3話「ミッドナイトの襲撃者」
俺、
普通に、はいそうですかと信じない仮定だからな。ただ俺は間違ってないという根拠のない自信がある。
メンドーだけど、少しだけ長く話す。こんなに言葉を出すのも何年振りだろうか。
「質問の意味を変える必要も、状況としても、明らかに二つの事例は相違している。情報が少ないけど、俺の判断としては相手は二つ。今すぐ解答者を始末する奴らと、観察して頃合いを見計らっている奴ら。前者をA、後者をBとして、今俺達を見張っているのはB」
俺の仮定が正しいことを前提に話を進めていく。そうすれば俺のペースで話していける、ゲームで勝つ時と同じように。
そして俺自身はこの仮定を崩してはいけない。自ら崩壊させたとき、ペースは相手に持っていかれる上に弱点となる可能性が大きい。
言葉で目の前の男と女を黙らせるのがこのゲームの勝利条件。そして俺はゲームで負けた覚えはない。
「な、なんでそんな突飛な話というか、あんな物騒なのが二つってややこしいことだらけじゃねぇか!?」
「それに質問の内容を変えたのは本人の思考によるただの省略という可能性もあるじゃん」
「罠用の雑誌まで用意する上に会話の間で目的を遂行させる集団が、そんな簡単なミスを犯すか?Aの奴らは解答者を見つけてすぐに始末するのに、ネットゲームで質問をするというのも行動として怪しい」
「いやでも候補なだけであって、今は俺達もその、A?に観察されているようなものじゃ……」
「そこなんだが、AとBが同じ対象を探しているのに別行動をしているのも変な話だ。そうなると敵対とまではいかなくても最終的な目的が違う、相容れない二つだと考えた方が自然だ。そしてBが候補を観察をすることによって、Aの抑止力となっているかもしれない」
すでに男の方は脳味噌の容量が超えはじめたらしく、眉間に盛大な皺を作って唸り始めた。
俺がペースを崩さないために言葉を多めに使って攻めている、というのも原因の一つだがそこは流しておこう。
なんにせよこれで男の方は会話についてこれなくなり、自滅するだろう。次の相手は女の方になるか。
冷静な態度と体勢を崩さないまま女は俺の言葉を反芻してゆっくりと反論を組み立てている。
男よりは感情的ではないらしい。でもこういったタイプは感情的な奴より早く俺に降伏宣言したりするんだがな。
争っても無駄な場合、早目に降伏した方が温存ができる、という冷静な考えを持っているからだ。降伏や一時的な負けが後々に勝つための力を持つことはよくある話だ。
「つまり、観察する視線はB、襲撃はAと見てもいいってこと?」
「一概にそうとはいえないが、ほぼ間違っていない。泥棒だって監視カメラの前では犯罪できないのと似ているな」
「アタシ達は先にAに見つかったから即座に襲われて、枢はBに見つかったから様子見されている、ってことと仮定しいているの?」
「ああ」
「じゃあさ、今日感じたもう一つの敵意の視線はどう説明をつけるの?」
やはりそうきたか、と俺がすでにこの質問に対して答えを持っているのとは逆に、男の方はそんな視線もあったのかと驚いている。
女の方は気付いていたのにお前は気付いていなかったのかと呆れてしまう。おそらく視線は気付いていても数や含まれた意味にまで気が回らなかったかもしれない。
よくそんなお粗末な反応で、他の誰かを襲撃から守ろうと思ったものだ。傲慢にも程があるってことを知らないのか。
そういえばさっきの質問の答えによって罪と美徳がついてくる例で、男は傲慢だったな。あながち馬鹿にできないもん、だ……、ああ、そういうことか。
俺はやっとなんで質問をされたかという原因に気付いた。俺が注目を浴び始める切っ掛けとなった動画のことを思い出す。
あの時も俺はメンドーだから相手の再戦申込みから逃げた。それ以来周囲を嗅ぎまわられて大分特定されてしまった。
怠惰、俺が選んだラプンツェルに相当する罪らしい。塔の中で一生を終えればいいのに、長い髪も切って外に出てしまった童話。
もし俺がラプンツェルだったら長い髪を外に下ろさず、誰も招き入れずに、大人しく命が尽きるのを待っていた。俺の理想。
でもあの童話は塔に出たことによって苦労したけど本当の愛を見つけたとかで、俺はそんなに上手くいくはずないのに、と最後のめでたしも見ずに本を閉じた覚えがある。
俺はあの動画でメンドーと逃げた。それでおそらく怠惰に値すると思われて試しに質問されたのだろう。
しかもあの動画の投稿者が俺の正体を突き止めようと掲示板設立や動画コメントで倒してくれと触れ回っている。
相手も探すのはさぞ楽だったろうな。なにせ俺に恨みを持ってネットゲームの怒りを現実で晴らそうと動く奴がいたんだから。
まあ、そうやって派手に動くから俺も相手の正体を突き止めているわけなんだが、意外と近くにいたせいでメンドーなことになっているんだよな。
しかも手持ちの武器、というよりは手段は相手の方が有利だ。なにせこのマンションの防犯を潜り抜ける方法が簡単に手に入る奴だからな。
「デュフフ丸、ってわかるか?」
「動画投稿の奴?確か動画ランキング一位になった実況者とかトウゴが教えてくれた……」
「気持ち悪い名前。なにそれ」
「俺に恨みを勝手に抱いた奴で、敵意の視線の主。つまり俺はBとデュフフ丸に観察されていたわけだ」
女の方はデュフフ丸という名前に嫌悪を抱いているのか、美麗な顔をわずかに曇らせている。苦虫を噛み潰した顔だ。
俺も最初に名前を見た時に馬鹿じゃないのかと思ったが、自分のネットネームも同じ類なので深くは考えなかった。
それでもこうやって会話で出すとかなりきつい名前だ。正直趣味は合いそうにないと簡単に思わせてくれる。
ここでマンションの構造を思い出す。部屋に向かうエレベーターはカードキーがないと使えない。
訪問者も部屋の主の許可がないとエレベーターを使うことはできない。屋上はなく、窓も高層ビル用の強化ガラス。
緊急事態の時にはエレベーターではなく部屋に設置された避難用スロープで滑り台のように移動して下に向かう。
荷物などは管理人室で一度チェックされる。防犯カメラ映像も管理人室で見ることができる。
不便そうに聞こえるが、何かあった時は管理人室を訪ねれば多くが解決する。例えば部屋にカードキーを忘れた時とか。
俺はメンドーだったが立ち上がって、台所の奥にあるスロープの開閉スイッチのところまで歩いていく。
何事かと女と男が首を伸ばした時、エレベーターが到着した時の電子音が鳴り響く。
そして部屋のドアノブが何度も回される。耳障りな音が強く、しつこく扉を開けようと必死になっている。
オートロック式なので男の方が買物から帰った後、自動的に鍵がかかっていた。
それを開錠するには内側からの補助か、管理人室に設置されているややこしい手順が必要な鍵を使うこと。
今鳴り響いている音もそのややこしい手順が必要な鍵を使って無理矢理開けようとしているからだ。
指だけで靴と鞄を持ってくるように指示する。俊敏な動作で女の方が俺のサンダルも一緒に持ってきてくれた。助かる。
男は立ち上がって俺の傍に近寄ってくる。猫背で丸い俺の背中はさぞや頼りなく見えるだろう。
頼られてもメンドーなだけだから、猫背を直す気はないんだがな。なんにせよ、そろそろ扉が開く頃だろう。
俺はスロープの開閉スイッチを押し、作動させる。滑り台、というよりは布地の長い袋がマンションの中庭まで伸びていく。
おそらく今頃管理人室で警報が鳴っているだろう。異常事態以外で開いたらアラームが鳴るようにセットされているからな。
あのおばさんがまともに管理人の仕事をしていたなら、今頃目をひん剥いて防犯カメラに喰いつく勢いで眺めているだろう。
俺は手招くこともせず、先にスロープを使って部屋から脱出する。荒らされても問題ない私物しかないので、全て置いて行っても問題ない。
というか、何か持っていくのメンドーだし。荷物っていうのは行動を鈍らせる物だからだ。
滑り落ちていく最中、後ろの方でこういったものに慣れていない男の叫び声が聞こえた。うるさい。
中庭から振り返りもせずに夜の都内へとサンダルを履いた足を向ける。走ることはしなかった。
走っても逃げ切れる保証があったわけじゃないし、メンドーだったから。なるべく人通りの少ない場所へ向かう。
たまに俺のバンダナについている猫耳に目を向けてくる奴がいたが、大半はすぐに視線を逸らして通り過ぎていく。
背中で感じる気配からすると、男と女が黙って俺についてきているようだ。ついてこなくていいのに。
俺の部屋に来た時に持っていた鞄は持たせているから、このまま帰ってくれないだろうか。
これ以上こいつらといるとさらにメンドーなことが起きる気がする。でも後ろの気配は消えることなくついてくる。
裏路地から猫の声が聞こえて、なんとなく目線だけを向ける。ふてぶてしそうな猫が目を光らせている。
可愛くない、俺はやっぱり猫が嫌いだ。胸の中で何かが穴を大きく広げようとする。
だけど男の方は勘違いしたらしく、俺に向かって声をかけてきた。
「やっぱ猫好きなんじゃん」
「嫌い。メンドー、そういうの」
「なら声聞いて振り向くなよ……猫耳もつけてるくせに」
背中から呆れたような声が聞こえたが、猫耳はアクセサリー扱いだからカウントするな。
バンダナはゲームしている時に前髪が邪魔にならないように。でもそれだけでは物足りなくて着けた付属品が猫耳だ。
犬耳や角とかもあったけど、一番無難そうな、マシなのを選んだつもりだ。着けなくてもよかったけど、気付いたら猫耳を愛用していた。
ネットネームも丁度猫耳野郎だったから、都合がいいと思っただけだ。それだけのはずなんだ。
薄暗くてポリバケツやごみ袋が並ぶ道を目的もなく歩いていく。明るい街は背中の向こう側にしか存在しない。
そして男と女も背中の方にしかいない。俺の目の前には誰もいない。だからって振り向くのはメンドーだった。
「クルリ、いつまで背中向けてるんだよ。少しは今後のこと話しあおうぜ」
「メンドー」
「それ言えば全てから逃げれるわけじゃねーだろ!さっき部屋に侵入しようとした奴とか、Bとか、お前わかってんじゃないのか?」
「わかる。で、なに?関わるつもりなの?」
ずっとついてきていた男の足音が止まった。俺は振り向かないまま少しずつ距離を開けるように歩いていく。
女の足音も男と同時に消えた。男に合わせて歩いてきたんだろう。そいつともきっと距離が開いていっている。
命の危機だか襲撃か知らないけど、ここまで無下にされたらわざわざ関わろうとは思わないだろう。早く俺に無関心になればいい。
そしたら俺はまた一人であの部屋の中で命が尽きるのを待つだけ。誰かと死ぬ趣味はない。
誰かと生きる趣味もない、どうせその誰かもいつか俺の背中に指差して言葉を投げてくる。昔のアイツのように。
俺が気にかけたところであの猫のように手遅れな時もある。だったら最初から関係を作るなんてメンドーだ。
俺は昔からこう言って逃げてきたんだ。俺が一人でいる限り、それは絶対変えるつもりはない。
猫が嫌いなのも、命が尽きるのを待つのも、メンドーと言って逃げるのも、変わらない。
だからさっさと帰ってくれ。そして二度と関わるなよ。友達とか言われたって、俺は違うと否定するだけだ。
「……無関心でいられたら楽だったよ」
男が声を出した。そうだろう、無関心は楽だ。なにも抱え込むことなく生きていける。
だからそうしろよ。今日出会ったばっかの俺のことなんか忘れてしまって、そこの女と青春しろよ。
普通の日常、とか言われる学校でのんびり過ごせばいい。それが一番のはずだ。
「でも見過ごせるわけないだろう!!あの食生活!!」
……そっちか。
それこそ無関心でいてほしい項目第一位だな。でも確かに男の作った食事は美味かった。
味噌汁を飲んだ時の、何かが埋まる感覚がしこりを残すように忘れられない。
「雑賀のご飯はアタシも毎日食べたい。味噌汁は本当に毎朝飲みたい」
「作り方教えてやるから、今度自分で作ったらどうだ?」
「だから作れないんだって。なにより雑賀の味噌汁を毎日アタシが飲みたいの」
「食費くれるのなら作ってやるよ」
いきなり背中で繰り広げられるプロポーズが入り混じったラブコメに舌打ちしたくなる。
しかし食費を渡せばあのご飯を毎日か。いやいや何を考えているんだ俺。でも食事のメンドーな手間を省くことができるのか。
なるほど。恋愛シュミレーションゲームで料理イベントがどうして必要なのかよくわかる例だな。
「とにかく!目を見て話せ!じゃないと理解が進まないんだよ!」
「メ」
「メンドーでも話す!!ほらこっち向けって!」
肩を掴まれて無理矢理振り向かせられる。視界には男、その背後には女とネオンが輝く明かるい街。
その明るさに目が眩んで細めた時、黒い影がこちらに何かを向けているのが見えた。俺は普段は崩さない表情を動かす。
俺の異変に気付いた男が振り向いて、驚いた顔をした後で俺の体を突き飛ばす。
その直後に路地裏で鳴り響いた音は聞き覚えがあった。
かつて猫が死んだ時、公園ではしゃいでいた男達が手にしていた物。
改造モデルガンの発砲音だ。しかも音の大きさから反動がでかい分殺傷力を持ったモデルガンの音。
突き飛ばされた俺が起き上がる頃、男は路地の上に倒れて動かなくなっていた。
女が心配してその小さな体を抱えて、刺激を与えないようにしつつも声をかけている。しかし反応は返ってこない。
別に言葉をぶつけられたわけでもなく、背中に指を差されたわけでもないのに、俺の中で勢いよく何かが消えていく。
同じ感覚を味わったことがある。傷だらけの猫が死んだ時と今が重なる。
「チッ、邪魔しやがって!!まあいい、くたばれ猫耳野郎!!」
思いの外渋い声が暴言を吐き捨てて、改めて俺にモデルガンの銃口を向けてくる。
ネットゲームの勝敗を現実に引きずって持ち込んだ、ルール違反野郎が恨みを晴らすために俺以外を巻き込んだ。
メンドーなことをしてくれた。でもさすがにここまでやられたら、黙っていられない。
俺は人生で二度目の固有魔法を使った。
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