4話「細工仕込みのトレジャーボックス」

 せみてしまうようなあつい夜。黒いビルの、真っ白なろう

 白光灯のおかげで白いだけで、本当はうすよごれている。タイルりの冷たい廊下に、黒スーツの男たちたおれている。

 うーん、現国だと減点だろうか。論文についてもう少し勉強しなくては。どうにも国語が苦手なのだが、目の前のさんじょうを的確に言い表す手法がわからない。

 

「わーい、ララ強ーい!」

流石さすがっす」

 

 能天気な声とのんびりしたはくしゅ

 そしてレオタードドレスをまとったイケメン女子高生。がらくつかかとが、かつんと音を立てた。

 

「カノンからもらった情報よりも警備が厳しくない? ねえ、おじさん」

「常に最新情報にえないと君達みたいなのが来るからだろう!? また妻にうわを疑われたら、全身ふんさい骨折だ!」

 

 えないサラリーマンががんがらめにしばられている。赤いあさなわなのはこうを入れるべきなのか、文句を言うべきなのか。

 受験生である私――天鳥あまとりヤクモが何故なぜこんなせんにゅうまがいに付き合っているのか。

 その原因はじゃがおかべたかがみさんの発言から始まった。

 

 れんきんじゅつ機関の本部に潜入して、四つのお宝をぬすんじゃおう。

 

 何度思い返しても軽い。道徳観念とか、りんとか、その他もろもろに関して色々と話したいことがあったのだが。

 多々良たたらくんが「手っ取り早くていいんじゃない?」とか言い出して、大和だいわが「手伝うっす」と準備を始めてしまい……。

 見過ごすことができずに、付き合う羽目に。ぐうぜんにもじゅくが休みの日で良かった。本来ならば自習室を借りて勉強しようと思ったが、こうなっては仕方ない。

 

「本当はにれきりを呼びたかったんだけど、なんかいそがしいんだって」

「ああ。そういえばまだ会ったことない護衛の人ね。どんな人なの?」

『馬とくまな感じだよー。マジまんじ。今、ネットえんじょうで情報の収集と拡散してるけど、情勢がちょいヤバみたいな?』

あずささんだっけ? ドローン操作しながらできるもんなの?」

 

 鏡さんの頭上を守り続ける小さな機械に話しかける多々良くん。なんとシュールな光景なのだろうか。

 しかしプロペラを四つ付けただけの飛行遊具にしか見えないが、それだけでめいしょうが変わるのか。まあどんな細い道にもはいめる機動性にはおどろいたが。

 

『要は定型文にタグをつけて拡散しやすいようにしているだけだからねー。小指一本で楽勝。ドローン操作にVR機器を利用して、ぼつにゅう感深めにちょい上げテンション的な?』

 

 どうしよう。私には全くわからないセンスだ。

 鼻から愛用の伊達だて眼鏡がずり落ちかけたので、元の位置にそっともどす。

 

「あー……もしかしてグローブ型コントローラーっすか? ゲーセンのバイトでVRコーナー担当する時に軽く教えてもらったんすけど、手の動きに連動させてるため、拡散も同時進行できるのかと」

『そうそう。ドローン操作に定型文入力キーボードを指の動作にシンクロナイズさせてる感じ』

 

 へー、とかんたんの声が四つ。いやいやいや。それだけで終わらせていい内容なのだろうか。

 最先端技術の応用技を使しているようだ。顔は見えないが、声は女性のあずささん。とてもゆうしゅうな人物なのでは。

 

「じゃあここの警備システムとかにかいにゅうは難しい?」

『システムが統一されてるとラクチンなんだけどねー。複数にぶんかつして、それぞれで補い合ってるから。むりぽ』

「ドローン操作もあるもんね」

「そろそろツッコミを入れるぞ!? 犯罪紛いのことはやめような!」

 

 本当は住居不法しんにゅうあたりで言うべきだったが、なんだかんだとボケだおしの勢いにされてしまった。

 それもこれも――今日は雑賀さいががいないのだ。クルリもだ。

 

 鏡さんがあえて二人を遠ざけたのだ。いつもニコニコとしているかれだが、その考えは読みにくい。

 ゲームで対戦相手になった時、実は一番こわい相手だと思う。表情に出るかと思いきや、それさえもわなであるかのような。まあ私の考えすぎかもしれないが。

 まだ大和の方がわかりやすい。二人ともなおなところは似ているが、大和は裏表がないのだ。

 

「はい、天鳥せんぱい用のおじさんゴー」

むすめの友人とはいえ、あつかいがひどくないかな!?」

「私対策ということは、予想していたのか!?」


 確か宮林みやばやしケンゾウさんだったか。彼と声が重なってしまい、聞き取りづらい内容になってしまった。

 好都合といわんばかりに無視する多々良くん。冷ややかな表情からはなにも読み取れない。

 顔立ちが整っているせいか圧が強く、それ以上の追求は無理だった。観念した宮林さんが私へ語りかけてきた。


「錬金術師機関は犯罪組織だ」


 息が止まるかと思った。が、冷静になって考えるとてんがいった。


「社会にあくえいきょうおよぼしていないが、ごくあくだ。まあ元上司に相当するので強くは言いにくいんだが」

「おじさん、娘のカノンも使って悪いこといっぱいしてたもんね」

「い、今は手を切ったんだからじょうじょうしゃくりょうを求める!」

「カノンの入院原因であること、おばさんにチクっていいの?」


 ……私は付き合いが短いので自信はないのだが、多々良くんはおこっているのか?

 みょうちがうとは言え、どうやら宮林さんは深山みやまくんの父親らしい。病院で深山くんのしょうかいをされたのはつい最近だ。私はかのじょについてもくわしくはない。

 彼女は東京で起きた一部区画ふうの夜、事件にまれて深手を負ったらしい。それで入院中なのだと、多々良くんが教えてくれた。

 なんにせよ宮林さんは頭の頂点からあせを流し、じゅうの表情を浮かべてだまってしまった。わいそうに。


「あと天鳥先輩に、くるるしゅうげき事件について教えようか?」

「はぁっ!?」

「娘の友人が手厳しい! わかった、もう口答えしないから!」


 前言てっかいしよう。ごうとくだ。それなりの悪事を働いた者なのだな。


「まあ、アタシ達がおどしたという建前を作るために縛ってるわけだし、それ以上のじょうを試みるとかあまい」


 その赤い麻縄には下地となる理由があったのか。

 宮林さんはしなびた青菜のように生気を失っているが、細々と説明を続けてくれた。


「錬金術師機関のおそろしいところは、個人に根付くという点だ」

「個人に?」

「集団にかんしてしまえば、警察などが感知しやすくなる。さらには足けの危険性が高い。だが個人であるならば、管理が容易なんだ。てっていてきに囲めるからな」


 姉から聞いた話を思い出す。ヤクザは組織だが、危ない取り引きは基本はまったん。切り捨てても問題ない小悪党を経由する。

 ゆえに根絶できない。イタチごっこをかえし、弱みにつけまれた者もたいするしかないと。

 特にネットかんきょうが広がったことにより、人は知らずと自らの弱みを他人にさらしてしまう。コツさえおさえれば、簡単にせっしょく可能だ。


「私の会社は……副社長が錬金術師機関の手先だった。あっという間に社員の情報が流され、私をふくめた多くの人間が巻き込まれたさ」

「社長は動かなかったのですか?」

「どんな手段がわからないが、あっという間に変わった。経営自体は変化していないのに、社員の動きは別物になった」


 宮林さんはその後、小声で弁明らしき内容をつぶやいた。

 浮気はえんざいだとか、こんまでしなくてもいいのに、とか。ぶつぶつと言い訳を繰り返す彼のしりに、するどりがさくれつした。

 れつおんにも近いげき。聞いている私のぞうが冷えたくらいだ。


「半ばノリノリだったくせに」

「会社というのは人生の半分以上をささげる場所なんだ! 心底から行動しないとやっていられない時もあるんだ!」


 なみだで強くうったえるが、多々良くんは聞き流している。ぬかくぎ、馬の耳に念仏。それらのことわざさわしい。

 会社勤めの経験がないため同情は難しいが、理解はある程度可能だ。しかし大和が深くうなずいているのは少し気になるが。


「わかるっす。これは知り合いの話なんですが、部長が二年で変わる職場において、部長の方針がそのまま環境に直結されると、いながらってました」

「日本全国に支社がある場所なのか?」

「そうっす。物流会社で、前部長ははんぼうは自ら荷物の出し入れをしてくれたらしく、別の支社に移る時はパートさんにも手紙をくれたとか」

「ほう……で、現部長は?」

「いっつも社員さんを怒鳴るらしいっす。知り合いいわく、支配はすれど統治はせず、とのことでめたいと呟きまくってて……」


 知り合いの話だよな? みょうに実感がこもっている気が。

 相当愚痴を聞かされたのか、大和が少しだけまゆを寄せていた。ぱらいはタチが悪い時があるものな。わかるぞ。

 姉達の女子会という名目でかいさいされるさけみ大会はごくだからな。弱いくせにのんばかりで、大変見苦しい。


「それで就活したけど、失敗続きで心が折れたとか。難しい世の中っすね」

「そ、そうだな……」

「なので宮林さんが苦労するのは仕方ないことっす。会社がらみでの行動は少しようしゃしてあげた方が……」

「でもナレッジおじいちゃんがいなくなった原因の一つだよね」

「やっぱギルティ判定でよろしくっす」

たんたんと手の平返しするのはどうかと、おじさんは思うなぁ!!」


 鏡さんのついげきにより、かろうじて味方になりそうな大和も中立へ。むしろ敵側だろうか。

 ナレッジさんという人物については、私は伝聞でしかわからない。ただ大和の家族で、必ずもどすと雑賀がしんけんな様子で語っていた。

 ちなみに大和はジジコンで、二人の祖父にわいがられたとか余計な情報もあったのだが。そのけいについてはしょうさいな説明がないままだ。


「それにしても妙に侵入がやすい気がするのだが。つうは警備員が集まってきてめにされてもおかしくないのでは?」

「えへへー。心強い協力者がいるからね」

だれのことだ?」

「秘密」


 笑顔の鏡さん。まるでサプライズをたくらむ外国人のように、ちゃあふれる姿だ。

 まあ半分はドイツ人の血が流れているらしいので、あながちちがいではないが。もう少し説明がしい。

 簡潔に言うと、何故、今、実行した。

 

「大家さんの話ではじょうを六つそろえなくてはいけないだったな。しかもそうしょくの状態で、だ。ちゅうはんな数を揃えても、二つの組織にあっさりうばわれるだけだ」

かえちにするっす」

「大和、君はもう少し冷静な方だと思っていたんだが……」


 かんげんに迷いなく切り返すのは評価するが、なぞの気合いだけで空回りしている。

 この中で一番の年長は宮林さん、次に鏡さん、三番目に私だ。大和は身長が高いが、まだ高校一年生だもんな。

 若さの勢いだろうか。年寄りじみた発言になってしまったが、仕方ない。私はああいうのは苦手というか、こうかいしやすいのだ。


「まず装飾具で、じんで『錠』とは意味がわからないんだが」


 当たり前の疑問だったのだが、誰もが無言になった。

 待て。もしかして誰も追求したことがないのか。目の前の問題解決をせんたくし、あえて置き去りにしてきたのでは。

 ドローンが先行する廊下を進む。どうやら地下に向かっているようだ。


『それはウチらも注目ピックアップ気味な。固有ほうの起源は五百年前らしいんだけど、詳細不明な気分?』


 梓さんがい具合に口をはさんでくれた。

 やはり普通は気になる内容だものな。しかし固有魔法に関しては、確かにみが深すぎてどうにも詳細を調べようとは思わなかった。

 なにせ個人で魔法が違い、各国に管理政府支部があるくらいだ。それこそ厳重な秘密の一つや二つはかくれているはず。


「そういえば多々良のあねはなにか知らないんすか?」

「……」

「確かナルキーに選ばれてたっすよね」

「…………思い出した。あの時の店員か」


 しぼすように多々良くんが呟いたが、私にはさっぱりだった。

 けれど大和だけが「お客さんの顔を覚えるのは得意っす」とか言っているので、かつて出会ったことがあったのだろう。

 ただ多々良くんがしぶい、っぱい、苦い、その三つ全てをわせたような表情を浮かべているのは気になったが。


「ナルキーって、あのおもしろい人?」

「多分それっす。変な仮面にはだライダースーツの、よくパトカーに追われているれつな人っす」

「あれか……」


 私にもわかってしまった。姉がまなこになっている人物だ。地獄からのうらごとかの如く「絶対につかまえてくさい飯を食わせる」と言っている相手だ。


「アタシもよく知らないよ。ただ妙にこっちのピンチをぎつけるというか、困ってたら助けてくれるみたいな」

「王子様みたいだね!」


 鏡さんの無邪気な発言に、場の空気がこおった。夏場なのに寒々しい。

 宮林さんも気まずくて視線をらしているくらいだ。世間的にはある意味個性的で通じるだろうが、別の側面では変態だ。

 変態王子様。少女アニメに出てきたしゅんかん、保護者達からの苦情がさっとうするだろう。


「そういえばぼくに対応する魔人って誰なんだろう? わくわくするなー」

「そんなゲームで最初のモンスターを選ぶノリな……」

「えー、みなは気にならないの?」


 多々良くんと大和はすでに決まっているようなものだが、私はと言えば――かなり興味がある。

 ついでにクルリや雑賀のもだ。しかし魔人の詳細がわからないことには、にっさっもいかない。


「確かおじさんが、枢に対して『彼』に会わせようとか言ってなかったけ?」

「……男っすか? 変な話っすね」


 げんな表情を浮かべた大和に、さらに視線を合わせなくなった宮林さん。

 なんか会話にがあるのか。多々良くんも不思議そうにしている。


「私ははんな知識でしか魔人はわからない……だから『彼』と言えば、なんとかなるだろうと……」

「確か魔人は六人と一ぴきだったと、ナレッジ爺が」


 まあ魔人という単語だけで得られる情報など限られてくるが、宮林さんは色々と誤解を招いたようだな。

 それにしても一匹とはなんだ。人外が含まれているのか……いやしかし魔人自体が人外なのでは。けれど確か大家さんも人外だったか。

 わ、訳がわからなくなってきた。まあ情報源として確実なのは、知識の魔人に可愛がられた大和か。


「ナレッジ爺とナルキー、あとフェデルタさん以外は女性とめすだって」


 雌。ど、動物系なのか。私の許容量が目に見えて減っていくぞ。


「じゃあ僕が会う魔人は女の子なんだね! どんな子だろう?」

ぼっちゃんのお相手となるならば、それなりの品定めしなくては』


 いきなり真剣なこわ。梓さんを含め、鏡さん護衛七人衆(仮)の査定が入るのか。見たこともない魔人に対し、同情をいだく。

 そうとも知らず無邪気な鏡さんはスキップしている。なんてお気楽で幸せそうな人なのだろうか。

 雑賀からはった事情があると聞いているが、とてもそうとは見えない。


「あ、でも皆ひとくせというか、中には性別があいまいで有名少女まんの主人公みたいな人がいるとか……言ってた気がするっす」

「うろ覚えなのか。まあ横に置いといて、階段まで来たが……」


 大和の固有魔法【野に蔓延る茨ロサ・エグランテーリア】で、屋上から侵入して数十分の時間が経過したころ。暗い階段を歩いていた。けいこうとうの光さえもたよりない。

 見上げればビルの最上層まで続いているようだが、果てが見えない。こんなにのんびりと話していて、ほとんどじゃが入らないのが怖いな。

 一段ずつ降りていくと、まるでまよんでいる気分だ。不安をあおいやな場所だ。

 

「あ、梓のドローンが」

 

 たおむように鏡さんのむなもとへ着陸したドローン。操作もあやういのか、ノイズ混じりの音声がひびわたる。

 

『坊ちゃん……ザザッ、後は……ジッ、打ち合わせ通りに』

 

 そしてれた。あっないくらいに、容赦なく。

 しょうそう感にられる私の気持ちなどお構いなしに、鏡さんはけいたい電話の画面を操作している。

 出てきたのは簡易マップ。電波は切断されているため、オフラインで表示できるらしい。

 

「じゃあヤマトに案内お願いするねー」

「……私や多々良くんではなく?」

 

 携帯電話をわたされた大和はまどうことなく受け取っていたが、私には疑問しか溢れない。

 決して「頼りにされていないのかもしれない」というわくで、抗議しているわけではない。さびしいとか、思っていないぞ。

 ドローンは折りたたみ式だったらしい。鏡さんがいつも背負っているうさぎリュックに収納された。なんてハイスペックな機械だろうか。

 

「だってせんとうになったらララが大変だし、ヤマトはバイトで経路図に慣れてるんだって」

「ういっす。雑用でもなんでもお任せくださいっす」

 

 なんか、おとなげなかったな私。ずかしい限りだ。

 少し考えればわかることなのに。反省しかない。

 

「それにヤクモは切り札だもん」

 

 にっこにこの笑顔で言われたが、いちまつの不安がよぎった。嫌な予感しかない。

 

「えっと、地図によると地下六階のとびらを開くっす」

「アタシが先行する。なにかあったら大和を守ってね」

 

 固有魔法【灰の踊り子サンドリヨン】で白のレオタードドレスを着る多々良くん。

 非常に目の毒だ。まともに見るのが難しい。としごろの女性がそんなしゅつの多い服を着こなすのは問題があると思う。

 だがけいかいが必要なので、顔に熱が集まるのを感じながら、彼女の勇ましい背中をながめる。

 

「遊んで暮らしたい」

「働けば楽できる」

 

 人生の二律背反みたいな言葉だった。

 ごっかんの冬景色が地下六階に広がっている。ただ真ん中をさえぎる二人の周囲だけ、温かなだいだいいろに包まれていた。

 夏服の装備では寒くてえられない。あわてて扉を閉めようとしたが、凍りついて動かなかった。

 

「どうもー、瀬満せみコウジでーす」

小金こがねハルカでーす」

『二人合わせてキリギリアリスでーす』

 

 瀬満さんは出っ歯がとくちょうてきな男だったが、あいのいいみを浮かべていた。細い体に合わせて緑色のスーツを着ている。

 小金さんは少し太め体型の男性で、汗っかきなのかハンカチを手放さない。彼は黒のスーツを着ている。

 

「いやー今日も寒いですねー。ここはお客様のり上がりでドッカンドッカン熱を上げていきましょうか!」

「それなら工事現場に置いてあるじゃん」

「そうそう。たくさん……って、それは土管やないかーい!!」

 

 体感温度が急激に下がった気がする。実際に目の前の極寒に氷柱つららかプラスされた。

 てんじょうから落ちて来そうなごくぶとの氷柱は、当たればのうしんとうは間違いないだろう。

 どうやら瀬満さんがツッコミで、小金さんがボケらしいが……この現象原因となる固有魔法はどちらのだ。

 

「……ふふっ」

 

 冷えた空気の中、薄い笑い声が。

 声の出所を見れば、口元を押さえて笑いをえている多々良くん。

 お、面白かったのか? 失礼だが、今のしょうもないおやギャグが。私なんか心が氷になった気分で、さっさとあの二人をどうにかしたくらいなのに。

 

「いやんアルゼンチン」

とっぴょうもない! 謝罪を要求する!」

「ごめリンゴ」

「そこは国名で統一せぇや!!」

 

 思考するのもめんどうになってきた、が。

 

「つ、つまらな……ふっ」

 

 何故か多々良くんのツボに入ってしまったらしい。

 むしろ面白くないのが、一周回ってウケてしまったのだろうか。

 私にはよくわからない。というか、理解は難しい。

 

「それ、なにが面白いの?」

 

 だが鏡さんの一言により、場の空気は氷河期にとつにゅうした。

 まんざいの口上も止まる瞬間最大風速だ。あまりの気まずさにあせが流れる。

 

「あれはまんだんといって、芸能人がよく使う手法っす。じゃふう、落語、言葉遊び……その他諸々で場を盛り上げるっす」

「へー。でもサイタとクルリの方が面白いよ」

 

 あの二人は鏡さんの中で漫才コンビ扱いなのか。

 この場に雑賀がいたら「ふざけてねぇで、どうにかするぞ」くらいはツッコミを入れていそうだ。

 

「もしくはヤマトとクルリ!」

「私を芸人ツッコミわくにしないでくれ!」

 

 条件反射でさけんでしまった。というか、私もあの二人側なのか。

 しかし何故か急にキリギリアリスの二人がこそこそとないしょばなしを始めた。

 

「聞いたか? あのキレのあるツッコミ……」

「しかもタイミングもごくじょう……手本にしたいくらいだ」

「全部聞こえているぞ! 私はいっぱんじんの受験生だ! 芸人ではない!」

 

 しかし何故か感動とせんぼうまなしを向けられた。やめてくれ、私は芸能界にはうといのだ。りのアイドルの見分けすらつかないぞ。

 まず内緒話ならもう少し小声でやってくれ。わざとらしく聞こえるように話すとは。

 最中、冷たいすいてきが足元をねた。見上げれば氷が少しけている。ただし多々良くんを中心として、だ。

 

「……もしかして、漫才ですべるほど場をてつかせる固有魔法か?」

 

 だとしたらほう過ぎる。

 

「何故わかった!?」

「じゃあおれの場をなごませると暖かい空気を作るというのも!?」

 

 阿呆の二乗だった。

 しかし漫才コンビのどちらもが固有魔法所有者だったのか。

 まあ、上手くそうさいする組み合わせなので、固有魔法を使って足止めなどには向いている。漫才には不向きだがな。

 

「ヤクモすごーい」

「流石っす」

 

 なんだろう。められているはずなのに、あまりうれしくない。

 

「じゃあヤクモの出番だ! がんれー」

「ん? ああ、なるほど」

 

 固有魔法【燕の恩返しシュヴァルベ】を発動。うるしったような黒い木刀を手にする。

 力を込めず、しかし型に当てはめた動作で。二回まわせば、二羽のつばめが飛んでいく。

 ぼくじゅうを浴びたように真っ黒な燕が氷にれれば、あっという間に冷えた空気と氷が消えた。もう一羽がキリギリアリスを守っていた暖かい空気をさんさせる。

 

 いっしゅんで無機質な地下の廊下へと戻る。

 音もなく、反動も現れなかったせいか――キリギリアリスの二人はあくしかねていた。

 少しおくれて事態を理解し、もう一度固有魔法を発動させようとしたが。

 

 硝子の靴が二人の意識をやみへと落とした。

 

 

 

 余計な時間を食った気がしたが、大和のスムーズな案内により目的地へととうちゃく

 辿たどいたのは金庫室のような場所だった。重い円形の扉を引き、息が固まりそうな重苦しい室内へと足をれる。

 かべくす引き出しの数は異常だ。丸い取っ手が目玉のようだ。四方八方からにらまれている気がして、落ち着かない。

 

 部屋の中央には古ぼけた宝箱。ゲームに出てきそうなデザインで、かいぞくが財宝を隠すために使ったと言われたら頷くな。

 くさりが雁字搦めにからまっているので容易には開けられないだろう。そう考えていた矢先、鏡さんが緑色の小人を出した。

 液体を固めただけにしか見えないが、小人は生物みたいに自在な動きをろうしている。だが宮林さんがまった悲鳴を上げる。

 

「ど、毒っ!!」

「え?」

「あ、天鳥先輩は知らないんだっけ? テオの固有魔法は毒を生成して、あやつる類だったはず」

 

 冷静に解説する多々良くんをに、鏡さんは小人になにか指示を出している。

 まあ毒といっても直接触れなければだいじょうだろう。

 

「ちなみに発生したけむりとかにも毒性が含まれてるから、こんな密室だと全員死ぬと思う」

「それを早く言ってくれ!! 鏡さん、ストップ!!」

 

 私は慌てて木刀から燕を出し、小人にぶつける。しかし形を失っただけで、毒液はゆかに落下。付着した場所から嫌な音と煙が立った。

 まさか魔法で出した毒液は解除に含まれないのか。眼鏡が鼻からずり落ちるくらいに、あぶらあせが止まらなくなる。

 

「中和薬も作れるのに」

 

 ねた子供のようにほおふくらませた鏡さん。慌てることもなく赤い小人を出した。

 小人が床にぶつかり、体液をらす。すると煙は消え、溶けた床だけが露出した。

 最初の緑色はようかい毒液だったらしい。赤がどんな毒薬かはわからないが、鏡さんに固有魔法を使わせてはいけないのは理解した。

 

「じゃあヤクモは箱をこわせるの?」

「う、うーん……難しいかと」

 

 私の固有魔法は魔法無効系。ただの物体や生物にはえいきょうしない。

 しかし物理的にかいすると、中に入っている物も壊してしまうのではないか。

 おそらくこの箱の中に錠があるのだろう。だとすればなるべく無傷で手に入れたいが。

 

かぎの手伝いをしたことがあるので、ヘアピンでいけると思うっす」

「そ、そうか……頼りになるな」

 

 大和はねんれいによらず経験豊富のようだ。良いか悪いかは別にして、だが。

 ヘアピンは多々良くんが持っていたので、それを使って大和が鎖を解き始める。十分後には鎖は全てゆかうえせいせいとんされた。

 しかし箱を開けようとした大和が眉根を寄せた。

 

「箱にはかぎはついてないっす。むしろ……開くための機能がない、というか」

「どういうことだ?」

「切れ目がないっす。ただの立方体を宝箱に見せかけてたみたいで」

 

 私も近くに寄って確かめてみる。ふたと箱の間あるはずのや、接合部などが見当たらない。

 積み木に宝箱の絵を塗ったような不可解さだ。だが箱に手を触れていると妙にざわつく気分になった。

 呼ばれているような。求められているような。われているような。おかしなことだが、箱の中に『誰か』がいる気がした。

 

「じゃあ箱ごと持って帰ろうー」

 

 鏡さんが無邪気に言うので、私のかたから一気に力が抜けた。

 なんてのんな。そしてごうかいすぎる。こんな箱をかかえて東京の街を歩いたら、悪目立ちは必至だ。

 

「名案っすね」

「いいんじゃない? アタシが持ち歩こうか?」

 

 なんだろう。わたしがおかしいのか。

 大和と多々良くんはあっさりと賛成してしまった。貯金通帳を盗むためにたなごと持ち出しましたみたいなじょうきょうになりつつあった。

 宮林さんははや我関せずとちんもくしている。これは多数決を取っても意味ないだろう。

 

「それは困る」

 

 あつ。かた、と骨が鳴る音。赤いきらめきが視界の端でちらついた。

 

ぬすびとめ。死ぬかくはできているな」

 

 疑問形ですらなかった。確定こうどうだけが耳にひびき、指先からあらゆる感覚が消えていく。

 

「あ、骨のおじさん」

 

 だが鏡さんの一言で、全て戻ってきた。なんというマイペース。

 殺気に近い警戒を放っていた大和さえ、あっという間に気が抜けてしまったようだ。扉にふさがる者を用心深くえている。

 

 人骨。生前はたくましい体をしていたのか、骨太だった。

 がいこつが古めかしい貴族服を身に纏っている。だが胸元だけ不自然に穴を開けており、心臓があるはずの場所には脈動する赤い石。

 がんこうおくで不気味な光がまばたいており、ひとみの代用品となっていた。その光を頼りに相手の視線をさぐる。

 

が名はフォン・ロートバルト。錬金術師機関総顧問である」

「テオバルド・鏡・エーレンベルクだよ。名前の感じからして、骨のおじさんもドイツ系なの?」

「総顧問、もしくはだんしゃくだ。祖先にけいはあるが、それだけだ」

しゃく持ちなんだ。じゃあ領主様だったりして」

「領主様……良い響きだな。その通り。王家に広大な土地を任せられためいある貴族が我だ」

 

 なんだかんだで男爵は鏡さんのペースに乗せられているような。

 おうしゅうの貴族制度については詳しくないが、男爵といえば貴族のしょうごうでも有名だろう。実はあまり高い地位ではない、とか。

 鏡さんがえんりょなしとはいえ話が通じるためか、男爵の態度がいくぶんやわらいだ。けれど油断ができるほどではなく、多々良くんは宮林さんを背中にかばっている。

 

「ふむ。鏡といったな。貴様が望むならば、我が配下に加えても良いぞ」

「え? やだ」

 

 じょうげんな男爵のさそいを、子供みたいなことづかいでいっしゅう

 鏡さんはいつもの笑顔のまま。けれどふんだけが少し変化している。

 なんだか怒っているような。悲しそうな気配だ。

 

「金や名誉、地位すらもあたえてやると言っても?」

「いらなーい。だって欲しくないもん」

 

 確か鏡さんはごうよくの候補だと聞いていたはずなのだが。なんでもかんでもねだる子供のような大人だと、雑賀があきれていたのに。

 面白くなかったのか、男爵から溢れる雰囲気がこわった。それだけで心臓をわしづかみにされている気がして、とても気持ち悪かった。

 かつ、こつ。ブーツの足音を響かせて、男爵が鏡さんへ近寄る。多々良くんや大和が動こうとしたが、鏡さんが背中しに「止まれ」の合図を送ってきた。

 

「ならば貴様の全てを奪ってやろうか?」

「もうおくれだよ。僕にとって全てと言える人は、手が届かないもん」

 

 骨の手が首筋をつかむが、鏡さんはにこにこと笑っている。

 私にはそれが恐ろしかった。男爵へのきょうなど消え去っている。れいな緑と青のオッドアイが、ぐと敵をとらえている。

 硝子玉みたいな瞳に、熱が宿っている。真っ赤な、えたぎるような。赤りんもぐずぐずに溶け落ちてしまう感情。

 

「ソフィアのことをおぼえてる?」

 

 誰だろうか。女性の名前だとは思うが、初めて聞いた。

 大和も私と同じだったが、宮林さんと多々良くんだけが表情をゆがめている。

 毒がじわじわと広がっている気分だ。目に見えないのに、確かにむしばまれていく。

 

「知らぬ」

 

 男爵は興味がなさそうだった。三文字の返答。

 

「じゃあ僕達は絶対にわかりあえないよ」

 

 にこにこと笑顔。無邪気な言葉。けれど明確なきょぜつ

 怖い。したい。眺めているだけなのに、体のおくそこからふるえていた。

 さけごえを上げながら走りたいくらいだ。それだけ私は鏡さんに恐怖を覚えた。

 

「だから僕はじょも扉もいらない。でもヤマトの家族は取り戻したいんだ。ねえ、おじさん。僕に錠を揃える手段があるんだけど、どうする?」

 

 首筋をにぎり始めていた骨の手が、ぴくりと反応した。

 白い首筋に赤いうっけつ。骨の手形がくっきりと残っていたが、鏡さんは表情を変えていない。

 

「真か?」

「フェデルタと約束したの」

 

 その名前を聞いた瞬間、男爵は肩を震わせた。

 

「ふっ、は、はは! ははははははははは!! あのれいが! 小間使いが!! ぼくぜいが! 大きく出たもんだ!」

 

 べつの大笑い。耳に声が届くだけでとりはだが立つ。

 けんしかかない笑い方は、男爵のひとがらを表していた。

 

「六つ揃えば、自動的に大家さんが七つ目を渡してくれる。だから今だけ錠をちょうだい。鍵はそっちが勝手に決めていいからさ」

「はははははははは!! ――それに我が頷くと?」

 

 げんの急転直下。れいこくな声が響き、くらい眼孔が鏡さんの顔に近付く。

 大変気まぐれな男爵。とても面倒な相手だ。ムラっ気が強すぎて、一秒前のことさえじょくだと怒りそうな性格だろう。

 

「だってフェデルタを捕まえられないよね?」

 

 笑顔の鏡さんが床にたたきつけられた。

 一瞬だったが、かみを掴まれてとされていた。床の上に横たわった鏡さんは動かない。

 

「生意気な口をくな!!」

 

 もう一度髪の毛を掴もうとした男爵の前に、気付けば飛び出していた。

 手には黒い木刀。切っ先を向ければ、男爵は用心深くあと退ずさる。私は鏡さんを背にし、正面を睨んだ。

 

「私達に非があるのは認めよう。だがこれ以上の暴行は見過ごせぬ。後は司法に任せ、公平な判断をあおぐべきだ」

「法律など知ったことではない! 我こそが規則であり、てっついだ!」

 

 なんてごうまんな。身勝手もここまで来ればいさぎよさすら感じるな。

 だがあとくされなくて済む。私の周囲を燕が一羽、かっくうする。男爵はそれを視界に捉えると、きょを取った。

 

「人骨が生きているなど、魔法以外には考えられぬ。ならば――私の固有魔法は天敵だろう?」

「っ、くく! 魔女の魔法にていこうできるものか!」

「ならば命をけて証明するがいい」

 

 ひとりごとに一羽。すみれたような真っ黒な燕がせまい部屋を飛ぶ。

 十羽をえる頃、とうとう男爵は部屋から飛び出した。おびえてげたようだ。なしめ。

 まあ、私が言えたことではないが。鏡さん、意外と怖かったし。

 

 とつじょ、部屋が真っ赤に染まる。警報がビル中にひびき、男爵の指示が建物中にでんする。

 

「こうなれば私達も逃げるぞ! 大和は鏡さんを背負ってくれ! 多々良くんは宮林さんを! 私が箱を運ぶ!」

「……ハコだけにっすか?」

「ふふっ」

「親父ギャグではない! いいから走れ!!」

 

 その先はよく覚えていない。

 狭い廊下でいばらあばくるい、多々良くんがおそいかかる警備員のかんを重点的にねらっていたような、曖昧な情報しか出てこないくらいだ。

 ただきもが冷え続け、ようやく感覚が正常になったのは雑賀達が住んでいるマンション前に辿り着いた時だ。

 

「よお。面白い見世物だったぜ」

 

 まるで狙いすましたように大家さんが待っていた。煙草たばこを吸いながら、にやついた顔を外灯に照らしている。

 宮林さんは気絶しているし、鏡さんも大和の背中でいきを立てている。高級外車がさっそうとマンション前に現れ、かしさんとかばさんが救急箱と自動体外式除細動器AEDを手にってきた。

 そんなに心配せずとも、鏡さんだって一応成人男性なのだから。か弱くないと思うのだが。まあ多少細身すぎるのは気になるかな。

 

「おら、さっさと箱を開けろよ。魔法の宝箱だ。お前の固有魔法なら楽勝なはずだ」

「はあ……」

 

 なんとなく大家さんを信用していいかわからなかったが、大和がけいかいしんあらわに睨んでいるので、横からさらうことはできないだろう。

 木刀を一振り。一羽の燕が箱にぶつかり、消失した。立方体パズルのように宝箱は開いていき――。


「どういうことだ?」

 

 空っぽという事実だけが私達に提示された。

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