故意に使おうと思わなければ平気だろう。愛用のスポーツバックを掴み、シューズを半ば
「先輩、
「……変なことするなよ」
だからそれが変なんだって。軽く
ぴっとりと横を
「今日はね、シャコの友達を
いたのか。うん、まあ……正体とかバレるんじゃねぇぞ。他人事なのに、
駅への歩道まで辿り着いた時、綺麗な
するとこけしみたいな少女が驚いている。
「シャコのお友達、青路ミチルちゃんです! 驚いた?」
声もでねぇほどにな。というか、さっきそいつの兄貴と出会ってんだろ、人見知り都市伝説。
大神シャコが赤い花のヘアピンで
おかっぱ頭に青い鳥のヘアピンをつけている青路ミチルと並べば、仲の良さそうな
「そういえば、青路には双子の兄がいるんだっけか?」
「チヅルくんのこと?」
どうやら大神シャコは知っているらしい。
けれど青路ミチルは少しだけ不満そうな表情を隠さなかった。
「チヅルくんって欠席が多いから、シャコもあんまり会ったことないや」
「……」
「でもね、優しそうに笑うから好きだよ」
おおっと
「ちょっと不良ぽくてミステリアスなのが女の子達にウケてるんだ」
「ああ……そういう」
いきなりの客観的な意見を出されて、甘酸っぱさが苦い顔になった。
いるよな。こういう意味深な内容を言いながら、実はまったく対象として見ていない奴。
まだ会ったことがない青路チヅルに同情するぜ。けれど都市伝説な殺人鬼
「……雑賀さんは会いました?」
「青路チヅルか? 話でしか聞いてねぇけど」
すると
もしかして思春期だから、双子とはいえ兄の自由さ加減に
この年代の女の子って難しいもんな。俺の妹にも年の近い奴がいるし、ことあるごとにやかましいったら。
「あ、あの……」
口ごもりながら、勇気を
その
大神シャコに比べれば幼さが
「チヅルに会ったら、質問してください」
「なにを?」
自分で尋ねればいいのに、変なことをお願いするもんだ。
「
――は?
俺の思考は発車する電車の音で
次は三分後。東京の路線事情の
「と、とりあえずわかった。
後輩二人に背を向け、改札へと走っていく。あと少しで夏休みなのに、遅刻して
期末テストも終わり、朝練もない貴重な時期。ゆとりがあるはずなのに、なんでこんなにも
なにかに追われている気さえしてくる。その気配だけはわかるのに、確かなことは不明なままだ。
なんとか間に合った。机に顔を
いいんだよ。日本語さえ通じれば。いざという時はフィーリングだ。気持ちが伝わればどうにかなるはず。
二限目までの短い休み時間に、
「あの……これ、おじさんから渡すように
「おう。まあ受け取っておくわ」
あの
岩泉ノアに罪はないので手に取るが、中身
そんで二限の数学。テスト返却。正視したくない現実が、点数となって表れている。
教科書を読むふりして、クリアファイルに入れられた資料らしき紙を取り出す。
高級紙に記されていたのは事件の
「事故概要?」
思わず声に出たので、急いで周囲を確かめる。誰かに聞かれた様子はない。
数学の担任に気づかれないように読み進めていく。約十年以上前の
虐待疑惑があった子供の名前は青路シュウ。母親は二人目の出産を終えた直後、急激な血圧の低下で死亡していた。
母親が死んでから父親が子供へ暴行を繰り返していたらしく、近所では有名な
有能なサラリーマンが、一転して酒に
ここまでなら事故に
それが普通は防いだはずだ。つまり被害者が落ちるには、意図的に身を乗り出すか――背後から背中を
遺体
しかも救急車が被害者を
部屋には情事の
「ぅおぇっ」
思わぬ吐き気。相当顔に出たのか、隣の席に
「センセー。雑賀くんの顔が変です」
「そこは顔色にしてくれないかっ!?」
思わずツッコミを入れるが、相手は心配そうにこちらを見ている。
そんな表情をされたら、これ以上は強く言えない。こっそりと資料は隠しておく。
「雑賀。具合が悪いなら保健室に行くか?」
「……はい」
「
「いえ、
服の内側にクリアファイルをねじ
冗談じゃないぞ。あの眼鏡おっさん、とんでもないもん渡してきやがった。
どうする。これは誰かに相談していいのか……いやでも、青路シュウのプライバシーに深く
「サイタ?」
声をかけられ、驚いた猫のように
多々良ララが体操着姿でこちらを見ている。手には水に
「どうしたんだ?」
「化学の実験中に薬品が散らばってね。そっちこそ……ん?」
俺の
それを拾い上げた多々良ララが読んでしまい、みるみる表情が険しくなっていく。
そんな顔で俺を見ないでくれ。知りたかったわけじゃないんだ。しかし
「保健室で」
「わかった」
二人で
カーテンレールを動かし、一台のベッドを視界から隠す。並ぶように座り、
「青路さんが色欲候補っていうのがよくわからなかったけど、そういうこと?」
「……違うんじゃねぇの」
罪を
それは七つの大罪の、どれに
この事故と、色欲候補であることに――繋がりはないのか。
「……枢に電話してみよう」
「は?」
「先生が来そうだったら教えて」
意外とアクティブに動くな。まあ俺もそうしたかったから、好都合だけど。
カーテンの向こう側に気を
「枢? 青路さんについてなんだけど」
『事故について? それとも
漏れ聞こえた声に、俺は怒りたくなったが
あの猫耳野郎、まーた
「戸籍って?」
『調べてもらったのが、先ほど送られてきた。まあなんていうか……言いにくい』
「手短に」
『書類上では青路ミチルという娘は存在しない』
俺、朝に本人に出会ったばかりなんだけど。
え、つまりは、その、あれか。
「まさか青路は男の娘だった?」
『とか馬鹿なことを言いそうな奴が一人
「だってさ」
はいはいはい。どーせ俺は馬鹿ですよ。英語も数学もテストは散々だったからな。
でも他にどう考えればいいんだよ。いっぱいあるのかもしれないけど、予想が難しすぎる。
『四人家族であったのは事実』
「つまり双子がおかしいってこと?」
「なんで毎度双子関係で
『だからテオがいち早く気づいたみたいで、色々と調べたわけ。そこでなんだけど』
電話向こうでもわかるくらいの
『テオ知らない?』
おいちょっと待て。お前が把握しているんじゃないのか。
こちとら朝から見かけてないし、青路シュウを呼んで
多々良ララも当たり前のことだが「知らない」と返事している。
『……今日の授業はいつ終わる?』
「
『もう少し引き留めておくから、授業終わったらホストクラブのマスターに会って。手配は頼んでおいた』
そしてぶつんと切られる通話。やばい予感だけが頭にのしかかって痛い。
色々と山積みになった問題を前に、方向性だけは示されているのが救いか。
「……大和や天鳥先輩にも
「頼む」
ここまできたら他も
まあ青路シュウの背景については
今日も一日が長くなりそうだ。
でもお
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