バシリス・クライム

文丸くじら

傲慢編

傲慢魚は合コン後にキャットファイト

序話「非日常の始まり」

 きらいな童話一位、にんぎょひめ

 理由、むくわれないから。


 そんなことつぶやいたってだれも相手にしてくれない。

 けいたい電話の画面にんでいた文字を消し始める。


 どこでもつながれるSNSとか、誰もが貴方あなたの発言を見てくれますとか。

 逆に言えば世界中の誰にもおれの意見は取るに足らない。

 そうおん以下の存在として流されて消えていく可能性が多いだけだ。


 電車を待つ時間。退たいくつな日常。

 ベンチにすわりながら意味もないことをネット上にばらこうとした。

 

 指を止めた俺――さいサイタは、電光けいばんながめる。

 けいこうしょくで流れていく電子文字が示すには、あと数分で電車が来るらしい。

 通学用のでかいスポーツバックでかたがこった。

 首元に手を置いて、軽くうでを回す。肩もまぶたも重い。体全体がなまりのようだ。


 帰ったらそっこう夕飯作りだな。じゃないとる、という勢いでつかれていた。

 野球部と言ってもなんしきなのに……ハードな練習だった。


 短いくろかみあせだらけだ。ちゃちゃ気持ち悪い。

 すべちた汗が左まゆの上にある古傷を通ってあごへと落ちていく。

 昔部活でボールがさらった際にできた傷だった気がする。

 うろ覚えで、もう痛みすらないけれど――あとが残った。

 

 はんそで白シャツすらぎたいが、家までまんしなくては。

 赤のタンクトップには黒い文字でごうMANって書いてある。同級生にはダサいと何故なぜか不評だ。

 制服の黒ズボンはひざしたまでくっている。

 かかとみつぶしているうんどうぐつは、見るのもうっとうしいほどよごれていた。


 ホームに段々と人が集まり、熱気が高まっていくさっかくにうんざりする。

 まつを気にかけないように無関心をよそおって、手元にある画面を視界に入れる。


 一秒ごとに流れていく誰かの呟きは全て俺には無関係なことばかりで、流していくのもきてしまう。

 それほど誰かさんは誰かになにかを伝えたいようだ。


 電車がホームに向かってだいに速度を落としていき、静かに停止線の前で動きを止める。

 ドアが開いて、せるように人が動いていく。

 俺は人の流れに乗って「今日も世界はかんじょうせんのように、異常のないまま平和に回っている」と鹿な思考をめぐらせた。


 脳内だけの考えだ。ずかしいポエムみたいなこと考えたっていいだろう。

 どうせ無意味な、多くの人には無関係な日常なのだから。




 都内駅前マンション。

 三階おくは男子高校生――つまり俺が住んでいる部屋だ。


 これがライトノベルとかだったら、中にはわいい女の子。

 ミステリーだったら不自然に開いているとびら

 そのどちらでもなく、どこかの物語みたいな異変もないまま部屋に入る。


 汚れた服をせんたくほうんで、室内着にえてから台所に向かう。

 しるとごはん。あとは野菜と肉のいたもの――と簡単手軽なメニューを脳内にえがく。

 

 無音で一人作業するのもさびしいのでテレビをつけた。

 耳だけをニュース音声に向けて、目と手足は料理に集中する。


 今日も日本は政治や経済をうれいていた。


『ですから、固有ほうの規制は日本にとどまらず……』

 固有魔法所有者が起こす事件が報道されて、難しい話へとこじつけていく。

 

 二人に一人は固有魔法所有者の社会において、半分以上の人間から人権を取り上げる過激論者。

 

 魔法を持っているからって別にズルできるわけでもないのに。

 大半は日常生活に無関係な能力だ。ひまなのだろうか。


 料理を並べ、一人住まいのしょくたくへ。

 ニュースがつまらないのでクイズ番組にチャンネルをえた。


 芸能人がちんかいとうしてはばくしょうのスタジオが映る。

 ある芸人などは固有魔法で「ボタンをすのが人より少し早い」といった能力だが、答えがわからずに押せずじまい。

 いじられ、からかわれ、笑い声がひびく。


 誰がどんな能力を持って、どう活用しようが……俺には関係ない話だ。

 固有魔法ってのは個人でちがう。同じのはない。

 こんなへいぼんな俺ですら魔法が使える。しかもオンリーワンだ。


 けれどそれは二人に一人は当てはまる。

 ありふれた話だ。


 自分で作った料理を自画自賛しつつ、携帯電話の画面に目を向ける。

 相変わらず一秒ごとに他人は飽きもせず、誰かに伝えたい独り言を呟いている。


 それを眺めても俺にはなんのかんがいかない。

 どうせ俺には無関係で、無関心なことばかりだから。

 だからって関係がある物事や、関心をく事件に熱心になるわけじゃないけどな。

 今日もありふれた俺の一日はあっさり終わる。




 部活の練習後、下校用の服にえている最中。

 同じクラスの瀬田せたユウが話しかけてきた。


「サイタ、聞いてくれ!」


 ……お前、他の部活のくせに。

 拝むように両手を合わせて、必死な様子と大声でたのみごとをしてくる。


「頼む! 今日の合コンメンバーの数合わせとして入ってくれ!!」

「合体コンビ?」

「わざとらしいボケは寒いだけだぞ? お前だってかのじょくらいしいだろう!?」

「別に関係ないし。というか関心もない」

「こ、この無関心系男子! けどマジで助けてください、お願いしますぅ!」


 新ジャンルな単語を作り上げつつ、めげずに俺にたのんでくる。

 今は夕方の放課後。それを考えると、あと二時間くらいで待ち合わせの計算か。 

 ――なぜもっと早くメンバーを集めなかったのか。

 俺はいきをつきつつ無視しようとした。

 しかしユウが俺のこしベルトをつかんできやがった。

 ズボンがずり落ちないように歩みを止めるしかなかった。


 俺の服装は昨日と変わらず白シャツに赤の漢字シャツ、あと膝下までまくげたズボン。

 脱ぎやすさは天下一品の保証付きだが、俺にしゅつしゅはない。

 腰ベルト掴んでじゃっかんられている瀬田ユウは、俺を見上げてこんがんしてくる。


「頼む! お前がチビで無神経なごうまんろうでも全然構わないからさ!!」

「チビじゃねぇ!! 百六十五はある!」


あるはずだと、自分に暗示をかける。

 少々気にしている身長について言われたので、思わず大声で返してしまったぜ。

 性格に関してはその通りなので文句はない。


 聞いてもいないのに瀬田ユウは、

「合コンは三対三の組み合わせで、相手はお金持ち女子高のおじょうさま相手なんだ」


 とか付け加えてきやがった。

 せんざいいちぐうのチャンスなんだと。いやいや、俺には関係ないだろう

 相当に必死なのか、

 

「男側のメンバーは女子を一人混ぜてしてる!」


 という、とんでもない暴挙にも手を出しているらしい。


 逆玉の輿こしねらっている身として「失敗したくない」とかかしているが、どう考えても相手に失礼だろうが。一回なぐられろ。

 というか男側に女子一人むなよ。

 これも俺には無関係だが、ツッコミだけは入れさせろ。


 瀬田ユウの作戦としては、

 

「周囲の男のランクを下げて、一人ハーレム状態! かんぺきだろう?」


 というゲスと言わざるえない内容だ。

 ……だろう、こいつ。

 だがごうじょうらしく「もうお前しかいないんだよ救世主」とか言い出す始末。


 俺は部員の厳しい視線を浴びるのにも疲れて、しぶしぶしょうだくした。




 合コンではだんの制服でやるらしい。

 ふん的にはお茶会だとか。無理あるだろう、どう考えても。

 

 着替えに帰る必要がなくて助かったが、あせくさい自分の格好にへきえきする。

 女子ってにおいとか気にするから苦手なんだよな。

 俺も良い匂いする方がうれしいけどさ、それにう自分を用意するのがめんどうだ。


 そして瀬田ユウはというと、制服におしゃれアイテム着けすぎて逆にあくしゅになっている。

 かんバッジに銀のアクセサリーと、ゆるふわマスコットストラップ。

 方向性がちぐはぐすぎる。やはり阿保らしい。


 そしてもう一人、三人目の男子として招集された『女子』に俺は目を丸くする。


 瀬田ユウは一応百七十の身長なのに、それよりも高い。おそらく百七十五。

 しかも運動しているのか、しっかりとした体バランスでラフなポーズも様になっていた。

 普段はスカートらしいが、今は誤魔化すためにチェックがらのズボンを穿いている。

 長いあしの相乗効果でかなりのイケメンに見えた。


 瀬田ユウ、きっとお前の一人ハーレム作戦は大失敗するだろう。

 予言してやる――絶対この女子の一人勝ちだ。


「サイタ、こいつが二組の多々良たたらララ。多々良くんって合コンでは呼べよ」

「どーも。それがもう一人の……」

「そう、俺と同じ五組の雑賀サイタ。無神経で傲慢野郎だけど、悪いやつじゃないから」

「良い奴しかアンタの阿保な作戦には付き合わないでしょ。かれ、おひとしだね」


 女子にしては低い、性別があいまいになるようなハスキーボイス。

 かみうすい灰茶色でショートだから、一目で女とくのは難しいだろう。

 またの話し方もかざのない。俺としては楽な男に近い雰囲気だ。


 俺は十センチ以上差のある女子を見上げるということに、まゆを寄せる。

 すると何かを誤解したのか、何故か頭をでられ、

 

「短い髪のさわごこは良い」


 とめられたがあまり嬉しくない。

 撫でるのが終わってから、俺は同情の視線を多々良ララに向ける。


「よくこの作戦に付き合う気になったな」

「アタシもそう思ったけど、懇願する姿があまりにもあわれで」

「おいおい多々良、いちにんしょうに気をつけろよ?」

「お前付き合わせといて、それはないだろう」

「別に気にしてないよ。それより早く行こう」


 ハイテンションで熱くなっている瀬田ユウとは反対に、多々良ララはクールに歩き始める。

 何人か女子がいてひそひそ話すほど、彼女はイケメン男子だった。

 これが女子とは、に近い。


 白いシャツにネクタイ、クリーム色のベストがよく似合う。美形の部類だな。

 中性的なミステリアスさと、メイクしていないのに整った顔立ち。

 元かられいな顔だが、しょうほどこしたらさぞや美人……やはりイケメンになる気がする。


 ゆうやみしのっても明るい都内のカフェに向かって俺たちは歩き始める。

 ――もしも俺がこの件について無関係をつらぬとおせたら、楽だったのになぁ。




 予想通り、というか目に見えていた。

 お金持ち女子高のお嬢様三人組の視線をひとめ。

 イケメン女子な多々良ララが、モテ男として合コンに君臨していた。


 向かいにいる中央女子が俺の好みに当てはまって一番可愛い。

 ストレートロングヘアの美人だった。せい系女子ばんざい

 瀬田ユウの好みは左の森ガールらしい。

 

 しかし悲しいかな。

 女子からの質問は全て多々良ララに収束し、彼女はたんぱくな受け答えしながらジュースを飲んでいる。


 みぎはしの女子はお団子頭にナチュラルメイクで、もちろん可愛い。


「ねえ、これやろうよ!」

 

 その子がカバンから雑誌を取り出して心理うらないしようと言い始めた。


 せんられたぺーじにある占い。

 土に汚れた本の内容によって人間性がわかるとか、女子の好きそうな内容だった。


 選べるのは七つの童話。

 人魚姫。

 シンデレラ。

 しらゆきひめ

 ねむりの森の美女。

 美女とじゅう

 おやゆびひめ

 ラプンツェル。


 おひめさまが出る童話ばかりというのがやはり女子らしい。


 しかし土に汚れた本か。それだったら俺は人魚姫だな。

 だってあれは報われないくせに、最後は人魚姫は幸せを願ってせいれいになったとか……ふざけてんのか。

 そんな理由で人魚姫を俺は選んだ。


 瀬田ユウは「決められないよ」と話を盛り上げようとしているが逆効果だ。


「多々良は?」

「シンデレラ。一晩おどったら姫とか、ずるいじゃん」


 意外とはっきり答えを出したな。

 理由は俺にはよくわからない内容だが、関係ないか。


 女子達もそれぞれはしゃいでおり、場の空気を冷やした瀬田ユウは何故か「選べない」と言いやがった。

 ここは適当になんでもいいからせんたくめておけ。

 テストでもできるだろう。阿保なんだろうな、やはり。


 結果発表として次の頁をめくれば、どうやら童話によって七つの大罪に分類されるとか。

 女子の雑誌にしてはマニアックな内容だと思う。

 ちなみに俺が選んだ人魚姫に対する大罪は傲慢らしい。


「サイタくんは人を見下すけいこうがあるから、忠義な人に会うといいらしいよー」

「多々良くんのシンデレラ傾向はしっ。他人をよく観察して自分を冷静に評価する……カッコイイ!」

「嫉妬はあいのキーパーソーンだって! ねぇねぇアタシとかどうかな?」


 女子の会話とはおそろしい。

 雑誌に書いてあることをそのままではなく、自己かいしゃくして告げてくる。

 だから俺への説明が少しぞんざいで、多々良ララへの説明はどこか褒めている。


 他の結果はというと――

 

 白雪姫はごうよく

 眠りの森の美女は暴食。

 美女と野獣は色欲。

 親指姫はふん

 ラプンツェルはたい


 一体どういう基準なのだろうか。

 そして美徳ってのは大罪に相対する存在らしく、それも説明が書かれている。


 強欲にはにんたい

 暴食には知識。

 色欲には純愛。

 憤怒には親切。

 怠惰には勇気。


 これもどうやって決めているのだか。


 女子が買う雑誌の内容とはいえ適当な占いだな、と俺は結果をはなす。

 どんな結果も俺には関係ないことだ。

 

 大体こういうのは多くの人間が当てはまりそうなこうもくを書けばいい。

 例えばやさしいせいか少しみやすいようです――とかな。


 それでも女子達が盛り上がるにはじゅうぶんらしく、瀬田ユウは地味に会話から置いて行かれていた。

 多々良ララはますます女子達の本格的な標的となり、質問が増えている。

 好きなタイプとか、どんなかみがたが好み……なんて女子らしい。


「そうそう、アタシ固有魔法所有者なんだけど、多々良くんは?」

「所有者だけど、大してめずらしくないだろう」

「えー? でもぉ、やっぱり所有者といっしょの方が安心するっていうかぁ、ねぇ」

「わかるぅ。やっぱ守ってもらえると嬉しいもんね」


 固有魔法所有の話で盛り上がり始めた場とは反対に、どんどん落ち込んでいく瀬田ユウ。

 今まで気にしたこともないし、日常生活に必要なかった。

 ついでに無関係だから知らなかったが……どうやら瀬田ユウは通常者らしい。


 魔法を持っていない人間は、つうであるのを強調するように『通常者』という。

 と言っても二人に一人は当てはまる話なんだがな。


 しかしこの会話方向で通常者であるのは少々きついな。

 どうやらお嬢様三人は全員が所有者らしく、俺らの表情を気にする様子もない。


 無神経と言われる俺だが、目の前の女子三人組よりはマシだろう。

 少しは興味ない相手の様子もづかってやれよ。

 しかしそれは口に出さない。俺には無関係な話だし、俺にも降りかかってくる言葉だからな。がらい。


 こうして合コンという名の多々良ララどくだんじょうオンステージは、門限という規則によって終わりを告げた。


 肩を落として帰る瀬田ユウの背中を見送る。残念だったな。


「多々良、家まで送るか?」

 

 時刻は夜の八時。夜空よりもネオンが強い時間帯。

 都内が明るいとはいえ、女子一人で夜道を歩かせるのは気分が悪い。

 断られたらあっさり引き下がるつもりであるし、個人的にはそちらの方が楽だ。


 しかし多々良ララは「お言葉にあまえて」と言って、家の場所を軽く教えてくれた。


「ここなんだけど――」

「同じマンションかよ!?」


 俺の住所を告げると目を丸くして、意地悪そうに笑う男前な表情。

 女なのがもったいないくらいだ。


「アタシは五階だけど、すれ違わないもんだね」

「俺は部活あるからな。でも多々良もなにか運動してそうだな」

「趣味で社交ダンスしてるから」

「……つかぬことだが、役は?」

「ご期待にえるかどうかわからないけど、男役」


 平然と多々良ララは俺の予想通りの答えを返してきた。

 それはそれで悲しいけどな。


 やはり女性ながら高身長がネックになったようだ。

 多々良ララは男女で踊る社交ダンスで男役ばかりやっているらしい。

 

 彼女的には「そちらが楽」だとか。

 男と密着するよりは、女の子の方がやわらかくて気持ちいいとか真顔で言うし。

 なにより社交ダンスというのは男性が女性をリードするという点から、男性が目立つことが多いらしい。


 俺は脳内で美人と踊る多々良ララを想像する。

 どういてもイケメンで、うらやましいもんだ。


 そんな俺の頭の頂点を見つめる多々良ララ。

 身長を見られている気が。いやな予感がかなりする。


「雑賀ってアタシと踊る時、あいしょういいかも。女役に興味ない?」

「興味あったら、ただのやばい奴じゃねぇか」

「そう。残念」


 本気かじょうだんかもわからない表情がとぼしい……というよりは冷静な顔で多々良ララは言う。


 頼むから俺を社交ダンスとは無関係なまま過ごさせてくれよ。

 運動は部活の野球だけで十分だ。


 多々良ララと話すのはかなり楽だった。

 無言の空気もとげとげしくないし、むしろここよかった。


 今は彼女もズボンだから、周りから見れば男友達で帰っている図だろうな。

 下手に女と歩いてあれこれ言われるのも重荷だ。それで女子側が変な対応するとややこしいことになる。

 俺はそういうのとは無関係でいたいからな。


 そう思っていたら、後ろから誰かが近付く足音。

 二人そろってかえる。今のは息ピッタリだったな。


 息をはずませた美少女。あのストレートロングな黒髪には覚えがある。

 合コンで俺好みだったお嬢様だ。清楚系は一種のあこがれで、昔からそういう女子が好きだ。


 夏場で走ってきたからか、あかがかった白いはだに汗が流れ落ちてせんじょうてきだった。

 黒髪の先からこぼちる汗のしずくかがやいている。呼吸音さえものがすのはしい熱がこもっていた。


 なるほど、これが美少女効果という奴か。

 やはり俺も男だからか、条件反射のようになまつばんでしまう。


「えっと、サイタくん。話したいことあるんだけど……いいかな」

「じゃあ、あとはりょうにんに任せて帰るから」


 多々良は気をつかってくれたらしく、軽く手をりながら夜道を一人で歩いていく。

 一応合コンでは男で通していたし、今ここで女あつかいするのも相手にしんがられる。

 瀬田ユウの体面はどうでも良かったが、俺は彼女を引き止めなかった。


 なんの用だと問いかけようとしたが、黒髪美少女は俺の右手を掴んだ。

 そして人通りが少ない道へと走っていく。


 マンションより二駅ほど前の場所。

 少しうすぎたなくて人が減少する裏通り。ラブホテルが密集しているのがとくちょう

 はんがいほどにぎやかでなく、どこかこうはいとした雰囲気だ。


 なんで俺はここに連れていかれているんだろう。

 もしかしてそういう目的なのだろうか。


 黒髪ストレートロングという純情そうな容姿に反してだいたんな。

 というかこいつも多々良ララにばかり声をかけてなかったか。

 まあこの後のことを考えれば全て無関係か。


 ――悪いけど、俺はほぼ初対面の女とあやしい仲になるのはめんこうむるね。


 部活できたえたあしこしで、やっかいな場所に辿たどく前に足を止める。

 反動で相手はったかと思うと、力なく俺の胸にたおんできた。

 しかしすぐに引きはがす。そくに、かんちがいの「か」という字も出ないばやさで。


 面倒事とは無関係でいたい。誰かに見られて困るようなじょうきょうかんべんだ。


 俺よりも小さい女の子だから肩は細い。きゃしゃな首や、少しふくらんだむなもとなど――これは瀬田ユウだったら一発で理性をぶっ飛ばしていたな。

 うるんだ目でうわづかいしてくる相手は、俺の右手の平にあるあざに視線を向けている。

 その痣を白魚のような指先でなぞる仕草はあでやかだ。


 けれど背筋が軽くふるえる触り方で、俺は寒気を覚えた。


 固有魔法所有者に現れる、特有の形と色を持った痣。

 俺のはあおあざで、魚の形をしている。


 その痣に向かって熱いいきをかけてくる相手に、うすわるさを感じる。

 ロマンスものだったらこの後ベッドシーンのような状態だが、あまりにも俺とこいつの状況は違う。


「サイタくん、心理占いで人魚姫を選んだのに、痣は魚なんだね」

「ああ、あの適当な雑誌にってたな」

「選んだ雑誌は適当だけど……内容は違ったら?」


 俺の右手首を掴んでいる女の子らしい手に力がこもった。

 痛みで俺の指先が反射でけいれんするほどの力強さ。

 痣をなぞっていた指先がつめを立てたせいで、が薄く千切れて血がにじむ。


 ――どういうことだ、この状況は。


 不審がけいかいに変わった。

 明らかにけんの目を向ける俺など気にせずに、黒髪美少女は笑う。

 はくひょうみたいな、下のまがまがしいものがけて見えるような綺麗ながお

 つやふくんだももいろくちびるが、ゆがんだを描いていく。


「本当はね、あの占い――普通は選べないの。そういうけだから」

「仕掛け?」

「そうよ。選べた人にはせっしょくして痣をかくにん後、適切な処置をするの」


 痣にんだ相手の爪が俺の血を吸って真っ赤になる。

 俺はなりふり構わずに相手の手をはらいのけ、勢いよくあと退ずさった。


 そのしゅんかん、赤い爪ががれてじゅうだんのように俺のけんいた。

 しょうげきで俺は数メートルばされて、地面へ無様にたおれ込む。


「ごめんね、君は当たり。だから死んで、ってもう聞こえてないわね」


 剥がれた爪は映像早送りのようにしゅんに再生する。艶やかな爪が元通りだ。

 のどを鳴らして笑う姿はどこかわくてきで、少女とは思えないほど大人びた雰囲気をかもしている。

 左手首にはあかむらさきねこの形をした痣。白い手首にはどこか痛々しい色。

 その手首もよく見れば傷だらけだ。自殺を何度もはかったのだろうか。


「ついでに名前も教えてあげる。針山はりやまアイ、魔法名は【猫の爪研ぎネイルキヤツト】よ」


 動かない俺に対しておかしそうに告げる。

 すずのような声はひと気のない道にはんきょうしていた。


 固有魔法所有者は【魔法形式から固有の魔法名】を管理政府からあたえられる。

 針山アイの魔法名も、爪を飛ばす魔法と痣の形から来ているのだろう。

 なんで血を吸ったのかわからないが、魔法のぜんぼうを教えるのは所有者の間ではきんだ。


 魔法のほとんどが日常では使えないというのはこういうことだ。

 魔法というのはあまりにも――せんとうに特化している。


 だから事件はひんぱんに起こるし、人権問題とか出てくる。

 そしてこの話は二人に一人ががいとうしゃだ。


 針山アイは忘れているのだろうか。

 痣まで確認したのにな。


「お礼に俺も自己しょうかいしてやるよ。合コンの時には言えなかった魔法名もな」

「……え?」


 俺が死んだと確信していた針山アイはきょかれた声を出す。

 しかしそんなのは俺からすれば無関係な話だ。


 ゆっくりと立ち上がる。

 敵が目の前にいるというのに、土を払いのけながらゆうしゃくしゃくに。

 むしろ傲慢な態度で答える。


「俺は雑賀サイタ。魔法名は【小さな支配者リトルマスター】だ」


 にやり、といかりをめて笑う。


「どんな魔法かなんて、今からわかるだろうよ」


 針山アイの視線は俺の眉間。赤い爪でち抜いたはずの急所。

 そこを守るように青く輝くうろこが生えている。

 へびの鱗ではなく、魚の鱗。ただしこうは比べ物にならない。


 鱗は爪と共に、俺の皮膚からぼろぼろとこぼれた。

 下に現れたのは無傷なはだいろ


 ばらばらと、爪は力なく地面の上に音を立てて落ちた。

 けれどがれちた鱗は、俺の体周辺を泳ぐように動き回っている。

 

 意志を持ったような動きに、あらゆるこうげきを防ぐ硬度。

 そして密集させれば簡単な武器やじゅうだんとして扱える。


 もちろん鱗の枚数には限界がある。

 俺の体表面体積までの鱗しか生産することはできない。

 もう少し体が大きかったら量も多くなるんだがな。

 

 しかし人間の皮っていうのは、広げてみると意外とデカいらしい。

 俺の体から生えては剥がれ落ちていき、量を増やしていく鱗。

 まるで無限再生に見えるだろうよ


 針山アイは引きつったみをかべていた。

 まさか起き上がってくるとは思わなかったのだろう。


「ふ、ふふ、ふふふ。だいじょうよ、私。決まっているじゃない!」


 言いながら自分の手首に爪を食い込ませている――リストカットみたいなきずあとは、そういう理由からか。

 五つの爪が血を吸い上げて赤くなる。

 ネイルをったようにい赤色は目に毒だった。


「私の爪はダイヤモンドの硬度。血を吸えばその五倍。さらに撃ちだせる!」


 口の軽い女だな。

 どうやら俺は人を見た目で判断するのはらしい。

 外見好みでも、この性格はちょっとないな。


 しかしさっきは思わず体中に鱗を生やした。

 撃たれた部分だけ残したから、俺の限界はさとられていないはず。

 だけど今はかなりの量を空中に泳がしている。


 一度肌からはなれた鱗は元にもどせない。

 また同じ場所から生やすには魔法を解除するしかない。


 本当に扱いにくい魔法だ。

 日常生活にも使えないし、って今とは関係ない方に思考がれたな。


 目の前で美少女は両手の爪全てを赤く染めた。

 白い肌がさっきよりも色味を悪くした白になっている。ひんけつ気味か。


 十本の指、同じ数の爪。それらが俺に照準を合わせている。

 ダイヤモンドカッターよりも五倍の硬度。とがっただんがん

 発射された爪全てを、俺の体前面に形成した青い鱗のたてで防ぐ。


 俺の鱗はどんな攻撃もぼうぎょし、やりなどの形にすればあらゆる物もつらぬく。

 最強のじゅんだな。二つ以上の意味をもちろん含めてな。


 ただし限界値と片方の動きしかできないのがネックだ。

 防御している時は攻撃できず、攻撃時は無防備になる。


 でも爪弾攻撃全て防げた今なら、無関係だな。


 がくぜんとする針山アイの目の前で防いだ爪全てを地面に落とした。

 盾として密集した鱗達をさんそうへとへんぼうさせる。


「悪いけど先に仕掛けたのはそっちだからな」


 指先一つで空中に浮いている鱗の槍を針山アイに向かわせる。

 速度は普通のやり速度だが、いっぱんの高校生にはけられないだろう。

 当てる寸前で鱗をばらけさせて目くらましにする。


 ――その間にげよう。

 そう決めて俺は針山アイと槍に集中する。


 しかしとうそうや避ける様子も見せずに、針山アイは勝利を確信したような笑みを浮かべた。


「私の爪が十枚しかないと思うの?」


 その言葉に俺は人間の体構造を思い出す。

 爪は手だけじゃない、足にも生えている。全部で二十枚。


 俺の魔法は防御時は最強の盾、攻撃時は最強のほこ

 だけど攻撃の際には防御できない。つまり盾を貫けても、向かってくる銃弾や斬撃には対応できない。


 針山アイのローファーの先が上を向き、その内側から十枚の赤い爪弾が俺の矛をくだいていく。

 鱗は割れずにいるが、形を保てずにばらけた。

 

 それでも目くらましになる。

 

 予定から少々くるったが、すかさず逃げようとした。

 矢先、背中にへんさった痛みが走る。


「あと私の血を吸わせた爪は、指先から剥がれた後も操作可能なの」


 り向く前に背中に強い衝撃が何度もまれ、同じく肌に食い込む感覚。

 最初に防いだ爪は俺の血を吸ったもの。だから動かない。

 しかしそれ以外の爪は針山アイの血を吸収している。

 ダイヤモンドより五倍の硬度で自由操作可能な爪。


 なにが【猫の爪研ぎネイルキヤツト】だ。可愛らしい名前の割にきょうあくじゃないか。


 爪は俺の皮膚に突きさったまま動かない。

 散らばった鱗。それらに対して虫を払うが如く手を動かして、針山アイが近付いてくる。

 

 彼女の顔はこれ以上無い勝利の笑みで満たされている。

 負けるはずがないと、俺を見下す笑い方だ。


 おそらく俺に勝利宣告とめいやげばなしでもするつもりで、爪の操作を止めているのだろう。

 そして予想通り、針山アイは話し始めた。

 おそらく最後の会話だ。


「本当にごめんね。でも貴方は器に選ばれるかもしれないから」

「器?」

「大罪の器。選ばれるのは七人。揃うと扉が開く」

「……」

「天国で答えを探してね。じゃあね、意外と君の容姿は好きだったよ」


 なんだか死にきれないような告白されたような――気のせいか。

 しかし今は馬鹿な思考にとらわれている暇はない。


 爪が動き始めて俺の内部にしんにゅうする、いっしゅん前。

 即座に魔法解除して、空中に浮いていた鱗全てを消し去る

 

 そしてすぐに発動して背中――特に爪が刺さっている部分に集中して鱗を生やす。

 絶対防御の鱗。ダイヤモンドの五倍の硬度だろうが関係ない。

 俺の鱗は全てを防ぐ。絶対にやってみせる。


 生えた鱗同士がすきを失くそうとして、突き刺さっていた爪を力技で割る。

 ばきん、とくだけた爪は操作できないらしい。シャツのすき間から地面にぜろれて動かない。

 軽いふんさい音がいくにもひびき、背中に刺さった爪全てをかいした。


 背中に生やした鱗を剥がして、槍を砕いた足の爪十枚に向けて動かしていく。

 爪一枚につき鱗三枚で貫いて割る。

 攻撃にすれば最強のそれは、武器の形に変えなくても充分なほどだ。


 勝利宣告してゆうの表情を浮かべていた針山アイの表情が、信じられないといった顔になる。


 それでもダイヤモンド並みの強さを持つ爪を俺に向けてきた。

 血を吸わせていないから、撃つことはできない。


 顔をく猫のような姿勢で向かってくる。

 綺麗な黒髪をみだした姿は若干ホラーだ。


 けれど結局は金持ちお嬢様学校に通う女子高生だろう。

 げんえき野球部員の無神経傲慢野郎である俺の敵じゃねえよ。


 びてきた指先を左手のこぶしゆびさせ、痛みとおどろきで歪めた顔には右の拳。


 ようしゃとか今は無関係だ。

 えんりょも同情もせずに、全力で鼻っ柱を折る勢いで針山アイの顔を殴った。

 大きな音を立てながら倒れ、ぴくぴくと痙攣している少女。


 俺は痛みに顔を歪めつつ、彼女に背を向けて去る。

 一応携帯電話で救急車の手配はしてやった。

 それ以上は無関係だ、俺はなにも知らん。




 都会の夜道を歩きながら魔法を解除して、もう一度発動。

 止血の意味で背中に鱗を生やす。

 白シャツに血が滲んでいるだろうが、今は気にしていられない。

 

 目の前がふらつくし、汗が止まらない。

 だっすいしょうじょうと日射病に同時におそわれているようなもんだ。気持ち悪い。


 帰ったら救急箱だなと考えつつ、マンションのことを思い出して――多々良ララの顔がのうに浮かぶ。


 俺と同じマンションに住んでいる、心理占いで答えを出したイケメン女子。


 先程まで一緒に帰宅していた。

 けど針山アイのせいで先に帰らせてしまった。しかも一人で。


「……ったく、無関心を貫きたかったぜ」


 やりきれない心情を呟いて、帰り道を走り出す。

 俺が襲われて、あいつは無視するとか都合のいい話すぎるからな。


 ただでさえ痛みが走るのに、血が足りない体にむちつ。

 流れ出る汗も構わずに前を見ていた。気だけがはやる。

 

 曲がり角では減速したが、なるべくトップスピードはくずさない。

 部活のおかげで体力は十分だ。

 そして三つめの曲がり角で、俺はきょうがくの光景をたりにする。


 ネオンの光に照らされた白い肩出しレオタードに生足。

 柔らかいとうめいなレースが腰から下に広がって、ドレスを再現していた。

 レースしに見える左のふとももには白灰色にちょうの痣。

 すらりと長い足には高いヒールのがらくつ


 夜会にさんじたような格好の多々良ララが、合コンに来ていたゆるふわ森ガールを踏みつけている。


 無神経な話だが、異様な光景の中でりんたたずむ多々良ララに――れた。

 俺は若干安心して、彼女に声をかける。


「それがお前の固有魔法?」

「一応ね。恥ずかしいからあまり見せたくないんだけど」


 顔をそむけてしまった多々良ララにしょうする。

 確かにヒールのせいで今は百八十くらいの高身長だ。

 そして大きな身長を支えるように足も大きいが、それは逆に硝子の靴を目立たせて綺麗だった。


 もしかしてシンデレラが嫌いな理由って、その格好のせいかもな。

 あのイケメン顔でこんな魔法は……本人も恥ずかしいのだろう。


 足はお世辞にも細くないが、踊るための筋肉がついていて様になっている。

 社交ダンスで男役ばかりとか言っていたけど、少しもったいないなと感じる。

 まあ俺には関係ない話なんだが。


 だつりょくしてその場にすわんだ俺に多々良ララが近付いてくる。

 彼女の動きに合わせて、透明なドレスのレースが空中をふわりと浮かんだ。


「そっちも襲われた?」

「まあな。瀬田ユウは大丈夫そうだから、今は帰ること……を!?」


 俺が言い終わる前に多々良ララは俺をお姫様抱っこする。

 身長的にじょうきょうてきにも正解だが、逆だと言わせてくれ。


 自らのかばんを俺に持たせながら「ぐちしゃべらないでね」と言い置いて、多々良ララは夜空に向かってんだ。

 内臓が浮いて置いて行かれるようなゆう感に、下を見れば都会で輝くネオンが見えた。


 いくら体が大きいとはいえ女。

 男の俺をかついでちょうやくできるってことは、主に足を強化する筋力増強系の魔法か。

 運ばれながらも周囲を確認する。また襲われたらたまったもんじゃない。

 そんな思考を多々良ララは悟ったのか、


「大丈夫だと思うよ。あの女を倒した時、ついげきする様子はなかったし」


 と説明された。

 

「……見張られてたのか」

「まあね。アタシの固有魔法【灰の踊り子サンドリヨン】のりょくに恐れた気配もなかったし」


 冷静に状況ぶんせきしている多々良ララのごうたん振りよりも、魔法名の方に驚く。

 これまたメルヘンな名前だな。嫌いじゃねぇけどさ。


 それにしてさっきは思わず見てしまったが……左の太腿。

 しかも付け根に近い部分に蝶の痣ってこう、あれだよな。

 

 関係ない話だけど、俺も男だからな。

 少しのエロ成分は見過ごしてほしいもんだ。声には出さないけどな。

 むしろ言葉として形作った瞬間、今ここでごくきに似た落下を味わうだろう。

 俺の命はある意味多々良ララににぎられている。


 マンションが見えてきた辺りで、さすがに女の部屋に入るのが気まずくなった。

 俺は仕方なく自分の部屋に招待することにした。

 別に気に留めないという視線をもらったが、俺が気になるんだよ。


「夕飯作ってやるから、俺の部屋にしてくれ」

「デザートもつけてね」


 マンションの少し前の道路で多々良ララは着地して魔法を解除する。

 灰が体をおおったと思ったら、先程の合コンの時と同じ姿だった。

 魔法少女の変身ってこういうものかと考えつつ、三階へと向かう。


 ……背中のりょうを多々良ララにも協力してもらうか。

 汗と血で気持ち悪い背中に少しだけ意識を向けた。




 まずは多々良ララにお願いして背中の様子を見てもらう。

 血は止まっているようだが、傷痕が痛々しいらしく、眉を寄せているようだ。

 おかげで同情してもらえたのか、背中の消毒やガーゼ張りなどをしてもらえた。

 

 じゅうなんも鍛えているとはいえ、背中を見るのが難しかった俺にはありがたい話だ。

 多々良ララのぎわがよかったらしく、十分もかからない内に終わる。


 漢字シャツと白シャツは洗濯機に。

 客がいるので室内着ではなく、別の漢字シャツを出して着る。


 センスを疑うような目を向けられたが、無関心を通しながら台所に向かう。

 ご飯はある。ならばと味噌汁となっとう、小松菜のものを作り始める。

 デザートと言われたが、お作りはあまりちょうせんしていない。

 とりあえず一昨日買ったアイスをわたしておいた。


 食器を運ぶのを手伝いながら、多々良ララは襲われたことがらについて話してきた。

 俺と別れた直後に森ガールがやって来て、ひと気のない場所に連れていかれて戦闘になったようだ。

 最初は魔法を使わずに逃げようと動き回り、相手が勝手に語り出したことに耳をかたむけていたらしい。

 しかしさわぎに誰もけつけない不審さや、向けられてくる視線に気づいた辺りではんげきに出たとか。


 魔法を発動して女性であるのがばれたが、男とおもんでいた相手をいちげきだまらせたんだと。


 そこで倒した敵を踏みつけて隙を作ったが、視線は遠ざかって消えたとか。

 そして静かになった後に俺がやってきたのが事のてんまつだ。


 そこまで聞き終わった時には夕飯の準備は終わり、二人で食卓につく。

 高校に入ってからは一人暮らしが続いていたから、誰かと自宅で夕飯なんて久しぶりだな。

 多々良ララはなぜか普通の食事に目を輝かせている。少し気になって、


「和食は珍しいか?」


 なんて聞いてみた。

 

「いや、普通の食事が久しぶり。アタシ料理できないから」

「一人暮らし?」

さんと二人暮らし。叔母さんはいそがしくて、最近はあまり帰ってこない」


 たんたんとした話し方だ。いまいち感情がわかりづらい。

 だが料理がいのか、おかずとごはんが消失するスピードがはんない。

 一人暮らしに近い状態なのかもな。料理できないと言うあたり、外食とかで食事しているのか。

 

 俺の顔に視線を向けてくるので、何事かと目を合わす。なんだか観察されている気分だ。


「羨ましい。小さくて料理出来て、およめさんにしたいよ」

「俺はお前が羨ましいけどな。でかくてイケメンでよ」

「……神様はアタシ達の性別を入れちがえたね」

「全くその通りだ」


 おたがいによくわからないつうをし、もくもくと食べていく。

 多々良ララはあっさりと大盛りご飯をよそおいに行く。


 ……こいつ男子だらけの部活にいてもかんがなさそうだ、と思いつつ俺も追加を盛りに向かう。

 今は血が足りないから、少しでも栄養を取りたい。

 もう一品くらい肉料理でも作ろうかと台所に向かう。


 ぶたバラ肉をいためてから、塩しょうで味付けしたシンプルな品目。

 ご飯にのせても美味い出来たて。湯気さえ食べられそうな勢いだ。

 多々良ララも同じことを考えたらしく、ぶたにくでご飯を巻いて一緒に口に入れる。


 何度もおかわりして、最終的には残ったご飯とみそしるでおじやを作った。

 それすら完食して二人で「ごちそうさま」と告げる。


しかった。ありがとう」

「それはよかった。で、さっきのはどう思う?」

「……雑賀はどこまで聞いた?」


 俺は針山アイとの話を思い出す――けれど必死だったからだんぺんてきだ。


 とりあえずあの心理占いが仕掛けで、それに俺と多々良ララが引っかかった。


 七つの大罪と器。

 揃うと扉が開くは意味がわからなかったが、一応伝えておく。


 そして痣があることを確認されたから、固有魔法所有者に関わるとは推理できた。

 俺の右手の平には青い魚の痣。

 多々良ララには白灰色の蝶の痣が左太腿。


 針山アイは天国とかなんとか口走らせていた割に、追撃がないのもおかしいな。

 殺すつもりだったのに放置、というのも変な話だ。


「……適切な処置を施すって言ってたけど、どうなんだか」

「多分だけど、アタシ達は可能性だけで、確定してないとか?」


 つまりはあの心理占いで疑いがあった人物を襲って、反応を見ているのか。

 それにしては過激な。


 思い出して、さらにもう一つ最近のニュースが頭に浮かぶ。

 ありふれている、固有魔法所有者に関する情報。

 事件が多くなっていて人権問題とかなんとか、というニュースだ。

 今まで大して気にしていなかったことだが、頭にひっかかる。


 俺はテレビをつけて夜のニュースにチャンネルに合わせる。

 すると狙いすましたかのように固有魔法所有者の事件について報じられていた。

 多々良ララも画面に目を向ける。その視線が少しずつ厳しくなっていくのを感じた。


 報道内容は今日も都内で魔法に関するせいしゃが出たこと。

 ――ただし犠牲者は固有魔法所有者だ。

 犯人はとうぼう中だとかで、注意を呼びかけるニュースキャスター。


 なんだか面倒なことに関わった気がするぞ。


「これは首まない方がいいんじゃない?」

「そうだな。無関係だ、無関心が大事」

「器にならなければいい話みたいだし、襲われるよりはマシか」


 多々良ララはそう言って、もう夜もおそいのもあってマンションの五階へと戻ることにしたらしい。

 げんかんまでついて行く。マンション内とはいえ先程の件も気にかかるから、送ろうかと提案するが断られる。


 いわく、どんな原理かは知らないが戦闘している様子や音を通行人などに気付かせなかった。

 その手際からひとすじなわじゃ行かない相手と予想しているらしく、


「そこまでの相手ならここで襲わずとも、もっと絶好な場所を狙うでしょう」


 と言われてしまった。

 彼女の言葉に同意し、とりあえず「気をつけて」とは伝えておく。




 多々良ララがいなくなり、テレビでは相変わらずニュースが流れている。

 携帯電話を片手に眺めていて、そういえば針山アイを思いっきり殴って逃げてきたが――事件扱いされていないか不安がよぎる。

 そこで携帯電話のけんさくアプリが役に立つ。科学文明の利便性は最高だな。

 針山アイの名前や襲われた場所の住所、様々な条件を変えては調べた。


 しかし事件にすらなっていない上に、不自然なくらいに針山アイという名前が出てこない。

 ためしに魔法名の【猫の爪研ぎネイルキヤツト】も候補に入れるが、検索結果は零。

 あらゆる単語が検索に引っかからない。


 さくじょされてしまったかのような、嫌な予感。

 思わず世界中に自分の呟きを届けられるというSNSにみをする。


 ――【猫の爪研ぎネイルキヤツト】という魔法名に心当たりは?――


 とう稿こうボタンを押したけど『その呟きは削除されました』と表示される。


 世界では一秒ごとに誰かが誰かになにかを伝えようと流している。

 どんな些末でも、誰かに見てもらえると俺は思い込んでいた。

 それすらできないのを目の当たりにして、世界が不自然なほど環状線のように規則正しく回っていることに違和感を抱く。


 環状線というのは誰かの手で作られた線路だ。

 俺はその上に立っていると思い込んでいた。

 はみ出ないように、知らず知らず順応して。


 無関係を貫きたくて、無関心で無神経な性格の俺だが――この日を境に嫌でも関わっていくことになった。


 魔法を二人に一人は持っているのが当たり前の世界で、七つの罪が動き始めた。

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