怠惰編

猫耳は自堕落オールナイトで怠惰に勝利する

1話「猫耳にハローハロー」

 うらないで貴方あなたの人生は変わります、とか言われたら。

 少なくともおれは信じない。

 

 そんな鹿な話があってたまるもんかと慣れない高笑いをあげたいところだが――残念ながら俺の人生は女子雑誌の占いコーナーで激変してしまった、と思う。

 というのも占いの直後に一波乱が起きたが、その後一週間は平和な学校生活というのを送れている。

 

 高校二年野球部所属の雑賀さいがサイタ――というかたきにさわしく、昼休みの今は屋上で友人や部活仲間とこうばいで買ったパンを食べている。

 

 原因ではないが、みょうに原因な同じクラスの瀬田せたユウは歯ぎしりをしている。

 なにせかのじょの写真を見せまくっている原西はらにしユカリが調子に乗っているからだ。

 その横では田原たはらリキヤという男が、カレーパンのこうしんりょうが固まった物が当たったらしい。屋上のかたいタイルゆかの上を転がり、ジュースをせいだいこぼしていた。

 それを見てスマホで写真をるのが部活仲間の西山にしやまトウゴ。ちなみに俺がSNSをやるきっかけになったのは、こいつのせい。

 横ではいまだにどのパンを先に食べるかなやんでいる山瀬やませキオ。

 

 何故なぜかこの五人は名字がつながっていくので、俺はがいかんを覚えているのだが……今は無関係な話だ。

 別にさびしいとか思っていないし。

 

「サイタ、お前最近つぶやき少ねーぞ」

「トウゴはネット中毒すぎんだよ。あー、からかった」

 

 西山トウゴが俺をひじくが、一人暮らしで学業と家事の両立をしている身にもなりやがれ。

 まあからから復活した田原リキヤがフォローを入れてくれたんだが、

 

「彼女が出来ればネットこいびとしなくていいのになー、お前らまじあわれ」

 

 原西ユカリは空気を読まなかった。

 

「ふざけんなよ、ユカリ、どうせまた三げつで別れるオチだろうが!!」

「でさでさ、どっちのパンを先に食べようか? チョココロネ? メロンパン?」

 

 なみだユウに関してはスルーしつつ、やまキオの二たくにはまんじょういっで「どうでもいい」という結論が出た。

 

 本当に平和だなと思いつつ紙パックの中身をストローで飲み干す。

 暑い日差しが日焼けしたはだをさらにくしていくようで、風は少し湿しめっぽい。

 まだ六月半ばとはいえ、夏は早足でやって来たようだ。

 

 あせれた白シャツの下には真っ赤な布地の漢字Tシャツで、ズボンのすそひざしたまで折り上げた。

 本当はシャツのそでまくりたいけれど、捲くった部分が異様に厚くなるから断念している。

 

だれか百円貸してくれよ。ジュースを買いなおしてくる」

ごうとくだろ、ばーか。一円ならいいぞ」

きんばこじゃねーんだよ!」

 

 こんな夏空の下で変わらずふざけたことで、ぶっちゃけパンのかみぶくろが風で飛ばされただけで笑うとしごろの俺たち

 あのおそわれた夜が夢のように最悪だったのを思うと、やはり今のじょうきょうつうなんだろうな。

 

 で、原西ユカリが余計なことを言い始めるわけで、

 

「トウゴも彼女を作ろうぜー。ネット彼女とかさ、ある意味顔もわからないロマンあふれるえんきょれんあいじゃね?」

 

 などらいにも似た話題を出すわけだ。ばくはつしろ。

 

「いや俺は二次元にしか興味ないから」

 

 断言した西山トウゴの台詞せりふに誰もがだまる。

 しかしほこらしげなその姿に誰もついきゅうしない……したくない。

 前に一度からかった男が、三時間にわたる二次元理論から始まる講演会もどきにひんけつたおれたからだ。

 

 深く追求しなければ西山トウゴは人に強制することはない。

 興味があると感知したらばやいがな。

 

 山瀬キオはようやく食べるパンを決めたらしく、ホットドッグをほおり始める。

 さっきの二択は一体どこにいったのか。

 

 田原リキヤは次にちょうせんしたドリアンパンの口内に入れたしゅんかんくさみでまた床を転がっている。

 相変わらず食べ物運がない。

 しかもいつも変な食べ物ばかり買ってくるので、こいつにだけは買い出しは任せられない。

 前に一度飲み物をたのんでみたら、生ハムメロンジュースなるちんわたしてきたからな。

 

 たたけいたい電話の画面に映した彼女の写真を見せてきた原西ユカリ。

 とりあえず閉じるのとは逆の方向に折りたたもうと上の部分つかむ。

 その気配を察したのか素早くかわし「やっぱりミウたんは俺だけのエンジェル」とか言い始めた。

 折ればよかった。

 

 横で瀬田ユウが俺も合コン成功していればとのたうち回っている。

 その必死さが彼女ができない原因じゃないのか。

 

 しかしめずらしいことに西山トウゴが話を続けた。

 

「でも一人気になるのが最近いる」

「え!? まじネット彼女!?」

「いや男だけど」

「ホモじゃねーか!!」

 

 せんりつの空気。全員が西山トウゴに注目を集める。

 

ちがう。気になるの意味が異なる。そんなに俺がどんだけ二次元、特に最近はときキスのつばさちゃんに愛を注いでいるか聞きた……」

「聞きたくないから話進めろよ」

 

 うっかり濃い二次元トークに入る前に制止をかける。

 まあわくは晴れた。良かったかどうかは別としてな。

 

 ちなみにときキスは有名恋愛ゲームらしく、翼ちゃんというキャラクターはグッズはんばいされているらしい。

 

 なので携帯電話を操作しているやつのバックには、受験生のお守りかというほど翼ちゃんストラップがついている。

 最先端の携帯電話がかすむ光景だ。おそるべし二次元の存在感。

 ツインテール赤縁眼鏡のハイニーソという、これぞ二次元を具現化したような少女をでる西山トウゴ――実は俺達の中では一番イケメンという事実が物悲しいな。

 

 ちなみに二番目が原西ユカリ。

 だから彼女もできるのだが……チャラすぎて大体はそっこう破局をむかえている。

 

 あとは平平凡凡へいへいぼんぼん

 ちなみに背は一番俺が低いわけで、百六十五よりびない俺の成長期をこいつらからうばいたい。

 

 とりあえずそんな無関係なことを考えつつ、携帯電話を操作する西山トウゴに全員の視線が集まるのだが、

 

「これ見てくれ」

 

 携帯電話を便利にするアプリというシステム。

 その一つで、有名動画サイトに接続できるアプリがある。

 

 西山トウゴはそこのランキング上位であるゲームじっきょう動画の内、ネットで行われる対人チェスゲーム動画を指差す。

 

「こいつがやばい」

 

 まずランキングというのは流行によってさいに内容を変えていくから、どうしてもテレビゲームの動画は上位になりやすい。

 その中でチェスゲームという古くから存在するボードゲームがランキングにむのは難易度が違う。

 

 とう稿こうしゃはデュフフ丸とかネットらしいネーミングで、瀬田ユウはえようとして鼻水がすほどツボに入ったらしい。

 

「え? なに? お前、このデュフ、デュフフ丸、ぶっは、が気になるの!?」

「いや全然。こいつの実況基本駄々滑だだすべりだし」

「でも他のせんたくがないけど? え? どう対応すればいいの?」

「問題は相手だよ。対戦相手」

 

 再生された動画には黒のじんはデュフフ丸、白の陣は猫耳野郎ねこみみやろうとなっている。

 両方とも真顔で見るにはきつい名前だ。

 

 デュフフ丸の声は思ったよりもしぶい。

 だが相手をくさったおもしろくもないトークで盛り上げようとして、画面表示されたコメントの文字に「つまらん」とか言われている。

 

 どうも文字チャット形式の対戦ゲームらしくて、デュフフ丸の声しか聞こえない。

 流れていく文字でルールを知らない俺はせんきょうながめることになる。

 

 最初は相手の長考で「俺の実力にビビッてやがりますね」と調子こいていたデュフフ丸だが、後半からしろうとでもわかるほど明らかな差がついて行く。

 

 じょばんで長考をかえしていた相手とは思えないほど後半は迷いないこまの動き。

 特にとうの形したルークと呼ばれる駒の動きが戦況をあやつっている。

 

 塔の駒がてきじんしんにゅう――文字ではセブンスランク・ルーク。

 しかも二つも侵入させていることにしょうさんの文字が画面をくしてしまう。

 

 バックランク・メイト――塔たんでの王をる勝利。

 

 デュフフ丸はめられた後半は声も出せず、実況は成り立っていなかった。

 

 王を取られた直後、キーボードで相手にチャットを送った。

 その内容が、

 

『もう一回勝負しろ』

 

 という再戦のさそい。

 

 そのことに対しねこみみろうは簡潔な返事をした。

 ある意味、なにも言えないほど短く。

 

『やだよ。メンドー』

 

 その後デュフフ丸のせいに、流れていく文字が笑いの省略形である「w」で埋め尽くされ――動画が終わる。

 

 あっとうてきな勝負すぎて声も出ない。

 はっきり言ってデュフフ丸の完敗である。

 どんな非難の声を上げようと、くつがえることのない結果だ。

 

 主コメというアップロード者であるデュフフ丸のメッセージでは「くやしいので誰かこいつ負かしてください」とあった。

 情けない奴だ。しょうもない。

 

 しかしこの動画で話題を呼んだらしく「猫耳野郎にいどんでみた」という分類タグがつけられるほど、知名度を上げた猫耳野郎。

 

 調べれば同じハンドルネームでしょうやオセロ、オンラインゲームにかくとうゲーム、あらゆることをこなしている

 そして全ての勝負に勝利している。

 今や時の人あつかいのネット上では有名人物になったらしい。

 

 ただし本人は文字チャットの会話しかせず、大体は短い返答でたまに返事しない……なぞが多い人物だとか。

 しかしオンラインゲームで女性キャラクターに、

 

「女ですか?」

 

 と聞かれて、

 

「男ではある」

 

 と言ったことで性別だけ確定したんだとよ。

 

 西山トウゴは目をかがやかせて、オススメ動画を俺達に教えてくる。

 やはりさきほどの圧倒的な勝利を見せつけられると、俺達も興味が出てしまう。

 さっそく、自分の携帯電話で動画を再生していく。

 

 猫耳野郎は猫耳が好き。

 それはオンラインゲームでキャラメイクを見た時の感想。

 どんなゲームでも必ず装着している。

 弱いネタアイテムでもひっと言わんばかりに猫耳をつけている。

 猫耳大好き男――猫耳野郎。そのまんまか。

 

 昼休みが終わるまで俺はそいつに関連した動画を見た。

 あまりにも多いので、西山トウゴにオススメしてもらってよかったかもしれない。

 

 その中で一つだけ気になるものがあった。

 投稿者は御伽噺おとぎばなしという、一見読み方に困る名前の奴が上げた動画。

 チャットによる質問でとぎばなしは七つの童話を並べて「どれがきらい」かとたずねている。

 

 俺はその質問に似たことに最近答えた。

 

 流れていく文字では何故か選べないだの意味不明とか、誰も選択していない。

 こんなの七つの中から一つ選ぶだけのはずなのに。

 

 猫耳野郎は特に考える時間もなく、簡素に返事している。

 

『ラプンツェル。塔に引きこもっていれば楽だったのに、苦労するから』

 

 それ以降はチャットもなく七並べでまたもや圧勝する猫耳野郎。

 けどその勝利よりも俺は別のことに気を取られる。

 

 選べないはずの七択に答えた。

 それはつい最近俺が体験したのと同じだ。

 ある可能性として対象にされる――危険な兆候。

 

 なんとか猫耳野郎に会ってみたかったが、相手はネット上の存在。

 しかもじょうは男ということと、猫耳好きしかわからない。

 

 俺はもやがかかったような心のまま、放課後の部活で球を受けそこねておこられるのは……また別の話だ。

 

 

 

 つかれた様子で校門を出ようとした矢先、声をかけられる。

 かえれば俺より十センチ高い女子――多々良たたらララ。

 俺と同じように七択から一つを選んだイケメン顔の女子高生だ。

 

 今日はスカートを穿いているので、合コンの代理役ではないらしい。

 きたえられた足が伸びていて、はんそでにニット姿という上半身だけ見れば美男子である。

 しゅの社交ダンスでも男役ばかりだとか。

 

「よ。部活帰り?」

「まあな。そっちこそ部活?」

「いや。委員会の用事を済ませてた。アタシ帰宅部だし」

 

 たんたんとしたハスキーボイスにあまり表情の動かない顔……ほうを使ったらドレス姿でわいいのにもったいない。

 

 俺と多々良ララの共通点は

 あと七択から一つを選び、急に襲われたということだ。

 

 瀬田ユウに頼まれて行った合コンが俺の運命をくるわせたわけだが……瀬田ユウは魔法を持っていない通常者だし、悪気ないだろうから告げていない。

 

 と言っても通常者も固有魔法所有者も、どちらも二人に一人は当てはまる。

 半々というだけのありふれた話なんだがな。

 

 昼休みで集まった奴らでいえば「かいめつてき味覚センス運の田原キリヤ」と「彼女持ちの原西ユカリ」は固有魔法所有者。

 瀬田ユウをふくめた「二次元至上主義の西山トウゴ」と「迷い続けて十六年の山瀬キオ」の三人組は通常者だ。

 

 固有魔法ってのは個人によって差異がある。

 また所有者特有の色と形を持ったあざが体のどこかにる。

 

 俺だったら右手の平に青い魚の痣。

 多々良ララは左足のふともも付け根には白に近い灰色のちょう

 

 魔法の形式と痣によって魔法名も政府からあたえられる。

 しかししょうさいを言うのは禁則こうに近く、また日常生活ではめっに使わない。

 だから大体は痣をにんするまでわからないもんだ。

 

 そこまで思い出して俺は少しかんに気付く。

 確か俺を襲った奴は痣をかくにんしていた――固有魔法所有者かどうか。

 ネット動画で見た猫耳野郎は質問に答えただけで、固有魔法所有者かどうかまではわかっていない。

 

 調べるべきか、それとも無視するか。

 俺はとりあえず秘密を共有している多々良ララに事情を説明する。

 

「あの質問に答えたゲームに強い猫耳好き男ねぇ……」

「なんかこう、ひっかかって部活に集中できなくて困ってんだよ」

「でもさ、かんちがいかどうか以前に顔も知らない他人を心配してどうするの?」

 

 多々良ララの冷静な発言に俺は言葉をまらせる。

 確かにその通りの話で、別に無視しても問題ない話なのだ。

 

 しかしごうまんな俺はどうにかできないかと余計なおせっかいをかけてしまう。

 なにせ死にかかった身としては、放置するのも微妙だ。

 

 だけど知り合いではないし、本名どころが猫耳好きの男以外の情報を全く知らない相手にどうせっしょくすればいいのか。

 

 頭をかかえる俺を見て多々良ララは仕方ないと言わんばかりのいきをつく。

 

「そういう思い上がり、アタシにはうらやましいよ。で、ネットとか得意?」

「得意ってほどじゃないけど、簡単な調べものくらいなら」

「アタシは苦手なんだけどさ、そういう謎の人物ほど誰かが調べてアップするのがネットなんでしょ」

 

 多々良ララは不得手な人物みたいな、ネット特有のへんけんを口にする。

 あながちちがってもいない話だけど。

 

 しかしあんなに秘密主義みたいな相手の個人情報が転がっているものだろうか。

 俺は半信半疑で携帯電話を取り出す。

 

 どうせ多々良ララとは同じマンションで帰り道も電車だろうというので、調べながらいっしょに帰ることになる。

 並んで恋人同士には見えないほどのイケメン女子とチ……平均身長の俺。

 なんだかなぁ……まあ今は無関係な悩みだな。

 

 電車を待つ間もネットの記事を調べていく。

 多々良ララは無言でバックから取り出した文庫本を読んでいる。

 話しかけられてもわずらわしいだけだから、やはり一緒にいて楽な相手だな。

 クラスの口うるさい女子みたいな扱いしなくて済むし。

 

 そんな関係ないこと考えながらかなりのページ数を見た時、有名総合けいばんあやしいタイトルのページを見つける。

 題は「猫耳野郎の個人情報特定した」とかいう、ネット用語も使った本気にするのも馬鹿らしい類いのだ。

 しかし長時間も画面を眺めて疲れた俺は、無関係だったらすぐにもどろうと思いつつページを開く。

 

 すると例のざんぱいした動画投稿者――デュフフ丸が悔しくて立ち上げた掲示板らしく、負けた奴らのうらごとだらけでハズレかと考えた。

 

 だけどかなり下の方。

 誰も見ていないような最下層にひっそりと書かれていた文字に目がくぎけになる。

 

『猫耳野郎、どうやら固有魔法所有者らしいよ』

『マジか、キタ――――――!!』

『ktkr!! くっ、俺のみぎうでうずきだしやがった……』

『ガセだろ、どうせwww』

『ソースキボンヌ』

『さっきオンラインゲームチャットで魔法は使わないのかって聞いた奴が、現実で使えるからと返答いただきましたー!』

『つwかwえwるwww現代に参上した猫耳ゲーマー魔法少女www』

『ヤローだからwww』

 

 そこからはもうネット用語の乱用に顔文字だらけで見る気を失くした。

 それでも無関係でいられる状況ではなくなってきたかもしれない。

 

 俺と多々良ララの共通点。

 固有魔法所有者、七択選択、しゅうげき、の内二つがものの見事にそろっている――これはもうほぼ確定だろう。

 

 電車がやってきて多くの人が降りていき、んでいく。

 俺は多々良ララにざっとうの音を利用して周囲に聞こえないように小声で話す。

 

「猫耳野郎はたいしょうわくだ」

 

 いっしゅん表情を変えたが「だからなに?」という表情に早変わり。

 だよな……結局どこの誰かまではわかっていない。

 

 調べた時間がに終わったのと、部活で疲れた俺は、座席にすわったたん深いねむりに落ちる。

 そしてれで頭が多々良ララのかたに置いてしまったのにも気付かないまま、降りる駅までばくすいしてしまう。

 

 周囲の視線をものともせずに、多々良ララは肩を動かさないように文庫本にぼっとうしていた。

 その白い肌の耳がわずかにしゅに染まっている。

 しかしさとった奴はいない。

 何故ならばショートカットのかみとはいえ、耳は髪の中にかくれていたからな。

 

 

 

 駅に着いた途端立ち上がった多々良ララのせいで、俺はほんのりひとはだの温かさの座席に頭を打ちつけた。しょうげきと痛みでもんぜつする。

 何が起きたのかわからないまま、さっさと降りていく多々良ララを追いかける。

 駅の出口からただよう外気の熱にへきえきする。夏が近いもんな。

 

 しかしいつもより熱気があるというか、人が集まっている気配に首をかしげる。

 都内とはいえ、そんなに混むような駅でもない。住宅街が集まっているような場所だからな。

 多々良ララもいつもと違う駅前に立ち止まってこんわくしている。おかげですぐに追いつくことができた。

 

 人の黄色い声にまぎれずに、中性的な歌声が聞こえてくる。

 夕焼け空にひびく、なつかしいどうよう

 

 携帯電話のカメラをいくつも向けられているのは、細身の男だった。

 多々良ララと同じくらいかそれより数センチ上程度の身長。

 

 両手の一本指でキーボードを鳴らす、子供のような演奏方法。

 それでばんそうしているらしいが、歌声に負けている。

 

 それくらいらしい歌声と、壊滅的なかた

 

 男の容姿はとくちょうてきで、夏場だというのに雪のように白い肌。黒炭のような髪。

 そして髪の一部分をりんのように赤く染めて三つ編みにしている。メッシュを三つ編みに整えたと言えばわかりやすいか。

 首筋には真っ赤な林檎の痣。どうやら固有魔法所有者だな。

 

 二人に一人は当てはまることだから、珍しくはないけど。

 

「白雪ー! 次は流行の曲おねがーい」

「……?」

 

 歌い終わった相手にリクエストする若いギャルがいたが、相手はわからないといった顔のまま――別の童謡へ。

 

 しかし白雪か……確かに絵本に出てくるしらゆきひめに相応しいちだな。

 残念なことに男だけど。まあふんも中性的な部分はあるが、せない。

 

 俺と多々良ララはそれ以上の興味を持つことなく、路上ライブをしている男に背を向ける。

 どうせアイツについて数分後には無関心しか残っていないだろう。

 耳に届く歌声はここよかったけれど、少しだけ寂しい気持ちにさせる。

 

 それよりも猫耳野郎だ。

 

 まじでどうしようかと考えていた矢先、ジャージ姿にサンダルという都内ではある意味珍しい出で立ちの男とすれ違う。

 髪はほうだいでぼさぼさのくろかみをバンダナで後ろに流している。

 バンダナには猫耳が付属されており、

 

「え?」

 

 思わず足を止めて見てしまう。

 一瞬オタクのコスプレかと思ったが、あんなにやる気のない姿はその道の人に失礼すぎる。

 

 コンビニのビニールぶくろにはポテトチップスやジュースが入っており、ジャージは明らかに学校指定の古い室内着みたいな。

 サンダルのけな音も気になるが、それでもやはり視線はバンダナの猫耳にいく。

 むしろ見るなというのが無理というほどの違和感装備。

 

「あの、すいません」

「……」

 

 声をかければ、相手の肩が動いた。

 が、すぐに猫耳バンダナは早足で歩いていく。明らかにきょどうしんの怪しい人物だ。

 確証がない以上引き止めるのも変な話だろうか。それにしても猫耳が――あれが重要なしょうな気が。

 

 どうしようかとげていく男を見続けていた俺の耳に、聞いた覚えがあるはずなのに知らない声が聞こえてくる。

 

 

「すっいません! もしかしてぇ、猫耳野郎さんじゃないですかぁ? アタシ、大ファンなんですぅ!!!」

 

 

 アニメで登場する美少女のように高くて胸が高鳴るような、西山トウゴだったら声も出ないほどもだえそうな声。

 猫耳バンダナが期待をめた目で振り返ってくる。

 俺も思わず声がした方をいていた。

 

 しかし声とは裏腹に、多々良ララの表情はクールそのもの。

 しかもおう立ちという男らしいオプション付きである。

 うでみした姿は正にイケメン女子代表選手のかんろく

 

 猫耳バンダナは他に声を出した女子がいないかと見回している。

 先程の可愛いアニメ声ではなく、だんのハスキーボイスで多々良ララは俺に伝える。

 

「どうやらあれが猫耳野郎みたいだけど?」

「てか、今の声どこから出した!!?」

 

 普段とのギャップで思わずツッコミをいれてしまう。

 しかし多々良ララは「問題はそこじゃない」という非難の視線だ。

 

 なっとくしていないが、しぶしぶと俺は猫耳バンダナに目を向ける。

 野郎は明らかにんでいた。がっかりしている。

 

 顔はたれ目にクマを作っていて、人相が悪いというのが第一印象。

 しかしはだれや肥満体質ではなく、むしろ細い。ねんれいは俺達と同い年くらいに見えた。

 ねこのせいで俺と同じ目線になっている。けど背筋を伸ばせば、俺よりも身長は高いだろう。

 うすよごれたむらさきいろのジャージズボンに手を入れて、面倒そうな顔をしている……もしかして逃げるのもめんどうになりやがったか。

 

「なに? これからオールでゲームする予定なんだけど」

「いや、その、最近変なことなかったか?」

「……知らない奴に声かけられた、今」

 

 だるそうにいやを呟く猫耳野郎。

 そのバンダナについている猫耳を引き千切ってやろうかとも考えた。

 しかしそれよりも大事なことがあるため、今は堪える――いつまで保つかはわからんがな。

 

 少しだけしんけんな顔を作って、話しかける。

 不安は当たらなければいいけど。

 

「俺は雑賀サイタ。こっちは多々良ララ。実は俺達共通点があって、調べたらお前もその共通点に……」

「世界のめつぼうとかふういんされし右手や新人類だとかの話は、そこらの中学で演説してくれ」

「違う!! よし、まずは名前だ! お前の名前を教えやがれ!!」

「……………………くるるクルリ」

 

 くるるくるり。

 音にするとおどりまわっているような可愛い名前に俺の思考が停止する。

 

 この引きこもりゲーマーみたいな猫耳野郎の名前が――枢クルリ。

 

 親は一体どういった意図で名づけたのだろうか。

 思わず全く関係ない出生のところまで思考が飛び去る。

 

 多々良ララは冷静に「可愛い名前で羨ましい」と言うが、お前のララって名前もじゅうぶん同じ類だと思うぞ。

 

 枢クルリは明らかにげんを悪くした顔でボサボサの髪をく。

 長いタテガミみたいでライオンのようにも思える。

 あ、ネコ科か。

 

「メンドーな反応があるから、名乗るのはいやだったんだけど」

「それは悪かった。でも俺はどうしてもお前に会いたかったんだ。なんか変な七択に答えただろう?」

「ああ、どの童話が嫌いかってやつか」

 

 よし。ここまで話が進めば、なんとかなるかもしれない。

 

「そう! お前も固有魔法所有者なんだろう? 俺も多々良も同じ七択を選んで、魔法を持っている……そして襲われたんだ」

「……とりあえず俺の家に来る?」

 

 一瞬視線を他へとさまわせた後、面倒そうに誘いをかけてくる枢クルリ。

 俺と多々良ララは目を合わせ、誘いに乗るのを確認してうなずく。

 多分、目をつけられた気がする。

 

 もしかしたら俺達が関わったことで、枢クルリがばれたのかもしれない。

 しかしいまさらな話だろう。俺達でめられたならば、怪しい奴らもおそかれはやかれ接触していたはずだ。

 

 俺達は少しでも襲われた件について調べた方がいいと思う。

 傲慢だとしても、自分の力で解決しなければいけないはずだ。

 

 やる気のない足取りで歩き出す枢クルリの背中を追う。

 猫背のせいで不真面目な印象が強い。

 ――だけどその背中から感じる気配は張りつめていた。

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