ミカミカミ

文丸くじら

目覚めの村

人形王子と雨降る村

第1話「人形王子」

 耕作用の馬車についた荷台の上でられながら、感情のない金のひとみがゆっくり過ぎ去る麦畑をながめていた。

 秋風がいているとはいえ夏に近い日差しが金のかみかがやかせている。畑で作業している農夫がその輝きで顔を上げる。


 農夫の目に映るのは十五さいほどの少年と、うようにけんを手にした二十代の青年、そして少年と同い年くらいの少女の三人組。

 

 金の髪を輝かせる少年とは反対に青年は服装だけでなく髪や目も黒く、このしの下では暑いだろうと農夫は首に巻いていた布ではだを伝うあせく。

 少女は二人の中間のようなこげ茶のかみいろあざやかなへきがん。べっぴんさんになりそうだが、あまりにもげんな様子に農夫はあせた。


 改めて麦しゅうかくの作業にもどる農夫は土の状態をかくにんしてしかめっつらかべる。

 麦は無事に収穫できたが、水不足のためにひび割れた地面。次の耕作にえいきょうが出るとねんするにはじゅうぶんであった。


 少年が無表情、無言、不動のまま馬車に揺られている。

 かれを見て少女はいらたしげに悪口をこぼす。


「なっんでアタシが人形王子と……」

「ヤー、人形じゃない、ミカだ。そのあだ名も使うな」

「うっさい、まっくろくろすけ! 見てるこっちが暑いっての!」

「ハクタだ。好きで黒着てるわけじゃねぇよ」


 にぎやかというよりは大声と小声のおうしゅうにも、ミカと呼ばれた少年はいっさい反応を見せない。

 ヤーという名前の少女が告げた人形王子という言葉がよく似合う、生気の感じられない停止。

 大きな揺れが起これば体勢を保つために最低限の動きだけで、ミカは動かなかった。


 馬車をひく馬の動きをあやつっている農夫はたのまれた上にお金をもらったとはいえ、変なのを乗せてしまったなといきをついた。


 さきほどから一定時間の無言の後、少女がつぶやいては青年が小声でていせいする。

 直後に大声で八つ当たりする少女のそうどうが背後でひろげられているのだ。

 たまに目を向けて少年に助けを求めても、少年は見てみぬふりなのか、それとも無関心なのか……一切反応しない。


 目的地――ユルザック王国の東に位置するヘタ村の宿屋へと、農夫は馬を急がせた。


 ヘタ村はぼうだいな国土を有するユルザック王国の中では、田舎いなかしょうされるほど東のはしにある。

 王都に近いほど道はれんそう。もしくは行き来に支障がないように小石を定期的に取り除いて、おうとつかいな土道を作る。

 しかしヘタ村に続く道は舗装などは必要最低限しか行われておらず、村に近付くほど馬車は大きく揺れる。

 農耕作で生計を立てる者がほとんどで、観光客も少ない。宿屋は村に一けんあるだけで充分だった。

 特にさかんなのは麦で、ビールやパン製造などユルザック王国では生活のとなっている作物である。

 地下水が豊富なヘタ村では安定した耕作ができていた。

 村人はそのため水のせいれいしんこうを主として、小さなほこらが畑の近くに存在する。

 祠は常にお供え物がほうのうされているが、最近ではお供え物の数がじんじょうじゃないほど増えていた。


 今も農夫が祠に通りかかっては深々と頭を下げ、家で作った焼き立てパンを静かに置いていた。


 精霊は世界的に通用する信仰対象ではある。

 精霊を使っての術も国家的に認められた世の中において、神よりも身近に感じる者が多い。


 それにしても焼き立てパンを奉納するほどのじょうきょうめずらしい。

 雨が降らないわけではないと、近くにある森のしげった緑を見ればいちもくりょうぜんである。

 確かに夏の日差しがまだ残っているが、秋風吹くこの季節において水の精霊にたよっているのは不思議なことである。


「ありがとな。代金はこれだ」


 宿屋の前に着いた三人は届けてくれた農夫に礼を言う。

 だが言葉にしたのはハクタだけであり、ミカはもくれい、ヤーはそっぽを向いている。

 銀貨が入ったふくろにぎりしめ、農夫は苦笑いしつつも村の中にある自分の家へと帰っていく。


 村の建築物は殆どが木で建ててあり、宿屋も暖かみを持つ木の家だった。

 二階建てで表には黒板に書かれたオススメメニューがけいされていることから、定食屋もけんぎょうしているようだ。


 ハクタは相手をこわがらせないため、握っていた剣をこしにさして目立たないようにする。

 ただしヤーは早く入りなさいよと言わんばかりに立ちながら片足をびんぼうゆすりしていた。

 ミカだけはうすぐらい森を眺めたままくしている。相変わらず金の目に生気や動きは見られない。


「全く……アタシをこんなド田舎にすなんて、あのやさおとこの顔を忘れてやるもんか」

「一応このユルザック王国の次期国王候補だからな。確かに優男だけどよ」


 苛立ちをかくさずに愚痴を零すヤーに対し、小声でいさめながらハクタは宿屋のとびらを開ける。


「いらっしゃいませ……あれ? 見慣れない顔ですね」

「色々あってな。三人で、男二人に女一人だ」

「はい、かしこまりました!」


 木のテーブルをきんで拭いていた少女が顔を上げて、がおで三人をむかれる。

 明るい赤茶の髪をおさげにして揺らしていて、そばかすが少々見えるがあいきょうのある顔はヘタ村のふんに似合っていた。

 エプロンドレスは清潔な白で、宿屋の従業員かとハクタはあたりをつける。

 少女はちゅうぼうおくの方へと声をかける。

 するとかっぷくの良い女主人が、焼き立てパンをせた皿を持ちながら現れる。食欲をげきするにおいに腹の音がひびいた。


「……」


 ミカが音が聞こえた方を感情のない目を向ければ、ヤーが口を一文字にめつつも真っ赤な顔で気まずそうな顔をしている。

 そのまま線を他に移動させれば余計ないかりを買わなかったものの、ミカはヤーに注目し続けて動かない。

 口を動かしていれば少しは事態がなんしたかもしれないのに、口を閉ざしてだまっているミカにヤーの額に青筋が浮かんだ。


「いつまで見てんのよ! このぼう!!」


 言いながらく程度のこぶしをミカの頭にぶつける。

 ミカの頭は反動で少し動いたが、痛みをうったえる声も動作もしない。

 変わらない表情のまま立ち尽くしているだけで、ヤーはそれ以上八つ当たりすることはなかった――が、怒りは胸の内でたぎっていた。


「まあこんな感じなんで、部屋をわけてくれ」

 

 ハクタの要望に女主人はほがらかな笑顔でりょうかいし、


「ああ、じゃあ二部屋だね。マリ、案内を頼むよ」

 

 布巾を持っていた少女に指示する。

 

「はい、おかさん。こちらです」

  

 笑顔で受けた少女は布巾を一時テーブルの上に置き、二階に上る階段に向かってきつつ歩いていく。

 その後ろをハクタ、ミカ、ヤーの順でついて行く。

 女主人は「今なら焼き立てパンを用意しているから、後で降りておいで」と心なごませる笑顔で教えてくれた。

 ヤーは少しほおを赤らめつつ「ひまがあったらね」と素っ気なく言う。

 しかし本音が丸見えなので女主人は「わいじょうちゃんだねぇ」とほほむ。


 少女は一番奥ととなりの部屋を案内する。


「奥の部屋は本来二人部屋なんですが、一人で自由に使ってください。収穫時期も終わって、観光客も来ませんから」


 ちゃのある笑顔で少女が告げるので、ハクタはありがたくサービスを受け取ることにした。


「それにしても、本当にこの時期にお客さんなんて珍しい。あ、私はマリエル。気軽にマリでいいから」

「わかった。マリ、さっそくで悪いんだが、ヤーを食堂に案内してくれ。かなり腹が減っているようで、ずっとげんそこねていてな」

「はぁ!? 別におなかなんか空いてないし!! ていうか本人を前にそういうことを言う、このデリカシー無し!!」


 顔を真っ赤にしてるヤーだが、次に鳴り響いた腹の音に続きの言葉は言えなくなる。

 照れと怒りが混じった複雑な表情で固まってしまったヤーの背中を、マリは明るい様子でしていく。


「女将さんのパンはしいですよ! ふわっふわっのもちもちなんですから!」

「そ、そう……」

 

 なおになれないヤーは「どうしてもと言うなら」と言い訳をしているが、まんざらでもない様子で一階の食堂へ降りていく。


 その姿が見えなくなったところで、ハクタは奥の部屋をヤーに割り当てた。ミカといっしょに奥から二番目の部屋に入る。

 ミカはハクタの指示通りに動くが、自分の意思を見せることはない。

 扉を開くのも、招き入れるのもハクタだ。


 部屋は木の家具を中心とした簡素な客室で、ベットが二つと簡単な食事が置ける小さなテーブル一つとが二きゃく。ベットのシーツやとんからは太陽の匂いがする。

 ほこりも見当たらないので客が来なくても毎日そうせんたくされている上質の部屋だった。

 窓からは村が眺めることができて、麦畑が村の向こう側に広がっている。

 ろうの窓からはうっそうとした森が見下ろせた。


 ミカはハクタに指示されてベットにすわる。

 そのまま動かない様子にハクタはヤーの前ではできなかった大きな溜め息をつく。


「ミカ。お前は一体どうしたんだ? 五年だぞ、五年……」


 ハクタの問いかけにミカは一切言葉を返さない。

 ただ顔だけを動かしてハクタを見つめている。

 しかししょうてんはハクタではなく、彼の向こう側の廊下――いや森の方に定まっている。

 その様子に気付いたハクタは目を細めて森に視線を向けるが、何も見えなかった。


 だがハクタは長い付き合いから、ということだけを理解していた。




 パンを大量に食べ終えて少し機嫌がよくなったヤー。かのじょえんりょもノックもせず、ハクタとミカがいる部屋へとむ。

 ミカは不動の状態でベットの上に座ったまま動いておらず、ハクタはえているちゅう……ズボンだけの姿だった。

 きたえられた腹筋やむないただん黒い服に隠れているもので、見る者が見ればかんたんしてしょうさんしたくなるほど整えられている。


 しかしヤーは美しい筋肉に一切興味がなかった。

 また男性が服をえている最中というのに、しゅくじょのように照れもしない。ぜんな態度で空いている椅子にこしける。

 ハクタはその反応に特に文句を言うでもなく、簡素な黒シャツを着てから椅子に座った。


「ここのパンはまーまーね! ま、もう一回食べてもいいとは思えたわ」

「そうかよ……くちはしに食べかすつけて満足そうで、ようござんしたね」


 ヤーはあわてて口元をぬぐうが、食べかすなどは一切ついていなかった。

 からかわれたのだと気付いて勢いよくにらむが、どこかぜでハクタはその視線を無視する。

 ミカはそんな二人の様子を眺めているが笑うこともせず、ただ無言のまま二人の次の会話を待っている。

 しかし本当に待機しているかどうかまでは判別ができず、ヤーはミカに横目で八つ当たり気味に厳しい目つきでかくする……が、無反応を確認して舌打ちする。


「で、あの次期国王候補の優男が、天才精霊術師であるアタシを人形王子と一緒に同行させた理由、そろそろ話してくれない?」

「優男じゃなくフィル殿でんだ。そしてミカのことを人形王子っていうあだ名で呼ぶな」

「確かに嫌なあだ名ね。でも本人がとうな動きしか見せないのが悪いとアタシは思うわよ」


 ヤーの言い分にハクタは特に怒りを出さなかった。それはハクタ自身もなやみ続けていることだ。

 それでもおさなみである殿下の弟。昔からの付き合いのため、他人にミカを人形と呼ばれたくない。その気持ちが胸を痛める。

 聞く耳を持たれないと理解しているが、何度も訂正するのはそういう意味があるからだ。

 ハクタはヤーに目線を向けつつ、廊下の気配に注意しながら通常の声量で話し始める。


「この村の異変……水がれている原因はわかったか?」

「来たばっかで判明するわけないわ。でもそうね、視える精霊自体は他と同じくらいで、むしろ異変が起こっているのが変なほどよ」

「視える、か。おれにはその感覚はわからんが」


 ハクタはあごに手を当て、少しかんがむ仕草をする。


 この世には精霊という存在が空気のように存在する。

 それを感じ取れるかどうかには個人差があり、ハクタは一切【視えない】人間だった。

 逆に【視える】人間がヤーだ。特に彼女はしょうできるほど、天才と言うべき視える才能を持っていた。

 ハクタが見ている風景は、ヤーにとってはちがう風景に視えているのだ。


 今回三人がヘタ村にやって来たのは、村から国王あてちんじょうしょが送られたからだ。

 雨は問題なく降り、川や池には変化がない。なのにや地面がかわいてしまい、このままでは来年の麦作に影響が出るという内容だった。

 畑の土や水の流れ、あらゆる対策を講じたが一向に改善は見られず――土地で信仰している水の精霊に不具合が生じたのではないか。


 国が出した結論により、最年少天才精霊術師がすいせんされた。

 王国機関に所属しているヤーはようせいを受けて、ヘタ村に来る羽目になったのである。

 精霊術師でも王国機関に配属できる人間は少なく、貴重な人材のヤーには護衛がつく流れが自然だった。


 その護衛として白羽の矢が立ったのが、王国だん所属第十三隊のハクタである。


 第十三隊は密命から護衛まで受けるとくしゅ編成の隊でもある。

 特殊編成という仕組みから第十三隊所属のは普段自由行動が許されているが、ハクタはある事情から王子であるミカの護衛をつねごろからしていた。

 二つの仕事は両立できないと他の者に仕事を回そうと考えたが「ならばミカも連れていけばいい」と、幼馴染みの次期国王候補フィル殿下に笑顔でられた。


 ヤーも担当研究でいそがしいから断ろうとしたが、その研究費用を出している国の命令……さらには同じくさわやかを言わせないフィル殿下スマイルにもくさつされた。

 命令を受けた二人はおたがいに嫌な顔を浮かべていた中、間にはさまれていたミカは無表情のまま否定もこうていも見せなかった。


 それが約一か月前の話。

 準備や馬車や徒歩による移動を経て、三人はヘタ村まで来た。

 しかし一か月三人一組で行動したにも関わらず、関係は一切進展していない。

 全員が仕事上での付き合いをいられていたのだ。


 ハクタはまだ騎士団という、規律を重んじる集団に所属していたのでしんぼうづよかった。

 研究者気質かたぎで個性やひらめき――単独行動を良しとする精霊術師であるヤーは、え切れないほどのうっぷんがたまっていた。

 会話が成立する上に同行理由がなっとくできるハクタには文句はない。文句があるのは同行理由もわからない、会話も行動もできないミカである。


「話を戻すわよ、な・ん・で、この人形王子がいるの?」

「だからそのあだ名を使うな。ミカだって五年前は……いや、これは関係ないな。忘れてくれ」

「なにそれ?」

「気にするな。とりあえず俺はミカの護衛だ。でもお前の護衛もねている、不満か」

「ええ」


 一歩もゆずらないといったはくでヤーはハクタを睨む。ミカと同い年とは思えない力を持つ瞳だった。

 まだ十五の少女であるのに精霊術師として研究機関に所属している。それがヤーの性格において大きな影響をあたえていた。

 大人の男社会である研究者の世界で強く見せなければ活動できないという、経験から得た一つの処世術。

 それを感じ取ったハクタは「ほこりに傷が付かないと良いが」と思いつつ、苦々しくも本当のことを話し始める。


「ミカにも視える才能がある……しかもとんでもなく強力だ」

「そいつがぁ? しょうとかこんきょがないとアタシは信用しないわよ」

「十年前、こいつは城下町でっていた精霊による病の原因をめた」


 ハクタの言葉にヤーは椅子をゆかたおした勢いで立ち上がる。その目はきょうがくで見開かれ、ミカを瞳に映す。

 ミカは二人の話を黙って聞いている。自分の話をされているというのに反応一つ見せない。

 倒した椅子を元に戻して、力強く再度すわむヤー。その目には続きをうながす、新しい光を宿していた。

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