第2話「北の屋敷にて」
灰が降る森は全てを
銀世界など生易しいものではない。
視界を
温かい
「真冬の北はこんなにも厳しいんだ……」
「東の領地では見たことない雪の量です」
暗い夜でさえ、真っ白な化け物が暴れているような
「山を
まだまだ子犬であるメザマシ二世の毛並みを
もふもふの毛は
「カルマ
「近くまではな。そういや指名手配されてるんだっけか……」
「は!?」
ヤーの
クソジジイと呼ぶ
北の産業国――カルマ帝国。その
なによりオウガ自身が強くなりたいと願い、そのために力を身につけたのだ。
急に暖炉の前で
口を半開きにして
二世も心配しているのか、遊んでほしいだけか。彼の周囲をぐるぐると走り回っている。
「あのクソジジイ……」
「オウガ
「そういえばオウガとハクタ以外に
話を
問いかけてきたヤーに
「いた……速さを
「く、首ですか!?」
「手首とか足首だって首だろ? とにかく敵の機動力や
「えげつないわね」
「そういえばハクタのも背中で守る剣術とか言ってたかも」
走り回るメザマシ二世を
本来であれば王宮剣術などを学んでいてもおかしくないのだが、彼の場合は簡単な護身術程度の知識だけだ。
十
さらに身分、
あらゆる理由によって、第五王子の教育は簡素なものとなっている。
ミカという少年が受けた教育は、
そのためあまり剣術に興味がないが、身近な相手のことは
「兄上は
「まあ
「それで重傷になってたら世話ないわ」
その剣術に助けられたのも事実だが、青年の体には深い傷が残った。
今も全快には至っていないハクタのことを思い出し、ミカは
「まあ、
護衛の
しかし守ってもらった王子にとって、目に見えない傷が残っている。
それを察知したヤーが気まずそうに
「さすがはハクタ
一回だけ
あまりにも
「私もいつかハクタ
「あ、ありがとう……? でも
「心配していただきありがとうございます。しかし
「う、うーん……そっかぁ」
ぱたぱたと足を動かしていた子犬を
目を輝かせた美少女は自由になった子犬を抱え上げ、
「二世殿も立派な忠犬ヘと成長し、共に王子を守りましょう!」
子犬の返事は
その様子を暖炉前から眺めていた
(レオ様のことも心配してくれないか?)
(でしゅねぇ……)
手の平サイズの少女であるホアルゥは、柔らかな
その暖かさだけで、うつらうつらと夢の世界へ
普段は宙に
「し、してるよ? ね!」
(……本当か?)
しかし大きさは
メザマシ二世にすら体格で負けてしまい、元太陽の
現在はアトミスとホアルゥにちやほやされており、ヤーやクリスにも好評だ。
かつての
(ヤー! なにか思いつかないか!?)
「しつこいわよ。
一時間ごとに
(我は子猫
(ホアルゥはずっとこのままでもいいでしゅけどね。ふっかふかでしゅし)
(ぼ、
暖炉の
白く美しい指先でなぞるだけで、うっとりと
(あと一年くらいはこのままでもいいのでは?)
(アトミスまで!?)
(クリスしゃんのモノマネできましゅしね)
(馬になれと!? 我に、この我に!?)
しかも床に戻ってきたメザマシ二世が、ゆっくりと近づいてくるのだ。
(ひっ!? や、やめ……)
すっかり子犬に
それから
(ミカだけは我を見捨てるなー!!)
獅子の
ただしミカ達以外には聞こえない声である。
外の激しい
「火の準備を。今夜は冷えるぞ」
すぐさま入り口近くにまで熱が届くように
しかし自らの影を
ディートフリート・タナトス。十六貴族の一つ、タナトス家の当主。
そして第二王女リャナンシー・タナトス・ユルザックの
現状ではどの王子の
黒の直毛は
こけた頬と同様に、物静かな緑色の
「……前にクリスが話した時と印象が
十六貴族の知識が
それはミカ、ヤー、クリスも同行しており、全員でこっそりとディートフリートを見定めている。
「タナトス家は人望に厚く、約十年前の火山
「あの
ミカは遠くから彼の魂を、じっと視つめる。
家庭的な暖炉から生まれた灰のような白さに、雪玉のような丸さ、
昔遊んだ雪のカマクラに
「すごく安定してる。貴族としての地位や
「少しだけ
次々と入る補足に対し、オウガは心ここに在らずといった生返事を
彼にとって貴族とは、弱者を
クリスやミカのおかげで
「人は見かけによらないってか?」
少しだけ鼻で笑うオウガだったが、他三人は気にした様子もない。
「それはミカが証明してるでしょう」
名指しされた本人は微笑むだけだったが、オウガとしてはぐうの音も出なかった。
見かけはどうあれ、ミカは第五王子。立派な王族である。
本来であれば一生関わりのない生活を送っても不思議ではない相手だ。
「オウガ殿だって王子の従者ですから、そこらの地方貴族より身分が高いかもしれませんよ」
クリスの言葉に、ほんの少し周囲の空気が
それを
不可解なものを見るように、彼はオウガの表情を窺う。
「そうかよ」
普段と変わらない冷静さ。しかし魂には変化が現れていた。
一瞬だけ暗く
理性で感情を無理やり
「まあ、地位なんてどうでもいいさ」
その言葉に
オウガの魂は鋼を球体にしたような形と色合いだ。
けれど刃に映るかの如く、感情がすぐに魂に
ただ色などわかりやすいものではなく、
先ほどのように一瞬で消えてしまうため、ミカとしても時折感情が読めない。
(ミカ、わかるか?)
肩に乗ってついてきたレオが、耳元で
(
「…………」
(研究報告会の時も一瞬だけ同様のことがあった。しかし本人も
ヤーやクリスにも聞こえないような小声で、レオは警告を続ける。
力では敵わないのは明白。その他の面でも優勢なのはオウガだ。
ミカにとって最大の天敵と言えるかもしれないが、味方でいることに
それが
一晩の食事会で、ディートフリートは目線を合わせずに切り出した。
「聞いていると思うが、試練の森で異変が起きている」
細長い机の片側に集まっているおかげで
「ゲルダの森――迷いの森と呼ばれているのでは?」
同じ疑問を
全く
「地元では試練の森だ。かつて神官達の
食後の酒を静かに飲み下し、ディートフリートは一息つく。
暖炉に炎を
クリスの隣に
「森には聖獣も存在するらしいが、姿を見たものがいない」
「え?」
「白い
(ああ。人見知りケルウスのことか)
横に座っていたヤーは
(ケルウスならば我の話が通じるはずだ。今回は意外と楽に済むかもしれんぞ)
「…………」
(どうした?)
「なんか、嫌な予感が増えた気が」
こそこそと話す姿を、ディートフリートは観察する。
ミカの肩に火の粉が浮いている。その程度しか精霊が視えない彼は、視線をずらす。
天才精霊術師と呼ばれる少女も、第五王子の肩をさりげなく注視している。
「……どうやらフィル王子が
「へ? 兄上がそんなことを?」
「
そう言って
ミカ達が転送精霊術
二回目の
「では明日にはゲルダの森へ。そのために必要なものはこちらで用意しよう」
「本当に説明なし!? あ、あの……」
「必要ならば問いかけを」
視線が合わない。それはディートフリートの
瞳から感情を
大した変化はない。ただし誘うように魂が揺れていた。
「……俺のこと、どう思ってます?」
ぴたり、と魂が
色や形、輝きに変化はない。ただ冷静な
「
静かに、
「十年前の噴火に病の流行――その
「え?」
「自然は
ゆっくり立ち上がり、吹雪を眺められる大窓へ近づくディートフリート。
背中を無防備に向けるが、そこに油断などは
あるのは
「人の
「王子よ。私は噂の
「……」
「であれば、
「ありがとうございます。解決に
その後も軽い会話や質問を
積もる問題は山ほどあるが、全容が把握できない。毛糸が何本も
試練。迷い。灰。あらゆる名前に
轟々と唸る風が屋敷の壁を叩くのを聞きながら、ミカは
百聞は一見に如かず。
その意味を痛感するほどの出来事に、苦しくなるほど
そして四人と一匹、妖精達は
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