EPⅠ×Ⅵ【共同墓地《public×cemetery》】
グレイベル地区共同墓地。雨は上がったが、
腹部の傷を白
周囲を取り囲む
「――幼子を守りし
「――
チドリの声よりも紫の法衣を着た男の魔法が速かった。地中から飛び出した鎖にジタンと共に
「――水の竜は
「――針よ――」
やはり男の方が速く、幾千の小さな針がチドリの背中に
針は少しずつチドリの体の中に
「さすがはパードリー様!!
「
喝采を上げる者達の中には
焼けた肌はアイリッシュ連合王国のように
紫の法衣を着た男以外は汚れて千切れた布地を気に
「……っ、なにが……救世主だ。こんな小さな子供を
「
「そうよ!!
「カーリー様こそこの
墓場に異様なほどの熱気と
それらが
「パードリー様は
「
「そうよ、
黄色の布が視界を
その布には血で文字が書かれている。ガント
ジタンはまるで
貧しくなければ、豊かな者がいなくなれば、本当に救われるのかもしれない。
目の前で
それは痛快だと思う。善悪を問うのではなく、苦楽を選ぶようなもの。しかしチドリの小さな苦痛の声に、思考が目の前に
針はチドリの背中に沈み続けている。
「まど、わされんな……結局、犠牲に大義をくっつけて正当化しているだけだ。なにより、魔法の心得がない奴に『
「……ほう?」
チドリの言葉に初めて関心を
「よく知っているようだ。そういえば
「一応だがな。名乗るほど大した奴じゃない。お前と比べられると、
なんとか顔を横に
「全員、配置につけ。
静かな声だがどこか
見回せば円を
パードリーは背中を向けてチドリ達の前から遠ざかり、円の外側で事態を見守るように木の幹に体を預けて立ち続ける。
「……予定外だが、予備があっても問題ない。青魔法による
パードリーの声に反応して青錫の鐘は勝手に鳴り始める。鐘は
光は点となり、
パードリーが九割完成した魔法を見て、ほくそ
まずはひ弱な女性、
しかし声も出なくなっており、力なく開閉する口では意味をなさない。そんな男へ向かってパードリーは
「贄に選ばれるのは名誉なことだろう? 誇りを抱いて
反論もできずに意識を失った男。ジタンはこの世の終わりが近づいている気分のまま、化け物を見る目でパードリーに視線を向ける。
マグナスに出会った時も疑いの方が強かったが、その比ではない。非道な手段で誰かを犠牲にするような男が、誰かに
しかしジタンは否定も質問もできなかった。額は焼き石が当てられたように熱く、それなのに意識はユーナの
体中に
目玉が脈動する血流に
骨が
ジタンには他の様子を
体を縛る鎖が
黒い流星が
ジタンの背後で地面に突き刺さる音。揺れる体を押さえこみながらゆっくりと
体から熱さや痛みが波のように引いていくのを感じながら、ジタンは泥の上に倒れ込む。しかし杖刀は勝手に動き、ジタンとチドリの体を縛っていた鎖と、背中に
「――な」
「――風!!――」
パードリーよりも速い法則文。発動した赤魔法によって、風の
落ちてくる枝葉を
白いコートが夜になり始めた空の下でも浮かび上がる。
その少女を
「
「
肌を掻くのを止めないままパードリーも
ユーナの背後では今にも倒れそうなチドリをハトリが泥に汚れることも気にせずに支え、ナギサがメイド服の下から白い
「わたくし……今
「友人を贄にされたからか。大した正義感……」
パードリーが
少しずつ意識が
「チドリさんの……美青年の顔に泥や傷!! ふざけてんじゃありませんわよっ!! 貴重な常識人
思わず
正義感や友情で怒る状況ならば
新聞で報じられた貴重な宝物が
チドリが困ったように
美意識を傷つけられたとも言うべきか。ユーナは美しい物が大好きであり、特にチドリはギルド内でも外見も内面も申し分ない美青年である。
しかし今は泥と血で整えられたスーツが汚れているだけでなく、頭には踏まれた
弱っている姿は女性の母性本能をくすぐるが、残念ながらユーナには母性が芽生えている気配はない。
「わたくしの目の前で美しい物を汚す
ユーナが唱え始めた魔法の法則文にチドリだけでなくハトリとナギサも顔を青ざめ始めた。ジタンはどこかで聞いた覚えのある声と単語に首を
そこへ
しかしパードリーは高名な魔導士として慌てることもなく法則文を連ねていく。その間にチドリとハトリも力を合わせて緑魔法と黄魔法を使うため、法則文を唱えていく。
「――瞬神、
「――
「――俺の体を
コージが警察官に倒れている者達を
ナギサも慌てて腕甲冑を装備してから、近くにあった蒸気灯を根元から
「
長い法則文に誘われて『
黒鋼を
しかし視線が最も
白く尖った歯が鳴れば、火打ち石がぶつかり合ったように火花が散り、導火線を伝うように黒の靄に赤い炎が走っていく。
靄から
巨大な
コージは自分の横に突き刺さった蒸気灯を見上げた後に、ナギサに視線を向ける。
盾の裏側ではジュオンとアルトが倒れている人達を集めた警官と共に様子を見ていた。全員意識は失っていたが、魔力が吸い取られただけで命に別状はない。
ただ一人、ユーナだけが青筋を浮かべながら
数十分後。ジュオンに容態を
頬を膨らませて
チドリは自分自身の治療に専念するため
「どうなのん? ジタンくんは変なの宿してないよねん?」
「……大丈夫だ。チドリと
色男と呼ばれるのが気に食わないチドリは無言でジュオンを睨むが、肩を
ハトリはドレスが汚れるのも構わないまま地面に
「良かったわん……ごめんねん。ちゃんと守ってあげられなくてん。でも大丈夫よん。ユーナちゃんがいるものん!」
「……別に、あんた達が
震える声でハトリに
しかし今度は体を
優しい
「だってアタシ達はそういうギルドだものん。だから何度だって助けるのよん」
「……俺の方こそ、ごめん。チドリ……俺の世話を見てくれたのに……
「それはあのパードリーが悪いのよん! 全く、酷いわよねん!! アタシ達は人助けギルドだけど、悪人には
打って変わって
ジュオンはチドリの様子を見ながら微笑ましい光景に
今まで警察から事情を根こそぎ話していたせいで、少しだけ不満そうな顔を見せているが、ジタンの様子を見て意地悪な笑みを浮かべる。
「よぉ、
「あらん? アタシ、アルトくんを抱きしめたことないわよん? ユーナちゃんは
アルトの発言に対して天然な言葉を返すハトリ。わずかにアルトの笑みが固まるが、ジタンは思い出したように目の前の
そこからは頭の頂点から蒸気を
さらにからかおうとジタンに
「で、ユーナの嬢ちゃんに説明しなくていいのか? 妹がさらわれてヤシロが追っかけていると」
「いきなり言えるか! ただでさえ姫さんの
「聞こえていますわよ、
コージの説教を聞き終えたユーナが背後から
一体どういうことだとジタンも
「姫さん、聞いてくれ。まずはそうだな……ギルドホーム
「どうでもいいですわ。貴方達を家から追い出して
事細かな説明を頭の中に並べていたアルトは返す言葉もなかった。その間にもユーナは額に青筋を浮かべてアルトへと距離を詰めていく。
「で、フーマオさんの店に
「……そうそう、
「フーマオさんは少なくとも
「俺様の説明なんていらないじゃん! 姫さんもそこまで見通しているならわかるだろう?」
体がぶつかるくらい至近距離まで迫られたアルトは、ユーナの
ユーナはアルトよりも小さいが、
わずかに離れた所から聞こえるナギサの連続謝罪に戸惑う警官の声すらも遠い。周囲に気を配る余裕がないほどアルトは目の前の少女に
「……今日の夜。これからカーリー神を宿す儀式が行われる。ジタンをチドリさんごとさらったのもその布石」
「なっ!? メルはこれからあんなつらい目に遭うのか!? あんな、苦しくて、死にそうな……」
先程の魔方陣で『
命の危機かもしれないとジタンは走り出そうとしたが、その手をアルトに
「チビ助が敵の行方を追っている。どこで儀式をするかは見当がつかない。多分広い場所だとは思うんだが……」
「カーリーって悪い神様なんだろう!? 全部破壊するって言ってた! そんなのをメルに宿すなんて……」
「あら? カーリーは悪ではありませんわよ。むしろ
危機感と
「カーリーはシヴァという神の数多い妻の一人で、
「な、なんで!? だってザキル団は暗殺集団だろう? それでこの社会を破壊するとかなんとかで……」
「カーリーが存在する『
ユーナの説明にジタンは疑問符だけが頭の中で
警官がコージの指示により
「カンド帝国の地方では
「信仰と敬意……?」
「なにを信じるか。どう敬うか。それは個人の自由ですわ。しかし自由が他者を
山羊ではなく人を生贄に捧げる教義。それは神にではなく、殺人を行った人間に原因がある。実際に同じ神を信仰しても、全く違う
一神教であるクロリック天主聖教会にも派閥が存在していた。派閥を作ったのは人間であり、誰もが自分は正しいと信じている。その
「そしてパードリーは彼らの信仰と神の
ユーナの目には倒れたまま動かない黒衣の者達が運ばれていくのが映っている。多くの
杖刀で妨害したため、重度の
彼らに罪はないとユーナは言わない。しかし帰りたいという
「ジタン。貴方がわたくし達を信じなくてもいいですわ。巻き込みたくない、優しくされたくない、そう思っても構わない……でも」
ジタンと目線を合わせるように
「この件には最後まで付き合ってもらいますわよ。わたくしがパードリー・クラッカーを必ず倒す、その時まで」
相手は世界で七人しかいない最高位魔導士。恐れるべき名前に
事情を知らない者が聞けば
ユーナはジタンが言葉も出さずに頷いたことに満足し、立ち上がって空を
空中で回転を決めながら音もなく着地したヤシロは、金色の瞳を長い
慌ただしい状況だが言葉を発しても問題ないと判断し、小さいながらも耳に必ず届くような
「セント・キャリー・ドック」
「……なるほど。マティウス・アソルダさんが管理する倉庫がありますものね。よし! 皆さん、そこに向かいますわよ!」
「え!? 小生もか!?」
完全に
「当たり前でしょう! なにかあった時、治療できるのはジュオンさんだけ! 毒を
「私も付き従おう。
反論しようとしていたジュオンはコージの真っ直ぐな言葉に
チドリはジタンを背負い、ヤシロは謝り続けていたナギサに手を貸して立ち上がらせ、ハトリは楽しそうにアルトの顔を
流れに乗ってきたことを感じ取ったアルトも
暗い夜空の下、霧が蒸気灯の明るさをぼんやりと反射する中、
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