第4話「お供は獅子と子犬」
――その
何度も聞いた昔話。
その最後はいつも決まっている。
――大きな山になった竜は、今も
けれど一回だけ付け足された一文がある。
――人間が好きだった星に届くようにと、
絵本に
他にも様々な話を聞かせてくれたが、その物語が一番好きだった。
(……カ)
体全体に
(ミカ! ようやく起きたか)
心配そうに顔を
「……ヤー
(はぐれたようだ。その時の
「
(そうだ。あそこからな)
灰がこびりついているせいか、
木の幹に背中を預けている状態で、地面に
「移動してる? レオが運んでくれた、とか」
(残念ながら
手の平に収まってしまう大きさの獅子では、十五
それは子犬の二世も同様である。
「じゃあ誰が?」
(
返ってきた答えは、予想外のものだった。
灰の森ゲルダ。その
今も
人間でさえ生活が困難な場所で、自然に住む妖精がいるとは考えづらかった。
(お前を見つけ、
「なにかあったの?」
(我を無視した!!)
相当腹が立ったのか、
耳元で大声を出されたミカとしては、少し落ち着いてほしいと思った。
「そんなに
(小さくなったとはいえ、この体はかつて太陽の
「そういえばアトミスやホアルゥも尊敬してるもんね」
(ミカの体で意識だけ表に出した時でさえ、わかってもらえたというのに……)
元は
肩の上で
確かにアトミス達は姿を見せずとも、意識だけのレオを
人間が「前世は聖獣だった」と、
妖精には
「じゃあレオが太陽の聖獣だとわからない妖精ってどんなの?」
(む? 考えられるのは……この二十年以内に誕生した妖精とかだな)
太陽の聖獣レオンハルト・サニーは、他二
ユルザック王国でも一大事と
それらを
「妖精って発生しやすいの?」
(
「でも今は……」
子犬を
周囲を見回しても、生命の気配がとても
「
(ないな。確かに精霊の体をしていた。ただ……)
「なにか変だったの?」
(道具に宿るタイプに視えた。しかし、うーむ)
手近にあった
木の幹に傷をつけるのは気が引けたミカは、固い地面に苦戦した。
歩き出した少年の肩上で
(道具に宿るタイプの妖精は男の体をしていることが多い)
「そうなの?」
(ああ。作り手が魂を
「妖精の外見上の性別は
名前を口にして、少しだけ
いつもならば探究心に
難しい話にミカを
「ヤー達、どこかな」
(まずは自分の心配をした方がいい。転化術も使えず、武術の腕もない。サバイバル経験は?)
「……未経験です」
思わず敬語で返事してしまい、ミカは
(まあ
「レオはこういうの慣れてるの?」
(……未経験です)
そっくりそのままの答えに、苦笑いすら消えた。
王城育ちの第五王子と元太陽の聖獣コンビは、従者三人組よりも
そこに子犬一
「食料とかもオウガやクリスに預けてたし、方位磁石もヤーが持ってたから……」
(木を
「水場を探した方が……ん?」
問題に直面し、初めて違和感に気づく。
空を見上げれば重い暗雲が覆っており、時間の
「俺、どれくらい気絶してた?」
(一時間くらいだったと思うが)
「体の感覚が変だ。まるで時間が経過してないみたい」
(なんだと?)
「
食料や水の確保という不安は薄れたが、未知の体験に
人間から外れていくような、世界から遠ざかるような。
生死の判定に必要な感覚が、少しずつ消えている。
「
(日暮れ前には一度
「そうなんだよね。ディートフリートさんが心配しちゃうかも……」
木々の
まるで円形の
風景が一部だけ館の
「領主様。どうかご
腕の中には
メイドや
「領主様、助けてください」
「
「王都から
何度も
木々の隙間から見える
ゆらゆらと
「火の精霊
(どうだろうな。精霊が意思を持っているとは考えにくい)
開けた場所へ足を
館で見た時よりも若いが、苦労の色は何十倍にも
時には
「人の強さを信じてくれ」
雪に囲まれた北の領地では、
ゆらり、と領民の列が消えた。
「……気が狂いそうだ」
重い息と
それを
「十年前の噴火は雪が降り始めた初冬だって聞いてたけど……」
(これでは冬を
「北への道は雪で
(その返事がこの手紙か)
そこにはどこも
「えっと、この時は確かディートフリートさんは三十七歳くらいだったかな?」
(若造に天災が
「セルゾン家も領主交代前だから、この時は北の四大貴族の中でも一番若かったはず」
(苦労するのを全部押しつけられたな。
若い時の苦労が
しかしディートフリートが急に
「え!?」
(これは記憶の光景では!?)
同時に
体を撫でた熱気は
「君か! 待っていたぞ! おや……具合が悪いのか?」
「ディートフリートさんは独身だけど、昔にいい人でもいたのかな?」
(
少しだけ
頬を染め、先ほどまでの苦労が
心配そうに
「噴火の
「あ、それは苦情で……いや、君には
「苦情?」
執務机の引き出しが勝手に開き、ぐしゃぐしゃに
その言葉達に覚えがあるミカは、息を
「山の近くに住んでいた者が石を投げられたと報告も受けてな。避難すら
(
「それに王都で不可解な病が
執務用の椅子に
その動作すら
「だがいずれわかってくれるさ。人間は強い生き物だ」
彼の姿が風景ごとぼやけていき、またもや館の玄関口へと切り替わる。
少し元気になった赤ん坊を抱えた老婆が、他の領民達と一緒に笑顔でいた。
けれど――ディートフリートだけが絶望を目の当たりにした。
「今、なんと……」
「領主様はなにも悪くありません! 全ては第五王子のせいなのですから!」
目を細めた老婆が、
それはミカにとって
無邪気な赤ん坊を優しくあやす老婆の背後で、農民の男が力強く告げる。
「そうだ! 西の大国の血が悪い! 絶対に第五王子が噴火を起こしたんだ!」
「……なにを言っているんだ?」
「だって領主様は俺達を助けてくれた! だから国王様に
「でも第五王子の母親は違います。きっと
農民の
彼女の足元には幼い少女が立っていて、母親に
ディートフリートが口を開きかけた矢先、他の領民達が次々と発言していく。
「俺も第五王子が元凶だと思うぜ。なにせ
「きっと五年後も怖いことが起きる。それを国王に進言しましょう!」
「
「ひでぇ奴だよ。子供の姿をした邪な存在だ。誰か退治してくれないか」
「私の子供も第五王子のせいで死んだのよ。王族でなければ……」
ディートフリートは口を半分開いたまま、
老婆が両手で手を
彼は無害な老婆を
「……」
(待て。まさか)
気づいたことを口に出そうとして、レオは急いで見上げる。
ミカの表情は、目前のディートフリートと同じように絶望していた。
「ここ、だったんだ……」
幼い
時には全てを
それは誰かを守るために
「俺の噂はここからだったんだ……」
よろよろと足がもつれ、木の幹にぶつかると同時に
人望によって守られたのがディートフリートだった。その
風景がもう一度執務室へと変わった。
頭を抱えたディートフリートは、机に
「すまない」
「人間は弱かった……」
その事実を認めた彼は、
手の平から一
領主への感謝が書かれた紙は、少しだけ赤く染まった。
「それ以上に私は無力だ。否定もできず、傷つくのを
(ああ、お前は悪くないだろう)
「全ての罪を幼い王子に背負わせた。私は……」
そのまま
(ただ苦しめ。善良な人間であるならば)
元太陽の聖獣は、
ゆらり、とディートフリートの姿が風景と共に揺れていく。
「君に会いたい」
そして重い
葉が
獣や虫の声も届かない森の中で、ミカは
(ミカ、
「……うん、平気。慣れっこだもん」
子犬の毛並みに
それは泣く寸前の表情に似ていて、獅子が
【強がるなよ。本当はあいつら全員を呪ってやりたいくせに】
ミカの声だった。けれど少年が発した言葉ではない。
森の中に入って初めて、風が
【俺を苦しめて楽しかったですか、と言ってやれよ。ディートフリートさんが床に額擦りつけて、泣いて
(な、お前は……)
「……俺?」
黒い影が笑っている。自らの足元から
口元だけが白く切り取られて、
まるで紙で作った
【そう。俺はお前。ミカルダ・レオナス・ユルザック】
おどけるように両腕を広げた影を、ミカはじっくりと視つめる。
「土と水の精霊で姿を取って、風の精霊が声を作ってるよね」
【いきなり見破るって反則じゃないか?】
(というか、
【レオもいるし、だから出たくなかったけど……これが役目だしなぁ】
あっさりと正体を看過されてしまった木霊は、
【でも俺の言葉に
「ちなみに木霊って山の
(精霊の木霊は少し違う。妖精とは異なり、魂がない。だが心を映す水鏡として、迷える人間の前に現れる)
「日常生活で見たことないけど」
(
【解説される俺の身にもなってくれないか?】
笑っていたはずの口元が、すっかりへの字を描いていた。
(だが奴が言った通り、本心を語る存在だ。隠しごと全てを
「噂好きなんだね」
【まとめが雑すぎるだろ、俺。まあいいや。その軽口もここまでだろうし】
影が身を乗り出してくる。
質量や圧が、絵とは違った。立体的で、
【本当はこうやって殺してやりたいくせに】
真っ黒な指が首に
首を
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