スチーム×ヴァンパイア(吸血鬼編・クイーンズエイジ1881の10月)

私立探偵の推理劇とハロウィーンと

EPⅡ×Ⅰ【私立探偵《private×detective》】

 世の中には『化け物』が存在する。ロンダニアとうゆうれい事件さながらの、不気味でかいで人の興味をげきする立証が難しい存在だ。

 しかしそれ以上に人をとりこにする物がある。それは毎日必ず一件は発生して時にめいきゅう入りする。人はそれを『事件』と呼ぶ。


 アイリッシュ連合王国、蒸気機関と工場のえんとつから立ち上るけむりきりと同化した街、ロンダニア。十月二十五日未明。一人の男性が死体として発見された。

 じゅんかいしていた警官の話によれば、王立裁判所とヘンウル教会の間にある路地でたおれている男を見つけた。近寄って声をかけてみても反応がなかったため、手持ち蒸気灯ランタンじょうきょうかくにんしたところ血がにじんでいるのに気付く。

 すぐさま脈を確かめたが、音は感じ取れず、体のこうちょく具合や霧にれた冷たい体から死後一時間は経過していると見られる。


 しかし警官は三十分前に同じ場所を巡回しており、その時に男の死体をもくげきしていない。


 がいしゃの名前はケビン・ディルム。弁護士であり、評判は悪くないが、職業上問題が起きやすい人物だった。警察はかれの身元を調べ上げると同時に、容疑者を特定した。

 容疑者は五人。全員が死体発見前後一時間のアリバイがない。また被害者とひともんちゃくを起こしそうな理由がある。次に警察は管理ギルド【魔導士協会】に資格のについてたずねた。

 そして判明するのは、容疑者の中でほうを使えるのは一名のみ。他四人は白魔法ともえんいっぱんじんと証明され、疑いの目がその一人に向けられることになった。


 ならば死体発見現場および死体の損傷や運び方について多くの疑問があったからだ。人間の手で行おうにも、トリックがわからない。

 しかし魔法となればトリックなど風にう木の葉と同じであり、そのあっとうてきりょくと自由さ、そしてへんけんによって犯人は決まったも同然だった。

 新聞記者たちもここ最近起きる不可解な事件の数々に興奮しているせいか、警察のぼうがいをしかねない取材戦争をひろげ、状況は解決のいっ辿たどりながらもこんめいしていた。


 だが一人の外勤主任が異を唱えた。彼は最も疑いをかけられた容疑者の知り合いであり、同じギルド仲間であるため、公平さに欠けると上層部からしかりをらう。

 男はおくめながらのうした顔でとある言葉を告げる。それは絶大な説得力を持っており、半ば解決しかけていた事件を再度暗中にたたとす発言でもあった。


「ユーナくんならば死体をさらすなんてぎわなど美しくないと断言し、むしろ灰すら残さず焼き消すだろう」


 そうはふりだしにもどった。




 めいな弁明で容疑者の一人にぎゃくもどりしたむらさき魔導士のユーナはげんだった。連日のしゅざいじんいらっていたこともあるが、それ以上にコージのかばい方が不服だった。

 えあるコチカネット警察ヤードが私的な理由で捜査を乱すとは何事か。ユーナのいかりはその一点だ。警察らしく真犯人を見つけてくるくらいやってこんかい、というのが本音である。

 そしてありのまま真正面からおこられたコージは確かにと誠実にうなずき、強力なすけを人助けギルド【流星の旗】の人脈で呼んだ。ギルドメンバーではあるが、公的機関である警察すら認める私立たんていを。


 機械仕掛けの車椅子ギミックチェアさびついてきしんだ金属の音と共に歩む。じゅうこうびた金色の箱をくりいての形にし、赤いクッションを取り付けたような外観。

 みぎひじけには車のギアに似ている細長いレバー。ひだりひじ掛けにはタイプライターの形となっているそうばん。椅子にずいするように取り付けられた二つの車輪がいしだたみにできたみずまりの上を通っていく。

 すわるのは青年だ。白いはだに大人しそうなくろかみに青目。簡素なシャツにベストをかぶせ、大きめのバーバリーチェックのズボンを着ているが、その両足が動く様子はない。


 被害者ケビンのどうりょうで、つい最近弁護の仕事をうばわれたミラリック・ノートン。細身のスーツを着用した男で、青年の小さな仕草だけでおどおどしている。

 デヴィッド・ムイは被害者の友人。金を何度か借りており、最近さいそくされてくちげんになった。がんきょうな肉体の労働者で、今もよごれたオーバーオールを着てふんぞり返っている。

 美しい外見のおと、キリル・リッフィは被害者の元こい人。けっこんせまっていたが、身分がちがうと断られた。ようえんな肉体を赤いドレスでかくしているのだが、力仕事はできそうにない。


 ユーナ・ヴィオレッドは被害者の知人。ギルドとして相談を受けたが、にんしきの違いでおおげんした。そのせいでたんらくてきな犯行に及んだのだろうと決めつけられていた。

 ウィクべス・ゲルダはしちの主人。利用客のクレームで裁判になり、後に裁判所で被害者にあかぱじをかかされた。がらな老人で、今も丸い眼鏡を使い古した布ハンカチでいている。

 死体発見現場であるせまい路地に集められた五人は、周囲は警官隊と探偵の推理劇が間近で見られると盛り上がる記者によってみちふさがれていた。


 青年は車椅子をこうもりがさを手にしている助手に報酬チップわたす。受け取った助手はかべに背を預け、青年の背中を見守る。


「ほんじゃあ、推理はじめよっか」


 れいな逢語を習得しているがゆえのわざとらしいなまりが青年の口からこぼれ出る。見守る民衆からのちょうしょうが路地裏にひびく。

 犯人は決まっている。人間一人では無理な所業による犯行。ならば人間以上の力をあやつれる存在、魔導士でしかありえない。

 紫魔導士は落ちこぼれ、資格はくだつ寸前の問題児。最初から推理する必要はない。だれもがそう思っていたからこそ、次の言葉に笑いが止まる。


「ケビン・ディルム殺人事件、犯人はそこの四人や」


 青年はユーナ以外の容疑者全てを指差した。迷いなくばされた人差し指には自信がみなぎっている。まずちがいない、という絶大なる判断。

 蒸気機関映写機スチームカメラのシャッター音とフラッシュが犯人とされた四人をとらえ、ようしゃなくその姿をレンズに収めていく。

 一分前の決めつけの空気すら無視して、夕刊にはるように手を動かしていく。しかしだまっている容疑者ではない。たくましい体のデヴィッドは青年に怒りで真っ赤な顔のままつばを飛ばして反論する。


しょうは!? 証拠はあるのか!!」

「そんなん全てまるっとごりっとお見通しに決まっているやん。ああ、そういえばぼくが言うた通り事件当日の服装を着てくれたん?」

「あ、ああ……こんな汚れた服で写真られるおれの身にもなりやがれってんだ」


 デヴィッドはりながら胸についた機械油オイル汚れを指差した。茶色い汚れは鼻にいやにおいを届けてくる。そういった汚れがデヴィッドの服、特に上半身部分にまんべんなく付着していた。

 青年は車椅子の左肘掛けにもたれかかるように姿勢をくずす。しかし青い目の視線だけはするどく、デヴィッドはごこ悪そうに顔をそむける。


「事件が起きたのは五日前。証拠を隠すのにはうってつけの期間や。けど……仕事を利用して汚れたままにしといたのは間違いやったな」

「な、なんだと!? なんなら間近でこの機械油汚れを見るか!? 洗っても落ちねぇ、ひどにおいだけどよぉ!!」

「僕がてきしたいのはひざがしらの汚れ。ゆかひざをつく仕事だとしても、そこは機械油じゃなくてほこりや土がこびり付くもんや。機械油が床に垂れ流しの職場を選ぶほど、アンタはなんかい?」

「んな訳ねぇだろうがっ!! こ、これは俺がミスで機械油を零した……だけの……」


 少しずつ声が小さくなっていくデヴィッドのかたは狭そうだ。視線を路地裏のあちこちに向け、弁護士であるミラリックに助けを求めるように見つめる。

 しかしおびえたミラリックはさり気なく視線を背ける。質屋の店主であるウィクべスは眼鏡のみがかたが足りなかったのか、またもやハンカチでレンズを拭いていく。

 美しい女性であるキリルはふところから鏡の付いた頬紅チークを取り出して、小顔のほおあかを付け加える。しょうひんまれたかばんを胸の上に両手で支え、事態をえる。


「だったらもう少し流れたようなあとを作るべきやったな。なによりアンタのくつは機械油で汚れてない。つまりアンタはわざと服の膝頭に機械油をったんや! そこに付いた血を隠すためにな!!」

「あ、あ、ああああ!! な、なんなんだ、お前は!?」

「探偵や。ほな次は眼鏡の汚れを気にしとる質屋の主人やな。良い眼鏡をつけとるなぁ。それはしちながれの品かいな?」

「ふん。これは死んだばあさんからもらった記念の眼鏡じゃ。と言っても、最近は度が合わなくなってきてるがな」


 ウィクべスは特にどうようした様子もなく眼鏡の位置を調整している。鼻からずれるらしく、何度も指で上へとげている。

 目を細めて青年の顔をにらむ気難しそうな老人だが、落ち着いたものごしが熟年の豊かさを感じさせる。手を後ろにやり、曲がったこしを軽くたたく仕草はよく似合っていた。

 服も古びたシャツにズボンと物持ちの良さを表している。腰に当てているのとは反対の手は宙をさまい、足は全体的に老いのふるえが走っている。


「まさかわしやつの胸をしたと? 儂の身長じゃあどうあっても届かんし、こんな細い体じゃかえちが関の山じゃわい」

「あらへんな。おじいちゃんは大切にするのが僕の方針やから、さっきのおっちゃんみたいにめる気はなしや」

「ふん。ならとっとと容疑を晴らして帰らせてほしいもんだがね。その前に犯人あつかいしたことについての謝罪を、よくしゃべる生意気な口から聞きたいもんだがな」

「せやからサクッと行こうか。で、おじいちゃん。なんで胸刺された位置を知ってるん?」


 深々といきを零していた老人の呼吸がまる。直後にせいだいむせり、近くにいたユーナが仕方ないと背中をさするが、落ち着きそうにない。


「し、新聞で見たんだ! 連日報道しとるじゃないか、男は胸を刺された! 儂は前に何度か出会っているから、胸の位置はわかるんじゃ!!」

「せやったなー。もー、最近の新聞の情報収集率はどうなっとるんやろね。確か何度も刺された上に、シャツは穴だらけやったそうな」

鹿な! 奴の傷は一つ!! シャツは穴だらけではなく、血だらけと……し、新聞で!!」

「うんうん。せやね。まさにその通りやったけど、傷の数は警察がかんこうれいいた……おじいちゃんが知ってるはずがないんや」


 がおを向ける青年に対し、老人の顔はどんどん青ざめていく。周囲の責めるような視線にえられず、老人は懐にしまっていた今朝の新聞を取り出す。

 愛読している新聞には確かに傷は一つとあり、他に目立った傷はない。スーツを着ていたが、白いシャツは血が滲んで酷い有様だとさいされている。


「このうそつきめ!! ちゃんと新聞に奴の末期が書かれているわい!」

「まじかいな!? 本当に最近の記者のきゅうかくはどないなっとるんや? 路面に血を流してうつせに倒れていたことも!?」

「ははっ、大馬鹿め! 血が流れているはずがない! なぜなら奴は……あ」

「どうしたん? けつる手伝いくらい、僕が協力してあげるっちゅーのに」


 新聞に流血していたとは記述されていない。血が滲んで酷い有様だとしか載っていない。しかし事情を知らない者が見れば、こう思うはずだ。

 男は刺された。ならば現場には血が流れており、それを警官が発見したのだと。だが老人はあきらめず、別の新聞を取り出して続ける。


「奴は見つかるまでに一時間の死後硬直が見受けられたはずだ! だったら移動させられたとしか思えない! 結論は一つ、そこの大男が運んだのだ!」

「おじいちゃん、意外と勉強熱心やね。なら他にどんな状態であったかわかるんかい?」

「お前も言っていたじゃないか。うつ伏せで倒れていたと! だが血は止まっていた! だから……あれ?」

「うんうん。おじいちゃん……うつ伏せで血が流れてなかったら、ぱらいがみちばたねむったと考えてからって声をかけるのが警官や……でもな、どの新聞にもそんなことは書かれておらへん」


 警官は蒸気灯の光で確認して脈を計っている。一度もつぶれて倒れたと思ってこしたという記述はない。

 血は流れていない死体。三十分前の巡回で見つからなかった男。新聞ではだい広告のように男の死に様を記述しているが、青年が言ったように警官は死体を見つけたのだ。

 近付いて光で照らしただけで一発で殺されたと判明する、胸を刺された死体。ならば体はうつ伏せではなく、あおけでいたことになる。


「でもな、死体をかいぼうさせてもらってわかったんやけど……男はうつ伏せで倒れたんや。ナイフが刺さったままな。せやから傷口が広がったのも記者達は手に入れてないはずの情報や」

「し、死者の体に手を加えた……だと!? ぼ、ぼうとくじゃ!! 天主の怒りが今にお前の頭上へと裁きのかみなりを下す!!」

「ついでに口の中や胃も見せてもらったで。すると口内に羊皮紙が丸めてあったんや。質屋ウィクべスの受領書や」

「ありえん! 奴は儂の店に一度も品を預けたことなどない!! 大体そんな決定的な証拠があるなら、誰もが儂を犯人と責めたてるじゃろう! おおうそつきめ!」


 ふんがいしたウィクべスは今にも血管が切れそうな様子のまま、うでまわす。まるでなにかをにぎって八つ当たりする仕草に似ている。


「せや。僕は大嘘つきや。けどな、真実はもっとざんこくやおじいちゃん! あしこしが弱いのに、暴れたらあかんよ。良いつえつくろってあげよか?」

「お、お前が年配である儂を敬わずいつまでもネチネチと言い訳するからじゃろうがっ!! 大体杖は修理中じゃ! この眼鏡といっしょに婆さんがおくってくれた一級品じゃ!!」

「お熱いなぁ……そんじゃあ僕はそのおばあちゃんに感謝せないかんな。ちなみに修理中ということは折れたのではなく部品が外れた……いしきの部分やろ」

「お前なんかごくちてしまえ!! 大体お前の婆さんではない!! 儂の婆さんじゃ! 婆さんはやさしく、いつも儂の身を案じて……」


 青年の手の中にあるかがやく石突きを見て、ウィクべスの言葉が止まる。み跡がついたそれは、誰かが口に入れて零れないように噛み締めたと同義である。

 足の震えを大きくして老人は右往左往する。しかし路地裏には警官と記者がごった返ししているだけでなく、屋根から一般人が見守っている状況まで発展していた。

 なにか支えがしいと眼鏡がずれるのも無視して視線ごと首を動かすウィクべスだが、なにもないとわかると石畳の上に持っていた新聞をばらきながら落とした。


「良いおばあちゃんやな。アンタのあやまちを証明してくれたんやから……せやろ、べっぴんさん」

「……」


 つばの広いぼうで顔を隠すキリルは青年の言葉を無視する。ふくらんだ胸の上にはしょう品が詰め込まれた鞄があり、白く細い両手でかかえている。


「アンタの場合は、最も簡単で難しい……まずは手軽なとこからいこっか。綺麗なドレスやね、おくもの?」

「……」

「上等な絹のドレスやし、所々宝石もあしらわれている。アンタの給金で買える類やない……貿易商、もしくは弁護士の給金じゃないと」

「…………」


 キリルはいっさい反応しない。横顔だけでも美しい女性に記者達は映写機のレンズにかのじょを映すが、帽子のせいでかげになってしまう。

 だがいっしゅんだけ不敵なみをかべた。少しだけほこったように、キリルは視線を向けないまま告げる。


「私の給金は家庭教師の分だけではなく、タイプライターからも作れる物よ、ぼうや。カロック・アームズシリーズには負けますけど、それなりの著作物があるの」

「カロック・アームズは僕も大好物ですわ。けど最近ではねこぼうけんえがいた路地裏ニャルカさんも好きや」

「あんな子供向けと一緒にされても困るわ。私が書くのは大人に贈る本格ラブストーリー。禁断の恋も紙面なら思うまま」

「そうやな。紙面なら、かなわない恋なんてあらへん……せやけどアンタのはじょうじゅする恋だったはずや。指輪どないしたん?」


 胸の上で化粧鞄を両手で持っているキリルははじかれたように左手の薬指を見る。確かに右手で隠しており、見えるはずがない。

 しかし次に顔を上げた時、青年の笑みにかんを覚えると同時に気付く。視線をゆうどうされたのだと、帽子の影で表情をさとられないようにしつつもぎしりする。


「捨てたわよ。あんなつまらない男、そりゃあ結婚は迫ったけど……もう結構! 私は次の男を見つければいいもの!」

「男は胸ポケットに片割れを持っていたのに、はくじょうな話やなぁ」


 キリルはまどった小さな声をらし、うるわしいそうぼうを不安でらめかせる。青年の手にはまみれの金色の指輪。

 あまりにも赤く汚れているので刻印されている字は見えないが、その大きさは死んだ男の指に合うサイズであった。


「……う、うぅ、で、でも、私は……私は犯人じゃない!!」


 くずちるように石畳の上にひざまずき、両手で顔を隠すキリル。手のすきからこぼちていくとうめいしずくは綺麗だった。

 その悲痛な姿に見守っていた観衆の中でも女性から批判があふる。少し困った笑みを浮かべた青年は指輪をポケットにしまう。

 雪のように白い手はつめも清潔さが保たれており、男女共に好印象の手だ。作家という職業らしい手だと、誰かがめようとした矢先だ。


「インク汚れもドレスのすそにほつれもない。んで、ぶくろはどないしたん?」


 女のえつが止まる。タイプライターは机にみ機械を置き、ボタンに合わせて紙にインクが印字される仕組みだ。


「確かアンタのアリバイは、深夜は作業がはかどるからひたすら作品を作っていた、と。そんだけ高価なドレスを着て、手袋もなしにインクが付く作業をするんか?」

「……私、器用なの」

「じゃあなんで手袋を外してるんや? 淑女レディたしなみやろ?」


 ドレスを着る女性は夜会ではない限りなるべく肌を晒さないのがれいである。特に足を出すのはれんかたまりべっされる。

 しかし多くの者達の視線がキリルの手元ではなくユーナの衣服に向かう。白のワンピースコートに短いフリルスカート。長めのくつしたいているが、ふとももは見えている。

 細長い体と比例して足も細いため、肉にむということはない。さらに手袋ももちろんつけていない。それにしてもと誰もが無言で青年にうったえる。


「あ、そこの紫がみは淑女やあらへん。暴れいのししみたいなもんや」

「ちょっと聞き捨てならないんですけど」


 ユーナの言葉をれいどおりして青年はキリルに視線を向ける。膝のあたりを手ではらい、再びぐ立ち上がる淑女の顔はまたもや帽子の影で隠れる。

 うれいをふくめた息を零しながらキリルは自分の頬に手をやる。その仕草だけでただよいろに多くの男性がよろめき、れてしまう。


「汚してしまったの。貴方あなたが言う通りインクでね。そんなはじを晒したくなかったのに、酷い人」

「嘘や」

「嘘じゃないわ。それにこのドレスで人を刺したら、血を浴びるでしょう? でもけっこんが付いていたのはそちらの男の服。私じゃない」


 花のように広がる裾をんでキリルはゆうに笑う。動かしてしまえば小鳥の羽根のようにかろやかに動く美しい造形。

 あざやかな赤のドレスには血痕特有の赤黒さは見当たらない。誰もがキリルの言葉になっとくする。あのドレスでは血痕を付けずに人を刺すのは無理だと。

 だからこそ視線が最初になぞあばかれた大男のデヴィッドに向かう。そのきょたいならば人を殺すのも運ぶのも可能だろう。


「だから私は作品を書き上げていたの。今世紀最大のけっさくをね。もちろん、カロック・アームズには負けるけど」

「……くくっ。本当に女性は最大の敵や。真実を知らなければ僕すら同情しかねない役者や」

「どういうことかしら? まるで実際に私がさつしたみたいに……」

「あんなぁ、僕は最初から犯人は四人と明言しとる。それなのにアンタはなんで……自分が刺してないと必死に否定するん?」


 まれた二人をながめていたキリルは口元を押さえた。青年は確かに犯人は四人だと明言し、その証拠とげんで状況を暴いていた。

 青年は指を組み合わせるように重ね、車椅子を揺らす。デヴィッドとウィクべスは追い詰められていたし、デヴィッドなど最初に血の跡を隠しているのをばらされた。

 だからこそ心構えができていたとも言える。しかしそれは間違いだった。青年は一度も誰が刺したと指摘していない。犯人を指差しただけだ。


「家で作業するのにそのドレス自体がおかしいんや。ごろな汚れてもいい服で書くのがつうやろ。特にこんあせっている給金も印税も少ない女性は」

「なっ、馬鹿にしないで!! だ、大体犯人とか言われたら刺殺した相手を指すのが普通……」

「死体の傷は一つや。それ以外に外傷はなし。しかし犯人は四人。同じ傷を数人で刺してす推理小説もあったが、あえておもむきを異にしている気配や」

「わ、私じゃない! 血の跡はない!! 探すことなんてできないはず……」


 石畳を靴で鳴らしながらあと退ずさるキリル、手の中から化粧品が詰め込まれた鞄が落ちて、靴のかかとが頬紅をみかける。


「化粧で誤魔化すのはおのれみにくさだけにしとき!! 靴の裏に残された血痕までは隠せん証拠や!!」


 近くにいた警官がキリルの靴の下に手を差し出し、苦痛で顔をゆがませながらも頬紅が靴裏に付くのを防ぐ。

 そしてキリルの足から靴をがし、見せつけるようにその裏側を見せる。擦れてはいたが、確かに赤黒い跡が残っていた。

 だしになった淑女はドレスが汚れるのも気にせずに石畳の上にすわむ。今度こそ感情からの熱いなみだを零す。


「好きな男に贈られたドレスと、ずっと着けていた指輪の手で刺したんやろ。せやから指輪はおじいちゃんの店に預けた」

「なんで、わかるのよ……ドレスには血がついてないはずなのに……綺麗なままなのに」

「だからや。この街の霧事情は知ってるやろ。十月の寒空の下、ひそかに男と会うのにがいとうも着用せずに出歩くなんてできへん」

「うぅ……汚せるはずがない。でもにくくて、苦しくて、はなむけの代わりと……」


 くずれるキリルのドレスが霧で濡れていく。血塗れになった外套も着ることができず、ドレス一着で探偵にいどんだ女はなおに負けを認めた。

 始終おどおどしていたミラリックは歯の根が合わない様子で青年を見る。残った一人、それはもう決まってしまったかのように彼をふくろこうへと追い込む。


「犯行現場は質屋ウィクべス! 刺したのはキリル女史! その死体をケースに詰め込んで運んだのはデヴィッド……せやけど一番かんじんなのは、誰が被害者をそこへ呼んだのか。そして誰がこの三人を集めたのか」

「ち、違う!! 僕じゃない!! 大体僕は彼の同僚で弁護士だ! 殺す必要性などどこにもない!!」

「アンタ以外に被害者をけいかいさせずに招くことができる人物はおらへん。ウィクべス老にも、キリル女史にも、デヴィッドにも無理や!」

「違うぅうううぅうううぅぅぅううううう!! 僕じゃない!! 僕じゃないんだぁああああ!! 殺したのはそこの女だ!!」


「観念せい!! アンタが馬鹿なことを考えなければ、誰かが手を汚して泣くなんてなかったんや!!」


 ろうばいするミラリックに対しいっかつする青年。そして今回の事件についてまとめていく。

 まずは被害者であるケビンと一悶着起きた人物を集める。集合した後に今回の事件の計画と流れについて説明する。

 役割を分担し、一人では不可能な犯行にすることで、疑いの視線を散らしていく。ようしゅうとうにもケビンにはもう一悶着起こすように、魔導士がいるギルドに相談するよう持ちかける。


 体が小さいウィクべスには無理なきず、腕が細いキリルにはちゃな力仕事、下流階級のデヴィッドには用意できない誰の目も届かない現場。

 もしも誰か一人に疑いをかけられ、裁判になっても弁護士である自分が証拠をあつめて無罪にしてやる宣言し、ミラリックをしんらいしているケビンをウィクべスの質屋に呼ぶ。

 質屋の倉庫に招き入れてしまえば人目は限られた者だけに。アイリッシュ連合王国にとって質屋とは担保を元に小金を手に入れる銀行に近く、信用できる質屋は倉庫の構造がしっかりとしている。


 ウィクべスが前の裁判でケビンに言い忘れたことと証拠があると、質屋の倉庫へミラリックと共に入り、そこでキリルが外套を着た姿で涙ながらにものかげから現れる。

 動揺したケビンの体をミラリックがめにこうそくした後、キリルがその体を、胸を、真正面からナイフで刺す。血が飛び散らないようにナイフを胸から抜かないまま、ケビンの体を床の上に落とす。

 そくせずにわずかに床をったケビンはウィクべスが持っていた杖を床に転がしたが、そこで石突きの部分を外して口に入れたところで絶命する。


 隠れていたデヴィッドが動かなくなったケビンの体をうつ伏せの姿勢を崩さないようにかかげ、ケースに詰め込む。その際に床に流れた血が膝頭につく。

 背中に血が付着していれば他の場所で血が出たと証明することになるため、しんちょうに入れて運んだ。そして警官がいなくなった後に霧にまぎれて死体を転がして家へと帰る。

 ケースやナイフ、キリルの指輪などはウィクべスが預かり、質屋の倉庫の中でもおくの方に隠してしまう。血を拭いてしまえば、血液検査薬が未発展な上に捜査方法として確立していない時代においてこんせきは誤魔化せる。


 後は全員でアリバイがないと告げるだけ。アリバイがあっても、容疑者同士で作ってしまえばあやしまれるため、ミラリックはそれをけた。


「アンタは世紀の大馬鹿や! 被害者がどんだけアンタを信頼してたか、相談を持ちかけられたギルドメンバーが知っとるわ!」

「あのー、ギルドにもらいにんの守秘義務というのが……」

「死人に口なしや! 文句言うこともできひん! ぱぱっと喋ったれ!」

「……友人のすすめで、結婚前提で話を進めていた女性に指輪をへんきゃくするにはどうすればいいのかと……わたくし達は普通に自分で返せやとはらっただけですわ」


 泣き崩れていたキリルの涙が止まる。同時におんな空気が流れ始めた。ミラリックがあぶらあせでスーツを濡らしていく。

 ユーナは思い出しながら怒り始める。えんの話を他人に任せようなど情けない話である。その言葉に多くの女性が頷く。


「胸ポケットに入っていた指輪はそういうことやねん……つまりな、ミラリックがケビンを呼んだ理由はそこや。自分が協力したるさかい、人目のない所で話し合ってみてはどうかとな」

「……あの……あの男はぁあああああああああああああああ!!!!」


 怒りのぜっきょうが路地裏にだまし、ミラリックは情けない悲鳴を上げながら頭を抱えた。あまりのけんまくに直接関係のないデヴィッドやウィクべスも怯えた顔になる。

 美人の顔を崩しながらたぎる怒りに任せてミラリックをおそおうとするキリルを、警官達が必死のかくさえる。何人かは強いひじてつりを腹や頬だけでなくかんに食らう。

 すさまじい勢いにしょくはつされた女性達はキリルの味方となって、その最低男をぶっ飛ばせとあおる。記者達も大スクープだと蒸気機関映写機を連写する。


「す、すみませんんんん! でも僕だって仕事が欲しくて、注目が集まる不可解な事件の弁護なら、しかも自分が裏側を知っている事件ならってぇええええ!!」


 キリルの形相に心底きょういだいたミラリックが勝手に白状し始めた。そして警官達は暴れるキリルも含めた四人をたいした。




 推理劇が終わり、犯人は護送馬車によって連行され、集まっていた記者や一般人も去っていった路地裏には四人の人物が残っていた。

 一人は車椅子に乗った青年、もう一人は助手、容疑者から外れて清々したユーナ。そして何故ユーナが犯人に含まれないのかと怪しむドバイカム・グレープという警部だ。

 くたびれいろせたクリーム色のコートに深い茶色の帽子。赤茶のかみに茶色の目をしているがたの男だが、目だけはものねらおおかみの如く輝いている。


「魔導士が事件を起こした言うて、アリバイないこと自体がおかしいんや。せやから最初から容疑を外していたわ、むらさきすいしょう宮の魔導士殿どの

「その呼ばれ方がきらいだと知りながら使うあたりが、野蛮猿アルトさんの竹馬の友なだけはありますわよね、カナンさん」

「……カナン・ボイル、捜査の協力非常に感謝するが……あの助手のこうだけはどうにかならんのか!?」

「酷いな、ドバイカムくん。吾輩はこう見えて小説のために警察のあらさがしをしているのに。このバロック・ホームズにモデルとして書かれることを光栄に思うと良いよ!」


 ドバイカムに指を差されたバロックは、蝙蝠傘を開いて日差しを避けるように立つ。あでやかな黒髪に濡れた黒目。くずされた黒の外套で、シャツのかた部分が開けている。

 んでいるのに漂う色っぽさなど気にもとどめず、ドバイカムはカナンが捜査中に好きなだけ警察に失礼な質問をかえしていたバロックを睨む。


「お前の小説なぞ見たことも聞いたこともない! どうせ本屋にも並ばない三流作家め!」

「今度新聞でれんさい小説らい来てるから、嫌でも目に入るんじゃない? ぜひ読んでくれたまえよ、結婚したばかりの奥さんと一緒にね」

「絶対見るもんか! 大体コージ外勤主任も相変わらず怪しい人脈と人望を作りおって! カナン・ボイルと知り合いでなければ上層部にったものを!」

「ま、今回のコージさんの行動はようできないのでお好きにどうぞ。警察がなくてもギルドリーダーとしてかつやくできるでしょうし」


 本人コージが現場にいたら涙しそうな会話だったが、現在ロンダニアでは数多くの不可解な事件がうず坩堝るつぼと化していた。

 コチカネット警察では現在人手が足りない状態で、巡回する警官もろうの色が隠せないまま神経をめて行動している。

 ドバイカムもこれから急いで署に戻って調書を作成しなくてはならないため、近々謝礼を持って行くとカナンに告げて立ち去った。


「……さて、バロックんは連載があるとしっぴつ作業入る言うて僕の個人的しゅによる探求には付き合いきれへんらしい。リーダーもいそがしそうやし、誰かひまそうな人はおらへん?」

「それがアルトさんは緑鉛玉のごうヴィクトリア・ビヨンドさんと一緒にダムズ川で死んだ工場主任の調査、ハトリさんとチドリさんは帰郷中で、その他はお察しですわ」

「ほな、ユーナんはどないやねん? もしかしたら今回は魔導士の知識必要な事態かもしれんし、白魔法しかない僕には一緒にいてくれると心強いんやけど」

「さすが。じょうですわ。いいでしょう、わたくしも暇を持て余していましたし、車椅子を押す助手でもなんでもやりましょう」


 そしてバロックに別れを告げてからユーナはカナンの車椅子を動かし、助手としてロンダニアの街を歩いていく。

 秋も深まるころであるため、街はにぎやかな様子で十一月五日に迫る祭りを目前に、それにさわしいかざりや商品を用意している。


「カメリア合衆国やと、ハロウィーンっていうアイリッシュ連合王国じゃ古い祭りでおおさわぎやけど、こっちはグイ・バッカス・ナイトやな」

「一応、十月三十一日は古来において年の節目ですから。でもあれって地方の祭りですし……やはりロンダニアではぎょうまつった方がよろしいのではないかと」

「うーん……せやけど今回僕が関わりたいのは、そっち方面やねん。なあ、吸血鬼ヴァンパイアって信じるん?」

「それは『別世界に住む者レリック』の? それとも『この世界に住む者モンストルム』かしら?」

「僕もそれが知りたいんや。だから専門家の意見が必要やってん。これから情報提供者に会いに行くんで、たのむで……世界で七人しかいない最高位魔導士さん」


 わざとおおな表現でユーナを笑顔で煽るカナン。仕方がないとユーナは頷き、それでもあまりそれを口に出さないようにとくぎを刺す。

 これは女神カーリーがロンダニアで暴れる少し前の、変わらずユーナが大暴れする話であり、そして『化け物モンストルム』に関する事件である。

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