EPⅠ×Ⅷ【紫水晶宮の魔導士《amethyst×palace×magica》】

 いしだたみくだける。街灯はたおされ、家々のかべけずられる。きょたいの機械仕掛けの女神カーリーは笑いながら街の中心部へ向かう。

 すでに上半身は黒いおおわれ、とりかごのような鉄組みが見えていた顔も鼻とくちびるが現れ、なにより三つの目が三角形になるように正常に配置された。

 がいこつくびかざりは賛歌をほうのうする。おそおののき敬えと、あくすらたおかいの女神をし続ける。まるでひびかねのように、何度も何度も同じ歌をささげる。


 黒いかみが波打ち、少しずつ女性の体になっていく機械の体をかくす。胸の辺りから蒸気機関のどうまず、口から白い蒸気がされる。

 機械仕掛けのうですらも今では黒の皮膚に覆われた。それでも地面にれては破け、しゅつした部分からは赤茶の精密機械が見える。

 髪で隠されたこしから下はいまだ姿を見せない。だがきょうてきな速さで生えつつある二本の足が、赤子のように進みたいとうごめいている。


 そのとなりを歩き続けるパードリーはむらさきほうてて、緑色のシャツと黒いズボンの服装に早変わりする。顔も首もきずだらけで見苦しい。

 しかしかれの見苦しさにまゆしかめる者はいない。だれもがきょだいな女神におどろき、おそれ、まどう。細長く神経質そうな男を見ているゆうなど何処どこにもなかった。

 男はかんする。研究の副産物。その成果だけでアイリッシュ連合王国だけでなく、世界すらほろぼせる。じんな社会をたたつぶせる未来をおもえがいて、自分の才能にう。




 最初は緑ほうを研究していた。本来ならば『恐れ多い存在レリック』である力を、人や物に宿すことができる事実に興奮した。

 しかしりょくではなく法則を重視する緑魔法を習うならば、そのとなる法則重視の青魔法を学ばなくてはいけない。パードリー自身が魔力の少ない体であったため、得意分野ではあった。

 才能はびに伸びた。上位魔導士の資格を手に入れ、どう具開発が可能になってからはひたすら作成を続けた。その中の自信作が伝播する鐘チェインベルである。


 魔力は物質に宿る。肉体、大地、海、風、目に見えなくとも存在する全てに宿る。そこでパードリーは音のしんどうに目を付けた。

 伝播する鐘にしか出せない音域によるしんどうにより、複数で共和を高め、ぞうふくしていく。しかしそれだけでは魔法は使えない。そこで鐘を一定の配置してから囲む。

 包囲された空間に法則文を書きだすことによりほうじんとなる。これにより魔力の少ない人間でも高度な魔法を使えるようにはいりょしたのが評価され、パードリーは一時期上流社会にんだ。


 しかし上流社会には多くのやみうずいていた。パードリーはその中でも紳士の社交場クラブいけにえしきによる降臨をたくらむ場所へ案内された。

 自分の魔力を使わず、多数の他人をせいに望むモノをしょうかんする儀式。そこでは『深淵と混沌を司る主レリック』を外国から連れてきた少年少女を用いてぼうとしていた。

 儀式の成否は語られていない。しかし後にパードリーはとりかれたように生にえを用意しては、魔方陣による召喚を何度も試みた。


 そのせいさんな光景は彼から資格をはくだつするにはじゅうぶんな理由であり、パードリーは黒魔導士になる。背後にいた支援者パトロンは全て手を引いた。

 パードリーはなんとか金を工面しながら生贄による儀式を続行する。自分の魔力では『おぞましき偉大な者レリック』は呼べない。多くの魔力と精密な法則が必要だった。

 せめて姿すがたはいえつできるだけでも。そう考えて調べ始めたのが第三の目である。額にかがやく力ある場所、時には光、時には千里眼せんりがん、時には世界であり真実。


 辿たどいたのはシヴァ。しかし彼の存在は強すぎた。パードリーは調べている間に手に負えないと判断できるほど、数多くのいつに伝説、まさに『神話レリック』そのもの。

 次に調査したのは妻の存在である。多数神である場合、よく似た存在が近くにいるはず。そして見つけたのは破壊の女神、絶大なる力としんこうを得たたけだけしきおと

 せいぎょできる。生贄の一人に『シヴァらしき存在レリック』をひょうさせ、それをませればいい。たとえ本物が宿っても、カーリーの力で人間の体などあめ細工よりもろい。


 だがパードリーには金がなかった。生贄を集めるための人手も、なにもかも。しかし時の運は彼に味方した。

 ザキル団。カンドていこくから流れてきた者たちが身を寄せ合い、ひっそりと活動している。そして彼らは黒き母を信望する集団だった。

 さらにマティウス・アソルダが魔導士のえんしゅうを行っていた。上流階級の紳士ジェントルマンとして未来ある者に、ほどこしの手を。


 ただのパードリー・クラッカーでは意味がない。だから彼はじんしんが出るほどきらう派手な紫を身に着けて名乗る、最高位魔導士の紫水むらさきすいしょう宮の魔導士を。

 誰もが信じた。上位魔導士としての実績が彼を本物のように見せていく。名前に宿るりょくに、女王があたえた一字のりょくに、パードリーは歯をめた。

 資格を剥奪されていなければ、そんな理不尽な社会でなければ、自分こそが最高位魔導士になっていたのに。得体の知れない人物が最高位魔導士にいながら名をほうするこういらついた。


 えたのは、目的のため。全てを利用する。ひん問わずに人を、ろうにゃくなんにょも関係なく、神すらもだいにして、忘れられぬ『混沌に宿る神話レリック』に触れる。




 そして今、パードリーはかいだった。カーリーの手でこわれていく自分を認めなかった社会が滅びることに。

 制御はできない。制御役に選んだ少年は千切れてしまったし、それ以前に儀式が失敗している。しかし経験は得ていた。

 額に第三の目をしるすことにより、魔方陣としての役割をになうのを少女によって証明された。後は女神の血を手に入れたならば完成する。


 パードリーは女神の血に宿るぼうだいな魔力を使い、額に魔方陣である第三の目をえがき、伝播する鐘でさらに増幅させて、ある物を黄魔法で引き寄せる。

 世界に光をもたらすシヴァの第三の目。その後は世界でもなんでも壊れてしまえばいい。自分は『別次元レリック』の高みへと精神体となって移動できる自信があるからだ。

 シヴァの第三の目が成立したしゅんかんにそれすら可能だと計算できている。パードリーは暴れて中々近寄れないカーリーを見上げ、眉をひそめた。


 犬の耳をかたどったかざりをつけたえんふくの少年。そして白い髪をらすメイド服の少女。一人は蒸気かんじゅう、もう一人は白の腕甲ガントレットで女神にこうげきしている。

 暗殺に使うようなじゅうしんが長い蒸気機関じゅうを構えたヤシロは、正確にカーリーの三つの目をく。しかし血が出る間もなく修復され、一本の腕が少年をつかもうと伸びてくる。

 機械仕掛けの腕を下から走り寄ったナギサがこぶし一発ではじばす。あまりの力強さにさくに行進していた女神の体がぐらつき、かたむくほどである。


「――送り犬、出番だ――」


 ヤシロが空中でつぶやくと同時に、石畳にできていた小さなかげからあふれるように真っ黒な犬達が現れる。そして燕尾服の影からこぼちていくじゅうの山。

 黒い犬達は一ぴきずつ銃器をくわえ、取り囲むように走っては器用な舌で引き金を引く。銃からやっきょうと共に蒸気が吐き出され、高速のじゅうだんが機械の体にまれていく。

 腕のひとりで犬達はまとめて消えていくが、それでも生き残った者が次々に銃弾を消費していく。ヤシロは着地すると同時に連射を可能とした大型蒸気機関銃を自分の影から引きずり出す。


 激しいせんこうが断続的に目をげきし、きりよりもい蒸気と石畳をたたく薬莢が宙をう。進み続けていた女神があまりのすさまじさに初めて後退する。

 えによって銃弾にたれた黒い犬達は文句一つこぼさずに消えていく。地面に落ちていく銃器はちゅうで影にけるように消失する。連射は五分ほど続いたが、頭上からせまってきた曲刀に叩きつぶされた。

 るのではなく質量によるじゅうりんはヤシロの小さな体一つばすのはやすく、女神が動きだしてその体をにぎつぶす好機となるには充分だった。


 しかし横から巨大な蒸気灯をっこいたナギサが、女神の横顔へ平手をするようにそれを叩きつけた。へこんだ横顔の皮膚ががれち、再度鉄組みの鳥籠が姿を現す。

 女神は三つの目を動かして視線全てをナギサに向ける。かなしばりにあったように動けなくなったナギサは蒸気灯をかかえたまま石畳の上へと落ちていく。追うように迫る巨大な手の平。

 つんいでけもののように走ってきたヤシロがナギサの体を掴み、手の平の下をはしける。直後に砕かれた石畳がすなぼこりれきになり、風と共に二人をおそう。


「あわわ……す、すいません、ヤシロさん!」

「い、今は大声を出さないでくれ……耳が……」


 大声であやまるナギサに対し、ヤシロは頭上に生えているようなみみかざりをさえつける。それを見たパードリーが魔道具だと気付く。

 数多く存在する『イヌ科に関わる伝説レリック』にかんするための補助具。無限にる武器の貯蔵は全てを呑み込む狼フェンリル、影を使うのはクランの猛犬クーフーリンの師である影の国の女王スカアハの助力。

 パードリーがカンド帝国の少女をカーリーの贄に選んだのは関連が強かったから。それと同じようにヤシロは自分を犬とたいすることで法則の順序を省いている。


 それだけではなくしゅんびんな動きやするどちょうかくなど、を狼のようにあつかう白魔法。てっていした一点とっしゅつ型のスタイルは、上位魔導士の中でもに映る。

 しかし資格を持っているようには見えない。黒魔導士なのだろうとアタリを付けて、これ以上じゃされないように魔力重視の赤魔法によるそっこうで始末しようとする。


「――針よ――」


 幾千の針がヤシロとナギサの上にかび、雨のようにぐ落ちてくる。けきるひまもないほどばやい攻撃に、ヤシロはとっにナギサをきしめて自分をたてにする。


「――はらはらとはらり――」


 しかし針は白い花弁に姿を変えてぶきになる。女神が暴れた際に生じる風に乗って、星空へと高くがっていく。

 他人の魔法にかいにゅうする。それは法則重視の青魔法でしかありえない。しかしあまりにも短いえいしょうは赤魔法と証明している。

 一体どういうことだとパードリーが目を丸くするが、ばっとうしたまま走る少女はその横をけていく。いっさい、男の方へと視線を向けずに。


 るうには長すぎる刀。それははやつえと呼ぶべき長さ。しかし少女が気にせずに砕けた石畳をさらに砕きながらぶ。生えかけている足に向かってきばよりも鋭く白いやいばめ込んだ。

 女神の足に刀はさったが、あまりの質量に斬ることができない。さらには傷口をふさごうとさったさきを黒い皮膚が折ろうとしている。構わずにユーナは迷わずさけぶ。


「――ゆらゆらとゆらり――」


 石畳の下、地面を砕きながら大口を開けた黒いりゅうが現れる。その大きなあごは女神の足を食い千切り、しゃくしている間にぶつかる歯が火花を散らしていく。

 女神が初めてかえる。女神と並んでもそんしょくないほど巨大な竜。三つの目と宝石のようにぎらついた黄金のひとみの視線がぶつかる。

 ユーナは竜の歯間に杖刀がはさまっており、その口の横からぶら下がるように女神と相対していた。白いコートもよごれており、紫の短い髪も乱れたままだ。


 それでもユーナの紫の瞳から戦意が消えることはない。一度刀を手放し、重力に任せて落ちていく。途中で竜の体に見合わぬ小さな手の上に着地する。

 とげに近いあらあらしいうろこのためすべることはなく、後を追うように落下した刀のも難なく掴む。足を食べ終えた竜の口からは黒いもやが吐き出され、地面をうように広がる。

 その靄は竜がまぐれに動かした鉄の骨組みに皮を張りつけたつばさから起きた風にも動じず、少しずつ女神の周囲を覆っていく。


めつ竜、いきますわよ」


 ユーナの一声と共に竜がせいだいに歯を鳴らした。飛び散った火花が黒い靄を伝い、弾け飛ぶほのおから火蜥蜴が生まれていく。

 幾万の軍勢となって火蜥蜴は女神の体をさかのぼっていく。霧すらも燃やしくす炎は暗い夜空の下でもあざやかに映り、女神の姿をせんめいにしていった。

 しかしかんだかい女神の声と共に骸骨の口から黒い血が流れ出ていく。その血は中々ねんしょうすることができず、火蜥蜴は血のたきおぼれて消えていった。


 あっに取られていたパードリーは、骸骨から流される血を見てナギサとヤシロを放置してす。あれこそが求めていた女神の血だった。

 血にまみれた女神、神の体に触れたからこそ神気が宿るとされている。ふところから小さなびんを取り出し、こぼれ落ちていく血をあつめた。

 ユーナは竜の手からそれを見下ろしていたが、気にもとどめないまま火蜥蜴を全て消した女神に向き合う。その表情は笑っている。


「あと十分かしら。足がそろったらアイリッシュ連合王国はかいめつ。最低な結果は世界が終わること」


 さきほどみ千切ったはずの女神の足がひざまで回復している。破滅竜はふんがいして鼻息を出すが、それは白い蒸気となる。

 火蜥蜴がちんされたせいで同じくはくえんが霧と混じってしまい、視界を悪くしていく。そしてユーナの頭上に向かって曲刀が落ちてくる。

 ユーナは視線をらさないまま杖刀を振るう。杖刀の刀身に触れた曲刀は実像を乱れさせながら、数十秒後に消えた。


「それよりも最悪なことは、ジタンとメルを助けられないという結末」


 ユーナは巨大な質量を受けたせいでふるえが止まらないみぎうでを無視しながら、カーリーの内部にいるであろう少女を思い出す。

 カーリーを倒したとしてもメルが無事でないと意味はない。なにより額の魔方陣で女神と密接につながっている。それすら打ち消さなければいけない。

 女神は笑いながらりょううでで破滅竜の首をめる。残りの腕では地面からた破滅竜のどうたいを掴み、その体全てを引きずり出そうとしている。


 苦しそうにうめく破滅竜の口からはさらに黒い靄がていく。白い歯が鳴れば、火花が散って靄が火蜥蜴に変わる。

 しかし女神の首飾りである骸骨から流れ出る血によって一進一退。ユーナを乗せている手も腕を掴もうと動き始めた。

 ユーナはその手から飛び降りて石畳の上に着地する。黒い靄に姿を隠しながら、当たり前のように呟く。


「だから幼いきょうだいを助けるついでに、世界も救ってやりましょう」


 杖刀が石畳にこすれるように振るう。けんどうに合わせて飛び散った火花から、周囲の靄が発火して赤い火蜥蜴を生んでいく。

 かびがるユーナの姿に、目的を達成してげ始めていたパードリーの目をうばわれる。むらさきいろの髪と目は炎に照らされて鮮やかに輝く。

 黄金ちょうかみかざりが炎を映し、白いコートは少女の細い体をおおかくしながらも熱風にあおられている。しかし火蜥蜴はユーナに向かって頭を垂れていた。


 まるで王族をあがたてまつるような姿勢を火蜥蜴が行っているのだ。炎の中で、炎を恐れず、ユーナは破滅竜を見上げて目配せする。

 破滅竜は首を絞めてくる女神の力に負けず、その巨大な顎で腕に噛みつく。そして一本、機械仕掛けの腕が壊れて地面へ落下していく。

 落ちてきた機械をえさとして火蜥蜴が群がる。あっという間に燃やし尽くされていく赤茶の腕は、灰すら残りそうにない。


 そして油断していたパードリーの後ろから静かに迫っていたアルトが、その後頭部を盛大になぐった。痛い目にった全員分のうらみをめてではなく、腹いせに。

 呆気なく倒れたパードリーの体をひもで固定しながら、アルトはサーカスを見る子供のように目を輝かせる。その横にジタンを抱えたジュオンと、ハトリとチドリがやってくる。


「ユーナ……あいつは、一体なんなんだ?」

「ま、見てろって。姫さんの本気なんてめっに拝めないからな」


 体がほぼ元通りに治ったジタンの問いに答えず、アルトは炎の中にたたずむユーナを見つめる。


「――ひらひらとひらり、青い海と空が辿り着く果て、その城に住まうりゅう! 約定は果たされた、おくは黄金の鱗となって輝くがいい! がれ、登りつめろ、殿でんが目指す門はそこにある!」


 始まる長い詠唱。鼓動すらも一部とするようなおくまでひびく声は、空気まで振動させていく。

 女神が笑うのを止めた。破滅竜の胴体を掴んでいた方のかたうでを使ってユーナを叩き潰そうと動かすが、破滅竜が体当たりするように女神の体に圧しかる。


 まずはくさりで閉ざされた門がユーナの背後に現れる。輿こしすらも余裕で通れるほど大きくゆうだいな黄金の門。

 城門とまがうほどのごうさだが、そうしょくは一つとない。鎖がユーナの声に煽られて震え、乱雑な音をかなでる。


「紫水晶のりゅうぐうじょうはここだ! 黄金蝶の羽根よ、宿れ、羽ばたけ、あらしを起こせ! 世界の黒き終末をくつがえせ! 有は無に、無は有に! 逆転こそが真骨頂だと証明しろ!」


 門を中心に紫水晶が広がっていく、じょうへきせんとうかいろう、本物の城に比べれば小さいものの、しん殿でんかくしても遜色のない大きさ。

 その紫水晶には花畑で飛ぶように黄金の蝶が映る。しかしユーナの周囲、炎の中に蝶はいない。紫水晶の内部を埋め尽くすように黄金の蝶は増えていく。

 同時に火の粉を散らすほど激しい風が広がっていく。ユーナは両足を広げ、風で吹き飛ばされないように杖刀で石畳を突き刺す。


 破滅竜に組みつかれた女神は空中で四本の曲刀を出現させ、ユーナに向けて四方からがないように攻撃する。

 しかし飛んできた曲刀を火蜥蜴達が飛び上がって群がり、刃を溶かしていく。熱された鋼鉄から蒸気が立ち上っていき、姿を保てなくなる。


はざえて進み歩む者達に叫ぶがいい! ここだ! ここだ!! ここだ!!! その赤い血のどうこくが黄金の道を照らすしるしとなる! 夜明けの前ににじむ空を見上げろ!!」


 石畳に突き刺さった杖刀から激しい鼓動のように地面が震える。脈打つような震えはきょうすら覚えるほどだ。

 震動に合わせて割れた石畳のすきから赤い光がほとばしる。まるで巨大な心臓がその下にあるように、石畳の下がふくがっていく。

 そしてばくはつしたような風と共に真上にけぶっていた霧がはらわれる。星の光が紫水晶に映しだされ、黄金の蝶が集まって一本の道を作っていく。


「夜を越える願いを捧げよう!! 存分に受け取るがいい、さいおうの真龍よ!! 来たれ、零といちで構成された緑の世界を越えて、来たれ!!」


 女神がとうとうきょうらんの声を上げ、残った三本の腕で破滅竜をばし、大きなしょうげきが地面の上に広がった。女神は青い舌をみだしながら、ユーナへと迫っていく。

 邪魔する火蜥蜴達は骸骨から流される血によって消えていく。血の道が広がると同時に炎は散っていき、三本の腕全てがユーナへとろされる。

 そこへ少しきゅうけいして体力をもどしたヤシロとナギサがちからくで体当たりし、女神の上体を逸らした後に黒く波打つ髪を引っ張っていく。


 それでも女神は腕を伸ばすが、起き上がった破滅竜がユーナに向かってまっすぐとた三本の腕をまとめて噛み千切る。

 砕けた機械の腕が地上に降り注ぎ、火蜥蜴達は我先にと燃やしていく。新たな餌に火蜥蜴達は吐き出すけむりを大きくしていき、地上を雲の中のように変えていく。


 紫水晶の反射する奥。黄金の蝶で作られた一本道の上に緑色の機械デジタル数字が散らばり、いっしゅんの速さでそれを拾い集めていく光があった。

 その光は迷うことなく進んでいく。滝をのぼる魚のように、黄金の鱗を飛散させながら飛んでくる。流れ星よりも速く、世界を駆け抜けていく。


「白き蒸気よ、煙るがいい! 彼の者の輝きは一切くもらせられぬ! 煙れ、煙れ、煙れ!! それでもきらめく鱗を見るがいい! 迷わぬ瞳を見るがいい!」


 ユーナの周囲だけでなく紫水晶の城すら隠すほど霧が濃くなっていく。そして切り取ったように上空の星空だけ丸く浮かび上がっている。

 女神は紫水晶の中を動いていく光と一瞬目が合った。女神とはちがい二つの眼しか持たないはずなのに、奥の奥までかすような視線は記憶から消えない。

 城門を閉ざす鎖が本格的に暴れ始める。内側から迫るきょうめたいと言わんばかりに。それでも門自体が震えていては話にならない。


 一本道が少しずつうすれていく。役目を終えたように、黄金の鱗へと姿を変えて散っていき紫水晶から姿を消していく。紫水晶は最早星の光しか映さない。

 ユーナの全身はあせれていた。杖刀を掴む両手は震え、膝は今にも折れそうになっている。それでも紫色の瞳から輝く意思が消えることはない。

 最後の力をしぼり、切り取られた丸い星空に向かって叫ぶ。暴れる鎖の音にも負けないほどの大声で、世界にその存在をほこるように。


「黄金龍は止まらない!!――」


 弾け飛ぶ鎖。開かれる城門。世界を覆いつくさんと広がっていた霧がじんも残さずはらわれ、全てをつまびらかにする。

 へびのように細長い体をよろいのように守る白金のなめらかな鱗。ステンドグラスのようにいろあざやかな模様を描いた黄金蝶の羽根に、しっせんたんに青緑のやわらかなもう

 細く小さな手は紫水晶の城を支えにし、ちゅうるいというには美しすぎる顔は優美でほこたかい。黒い眼は星の光を宿している。口の隙間から少しだけ赤い舌をのぞかせた。


 それは破滅竜とはまた違う、龍。そのこうごうしさは夜空の下でも月よりもせんれつに冷たく輝いていた。

 女神は立ち上がる。腕を全て失くしたが、足は既に九割完成していた。足りないのは指だけだが、地面をらすには充分である。

 ゆったりとした様子でどうだにしない龍をせわしなく動く三つの眼球でとらえながら、女神はようを始めようとした。


「ああ、お気をつけあそばせ……偉大なる女神カーリーよ」


 とうとう膝を折って地面に倒れそうになるユーナが、女神を見上げながらほほむ。それは勝利を確信したみ。


「黄金龍は一瞬ですから」


 その言葉が終わる前に、女神の巨大な体の半分が消失した。訳もわからないまま下半身を失った女神の上体がくずちていく。

 しかし三つの目、特に額の第三の目は全てを捉えていた。雄大でどこまでも続く川のように、時には曲がり、時には直線的に、女神の体をながしていく黄金龍の姿が。

 に、清らかに、激しく。捉えることもできない場所へと体という存在がはいじょされていく。地面に落ちる前に顔だけになった女神は声も出なかった。


 賛歌を続けていた髑髏されこうべも、女神の血も、黒いはだも、機械仕掛けの神代も、波打つくろかみも、全てが消えていく。そして黄金龍は口を開いた。

 残った顔全てを洗い流しながら、内部でねむり続ける小さな少女の体だけを呑み込む。最後に音もなく巨大な女神は消えた。




 杖刀を支えにしても立ち上がれないユーナの後ろで、黄金龍が泳ぐように門の中へと去っていく。同時にけんげんに耐え切れなくなった紫水晶の城が砕け始めた。

 さいした紫水晶のへんから黄金龍が光の速さで駆け抜けていき、その鱗が落ちていく様子が見えた。そしてくずれた城の破片は蒸気に溶けていき、あとかたもなくなる。

 残ったのは割れ砕けた石畳などの破壊されたあとと、流れた血を全力で蒸発もないほど燃やし尽くして鎮火していく火蜥蜴、つかれたように顎を地面に預けている破滅竜だ。口から靄を出すこともめんどうくさがって、鼻から白い蒸気をきだす。


「あ、あの黄金龍やろう……わたくしと破滅竜の魔力をほとんど持って行きやがりましたわね……」


 ました顔の美しい龍を思い出しながら、いかりをたぎらせるユーナ。本気を出すとこうなるのは目に見えていた。しかし横でやげと言わんばかりに残された少女のがおを見ると、文句はこれ以上出てこない。

 黄金龍が呑み込んだ後、散らばる鱗が集まった先でメルは姿を現した。額の魔方陣は洗ったように消えていて、いきすこやかな物である。ジュオンがジタンを抱えながら近寄ってきた。

 ジタンはチドリのスーツを腰に巻いているが、潰された下半身は再生され、慣れていない赤子のような歩き方ながら地面へと降りてメルへ近づく。


「メル……良かったぁ……」

「さすがはじょうちゃんのおく。魔力の流れもかんぺき元通りだな。小生のりょうももう必要ない」


 妹を抱えて泣き出すジタンの頭をでながらジュオンがたいばんを押す。それを聞いてあんしたユーナは、なんとか立ち上がって息をつく。


「――納刀――」


 呟くと同時にさやに杖刀の刀身を収める。手で簡単に髪の乱れを直し、黄金蝶の髪飾りの位置を調節する。

 アルトとコージに引きずられるように連れてこられるパードリーはぼうぜんとしていた。しかし手にあるびんは強くにぎりしめたままだ。


「な、なんなんだ? 女神だぞ? しかも破壊のしんでもあるべき、最強の……お、お前は一体なんなんだ!?」

「それではもう一度しょうかいさせていただきますわね」


 ろうばいするパードリーに対しユーナは今までにないほどらしい笑みを作ってから声を出す。




「わたくしは人助けギルド【流星の旗】の一員にして、紫水晶宮の魔導士ユーナ・ヴィオレッドですわ」




 パードリーだけでなくジタンの思考も止まった。おそらく今回の件で一番の問題であり、最悪の存在で、げんきょうとも言うべき名前。

 それを否定する力を二人は持っていない。確かにその目で見てしまったのだ、なみたいていの魔法では作り出せないであろう紫水晶宮の姿を。

 ヤシロとナギサにそれぞれかたを貸しているハトリとチドリをふくめ、ギルドメンバー全員はそれを知っていたのでどうようしない。


「……え?」

「本当は名乗るのいやなんですけどね。わたくし悪い冗談ブラックジョークが苦手ですから」

「…………え?」

「でもそろそろ誤解を解かないとやっかいですし? そういうことですわ」


 壊れたちくおんのように音一つしかかえさないパードリーにコージは大いに同情する。目の前の細い少女が世界で七人しかいない最高位魔導士、というのは悪夢のようなものだ。

 しかもパードリーはその名を借りて悪行ざんまいである。本人が名乗り出ないのを利用して好き放題。この後のことを考えたくないのかもしれない。

 ジタンも同様に驚いていた。紫水晶宮の魔導士という名前で、男か女もわからなかったが、マグナス並みの外見ねんれいだと判断していたからだ。


「それにしてもまさか破滅竜の杖刀を抜刀するところまで行くとは思いませんでしたわ」

「……そういえば、なんで、その……え? 破滅竜って、そこの?」

「ええ。この杖刀は黒い部分は鱗、白い刀身は牙、も破滅竜で、きたげる炎も火蜥蜴。まさに破滅竜の全てをんだ刀ですわ」


 ジタンは指差した先にある黒のしきさいを持つ竜を見る。巨大な姿だが、今はつかてているのか、だらしなく顎を地面に預けて動いていない。

 最初に感じたどうもうさや恐怖はまだぬぐいきれないが、酒場のカウンターに頭を預けるおっさんのような姿に少しだけ親近感はく。

 そして改めてユーナの杖刀を見る。黒い柄に鞘、白い刀身。見比べれば確かに破滅竜の鱗と牙と同じ色であり、材質も似ていた。


「納刀している時は魔力を吸われ続けるのですが、抜刀すれば逆に破滅竜の魔力をわたくしが使えますの。そういうけいやくですから」

「……え、ええ、えええ……」

「で、破滅竜とわたくしの魔力をそそんで使えるのが、先程の最奥の黄金龍ですわ。おかげで三日間くらい筋肉痛になやまされますの」

つうの人間は呼ぶ段階じゃなくて、見つける前に魔力がれるけどなー。姫さん、そこんとこよろしくー」


 説明の半分もわからなかったが、女神カーリーをあっという間に倒す存在である龍。ジタンははんちゅうに収まらない強さに頭を痛めた。


「さて……と。そろそろ説明もめんどうですし、そこの犯人をどう始末つけま……」


 ユーナが振り返った先で、女神の血で溶けたなわからしたパードリーの後ろ姿が小さい。

 あわてたコージは追いかけているが、アルトはおもしろがってを飛ばしているだけだ。ユーナは深々といきをつく。


「ユーナ、どうする!? あいつ、あのままじゃ……」

だいじょうですわ。悪人は根から滅ぼせ、おばあ様の尊い教えはこの胸に……ということで破滅竜」


 ぶっそうな言葉の後に破滅竜に声をかけるユーナ。面倒くさそうに破滅竜は黒い靄吐き出し、歯を小さく鳴らして火花を作る。

 生まれた火蜥蜴は砕けた石畳の上を焼けがしながらいずりまわり、素早くパードリーに追いついて持っていた小瓶ごと服を燃やし、ついでに髪も燃焼。

 しょうしつしていく服と髪と、なにより望んでいた女神の血が炎で消失したショックで意識を失った。ぜんのパードリーは大の字で倒れたまま、集まってきた警官達に運ばれていく。


「もう今日は疲れましたから、くわしい報告はコージさんに任せて帰りましょう。ジタン、メルといっしょに借家で休みなさいな」

「い、いいの?」

「もちろん。さ、ジュオンさんも経過観察のため、きびきび歩く!」

「本当、お前達に関わると厄介ばかりだぁ……」


 霧の中に消えていく破滅竜を他所に進み出したユーナ。ジタンはメルを抱え、転びそうになったらチドリやアルトのフォローで留まる。

 ジュオンは足を動かす最中に見える街のほうかい具合に頭を痛め、ヤシロはこれから借家に帰ってからの雑務を考えて溜め息をく。

 ハトリとナギサはユーナのかつやくした姿にはしゃぎ、疲れを微塵も感じさせずに軽快な足取りでついていく。


「うう……残業確定だ」


 ただ一人、全裸のパードリーを確保して署に連行しなくてはいけないコージは、帰っていくギルドメンバーを見送ったのであった。

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