5話「目前ハリケーン」
なにか大事なものを置いてきた気がする。
たとえば、そう――常識とかな。
「では週半ばを祝してカンパーイ!!」
夜のホストクラブ、だと思う。
客の多くは女性で、従業員は反比例で男性重視。適度に体が
「本日はノンアルコールデー! いくら飲んでも
「わっしょーい!!」
時刻は午後六時。まあ夕飯の時間には
「マスター、今日のテーマは?」
「母親の味……
ツッコミどころしかないが、ダンディな
改めて見ると、室内の三分の二がホストクラブらしい
「そんな
俺が相当
ちなみに俺の横では枢クルリも
モテモテだな。幼女を
「奢りなのはありがたいんですけど、面子がおかしい」
「えー? なんのことかわからないっすねー」
へらへらと笑う椚さんだが、お忘れだろうか。
「クルリ、説明」
「テオを中心にやばい案件に手を出しているんだろ」
はい、簡潔にありがとよ。おかげで椚さんの
「それにしてもグラサンの知り合いって、個性的な人が多いわよね」
「いやー、色々あるんすよ」
お客さんである
まあ接客業だしな。知り合いに構ってばかりだと、印象最悪だろう。それにしてもお客さんは美女
「
「そこが
グラスを
本人に聞かれたらドロップキックは間違いなしだろう。とりあえず枢クルリに細かい事情を
「なあ、テオの
「にゃーちゃん、はいあーん」
「……あーん」
思いっきり
後で天鳥ヤクモにでも見せてやろうかな。絶対
「
写真にロックをかけてバックアップ保存をしていた俺の耳に、少しは聞き慣れた男の声。
イケメンっていいよなぁ。顔にド派手な痣があっても、それさえ様になるんだからよ。
「どうぞ」
断る理由もないし、相手が
音も立てず、
さすが毎夜接客業で
「ミチルがテオにお礼を伝えてほしいってさ。CDが
「ああ、妹さん?」
「そう。
満面の
俺だったら妹の話なんて「あの生意気
「吹奏楽部ってことはどんな楽器をやってるんだ?」
「トランペットだよ。昔見たアニメ映画の主人公に
「あー……天空的なやつ?」
「それそれ。少年はなにか部活は?」
気さくで話しやすい。それでいてこちらが話の主題になるように気を
兄貴というよりは、まじで近所のお兄さんみたいだ。もしくは
「野球を少し。まあ夏休み前なんで、テスト
「へー。お兄さん、中卒だから高校生活って憧れなんだ。他には?」
意外だった。でもまあ幼女に勝てない猫耳野郎も同じか。
どうにも進学校を歩んでいると、大学まで進むイメージが強くなっちまうな。まあ俺自身が大学進学を目指しているのもあるんだが。
俺にとっては
いつの間にか
これが鏡テオの奢りではなかったら、いったいどれだけの値段になったやら。
にこにこと話を聞いていた青路シュウだったが、他のお客さんに呼ばれてしまった。
「また今度話してくれよ」
こうしてもう一度ご来店、となるわけだ。さり気なく、それでいて一定の
「どうぞ」
「あ、どうも」
そんで音もなく隣に座った
少し垂れ目な
目の前に差し出されたのは肉じゃが。しかもとろとろ牛肉が
しかし俺も料理に関しては一家言持ち。そう簡単には――。
「うっま!? はぁ!?」
「ありがとうございます。最高の
このおっさん……いやマスターは
あらゆる機材と準備を
「マスター、この味は!?」
「
「はぁ……藤さん、
「もう少し食べてくれたらお教えしますよ」
嬉しそうに微笑みながら、
「雑賀くんでしたね。ビーストとはどういったご関係で?」
「ビーストって……シュウのことか。知り合いの友達的なやつだけど」
なんか聞き慣れないな。おそらく源氏名なんだろうけど、青路シュウにはあんまり似合わない気がする。
だって直訳で
大人びているとかじゃなくて、大人。落ち着いてるし、聞き上手。だけどまあ、なんだか
「では雑賀くんも友達になってください。あの子は昔から苦労していてね。腹を割って話せる友達がいないんですよ」
まるで父親みたいな言い方だな。烏龍茶をロックで飲む姿がよく似合う藤さんは、遠い目をしていた。
「
「確か二十三
芋が喉に
予想よりも若いんだな。でも中卒で、そこから今の職業で働き続けていれば七年以上だよな。だとすると、あの
「友人に
穏やかに微笑まれてしまうと、なにも言えなくなってしまう。
ただ日本の教育的に同年代が集められた
結論。日本文化が
「しかしシュウは人気者だろ?」
「
なんか難しい
あんだけお客さんに囲まれて笑っている青路シュウが孤独、ねぇ。
「ミチルちゃんもそろそろ兄
「ん? 確か弟のチヅルは? あれはもう兄離れかよ」
俺はそいつを見たことねぇんだけど、青路シュウが事あるごとに話題にするからな。
「チヅル?」
きょとん、と眼鏡
気圧でも変化してるのか、頭痛に苦しむような表情を浮かべた。相当苦しいのか、グラスをテーブルの上に置くほどだ。
少しだけうんうん
「ああ、チヅルくんね。
意外にもそれで弟の話は
「では続きを作ってくるよ」
隠し味について聞き忘れた。なるほど、こうやってもう一度会う口実を作らせるのが手口なのか。
いやまあ実際はどうなのか知らんけどな。この店はホストと思うには規格外すぎる。
その後も色々なホストと話した。アットホームな
そんで青路シュウについて尋ねれば、やはり古株らしい。人気ランキングは
新入りの教育係でもあるらしく、お世話になったという
「でもシュウさん、独り立ちしないんだよなぁ」
「一応資格習得して、店出すのが夢って聞いたけど」
「仕事以外は家族の世話と勉強だってさ。俺にはできねぇよ」
そんな話を聞きながら、五
立ち上がろうとした俺の耳に、少しだけ
「けどよ、シュウさんって父親殺しの
あまりにも小声で、誰が言ったかわからない。けれど店内の空気が一気に冷えたと思う。
お客さん達の声も波を引くように静かになっていき、視線が青路シュウへと集まっていく。
「いやー、まいったなー。お兄さんの
まさかの本人が気楽そうに声を出すんで、ようやく
ただ目が笑ってないよな。しかも確実に話題の
明らかに新入りなのだろう。
「ね、ないの?」
「えっと常連の
「それ色気じゃないじゃん。大体、お兄さんの
「じゃあお姉さんが飛び込んちゃおうかしら!」
お客さんの一人が
それだけで少女漫画みたいになるんで、お客さんが面白がって次は私とか言い始めるし。子供達が参戦しようとしている。
俺はというと、この好機を逃すわけにはいかない。トイレへ小走りで
落ち着いた内装の
そこまではいい。問題は扉越しに声をかけてきた奴だ。
「忘れて」
か細い、男か女かもわからない声。
頭がぐらりと揺れた気がして、目の前が回る。ふらついた足が便器に
激しい痛み。野球部なのに、肩に
「よくわかんねぇけど」
「小便くらい
扉を思いっきり
「坊ちゃんが!!」
あと少しで出るはずだったものが
なあ、人様の
「後にしろ!」
「すいません、最優先
どんどんと扉を
これで
「急いで帰りましょう! マスターの許可は取りました!」
「せめて肉じゃがの隠し味を」
「後で俺が聞いておきますから!!」
こうして楽しい接待の時間は終わったわけだ。つーか、あいつらはなにをしやがったんだよ。
マンション前。真っ暗な夏の空の下、街灯下で
「……なにが大変だって?」
多々良ララはあえてこちらを
大和ヤマトは
「そ、その、私は止めようと思ったんだが……実は」
「住居不法
「何故それを!?」
枢クルリにずばりと言い当てられたらしい。
俺はなんのことか
「クルリの言う通りだ。私達は
「はぁっ!?」
予想以上のことをしてるのかよ。俺の大声に驚いたのか、天鳥ヤクモが早口で言い訳を述べている。
その大半を無視し、俺は急いで
けれど中身なんて
「ララ、どういうことだ?」
「……
イケメン女子にしては
そう言われると弱い。妹がよく使ってきた手口だ。
「聞いてから判断してやる」
怒るかどうかは別案件にしておこう。まずは
するとまあ、とんでもないことをやったらしい。錬金術師機関の本部らしきビルに
そんで親玉に出会って鏡テオが
「テーオー」
とりあえず発案者を責めるとしようか。
しかし一心不乱に楽譜を書き進めていく鏡テオには、俺の声も届いてないらしい。むしろ
「ヤマト、あいつはなにがあったんだ?」
「なんか殴られた
どういうきっかけだよ。まあ
しかしいい曲だ。メロディだけでそれがわかるので、邪魔するのは気が引ける。これだから才能がある奴は
「ちなみに大家さんはなんで?」
「六つ
にやりと意地悪く笑う顔。あくどい。そして
大和ヤマトが睨みつけようがお構いなしだ。大家さんは
「ねえ、どうしてないの?」
「そりゃあ第三者が
だが俺達からしたら流していい内容ではなく、慌てた俺は大家さんの長い
「いでっ!?」
「第三者って誰だよ!?」
痛みで
だって話を聞いていた限り、天鳥ヤクモがずっと箱を
なにかしらの
「知らねぇよ。けどそれ以外に答えがあるのか?」
「うっ……」
箱が
色々な考えは浮かぶけど、まあ納得しやすいのは大家さんの答えか。
「そいつがなんで横から
「あ、もしかしてもがっ」
ヒントを
これ以上は金を出せという圧が強い。基本的にがめついんだよな、この人外。
「あとは考えろ。いい夢見ろよ」
そのまま大神シャコを引きずって去っていきやがった。もう少しサービス精神とか
結局なんの
急に思い出した
トイレから出る頃には、何故かリビングに集まっている枢クルリ達。鏡テオは楽譜を書き終えたらしく、次は歌詞を考えていた。
机の上に置かれた板は箱に
冷蔵庫からアイスを取り出した大和ヤマトだが、食べる速度がいつもより
「で、どうすんだよ」
錠がなければ、
大体俺達はあくまで候補だ。多々良ララは
けれど俺達の目的は大和ヤマトの家族であるナレッジを
となると、色欲で美女と
あれも
せめて長期
「……一番やばい事態だな」
ぼそり、と猫耳野郎が
「今まで錬金術師機関とカーディナルが
あー、そういえばそんな話だったな。
いまだに扉についての
あの二つの組織、その親玉。変な部分で
「カーディナルが動き出す、といったところか」
天鳥ヤクモが
俺はもう
「でも錠が見つかれば解決だよね?」
一曲完成したらしい。歌詞用紙を
そんな簡単に済む話か、これ。だってナレッジの分を除いて、
「フェデルタが約束してくれたもん。錠を手に入れたら、ナルキーと一緒に加わるって」
はい? 今なんと?
この無邪気系天然は知らない間に事を進めていやがったのか。道理で
つまり第三者は錠を揃えたくなかったのか。メリットはなんだ。
あと尿意と一緒に流れ消えたのか、なにかを忘れたような気がする。
「今夜は
鼻歌まじりで楽しそうにしているところ悪いんだけどよ、なんでそんなに気楽そうなんだ鏡テオ。
枢クルリも
天鳥ヤクモが申し訳なさそうに「
俺もテスト終わったばかりだし、明日は朝早く起きてご飯の準備をしなくては。
今日はこれで解散だ。かなり変な一日だった。
長い夜が
数を確認する。四つ、揃っている。
ああ、危なかった。まだ仕掛け終わってないのに、あんなに早く動き出すなんて思っていなかった。
なんとか盗んだけど、すぐバレてしまうだろう。本当は関わらせたくなかったのに。
不幸なことに、事態が動き出してしまった。
幸運だったのは、一歩先に
しかしこれ以上動くと
なんとかしないと。どう動けばいい。幸せな道を探して、守らないと。
だって――そのために殺人まで
「ただいまー」
深夜一時前。いつもより少し早い帰宅。
慌てて
「おかえり」
何事もなかったように微笑む。すると嬉しそうな兄の声。
「チヅル、起きていたのか? 早く
にこやかに笑う兄は、次に妹の姿を探し始めた。
だからまるで決まっていたかのように、告げなくては。
「ミチルは友達の家に泊まりだってさ。テストの復習と、部活でやる演奏会の曲を決めるとか言ってたよ」
「そんなの聞いてな――」
それだけで
幸せの青い鳥が身近に存在していたような自然さで。
「ああ、そうだったな。ふぁ、じゃあ俺もさっさと寝るか。おやすみ、チヅル」
「うん、おやすみ」
大丈夫。まだ誤魔化せる。あっという間に寝てしまった兄の横顔を
「神様。どうかあと少しだけ――」
信じていないけど、
残された時間はあとわずか。真実が夜を長くするのは、そう遠くないだろう。
その時は大事なものが全部
罪も全て愛して、助けてください。
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