第2話「国殺し」

 十年前、風の強いかんそうした冬の季節、城下町では原因不明と言われた病がった。

 

 当時は北では火山ふん、南の貿易港ではかいぞくの横行、西にりんせつする大国との関係悪化が重なっていた際の不幸だった。

 

 その病はせつがらによる風邪かぜと思われていた。北風も強く乾燥していたのが発見をおくらせていた。

 しかし病はだいおそろしい病状へと発展する。せきから始まり、やがて体内の水分がかつしていきすいじゃくしていく。

 最後にはからびたミイラのようになるびょうだ。前例のない病でかんせん速度から見ても国殺しと言われるほどの病であった。

 

 せいしゃ多数という結果。その病でハクタの両親も、ミカの母親もくなってしまった。

 

 あらゆる医師がびょうげんきんを調べ、大勢のせいれい術師が原素と同義である精霊を研究して、様々な宗教家が天にいのった。

 しかしいっさい原因が解明されないまま、病が国外まで広まろうとあやぶまれた矢先。母親のそうしきに出ていた幼い子供である、五さいのミカが一番しんらいしている兄のフィルに告げた。

 

 

 あのね、お母さんが咳をしたら火の精霊さんが胸の中で燃えたの。

 

 

 その言葉の意味を最初は理解しかねたフィルは、国王であり父でもあるバルドランドに進言した。

 病の原因は精霊に何かしらの問題が起きているのではないかと。精霊術師に入念な調査をらいした。

 最初はその言葉を聞かなかった国王だが、病の感染が止まらないのを見て精霊術師たちかんせんしゃの死体を調べさせた。

 

 かいぼうをして体内の肺器官を精密に調査したところ、わずかながら黒いあとに近い物が見つかる。

 

 精霊とは空気にこくしたもので、元素や原素と呼ぶ者もいる。四大精霊を始めとして精霊にたましいが宿ったようせい、その妖精が神に近付いたと思われるせいじゅうというのが存在する。

 空気中に内在する精霊をるのは才能があれば可能だ。しかし体内に入った精霊の動きをつかむのは、ヤーでも難しいことである。

 つまり多くの視る才能がある者には不可能であり、天才の中でもごく一部に限られてくる。だがミカは母親の病状をていて、体内にはいんだ精霊の動きが視えたという。

 

 病の原因がわかれば感染経路や根幹の解決へとつながっていく。判明した内容は北の火山が噴火した勢いでふんしゅつされた灰に、強い火の精霊が付着していた。

 灰は風で流されていく間にうすまっても、精霊は弱まることはない。強力な精霊は体にあくえいきょうおよぼす、こうのうの酸素が人間の体には毒なように。

 その精霊が風によってさらに勢いを増して国中に広がった結果が、原因不明の病の正体であった。

 

 対策としては北風にふくまれる風の精霊が強い火の精霊をあおっていた事実もあり、水の精霊の中でも強力な水の聖獣に降雨を。

 雨によって弱まった火の精霊は大地にかえり、風がいて再度盛り返さないように土の聖獣に火の精霊の吸収を。

 灰から生まれた火の精霊は大地にとって後の栄養分として豊かなめぐみをもたらす存在であり、土の聖獣はかいだくした。

 

 そうして国殺しと言われた病は精霊術師とだいなる聖獣の手によって二度と流行ることはなかった。

 

 

 

 ヤーも当時のさんじょうおぼえている。しかし幼いころから神童と呼ばれていたヤーにも原因はわからなかった病である。

 

 だから解決された時は事態を収めた精霊術師という職業に尊敬を覚え、聖獣や精霊に興味を持ち、今の研究への道へと進む決意をした。

 研究の指導を受けるなら病を解決に導いた精霊術師にあやかりたかったのだが、残念ながらその術師についてはとくあつかいされて、今まで知ることはなかった。

 ハクタは小さくため息をついて動かないままのミカに視線を向ける。

 

「他にもミカは国王直下にいる精霊術師ですら視えなかったのが視えていた」

「国王直下って……もん精霊術師!? 精霊術師の中でも最高位の職業のはずよ!!」

「だからミカはすごいんだよ。で、フィルはミカをこの件に関わらせたのかもな……もしくは」

「なによ?」

「いや、なんでもない」

 

 そのまま口を閉じるハクタはそれ以上話さないかのようにまぶたを落とす。

 ヤーもミカに才能があるとわかってなっとくしていた。しかし満足はしていないので、ミカに心開くことはない。

 

 気付けばかたむいており、夕焼けの赤いかがやきが部屋を満たしていた。階下からこうばしいにおいが立ち上ってくる。

 その匂いをいち早く察知したヤーは「ゆうにしましょう」と、自ら話を切る。ハクタも同意して、先に部屋から出たヤーの背中を見送りつつミカを立たせる。

 食欲さそう匂いやしずむ夕焼けの輝きをひとみに映しながらも、ミカは感情を一切見せない。ハクタはおくめつつもミカを引っ張って、食堂である宿屋の一階へと降りていく。

 

 女主人ががおで焼き立てのパンを差し出しても、マリがはなくようなほほみで席まで案内しても、ミカは感情一つ表さなかった。

 

 

 マリの誘いでヤーは宿屋に設置された大浴場に入っていた。あまり入浴習慣のないユルザック王国ではめずらしいものだ。

 来客用に改装されているのか、きょだいな湯船に体をせんじょうする洗い場。洗い場にはおけと専用の、そしていくつかの湯を放出するつつが用意されている。

 筒の上にはスイッチがあり、おくとびらを開閉してお湯を出す仕組みとなっているようだ。

 

 ヤーはさっさと体を洗い流して湯気の立つ適温のお湯が満たされた湯船につかる。細身の体なのでお湯があふれることはない。

 頭に湿しめったタオルを乗せて体温調整しつつ、木の湯船に寄りかかって気のけた声を出す。

 

 その様子をマリはおもしろそうに笑いながら、タオルとせっけんあわを作って体を洗っていく。

 玉のようなはだを持つマリはどんなにお湯で泡を洗い流しても、若々しさの特権で水をはじいていく。あわちの下から現れる白い肌は思わずため息がこぼれそうなほどで、ヤーは意味もなく見つめてしまう。

 

 その視線に気づいたマリは顔を真っ赤に染めつつあわててタオルで肌をかくす。女同士なのだから照れなくてもいいのにとヤーはぜんのまま隠しもしない。

 マリはじらいながら湯船に向かい体を沈めていく。かたより少し下までが湯にかり、楽な姿勢で一息つく。

 

 あせや湯を弾く肌にほんのり赤いほおももいろくちびるかみも湯船にれないように上げており、白いうなじがあらわになっている。

 服を着て仕事している時はじゅんぼくそうなそばかす少女なのに、今では色っぽい大人の一歩手前のようなあで姿すがた

 

 そしてなによりヤーの視線は湯船にいている豊満な胸。動物的に言えばぶさがいとうする部分。

 

 着やせするタイプかと判断してからヤーは自分の体に視線を移す。ぜっぺきに近い、つぶれるものなど何もないむないた

 研究ばかりで食事もおろそかにしているせいか肉付きが悪く、良く言えば細身で、ダイエットにはげんでいる女性から見ればうらやましい体である。

 

 だがこうも明らかな女性としての差が目の前に現れたらやはり気になってしまう。そしてこうしんくすぐられた場合、さわって調べたいのが研究者こんじょう

 体のしんから温める湯船に気を許して油断しているマリに静かに近付き、ヤーは目の前に提示された研究対象をわし掴む。

 

「ひゃあ!?」

「む、アタシの手では掴み切れない!?」

 

 明らかに手からはみ出るやわらかいだんりょくの肉に、ヤーはさらに掴めないかとんでいく。その手が動くたびにマリは顔を赤らめたり青ざめたりとおおいそがしで、時には肩をふるわせている。

 二人が暴れてしまうせいで湯船からはどんどんお湯がこぼちていくのだが、ヤーは気にせずごういんに調べていく。

 

 まず両手でも片方は掴み切れない、これでは男性の手でも肉がはみ出てしまうだろうという大きさ。

 マシュマロという形容では表しきれないぜつみょうな柔らかい反発力に手の平が吸い付くような美しい肌、そして深い谷間。

 

 これはやくしん的な研究追加が必要だろうとヤーがその谷間に人差し指をき入れようとしたしゅんかん、浴場の引き戸が音を立てて開く。もしかしてさわぎ過ぎて女主人が注意しに来たかと二人が目を向ければ、そこにはきんぱつで感情のない瞳の少年。

 

 少年はすでに浴場に入る気だったらしく、下半身にタオルを巻いて重要な部分だけ隠した姿だ。

 

 とつぜんの乱入者に二人は目を丸くした後、青ざめていく。さけごえを出す前にミカは一通り浴場をながめ、二人の顔を見てから何も言わずに引き戸を閉めた。

 謝罪一つもなく、照れる顔すら見せず、ただ機械的に今はなのだろうと判断した動きにマリは顔を赤らめたまま動けなくなる。

 

 マリの胸をわしづかみにした体勢で静止していたヤーはいかりで手に力が入る。少しは何か言え、とお湯で温められたのとはちがう熱ががる。

 

「いたたたたっ、ヤーさん、痛いです!」

「あ、んの……人形王子がぁ……」

 

 なみだうったえるマリ。

 だがヤーはおこりのあまりハクタに禁じられているあだ名でミカを呼んでしまう。

 その内容にマリはついきゅうせず、しかし首をかしげることもせず、痛みをえるためか唇を一文字に引き結んだ。

 

 湯気の立つ体を必要最低限の下着とシャツ、動きやすい短いズボンで隠しつつ二階へとがっていくヤー。

 しげもなく白く細い足をさらけ出しているのだが、本人はそんな自らの姿も気にせずに奥から二番目にある部屋の扉をこわす勢いで開く。

 

 するとしっかりと服着たミカがベットにすわっており、テーブルのそばに置かれた椅子にこしけたハクタはなやましげで苦々しい顔を浮かべている。けんには深いしわもある。

 

「アタシが何言いたいか、わかるわよね? わからないとは言わせないわよ?」

「すまん。おれが男性入浴時間をちがえてこいつ一人だけ行かせてしまったんだ。本当に申し訳ない」

 

 けんの手入れのためにハクタはミカに大浴場へ向かうようにさいそくした。ミカは基本としてうながす、もしくは指示をすれば単独行動でき、それ以外は静止している場合が多い。

 そのことを良く知っているハクタは長旅でつかれた体をやすにはだよな、と思ってミカを先に動かした。

 

 ハクタはまだ武術などで体力をつけているが、ミカはそうではない。思い出せる限りでは運動神経は良かったが、ここ五年の間はほとんど活動的な動きを見たことがない。

 無表情だがもしかしたら内面はつかっているかもしれないと思っての親切心だった。

 

 ミカを先に向かわせた数分後。剣の手入れをばやく済ませたハクタは、ミカの体でも洗ってやるかとえ片手に浴場へと足を向けた。

 しかし道中で明らかに数分前と変わらない姿のミカと浴場のだつ所前ではちわせする。ハクタは指示したはずなのにおかしいと思い、ミカにたずねようとした。

 

 その前にゆっくりとした動きでミカが浴場への入り口横にけられた看板を指差す。

 

 そこには時間制による男女交代のお知らせ。混浴禁止、現在女性時間と書かれた看板。そしてかべしで湯船の方からひびく女性らしいはなのある高い声。

 

 ハクタは内心あせだらけになりつつ、ミカに向かってこう聞いた。

 

「ヤーとマリか?」

 

 無言のミカはうなずき、ハクタは最悪だと顔で手をおおった。それがヤーが怒り心頭のまま最低限の服装で男性二人の部屋にとっこうする十分前の事である。

 

 

 お湯によって温められた体はつやと張り、なにより白い肌にほのかなしゅを散らばめており、だんよりも女性らしく見せている。

 服装によってしゅつも増えており細いあしは男性の手で簡単に折れてしまいそうにはかないのだが、身にまとうがそのげんそうを消し去っていく。

 

「今はアンタの謝罪を聞く前に、そこの人形王子っ、アンタよ!!」

 

 飛ばされたせいすらどこかぜで受け取るミカにヤーの怒りはさらに増加していき、ベットに座ったまま動かないミカのむなぐらを掴む。

 至近きょで今にも口づけできそうな整った顔立ちの少女に対し、ミカは顔色一つ変えない。口さえ開閉する様子もない。

 

なぐるわよ? いいわよね?」

 

 否定の一つでも飛んで来ればヤーはにぎったこぶしを解くつもりだった。

 しかしミカは何も言わないままヤーを見ている。ただししょうてんかのじょの向こう側の景色にあるようだった。

 部屋の壁。向こう側にあるろうの窓から見える森。ミカは部屋にいる時ベットの上からずっと暗い森を見ている。

 

 それに気付いていないヤーは否定しないことをかくにんして、一発気合いの入った拳を頬にませた。

 

 殴られた部分が赤くふくがり、しびれるような痛みをミカにもたらす。それでも表情一つ浮かばない。痛いという言葉も、つらいというなみだも、苦しいという感情も、何一つ。

 眺めていただけのハクタの方が痛々しい表情を浮かべるほど、ミカは一切の反応を見せなかった。

 ヤーは信じられないと言わんばかりに目を丸くして、胸ぐらを掴んでいた手をはなして殴った手の赤くなった部分を隠すように覆う。

 

「なんで、ここまでされて、無反応なのよ!? 生きてるんでしょ、人間なんでしょ!?」

「っ、ヤー。今日はもうろ」

「ハクタ、ちょ、さないで……ミカの、ミカのバカヤロー!!」

 

 背中を押されて部屋から追い出されるヤーのさけびにも似た訴えにすら、ミカは何も言わないままでいた。

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