ミカミカミ
文丸くじら
目覚めの村
人形王子と雨降る村
第1話「人形王子」
耕作用の馬車についた荷台の上で
秋風が
農夫の目に映るのは十五
金の髪を輝かせる少年とは反対に青年は服装だけでなく髪や目も黒く、この
少女は二人の中間のようなこげ茶の
改めて麦
麦は無事に収穫できたが、水不足のためにひび割れた地面。次の耕作に
少年が無表情、無言、不動のまま馬車に揺られている。
「なっんでアタシが人形王子と……」
「ヤー、人形じゃない、ミカだ。そのあだ名も使うな」
「うっさい、まっくろくろすけ! 見てるこっちが暑いっての!」
「ハクタだ。好きで黒着てるわけじゃねぇよ」
ヤーという名前の少女が告げた人形王子という言葉がよく似合う、生気の感じられない停止。
大きな揺れが起これば体勢を保つために最低限の動きだけで、ミカは動かなかった。
馬車をひく馬の動きを
直後に大声で八つ当たりする少女の
たまに目を向けて少年に助けを求めても、少年は見てみぬふりなのか、それとも無関心なのか……一切反応しない。
目的地――ユルザック王国の東に位置するヘタ村の宿屋へと、農夫は馬を急がせた。
ヘタ村は
王都に近いほど道は
しかしヘタ村に続く道は舗装などは必要最低限しか行われておらず、村に近付くほど馬車は大きく揺れる。
農耕作で生計を立てる者が
特に
地下水が豊富なヘタ村では安定した耕作ができていた。
村人はそのため水の
祠は常にお供え物が
今も農夫が祠に通りかかっては深々と頭を下げ、家で作った焼き立てパンを静かに置いていた。
精霊は世界的に通用する信仰対象ではある。
精霊を使っての術も国家的に認められた世の中において、神よりも身近に感じる者が多い。
それにしても焼き立てパンを奉納するほどの
雨が降らないわけではないと、近くにある森の
確かに夏の日差しがまだ残っているが、秋風吹くこの季節において水の精霊に
「ありがとな。代金はこれだ」
宿屋の前に着いた三人は届けてくれた農夫に礼を言う。
だが言葉にしたのはハクタだけであり、ミカは
銀貨が入った
村の建築物は殆どが木で建ててあり、宿屋も暖かみを持つ木の家だった。
二階建てで表には黒板に書かれたオススメメニューが
ハクタは相手を
ただしヤーは早く入りなさいよと言わんばかりに立ちながら片足を
ミカだけは
「全く……アタシをこんなド田舎に
「一応このユルザック王国の次期国王候補だからな。確かに優男だけどよ」
苛立ちを
「いらっしゃいませ……あれ? 見慣れない顔ですね」
「色々あってな。三人で、男二人に女一人だ」
「はい、かしこまりました!」
木のテーブルを
明るい赤茶の髪をおさげにして揺らしていて、そばかすが少々見えるが
エプロンドレスは清潔な白で、宿屋の従業員かとハクタはあたりをつける。
少女は
すると
「……」
ミカが音が聞こえた方を感情のない目を向ければ、ヤーが口を一文字に
そのまま
口を動かしていれば少しは事態が
「いつまで見てんのよ! この
言いながら
ミカの頭は反動で少し動いたが、痛みを
変わらない表情のまま立ち尽くしているだけで、ヤーはそれ以上八つ当たりすることはなかった――が、怒りは胸の内で
「まあこんな感じなんで、部屋をわけてくれ」
ハクタの要望に女主人は
「ああ、じゃあ二部屋だね。マリ、案内を頼むよ」
布巾を持っていた少女に指示する。
「はい、
笑顔で受けた少女は布巾を一時テーブルの上に置き、二階に上る階段に向かって
その後ろをハクタ、ミカ、ヤーの順でついて行く。
女主人は「今なら焼き立てパンを用意しているから、後で降りておいで」と心
ヤーは少し
しかし本音が丸見えなので女主人は「
少女は一番奥と
「奥の部屋は本来二人部屋なんですが、一人で自由に使ってください。収穫時期も終わって、観光客も来ませんから」
「それにしても、本当にこの時期にお客さんなんて珍しい。あ、私はマリエル。気軽にマリでいいから」
「わかった。マリ、
「はぁ!? 別にお
顔を真っ赤にして
照れと怒りが混じった複雑な表情で固まってしまったヤーの背中を、マリは明るい様子で
「女将さんのパンは
「そ、そう……」
その姿が見えなくなったところで、ハクタは奥の部屋をヤーに割り当てた。ミカと
ミカはハクタの指示通りに動くが、自分の意思を見せることはない。
扉を開くのも、招き入れるのもハクタだ。
部屋は木の家具を中心とした簡素な客室で、ベットが二つと簡単な食事が置ける小さなテーブル一つと
窓からは村が眺めることができて、麦畑が村の向こう側に広がっている。
ミカはハクタに指示されてベットに
そのまま動かない様子にハクタはヤーの前ではできなかった大きな溜め息をつく。
「ミカ。お前は一体どうしたんだ? 五年だぞ、五年……」
ハクタの問いかけにミカは一切言葉を返さない。
ただ顔だけを動かしてハクタを見つめている。
しかし
その様子に気付いたハクタは目を細めて森に視線を向けるが、何も見えなかった。
だがハクタは長い付き合いから、
パンを大量に食べ終えて少し機嫌がよくなったヤー。
ミカは不動の状態でベットの上に座ったまま動いておらず、ハクタは
しかしヤーは美しい筋肉に一切興味がなかった。
また男性が服を
ハクタはその反応に特に文句を言うでもなく、簡素な黒シャツを着てから椅子に座った。
「ここのパンはまーまーね! ま、もう一回食べてもいいとは思えたわ」
「そうかよ……
ヤーは
からかわれたのだと気付いて勢いよく
ミカはそんな二人の様子を眺めているが笑うこともせず、ただ無言のまま二人の次の会話を待っている。
しかし本当に待機しているかどうかまでは判別ができず、ヤーはミカに横目で八つ当たり気味に厳しい目つきで
「で、あの次期国王候補の優男が、天才精霊術師であるアタシを人形王子と一緒に同行させた理由、そろそろ話してくれない?」
「優男じゃなくフィル
「確かに嫌なあだ名ね。でも本人が
ヤーの言い分にハクタは特に怒りを出さなかった。それはハクタ自身も
それでも
聞く耳を持たれないと理解しているが、何度も訂正するのはそういう意味があるからだ。
ハクタはヤーに目線を向けつつ、廊下の気配に注意しながら通常の声量で話し始める。
「この村の異変……水が
「来たばっかで判明するわけないわ。でもそうね、視える精霊自体は他と同じくらいで、むしろ異変が起こっているのが変なほどよ」
「視える、か。
ハクタは
この世には精霊という存在が空気のように存在する。
それを感じ取れるかどうかには個人差があり、ハクタは一切【視えない】人間だった。
逆に【視える】人間がヤーだ。特に彼女は
ハクタが見ている風景は、ヤーにとっては
今回三人がヘタ村にやって来たのは、村から国王
雨は問題なく降り、川や池には変化がない。なのに
畑の土や水の流れ、あらゆる対策を講じたが一向に改善は見られず――土地で信仰している水の精霊に不具合が生じたのではないか。
国が出した結論により、最年少天才精霊術師が
王国機関に所属しているヤーは
精霊術師でも王国機関に配属できる人間は少なく、貴重な人材のヤーには護衛がつく流れが自然だった。
その護衛として白羽の矢が立ったのが、王国
第十三隊は密命から護衛まで受ける
特殊編成という仕組みから第十三隊所属の
二つの仕事は両立できないと他の者に仕事を回そうと考えたが「ならばミカも連れていけばいい」と、幼馴染みの次期国王候補フィル殿下に笑顔で
ヤーも担当研究で
命令を受けた二人はお
それが約一か月前の話。
準備や馬車や徒歩による移動を経て、三人はヘタ村まで来た。
しかし一か月三人一組で行動したにも関わらず、関係は一切進展していない。
全員が仕事上での付き合いを
ハクタはまだ騎士団という、規律を重んじる集団に所属していたので
研究者
会話が成立する上に同行理由が
「話を戻すわよ、な・ん・で、この人形王子がいるの?」
「だからそのあだ名を使うな。ミカだって五年前は……いや、これは関係ないな。忘れてくれ」
「なにそれ?」
「気にするな。とりあえず俺はミカの護衛だ。でもお前の護衛も
「ええ」
一歩も
まだ十五の少女であるのに精霊術師として研究機関に所属している。それがヤーの性格において大きな影響を
大人の男社会である研究者の世界で強く見せなければ活動できないという、経験から得た一つの処世術。
それを感じ取ったハクタは「
「ミカにも視える才能がある……しかもとんでもなく強力だ」
「そいつがぁ?
「十年前、こいつは城下町で
ハクタの言葉にヤーは椅子を
ミカは二人の話を黙って聞いている。自分の話をされているというのに反応一つ見せない。
倒した椅子を元に戻して、力強く再度
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