2話「確率論とイートイン」
背中に視線を受ける
向かうは俺の家、というかマンション。
都内ではおそらくセキュリティが厳重な方だろう。まあ、それも最近
最上階よりも三階くらい下の、それでも十階以上の数字を
男の方――
身長はそう大きくない、男子高校生のようだ。年下と思われる。
女の方――
俺が言うのもなんだが……メルヘンな名前だ。
どこかのお星さまでも眺めてつけた名前だろうかと、本人の前では言えない思考をすぐに
すごくメンドー。
けれど男の方が必死な顔するから、無視できなくなった。
それに姿は見えないけど
昔に浴びすぎて気持ち悪くなった敵意と、
敵意の方は見当はついていた。
ネット上でのゲームを現実に
もう片方はいくら調べてもわからなかった。
でも女の方がその視線を逆に観察するような目をしているから、もしかしてさっきの話と関係しているのだろうか。
固有
腹減ったからコンビニで適当に買ってすぐに帰るつもりだったのに。
なんでこんなメンドーなことになったのか。
初夏とはいえコンクリートは熱を
俺がマンションの自動ドアから流れてくる冷気に
「高級マンションかよ……」
「
女の方は
入ってくる人物は全員カメラに映る。
カードキーがなければ家主でさえエレベーターは使えない。
そして客人はホールにあるインターホンで、向かう部屋の者に許可を
このマンションの
非常時は部屋に設置された
ただしそのスロープは異常事態以外で作動させると管理室に警報が鳴り、管理人が部屋へ様子を見にくる
不便に聞こえるかもしれないが、人と会う気のない俺にとっては
配達物はホールの郵便受けに入る前、管理人室で管理人が受けとる。
ただし量が多かったり、配達人の様子がおかしかった場合は教えてくれる。
いや……注意してくるが正しいか。ああ、メンドー。
「こら! 待ちなさい!」
郵便受けも見ずにエレベーターに向かおうとした俺を引き留める声。
中年の女性が太った体を
見事な
どうやら今日の管理人は最悪なことにうるさいおばさんだ。
太った体にはブランド物の服に、派手な
俺と同い年の
しかもその自慢話は大体他人を
「ちょっと! 枢さん! ここ数日変な荷物多いらしいですけど、一体なんです? 今日も
「……すいません」
「口だけならなんとでも言えます! 私が言いたいのは
メンドーなことになった。
ただでさえ今日は俺に変なことを言ってきた二人がいるのに。
そしてその二人は背中
むしろ
俺はなるべくおばさんと目を合わせないように何度も
どうせ不満を俺にぶつけたいだけだ。お金を
「全く学校にも行かずに外出も
「……」
余計なことを言いやがる。
でもおばさんの口は止まらない。プライバシーって知らないのか。
「昔は神童とかもてはやされて、今や
「おい、クルリ」
急に背中から
でもその
そのせいでおばさんはうるさい口を
その間に
女の方は少しだけ得意げに笑っている。
男の行動に気分が少し晴れたらしい。
俺からしてみれば、どうしてそんなメンドーな
「さっさと部屋に案内してくれよ。俺は体臭きつい奴と
「なっ!?
「すいません
思いっきり失礼なことを言った男に対して
声も多少低くして
しっかりと
するとおばさんはうっとりとした顔で、女を見上げている。
どうやら顔立ちに注目しすぎて、スカートは視界から
「ま、まぁ今日はこれくらいで。お友達に感謝することね」
「はぁ……」
友達になった覚えはないんだが、同年代のせいでそう思われてしまったらしい。
なんにせよ口うるさいのはいなくなったし、後ろの二人をエレベーターまで連れて行って部屋へと案内する。
静かに上へ向かっていくエレベーターは、カードキーの番号に書かれた部屋の階にしか止まらない。
だから他の住人に会うことはない。
顔も見たくない。存在も
なのになんで俺は誰かを部屋に招いたんだろう。
メンドーなだけなのにな。
ああでも断るのもメンドーか。
世の中本当にメンドーばかりだ。
きっとこれからもずっとそれは変わらない。
一階全体が部屋になっている構造のマンション。
その広いリビングを前にして
俺はそんなの気にせずにリビングへと向かう。
ごみ
女の方は男よりも
「ひっろ……いのに物がない」
男は
俺の部屋は台所とリビングが続いていて、部屋として区別されているのはシャワールームとトイレだけ。
そこは服を
リビングが一番広くて、そこにソファベッドとパソコンを
他にはゲーム機数台。あとは外を
その窓にもカーテンをかけて室内が見れないようにしている。
だから部屋の大半は暖かみのある板のフローリング。
「なんか飲みたかったら冷蔵庫開けて。好きなの飲んでいい」
「ふーん、じゃあお言葉に
俺の言葉に
置いてある
その反応が気になった男は、女に続いて冷蔵庫を見て――二度目の絶句。
しかし俺はそんな二人を気にせずに、買ってきたポテトチップスを食べ始める。
テレビの電源をつけて、パソコンも同時に起動。
パソコンの小さい画面ではなく大きなテレビの画面でゲームがしたい気分だった。
「炭酸飲料にコーヒー
「野菜は!? 肉、いや米……何もねぇ!!? お、おま、クルリ!?」
「……なんだよ?」
「
それに数日と言っても徹夜を
なので日にち感覚も
思い出せる
野菜チップスに
そして俺の食べた物の名前を聞くたびに、男の体が
今にも
「野菜チップスで栄養を取っているだろう」
といった矢先、
足音立てながら「買い物してくる」と言って、男は部屋を出ていった。
なんで怒ったのか俺にはわからない。本当に……その感情は意味不明だ。
「アタシも人のこと言えた義理じゃないけどさ、少しはまともなの食べたら」
「どうして?」
「
「別に、倒れてもきっと誰も気付かない」
一人で住むには
一人分の家具と荷物。
一人分にも満たない食料。
この部屋に誰かを招く気なんてなかった。
だからこれだけでよかった。
それだけの話になんでこいつらはこんなに気をかけるのか。
他人に気を使ってもメンドーなことが起きるだけなのに。
昔からゲームというもので負けた覚えがなかった。
特にチェスは小学生の
両親はそんな俺を
だけど友達とかそんなのはいなかった。
ライバルとか
メンドーなのが嫌いな俺はどんな相手でも本気を出して勝った。
そっちの方が早く勝負が終わるから。
けれど俺は負けた奴に睨まれてきた。
同級生には本気出すなよと怒られたこともある。
勝負前には「手加減するなよ」と笑ってた奴も、最後は怒っていた。
チェスの世界ジュニア大会。
決勝の相手は俺にチェスを教えてくれた奴だった。
そいつは優勝が夢だと、
俺は優勝すればインタビューとか、その他
優勝は欲しい奴が手に入れればいい。好んで背負いたいとは思わない。
なによりそいつは強いから俺が本気を出せば時間がかかってしまう。
だからメンドーなことはやめて、わざと負けた。
優勝カップを手にしたあいつは、俺に向かって泣きながら怒った。
そして、
「友達だと思ってたのに、ライバルだと思ってたのに――
とかな。
俺は返す言葉を探すのも
メンドーだと思った俺は準優勝も辞退して、その場から逃げた。
それからはメンドーだらけ。
学校に行けば卑怯者と笑われては、チェスの勝負だけでなく相手が得意なゲームを
勝負に勝つたびに卑怯者と
俺の眼前には誰もいなくて、背後の奴は背中になにかをぶつけてくる。
その言葉に触れるたび、俺の中でなにかが減っていく気がした。
俺はそれが命だと思った。
そんな錯覚に
石をぶつけられまくった傷だらけの
人間にすり寄ってもメンドーなだけなのに、その猫は傷だらけの体を俺に
でも俺はそんな猫からも
だけど夜中になぜか猫のことが気になって、親にも
夜の公園は怖くなかった。けど
毛皮もめくれて
生まれて初めて魔法を使った。なんで使ったか、今でも思い出せない。
別にモデルガンは怖くなかったし、指さされたことも見つかった俺が悪い。
なのに動かない猫を見た時、また俺の中でなにかが減った気がして、ドーナツみたいな穴が胸に空いたような。
メンドーなことに、傷一つついてないモデルガンで遊んでいた集団は俺を責めた。魔法を使った卑怯者だって指さした。
猫も俺が殺したことになった。明らかに撃たれた
けど少年法とかなんとかで俺は無罪だった。それでも
卑怯者、犯罪者、猫殺し、そうやって背中に言葉がぶつかるたびに、なにかが減った。
進学した中学でも指さされて居場所なんかなかった。だから中退した。勉学に興味はなかったから問題ない。
両親は
でも仕送り金に手をつけていない。あとでなにに使っているのか聞かれたらメンドーだから。まぁ聞く気ないだろうけど。
株をゲーム感覚でやれば簡単に
生きるのに全く問題のない人生。それなのに俺の中では何かが減り続けている。多分命で、
さっきみたいにおばさんみたいな人が俺の背中に言葉をぶつけるたび、減るのが加速していくような錯覚。
なんでこんなメンドーなことになったのか。それでも俺の寿命はまだ
ゲームだったらクソゲー確定な俺の人生はいまやスクロールするだけの
どこからクソゲーになったのか。チェスの大会でわざと負けた時か、猫が死んだ時か、それとも生まれた時からクソゲーだったか。
それでも呼吸だけで過ごすのはメンドー以上に
今日の相手も弱かった。次の相手もきっと弱くて、他のゲームでの勝負も勝ってしまうだろう。だけど俺に挑む奴はいなくならない。
勝つたびに挑まれては、でも再戦がメンドーだから逃げて、そのたびに画面に浮かぶ文字は俺を卑怯者と罵ってくる。
今も負かした相手から逃げたら、卑怯者、って。見えないのに、背中に向かって指を差されている気分だ。
そうやってゲームにのめり
顔を上げて見れば台所で野菜を刻みながら
まともな食事をする気はなかったから俺の部屋には食器というものがない。だからわざわざ買ってきたらしい。
野菜サラダに肉の
俺は出来上がった食事に目を丸くする。出来立ての料理は両親との生活以来だからだ。机ないかと
女がそれを取り出して上に食器代わりの紙皿や紙コップを広げていく。紙コップも
さらには牛乳パックが
だけど俺は
「と、いうわけで食え! ビタミンとタンパク質にカルシウム! あらゆる物を
「わーい、雑賀の食事」
女は文字から見たら喜んでいるようだが、表情はあまり動かしていない。でもどこか
食べることすらメンドーだった俺にしては
食べ終えた後に男は
今やっているのはオセロ、次に
オセロでは全面を黒で埋め尽くして、完敗させて再戦を
将棋では特定の
七並べも相手のサレンダーによって早々に
俺の中では相変わらずなにかが減っていく。早く尽きればいいのに、しぶとく残る何か。
背後では洗い物を終えた男も女と同じように画面を眺めていた。夜の八時、そろそろ帰ったらどうだろうか。
振り向かないままオンラインゲームの画面に移る。
キーボードを打つ音だけが部屋に
「なぁ、クルリ。お前猫耳好きなんだよな」
「……好きじゃない」
「は? バンダナに猫耳、オンラインゲームのキャラも猫耳、挙句の果てにネットネームも猫耳
よく知っているな、と思いつつメンドーだから俺は返事せずにゲームにのめり込む。
というか猫なんて嫌い。それのせいで俺の人生はメンドーだらけになったから。今だって頭の
それを思い出すたびに空いた穴みたいな何かは平常心を揺るがして、ゲームに集中させてくれない。
だからって俺がゲームで負けることはなく、今も対人戦で相手を
俺が返事しないとわかって男はそれ以上
女は時計を見て、
「
「おま、多々良……一応相手は男だぞ? しかも初対面で……二人っきりとか……」
「雑賀も泊まるから三人だよ」
「自然に俺を
背中で
コロシアムという対人戦ができる場所で、ロワイヤル形式の集団戦に挑む。
全員が敵でも問題ない。相手が仲間同士で固まっていても問題ない。俺が一人でも問題ない。
というかギルドとかメンドーだし、パーティー作るのもメンドー。誰かと一緒にいるのはメンドー。
昔から家族もメンドーだった。チェスで大会決勝までは褒めてくれたのに、その後は
友達とか同級生とかもメンドー。ゲームで俺が勝てば泣いたり怒ったりして、卑怯者って指差してくる。
チェスの大会決勝の奴もあれ以来姿を見てない。俺を卑怯者と呼んだあいつは、チェスをやめたのかもしれない。世界優勝者になったしな。
誰かと
それなのに何で俺は後ろの二人がいることに、少しだけ満たされているのか、わからない。
「悪いな、クルリ。いきなり泊まりとか
「また来られてもメンドーだから、泊まっていいよ。ただし話が終わったら二度と来ないで」
男の言葉に素っ気なく返す。俺の中が今日はいつもと
ただ尽きるのを待っているだけでいいのに、スクロールするだけのクソゲーみたいな人生でいいのに、サプライズイベントなんていらない。
それにこれ以上俺に関わっていると、メンドーなことになる。あの感じた視線の内一つが今にも動き出すと考えていたから。
男は目を丸くしつつも、俺の言葉後半に
女の方はさっきと変わらず平静なままだ。俺はゲーム画面を消して、振り向かないまま話を
「俺達は変な奴に襲われた。お前もきっと襲われる、だから今度は
「迎え撃つって魔法で?
「いやそこまでは……。でもなにかしらの会話を引き出せれば」
俺は
具体策が一つも出てこない辺り、最悪だ。相手の情報もほぼないのだろう、多分ゲームも感情に任せてやるタイプだ。
そういった感情任せの相手が俺は苦手だ。どう出るかわからないし、負ければ感情的に八つ当たりしてくる。
チェス優勝者のあいつもそうだった。勝ったのに感情に任せて俺を卑怯者と指さした。メンドーなタイプ。
でもそんな相手でも俺はゲームで負けることはない。ただこいつとの会話がゲームではないので、
シュミレーションゲームみたいに
仕方ないので顔だけ振り向かせて男を見る。
女の方は静かに観察しているので、口出しする気はないようだ。それは楽な話だった。
「ゲームでもなんでも相手のペースに乗せられたら負け。だからまずは自分のペースに乗せる、そしてペースは
「なんでゲームの話?」
「お前が相手のペースに乗せられているからだよ。しかも敵の動きや
「ぐっ、う、それは確かにそうだけど……」
「おかげでメンドーなことに、俺はしっかりと目をつけられた。というか七人揃うと駄目なのに、なんで候補の俺のところに来たんだが」
男は驚いて俺を見ている。なにせ七人揃うと駄目というのはまだ説明されてないからだ。
けどあの質問では選
でも選択させるだけなら二択でも良いはず。それが七つなら、七人の答えが
そしてまた俺が観察されているということから候補の段階と思える。なによりあんな適当な問題で世界中の人間から七人なんて
そういえば固有魔法所有者を
なにせ固有魔法所有者と通常者を見分けるのは痣くらいしかないからな。目の前にいる男と女の痣は見てないが、自分から固有魔法所有者の共通点があると口を
でも最近なんかネットで魔法使わないのと聞かれて、現実で使えるからと答えた覚えがあるな。二人に一人は魔法が使えるし、
俺はある意味失態を
それだけで六十億人から一億人に絞り込める。魔法が使えると人間は二分の一、五千万人までさらに限定される。
うっかり浮かれて男であることも答えた覚えがあるぞ。女の子には弱いんだよ、一応男だから。でもそれでさらに二分の一になるな。
つまり二千五百万人くらいまで絞り込めるわけだ。何気ない質問でもここまで数を減らせるんだから、分数というのも馬鹿にできない。
それでも
「……クルリって、もしかしてかなり頭いい?」
「どうだろう。中学中退だし」
勉学に興味がないから頭がいいとか悪いとかにも興味なかった。でもゲームのルールは一度聞けば理解できる
チェスの試合も流れを再現するのは得意だし、将棋とかの
音ゲーも足が自然に動く程度の運動神経で、連打とかも得意で、時間
でも頭いいのかと聞かれたら中学中退だからどうなのか、わからなくなる。社会の基準と俺の基準は全く別物だ。
そして社会の基準でいえば俺の経歴は
「なんにせよ、相手の動きが掴めないときはじっくり待った方がいいと俺は思う。ゲームでも長考という時間的
「いやだって、後の祭りじゃ意味がな……」
「だから考えるんだろう。下手に動いて後の祭り状態に陥った方が
「うぐぅ……」
「じゃあさ、枢はどう考える?」
女の方が言葉も出なくなった男の代わりに声を出す。それは俺への問いかけ。
俺はとりあえず貰った情報と推測予想などを交えた考えを整理していく。時間的に五分はいらないが、将棋とかだったら俺としては長く考える方だ。
相手はなにか、というかを誰かを探している。限定方法は七つの選択肢が与えられた質問。また答える相手が固有魔法所有者であることも必要。
なぜそんな回りくどいことをするのか。もしかして確定的ではなく
もしくは質問に答えられた固有魔法所有者全員が、誰かになりえる可能性を持っている、ということか。
誰かを探していると言うより、要素を持った相手を見つけて排除するに近いのか。
だけどそれだけなのだろうか。なんだか
視線を感じるということは俺はほぼ候補として確定済み。こいつらでも見つけられたなら猫耳野郎としても決定づけられていると思う。
それでも観察だけだ。前は仕留めそこなったこいつらが、候補の俺と
おかしい。情報が足りない、白黒の判別もできないチェスをやらされている気分だ。
多分、こいつらも気付いていない、無意識に排除した情報がある。多分取るに足らない情報だ。
だけどその情報になにか隠れている気がする。まずはどういった状況でどんな質問をされたかを追求。
雑誌の心理
さらにはその場の軽いノリで固有魔法所有者かどうかを確認後、相手を
大して俺の状況は、相手がどこの誰かも確認を取らないまま質問。ただし罪と美徳の説明は排除している。
さらにそれ以降は質問をしてこなかった。使用言語から日本人というだけの確証はできただろうが、男か固有魔法所有者かもわかっていない。
その質問の動画を投稿後、特定したものの襲撃なし。観察はされているようだが、不思議と敵意は感じない。
あまり違わない、と考える奴もいるのだろうか。こんなにも状況が違うのに。
実際目の前にいる男はどう違うんだという
少しだけ色が見えてきたような錯覚。そして
「おそらくお前達を襲った奴らと、俺を現段階で観察している奴らは別物だ」
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