5話「目前ハリケーン」

 なにか大事なものを置いてきた気がする。

 たとえば、そう――常識とかな。

 

「では週半ばを祝してカンパーイ!!」

 

 夜のホストクラブ、だと思う。きらびやかな内装に、グラス片手に盛り上がる大人たち

 客の多くは女性で、従業員は反比例で男性重視。適度に体がしずむソファに、会話しやすいえんけいのテーブル。

 しそうな食事と多種多様の飲み物が並べられて、それらをてんじょうのミラーボールが照らしている。

 

「本日はノンアルコールデー! いくら飲んでもつぶれない日! さあ、わっしょいわっしょい!!」

「わっしょーい!!」

 

 いたいな声がひびわたる。おんをとったグラサンホストの周囲で、きゃっきゃと子供達がはしゃいでいる。

 時刻は午後六時。まあ夕飯の時間にはちがいないんだが、ちがいすぎる。

 おれ達――さいサイタとくるるクルリもな。そう、未成年にはまだ早い場所だ。

 

「マスター、今日のテーマは?」

「母親の味……おや手作り風味です」

 

 ツッコミどころしかないが、ダンディなひげオヤジにめんじて許そう。ホストクラブの支配人らしいが、エプロンを着て本格的な料理をしている。

 改めて見ると、室内の三分の二がホストクラブらしいごうさなんだが、残りの面積がカフェやバーを連想させる設備だ。

 たなには調理器具や大量の調味料がさかびん以上に自己主張している。どうやら支配人のしゅが料理のようだ。

 

「そんなげんそうにしないでくださいよー。今日はぼっちゃんのおごりなんですから」

 

 俺が相当まゆしかめていたのだろう。グラサンホストことくぬぎさんが声をかけてきた。

 ちなみに俺の横では枢クルリもいぶかしんだ表情をかべている。まあ、こいつの場合は「ねこみみフードわいい」と、小さな女の子に話しかけられているせいだろう。

 モテモテだな。幼女をはべらせている猫耳ろうを、けいたい電話のカメラ機能でっておきたいくらいだ。

 

「奢りなのはありがたいんですけど、面子がおかしい」

「えー? なんのことかわからないっすねー」

 

 へらへらと笑う椚さんだが、お忘れだろうか。

 

「クルリ、説明」

「テオを中心にやばい案件に手を出しているんだろ」

 

 はい、簡潔にありがとよ。おかげで椚さんのがおあせが追加された。

 すようにーろんちゃが入ったグラスをわたしてくるが、まだ一ぱい目も飲み干してねぇんだけど。

 ひざの上を幼女にせんきょされ、枢クルリは深々といきいた。子供達はえんりょがないらしい。ちなみに俺は先ほど、かいじん役をやる羽目になった。

 

「それにしてもグラサンの知り合いって、個性的な人が多いわよね」

「いやー、色々あるんすよ」

 

 お客さんであるちょうぜつ美人に話しかけられ、椚さんはあっさりとそっちの対応へ。

 まあ接客業だしな。知り合いに構ってばかりだと、印象最悪だろう。それにしてもお客さんは美女ぞろいだ。

 しょうひかえめに、それでいて清潔さは。デパートのうけつけじょうというにはつやが多く、ほのかにただよいろに落ち着かない。

 

こずえちゃんとかうちにかんゆうしたいのに、意外とぶっ飛んでるんだもの」

「そこがりょくてきなんですよ」

 

 グラスをらして笑う椚さんだが、それだとかのじょのろまんみたいになってるぞ。

 本人に聞かれたらドロップキックは間違いなしだろう。とりあえず枢クルリに細かい事情をたずねておくか。

 

「なあ、テオのたくらみって……」

「にゃーちゃん、はいあーん」

「……あーん」

 

 おもしろすぎて一枚撮ってしまう。あの猫耳野郎が幼女に負けたしゅんかんだ。

 思いっきりにらまれたが関係ない。お宝映像をのがすほど俺はあまくないんだよ。

 後で天鳥ヤクモにでも見せてやろうかな。絶対おどろくぞ。

 

となりいいかな?」

 

 写真にロックをかけてバックアップ保存をしていた俺の耳に、少しは聞き慣れた男の声。

 あおシュウがりんジュース片手にほほんでいる。ほおが動くと、赤い薔薇ばらあざれいに揺れる。

 イケメンっていいよなぁ。顔にド派手な痣があっても、それさえ様になるんだからよ。

 

「どうぞ」

 

 断る理由もないし、相手がすわれるようにわずかに位置をずれる。

 音も立てず、おだやかな動作でこしを落とす青路シュウ。かなり好感度が高い所作だ。

 さすが毎夜接客業でかせぐ男。言い方は悪いが、中々できることじゃない。ぶっちゃけ俺は接客業に向いてないと思うし。

 

「ミチルがテオにお礼を伝えてほしいってさ。CDがうれしかったみたいだ」

「ああ、妹さん?」

「そう。すいそうがく部の子達もテオのファンらしくてね。ちょうさかり上がったって」

 

 満面のみで嬉しそうな妹語り。シスコンというには少しちがう気配。まあ大事にしているんだろうな。

 俺だったら妹の話なんて「あの生意気むすめ達」から切り出すぜ。まあ個人差というか、隣のしばは青いみたいなもんか。

 

「吹奏楽部ってことはどんな楽器をやってるんだ?」

「トランペットだよ。昔見たアニメ映画の主人公にあこがれたんだって」

「あー……天空的なやつ?」

「それそれ。少年はなにか部活は?」

 

 気さくで話しやすい。それでいてこちらが話の主題になるように気をつかっている。

 兄貴というよりは、まじで近所のお兄さんみたいだ。もしくはえんがわで茶を飲んでいるじいさんか。

 

「野球を少し。まあ夏休み前なんで、テストけだったけど」

「へー。お兄さん、中卒だから高校生活って憧れなんだ。他には?」

 

 意外だった。でもまあ幼女に勝てない猫耳野郎も同じか。

 どうにも進学校を歩んでいると、大学まで進むイメージが強くなっちまうな。まあ俺自身が大学進学を目指しているのもあるんだが。

 俺にとってはあいない話でも、青路シュウにとってはまるでぼうけんたんらしい。目をかがやかせて聞いてくれるんで、つい興が乗っちまう。

 

 いつの間にかのどかわいていて、三ばい目のジュース。語らせ上手、こわいな。

 これが鏡テオの奢りではなかったら、いったいどれだけの値段になったやら。

 にこにこと話を聞いていた青路シュウだったが、他のお客さんに呼ばれてしまった。

 

「また今度話してくれよ」

 

 ごりしそうな笑顔に低い声。ははは、女性にはいちげき必殺だわな。

 こうしてもう一度ご来店、となるわけだ。さり気なく、それでいて一定のきょ感で。深入りせずに、相手をさそむ。

 いばらに囲まれた薔薇が美しいわけだよ。だれもがしがって手をばし、だいしょうはらうのだろう。

 

「どうぞ」

「あ、どうも」

 

 そんで音もなく隣に座ったしぶめおじさんのマスター。オールバックのちゃぱつに、同じ色のちょび髭がよく似合う。

 少し垂れ目なへきがん。ハーフなのだろうか。整った鼻筋の上にぎんぶち眼鏡。バーテンダー服はぐ伸びた背筋に沿っている。

 

 目の前に差し出されたのは肉じゃが。しかもとろとろ牛肉がそう。

 しかし俺も料理に関しては一家言持ち。そう簡単には――。

 

「うっま!? はぁ!?」

「ありがとうございます。最高のことです」

 

 そくオチ。いやまじでいもはツユがんでほっくほく。さやえんどうがいろどりどころではない美味さ。しらたきが味のさをかんしつつ、牛肉ははしでほどける。

 このおっさん……いやマスターはあなどれない。あつりょくなべだけではない。そくせきでは不可能な、一日は確実にしたごしらえしたはず。

 あらゆる機材と準備をかりなく使った先に、この美味は存在する。とりあえずかくあじはバターか聞かなくてはいけない。

 

「マスター、この味は!?」

ふじとお呼びください」

「はぁ……藤さん、かくし味は?」

「もう少し食べてくれたらお教えしますよ」

 

 ぶくろつかまれた上に、あせらされる。藤さん、ひゃくせんれんだな。

 ていねいことづかいにものごし。そんでもって美味い食事。これでオチない女子はいないだろう。俺は男でよかった。

 嬉しそうに微笑みながら、やさしく見つめてくる。白米といっしょに肉じゃがをほおる俺としては、かなりずかしい。

 

「雑賀くんでしたね。ビーストとはどういったご関係で?」

「ビーストって……シュウのことか。知り合いの友達的なやつだけど」

 

 なんか聞き慣れないな。おそらく源氏名なんだろうけど、青路シュウにはあんまり似合わない気がする。

 だって直訳でけものって意味だろう。青路シュウは理性的で、がつがつとしている様子もない。

 大人びているとかじゃなくて、大人。落ち着いてるし、聞き上手。だけどまあ、なんだかみづらい感じはするかな。

 

「では雑賀くんも友達になってください。あの子は昔から苦労していてね。腹を割って話せる友達がいないんですよ」

 

 まるで父親みたいな言い方だな。烏龍茶をロックで飲む姿がよく似合う藤さんは、遠い目をしていた。

 

としはなれてるんじゃないか? そういえばシュウはなんさいだ?」

「確か二十三さいだったと思いますよ」

 

 芋が喉にまりかけた。もっと上かと。具体的には二十六くらい。

 予想よりも若いんだな。でも中卒で、そこから今の職業で働き続けていれば七年以上だよな。だとすると、あのかんろくにもなっとくだ。

 

「友人にねんれいは関係ありませんよ」

 

 穏やかに微笑まれてしまうと、なにも言えなくなってしまう。

 ただ日本の教育的に同年代が集められたかんきょうで育ったのと、年功序列とかじゅきょうてきなあれでみょうなんだよな。

 結論。日本文化がねんれいかべを分厚くしていると思う。どうでもいいと言えば、そうなんだけどよ。

 

「しかしシュウは人気者だろ?」

どくやすには、背中を預けられる相手ではないと」

 

 なんか難しいもんどうに発展しそうだ。

 あんだけお客さんに囲まれて笑っている青路シュウが孤独、ねぇ。

 

「ミチルちゃんもそろそろ兄ばなれでしょうし」

「ん? 確か弟のチヅルは? あれはもう兄離れかよ」

 

 俺はそいつを見たことねぇんだけど、青路シュウが事あるごとに話題にするからな。

 ふたの世話をまさか一人でになっているのか、あいつ。そうだったら本気で尊敬するわ。

 

「チヅル?」

 

 きょとん、と眼鏡しで目を丸くする藤さん。

 気圧でも変化してるのか、頭痛に苦しむような表情を浮かべた。相当苦しいのか、グラスをテーブルの上に置くほどだ。

 少しだけうんうんうなった後、思い出したように顔を晴れやかにした。

 

「ああ、チヅルくんね。かれだいじょうだろう」

 

 意外にもそれで弟の話はしゅうりょうに。まあ俺は別にそれでいいんだけどよ、聞き耳を立てていた猫耳野郎から漂う気配が怖い。

 

「では続きを作ってくるよ」

 

 あざやかな去りぎわ。そして思い出す。

 隠し味について聞き忘れた。なるほど、こうやってもう一度会う口実を作らせるのが手口なのか。

 いやまあ実際はどうなのか知らんけどな。この店はホストと思うには規格外すぎる。

 

 その後も色々なホストと話した。アットホームなふんというのも変だけど、気のいい男達と鹿さわぎできる店内はここよかった。

 そんで青路シュウについて尋ねれば、やはり古株らしい。人気ランキングはちゅうけんより上で、大体は初心者や一見さん相手が多いのだとか。

 新入りの教育係でもあるらしく、お世話になったというやつばかりだ。

 

「でもシュウさん、独り立ちしないんだよなぁ」

「一応資格習得して、店出すのが夢って聞いたけど」

「仕事以外は家族の世話と勉強だってさ。俺にはできねぇよ」

 

 そんな話を聞きながら、五はい目のジュース。さすがにそろそろトイレに行きたくなってきた。

 立ち上がろうとした俺の耳に、少しだけおんな声が聞こえてきた。

 

「けどよ、シュウさんって父親殺しのわくがあったんだろ?」

 

 あまりにも小声で、誰が言ったかわからない。けれど店内の空気が一気に冷えたと思う。

 お客さん達の声も波を引くように静かになっていき、視線が青路シュウへと集まっていく。

 ぼうこうが限界をうったえる前に、誰かこの空気をなんとかしてくれないだろうか。

 

「いやー、まいったなー。お兄さんのうわさはもっと色気がある方が嬉しいんだけど」

 

 まさかの本人が気楽そうに声を出すんで、ようやくやわらいだ空気。

 ただ目が笑ってないよな。しかも確実に話題のほったんとなった相手を逃さないように見つめている。

 明らかに新入りなのだろう。かたを縮こまらせて、申し訳なさそうに頭を下げている。

 

「ね、ないの?」

「えっと常連のみやくぼさんが、後ろから近付くことができなくってまんのイケメンみたいだって」

「それ色気じゃないじゃん。大体、お兄さんのむなもとはいつでも開いてるんだから、正面から来てくれればいいんだよ!」

「じゃあお姉さんが飛び込んちゃおうかしら!」

 

 お客さんの一人がちゃを出し、青路シュウにきつく。すると肩に手を置き、あごをくいっと引き上げる仕草。

 それだけで少女漫画みたいになるんで、お客さんが面白がって次は私とか言い始めるし。子供達が参戦しようとしている。

 俺はというと、この好機を逃すわけにはいかない。トイレへ小走りでした。

 

 落ち着いた内装のせいそうが行き届いたトイレ。しかし気にかけていられない。

 とっしんするようにとびらを開けて入る。便器のふたを開き、ズボンのベルトに手を伸ばす。

 そこまではいい。問題は扉越しに声をかけてきた奴だ。

 

「忘れて」

 

 か細い、男か女かもわからない声。

 頭がぐらりと揺れた気がして、目の前が回る。ふらついた足が便器につまずき、かたむいた体が壁へとげきとつした。ベルトの金具から指が離れる。

 激しい痛み。野球部なのに、肩にかんとかやばいだろう。

 

「よくわかんねぇけど」

 

 いらった俺は、足先を上げる。

 

「小便くらいつうにさせろ!!」

 

 かんが痛いんだよ。膀胱が悲鳴を上げているっつーのに、気を散らすようなことするな。

 扉を思いっきりると、走り去る音が聞こえた。これでようやく落ち着いて用を済ませると思ったのに。

 

「坊ちゃんが!!」

 

 あと少しで出るはずだったものがむ大声。

 なあ、人様のひそやかに済ませたい生理現象をじゃするのが流行なのか。

 

「後にしろ!」

「すいません、最優先こうなもんで!!」

 

 どんどんと扉をたたくな。遠のいていく気配に、膀胱が泣いている気がする。

 これでえんしょうを起こしたらりょうせいきゅうするからな。波が過ぎ去ったことを感じ、あきらめてトイレの個室から出る。

 あわてた様子の椚さんに、首筋を掴まれた枢クルリ。今回は猫耳野郎に同情するぜ。

 

「急いで帰りましょう! マスターの許可は取りました!」

「せめて肉じゃがの隠し味を」

「後で俺が聞いておきますから!!」

 

 こうして楽しい接待の時間は終わったわけだ。つーか、あいつらはなにをしやがったんだよ。

 

 

 

 マンション前。真っ暗な夏の空の下、街灯下でがくにペン先を走らせているかがみテオがいた。

 ララ、だいヤマト、天鳥あまとりヤクモの三人はなにかを囲んでいる。小学生のころに算数で習ったような、箱の解体図みたいな板だ。

 何故なぜか大家さんもそれを見下ろしているし、おおかみシャコも木の棒でこうとして止められている。

 

「……なにが大変だって?」

 

 あきれた俺の声にはじかれたように、天鳥ヤクモが顔を上げた。罪悪感と気まずさで顔を真っ青にしているのがあわれをさそう。

 多々良ララはあえてこちらをかない。それで誤魔化せると思ってんじゃねぇぞ。

 大和ヤマトはちんつうな表情を浮かべており、明らかにんでいる。腹をかせているのかもしれない。

 

「そ、その、私は止めようと思ったんだが……実は」

「住居不法しんにゅうした結果、なにも得られなかったと」

「何故それを!?」

 

 枢クルリにずばりと言い当てられたらしい。どうようから一転、落ち着くために溜め息を吐いた天鳥ヤクモ。眼鏡の位置を直す指がわずかにふるえている。

 俺はなんのことかいっさいわからないんだけどよ。まあ大家さんが興味を示している時点で、ろくな内容じゃねぇだろう。

 

「クルリの言う通りだ。私達はれんきんじゅつ機関からじょうが入った箱をぬすみ……中が空だとかくにんしたばかりだ」

「はぁっ!?」

 

 予想以上のことをしてるのかよ。俺の大声に驚いたのか、天鳥ヤクモが早口で言い訳を述べている。

 その大半を無視し、俺は急いでなぞの解体図に近づく。確かに元は箱だったんだろう。立方体だと思う。

 けれど中身なんて何処どこにもない。むしろ入っていたのかあやしいほど、綺麗な内部がさらけ出されていた。

 

「ララ、どういうことだ?」

「……おこらない?」

 

 イケメン女子にしてはめずらしく気弱そうな声。

 そう言われると弱い。妹がよく使ってきた手口だ。

 

「聞いてから判断してやる」

 

 怒るかどうかは別案件にしておこう。まずはがいようだ。

 するとまあ、とんでもないことをやったらしい。錬金術師機関の本部らしきビルにせんにゅうし、警備の者をたおしたとかな。

 そんで親玉に出会って鏡テオがなぐられて気絶。すったもんだの末にせっとう。そのままとうそうときたか。

 

「テーオー」

 

 とりあえず発案者を責めるとしようか。

 しかし一心不乱に楽譜を書き進めていく鏡テオには、俺の声も届いてないらしい。むしろくちずさむメロディ以外を聞いていない。

 

「ヤマト、あいつはなにがあったんだ?」

「なんか殴られたしょうげきで新しい曲が浮かんだらしいっす」

 

 どういうきっかけだよ。まあげいじゅつはだなのかもしれんが、おれにはよくわからん感覚だ。

 しかしいい曲だ。メロディだけでそれがわかるので、邪魔するのは気が引ける。これだから才能がある奴はめんどうなんだ。

 

「ちなみに大家さんはなんで?」

「六つそろったら、七つ目だろう」

 

 にやりと意地悪く笑う顔。あくどい。そしてないな。

 大和ヤマトが睨みつけようがお構いなしだ。大家さんはきたのか、そのまま帰ろうとする。

 

「ねえ、どうしてないの?」

「そりゃあ第三者がかいにゅうしたからだろう」

 

 じゃな問いかけは大神シャコから。そして答えはあっさり風味。

 だが俺達からしたら流していい内容ではなく、慌てた俺は大家さんの長いかみを思いっきり強く掴んでしまう。

 

「いでっ!?」

「第三者って誰だよ!?」

 

 痛みでなみだになる大家さんは珍しいが、そんなのはどうでもいい。

 だって話を聞いていた限り、天鳥ヤクモがずっと箱をかかえていたはずだ。

 なにかしらのとくしゅな方法でふうじられた箱を、誰がどうやって。

 

「知らねぇよ。けどそれ以外に答えがあるのか?」

「うっ……」

 

 箱がにせものという線を考えたが、それにしてはけがおおだ。なにより親玉自らが出てきて邪魔するのも変だし。

 色々な考えは浮かぶけど、まあ納得しやすいのは大家さんの答えか。

 

「そいつがなんで横からさらったのかは不明だが、見当はついている」

「あ、もしかしてもがっ」

 

 ヒントをもらえそうだったのに、大家さんが大神シャコの口をふさいでしまう。

 これ以上は金を出せという圧が強い。基本的にがめついんだよな、この人外。

 

「あとは考えろ。いい夢見ろよ」

 

 そのまま大神シャコを引きずって去っていきやがった。もう少しサービス精神とかおうせいにしてくれないか。

 結局なんのしゅうかくもないまま終わってるし。まあ俺は美味い飯食えたから、大満足――じゃない。

 急に思い出した尿にょう。もうまんの限界だ。俺は自己新記録を出す勢いで階段をがり、自室のトイレへとすべむ羽目になった。

 

 

 

 トイレから出る頃には、何故かリビングに集まっている枢クルリ達。鏡テオは楽譜を書き終えたらしく、次は歌詞を考えていた。

 机の上に置かれた板は箱にもどる様子もない。それを前にして天鳥ヤクモが頭を抱えている。まあやっちまったもんは仕方ない。

 冷蔵庫からアイスを取り出した大和ヤマトだが、食べる速度がいつもよりおそい。多々良ララは夜中というのもあるのか、アイスに手を伸ばす様子がないけどな。

 

「で、どうすんだよ」

 

 錠がなければ、かぎなんて役立たず。当たり前の話だろう。

 大体俺達はあくまで候補だ。多々良ララはじんに選ばれてしまったが、それ以外はまだ逃れられる余地がある。

 けれど俺達の目的は大和ヤマトの家族であるナレッジをもどすこと。鍵集めではない。

 

 となると、色欲で美女とじゅうわくである青路シュウをめない。

 あれも。これは無意味。そんな八方塞がり状態のまま、夏休み目前だ。

 せめて長期きゅうはゆっくり過ごしたい。さっさと問題解決したいのに、手段がわからないなんて笑い草にもならねぇ。

 

「……一番やばい事態だな」

 

 ぼそり、と猫耳野郎がつぶやいた。いやな予感しかない。

 

「今まで錬金術師機関とカーディナルがきんこうを保っていたのは、錠と扉がそれぞれ保有していたから。けどその前提がくずれた」

 

 あー、そういえばそんな話だったな。

 いまだに扉についてのくわしい内容がわからないが、全く興味がかないというのもあるけど。

 あの二つの組織、その親玉。変な部分でけったくしそうで嫌なんだよな。

 

「カーディナルが動き出す、といったところか」

 

 天鳥ヤクモがしんけんな様子であいづちを打つが、猫耳野郎はかんがんだままだ。

 俺はもうじょうきょうめいりょうすぎてお手上げ状態なんだが。頭脳派と言っていいのかわからんが、難しいことはこの二人に投げておこう。

 

「でも錠が見つかれば解決だよね?」

 

 一曲完成したらしい。歌詞用紙をたたんだ鏡テオが、顔を上げていた。

 そんな簡単に済む話か、これ。だってナレッジの分を除いて、ゆく不明が四つ。とうぼう中なのが二つ。

 やっかいなのが後者だ。協力的とは限らないだろう。

 

「フェデルタが約束してくれたもん。錠を手に入れたら、ナルキーと一緒に加わるって」

 

 はい? 今なんと?

 この無邪気系天然は知らない間に事を進めていやがったのか。道理でみょうに行動的だとは思ったけどよ。

 つまり第三者は錠を揃えたくなかったのか。メリットはなんだ。

 

 あと尿意と一緒に流れ消えたのか、なにかを忘れたような気がする。

 

「今夜はてつで曲のデモ完成させて、明日探しにいくね」

 

 鼻歌まじりで楽しそうにしているところ悪いんだけどよ、なんでそんなに気楽そうなんだ鏡テオ。

 枢クルリも欠伸あくびこぼし始めたし、多々良ララも船をぎ始めた。時間は夜の十時前か。

 天鳥ヤクモが申し訳なさそうに「めてくれ」と言ってきたので、しょうだくする。ちゃんとおやさんにれんらくしておけよ。

 

 俺もテスト終わったばかりだし、明日は朝早く起きてご飯の準備をしなくては。

 今日はこれで解散だ。かなり変な一日だった。

 あらしの前の静けさというか……低気圧でなんだかもやもやがうずく感覚だ。

 

 長い夜がしのってることなんて、俺は気づきもしなかったよ。

 

 

 

 数を確認する。四つ、揃っている。

 ああ、危なかった。まだ仕掛け終わってないのに、あんなに早く動き出すなんて思っていなかった。

 なんとか盗んだけど、すぐバレてしまうだろう。本当は関わらせたくなかったのに。

 

 不幸なことに、事態が動き出してしまった。

 幸運だったのは、一歩先にけた事実。

 

 しかしこれ以上動くとおくつじつまが合わなくなるかも。暗示だって、一度解けてしまえばおしまいだ。

 なんとかしないと。どう動けばいい。幸せな道を探して、守らないと。

 だって――そのために殺人までおかしたのだから。

 

「ただいまー」

 

 深夜一時前。いつもより少し早い帰宅。

 慌ててふすまを開ける。子供の頃にオモチャを入れていた、おかんに四つまとめて隠した。

 

「おかえり」

 

 何事もなかったように微笑む。すると嬉しそうな兄の声。

 

「チヅル、起きていたのか? 早くないと大きくならないぞ」

 

 にこやかに笑う兄は、次に妹の姿を探し始めた。

 だからまるで決まっていたかのように、告げなくては。

 

「ミチルは友達の家に泊まりだってさ。テストの復習と、部活でやる演奏会の曲を決めるとか言ってたよ」

「そんなの聞いてな――」

 

 いっしゅんの空白。わずかな頭痛。

 それだけでじゅうぶん。長い旅路なんて必要ない。

 幸せの青い鳥が身近に存在していたような自然さで。

 

「ああ、そうだったな。ふぁ、じゃあ俺もさっさと寝るか。おやすみ、チヅル」

「うん、おやすみ」

 

 とんを二人分いて、なめらかな流れで夢の世界へ。

 大丈夫。まだ誤魔化せる。あっという間に寝てしまった兄の横顔をながめ、いのるように呟く。

 

「神様。どうかあと少しだけ――」

 

 信じていないけど、すがるしかない。

 残された時間はあとわずか。真実が夜を長くするのは、そう遠くないだろう。

 その時は大事なものが全部こわれてしまうんだ。だからお願いしよう。

 

 罪も全て愛して、助けてください。

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