EPⅠ×Ⅶ【破壊の女神《destruction×goddess》】
小さな
幼い少女であるメルは熱に
メルを
「パードリー様。この地で集めし同志
冷たい声で問う黒衣の男。手には黄色のスカーフが
パードリーは
「シヴァ神に捧げようとして失敗した。これではカーリー神の
「……やはり、
「はっ、私は魔導士だ! 神の力は借りる物、制御する物だ! そうだとわかっていながら私に助けを
しかし指先すらも思うように動かせない。額が
黒衣の男は深く長く息を
「母に捧げる資格もない者よ、
「いいや、落ちるのはお前だ! ただし水底だがな!! ――
短い法則文が
それでも小剣は離さず、意地で
歯を食いしばって一歩だけ前進して、パードリーへと
カンド
いつかきっと自分達の行いが女神に届くと信じ、黄色のスカーフを
そして世界に七人しか存在しない最高位魔導士に言われるがまま、幼い
一人、また一人といなくなるたびに願う。黒き母は我らを見守っている。いつかは我らのために
縋るしかなかった。信じられなかった。そんな男の本当の狙いに気付き、男はその命だけでも
白い手は水に
少しずつ歩みを進める。
尊敬する
「母よ、私に力を!! こんな馬鹿げた計画を破壊する力を、ここに!!」
「
男は大声を上げて体中に力を入れ、力強く進む。あと五歩でパードリーの首が刺せる。女神を守れる。高潔な
だから気付かなかった。水面から伸びる手が増え、男を
わずかに動かせる眼球だけで下を見る。
もうなにも意味を
女神に願う。しかし助けの手が
「一本筋な生き方にわたくしは弱いのですけど」
黒い
そこに犬の耳に近い
男は助かったことを実感できないまま
「魔法にも負けずに進み歩もうとする姿、わたくし好みでしたわよ」
「暗殺集団を救済するか……馬鹿だろう?」
「わたくし一度もそんなこと言ってませんわよ。
不敵な笑みを浮かべるユーナの言葉。それが
何度も
「よ、名前も出てこないおっさん良かったな。姫さんに気に入られてなければ
「もー、ユーナちゃんたら悪人でも感情移入しちゃうと助けちゃうのよねん! そして気に食わないと
「お姉さまらしくて
コージは
ジュオンは一番
「メルを返せ!!」
チドリに背負われたままのジタンが
ユーナはメルの額に血で書かれた第三の目を見る。次に立ち並ぶ倉庫を眺め、アルトが車を出した倉庫がある方に目を向ける。
するとパードリーの反応は
「ここまで来た……シヴァ神は失敗したが……もういい。カーリー! 彼女さえ降臨すれば全て終わる! 誰も抵抗などできない!!」
「
「どういうことだよ、ユーナ!? だってそいつは神様も呼べるんだろう?」
「確かにカーリー、シヴァ、有名な神々ですが……それくらいなら上位魔導士でも
ジタンの問いにユーナは
「よくて緑鉛……しかし真っ当な人には見えませんし、
「ああ、そこまでわかったか……だったらこの
そう言ってパードリーは
ハトリが思わず顔を
紫色の髪と目をしているユーナの額に青筋が浮かび、下品と言われたことに対して速急に制裁を下したかったが、メルがいては手が出せない。
「誰も知らぬ最高位魔導士! しかし名前の価値は一級品! ああ狂っている!!
「……もしかして、そんな小さな理由でカーリーを降臨させて、
「小さいものかっ! 私には才能がある、
パードリーの目は興奮で血走り、心臓を
霧が濃くなっていく。
「ま、カーリーを制御するために上位存在であるシヴァを呼ぼうとか考える
「好きなだけ
「――とりあえずあの倉庫を手始めにぶっ
会話する気も起きなくなったユーナは独り言のような
メルを抱えて
「やっぱり当てずっぽうじゃ
「なにやってんだよ!? メルが……メルが!!」
「あのまま会話を続けて
「どういうことだよ? こんな変な
思わずヤシロを指差すジタン。
「半分
「ジュオンさんが
「ピンボケおっさんでも手に負えなかった。あいつは確かに小物だけど、意外と魔法の研究は
目が覚めない少女。それは
ジュオンが行っていたのはその防衛反応を
それは
「確かさっき『
「目で円を描き、世界を形作り、穴や通路の役目となり、出入り口にする。そういうことかよ、姫さん」
「
「ど、どういうことだよ!? 結局はなにが起きるんだよ!? 小難しいのはいいから、説明してくれよ!!」
小麦粉の煙が晴れていくと同時に、鈍い金属が動く音がする。工場で聞くような歯車と蒸気の
しかしそれが歩くように近付いてくる。耳で感じる音が大きくなるたびに、地面に
「とりあえず簡潔に言えば、大ピンチですわ」
簡単に事態をまとめたユーナの言葉にジタンは反応ができなかった。首が痛くなるほど見上げたせいで、開いた口が塞がらない。
さすがにユーナも
黒衣の男は霧の中でも蒸気灯の明かりで浮かび上がる姿に感動し、涙を流す。恐怖と感動、
まるで機械油を
顔は鉄組みの丸い
その籠の中で緑の光に包まれたメルが
少しずつ籠の頂点からは波打つ
骸骨は歯を鳴らして賛歌を
「ああ、我らが黒き母よ! 破壊の女神よ!
「あれを見ても信仰できるって尊敬に値しますわね。とりあえずやかましいから
感心しながらも
三階建ての建物よりも高く、埠頭に止まっているどの船よりも大きい。セント・キャリー・ドックが小さな埠頭とはいえ、船よりも巨大なのは圧巻である。
今は足が形成されていないため動きは鈍いが、もしも足が完成してしまえば大陸が壊れることだろう。何故ならばカーリーは悪魔を倒した
「な、なんだよ……なんで、メルはあそこに……頭が痛い。この歌声、気が狂いそうだ」
「首飾りは悪魔の首を再現しているはず。ならば歌うのは『
「どこがいいんだよ!? 結局メルは生
「言っときますけどカーリーの足は世界を壊しますわよ。それを止めるためにシヴァが自分の腹を
ジタンに説明を続けようとしたユーナだが、霧によって星の光さえ遮る夜空から黄色の
二つの下腕は地面を這いずり回りながら、
骸骨の首飾りが恐怖で震えながらも賛歌を続ける。その歌を聞いて興奮した
「黄魔法で自分の武器を
ユーナが大きい声で注意した直後、コージの頭上に曲刀が
しかしヤシロの頭からは血が流れており、水中で泳いでいる際に
「ナギサの
「わかりました!」
「
続く第二撃でジュオンの体が倉庫の屋根まで吹き飛ばされ、アルトが操作しているクレーンも
ヤシロは意識があるコージの助けを借り、
空中
「ユーナ!?」
「――もう一度貸して、あの強き
「――乙女よ、すまないが気高き
ジタンがユーナを見上げている間にカーリーの
ありとあらゆる
砕かれた盾がアルトとナギサがいたクレーンに当たり、続く曲刀の風圧で今度こそ
たった四回の
霧の中から傷口が唐辛子で
忌ま忌ましい色を持ったユーナも、
「ふは、ははは!! ははははははははは!! ああこれが破壊の女神の力! 制御などいらないじゃないか!! 抑えつけるなど
女神の声に
窓からカーリーの姿を見た者は悲鳴を上げ、家財全てを置いて
ここには女神を止められる神はいない。足が生えれば女神はその巨体で立ち上がり、
「……メル……」
だけれど起き上がったジタンはそれを知らない。神も、神話も、伝説も、専門の知識など一つもない。ふらつく頭を
パードリーは
だけれど妹を置いてはいけない。血は繋がっていない、親の顔も知らない、それでもジタンが
機械の腕で潰されてもおかしくない距離。ジタンは目元が腫れあがってきたのを感じながらも、
「メル……兄ちゃん、もっと頑張るから……いつかクリスマスに
雪が降るクリスマス。身を寄せ合いながら
お
今は雪が降るかどうかの
女神の動きが止まる。曲刀が
顔の鳥籠の中でメルは兄の顔を見る。親の顔は知らない、けれど彼の顔は知っている。どんな時でも守ってくれる、優しくて唯一の家族。
メルは静かに瞼を閉じる。滲んでいた涙が
ジタンの体は両側から迫った機械の腕で
両手についた血を青い舌で
余りにも大きな笑い声に
女神が止まることはない。制御できない破壊の女神、止められる神もいない、贄にされたメルも気力の限界で意識を手放した。閉じられた瞼は動く気配を見せない。
世界が終わる。決定的な
ジタンは耳の奥で無音の世界で感じるような耳鳴りを聞く。次に体全体が鈍く動かないと気付き、重い瞼をこじ開けて
星空の下でチドリとハトリが心配そうな顔で
下半分の感覚がないジタンは顔を動かそうとした矢先、静かにチドリに止められる。全員が
「目が覚めたようですわね。思い出さなくて結構、今からわたくしの問いに答えなさい」
「カーリーはこのままでは止められない。
「……別にいいよ。それでも。
「おそらくこれから最高位魔導士全員が引き止めるとは思いますが、下手すれば最低の
「もういいよ。全部
投げやりな少年の言葉。誰にも救いの手を伸ばされなかった少年は、幸せの形を知っても、社会を信じることはできなかった。
全てを失う。しかし少年が持つ全ての数は絶対的に少ないため、通常と大差ないと言える。少女は深く溜め息をつき、その場を去ろうとした。
「……でも、メルは駄目だ」
しかし少年の言葉に少女は足を止める。血を吐きながら力強く、少しずつ
「メルはまだなにも知らない。俺以上に、幸せも、社会も……世界も!! クリスマスの食事だって夢想するだけだった! 鵞鳥の丸焼きがどれだけ
「……」
「綺麗な服も、誰かに認められることも、メルはなにも知らない!! 知らないまま死ぬのは駄目だ!! まだ五
「…………」
「それなのに世界が終わる? 駄目だ!! こんなくそったれな社会も世界も終わってもいい!! けどメルは駄目だ!! 俺が不幸でもいい! けどメルは……メルだけは!!」
ジタンの口から
思い出す。潰されたのだ。死ぬはずだった。けれど誰かがジタンを生かそうとしてくれている。なにも返すことができない、お礼も言えないジタンを、助けてくれる。
だけれどジタンにとって一番大切なのはそこではない。朦朧とする頭でジタンは見えない少女へ左腕を伸ばす。もう一人の少女にも伸ばして、握り返されなかった手を。
「お願いだ……ユーナ。たすけて」
初めてだった。誰かを
「今更なにを言っていますの?」
ああやはり駄目だった。諦めようとしたジタンの左手を誰かが握る。少し冷たく、少女らしい手。
そして額に小さな衝撃。デコピンをされたのだと気付くのに時間がかかる中、視界に広がる
「当たり前でしょう。最初にわたくしが言ったこと、忘れましたの?」
――わたくしは貴方がどんなに嫌がっても助けますわ――
それは魔法の呪文のようにジタンの頭の中に広がる。ユーナはずっと宣言通り、ジタンを助けてくれていた。
世界が終わる寸前の今でもそれは変わらない。しゃくりあげるようにジタンは幾つも涙を零す。等身大の子供のように、
ユーナも満身創痍だ。傷だらけの体で立ち上がり、進行を止めようと
「それでは本気を出しますわ。アルトさん、霊薬の補助が不要となり
「あいよ、姫さん。
「ハトリさんとチドリさんはジュオンさんと共にジタンを。手が空き次第コージさんと共に
「わかってるわん! ユーナちゃん、あんな機械ぶっ飛ばしちゃってねん!!」
ハトリからの
それは和国では王道の
「――抜刀――」
そして
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