EPⅠ×Ⅳ【赤銅盤の発明家《red×bronze×foundations×inventor》】

 時計塔クロックワークユニバースはダムズ川はんこんりゅうするマストチェスターきゅう殿でんに付属する建物である。

 ロンダニアの中心部に存在するため、代表的な建物としても有名である。ゴシック復興様式で建造された細長いとうだが、そのあつ感は遠くからも伝わる。

 乳白色のステンドグラスが大きく円をえがき、金メッキがほどこされたばんは動く針を待ち構えているように不動のままだ。


 大時鐘ビック・ベルが昼を知らせる少し前、ユーナたちは建物に慣れた様子で入っていき、ジタンはこんわくしつつも後ろを追いかける。

 時計塔ない部を見上げながらジタンは目を丸くした。長い。上にびているだけでなく、下にも深く届くほど広げられた構造だ。それ以上におどろいたのは、内部の混迷さだ。


 まずは上にの代わりと言わんばかりに、はんせんが宙を泳いでいる。茶色の歯車がくすてんじょうから伸ばされた棒にられて、左右に規則的に、波に乗るようにれ続けている。

 直下に白いせん階段が上から下をつないでいるが、その階段には多くのかわひもわたひもせんたく紐がくくられており、一種の蜘蛛くもじょう態になっていた。

 かべには簡易な板で区切っただけのこうぼうが時計塔の内周に従うように並んでおり、蒸気灯がほたるの光のように上下を照らしてはうすぐらさと明るさを共生させていた。


 入り口の先にある板と言うべきろうを渡って、螺旋階段に辿たどく。ジタンは慣れない建物構造で足をふるわせたが、チドリがかたを支えてフォローする。

 上下をわたしたユーナは右に立ち並ぶナギサ、ひだりうでへときついてくるハトリを気にせずに声を上げる。大きな声だが、何処どこまでとうたつしたかわからないほど建物は長い。


「トキナガさん! どうせそこらへんで退たいくつまぎらわしているのでしょう? さっさと出てきなさい!!」


 すると上で動く気配があり、ジタンは見上げる。宙を泳ぐ帆船から顔をのぞかせる存在がいた。遠くて見えなかったが、それは段々と近付いてくる。

 つまり落ちている。帆船から落下して来ている人物に驚く前に、相手は空中に静止してしまう。逆さまの状態で、緑のかみが重力に従わずに肩にかかっていた。

 衣服も同じく重力を無視しており、たんていが着るような緑のインバネスコートがジタンの目にはあざやかに映る。そのおく、心臓がある部分からは歯車と蒸気がされる音が聞こえた。


「なんだい? ぼくゆうんでいたんだけど。時間をにすることこそ、ぜいたくな所業だよ」

「時の神である貴方あなたが言うべき言葉じゃないでしょう。しかもる必要がない体のくせに。それよりサハラさんは?」

「あと十秒もすれば姿を現すよ。だってほら」


 きっかり十秒後。時計塔全体を震わす大音量がロンダニアの街へと正午を知らせるためにひびく。マストチェスターの鐘はゆうだいで、規則を厳守する。

 同時に奥でなべの底をスパナでたたく音が負けずにはんきょうする。ユーナ達の来訪に気付かず、かねも気にせずに工房にだけ集中していた者達が動かしていた手をいっせいめた。

 時計塔の一番おくそこはや地中と言っていい場所。そこにはしょくたく机とが並べられ、かぐわしいシチューのかおりがけむりの如く立ち上る。鍋とスパナを持っていた者が声を張り上げた。


ろう共、昼の時間だよ!! したくなければ作業を止めな! 特にギルドリーダー!! ……って、おやぁ?」


 野太かった声がいきなりつやを帯びる。その変化にジタンが理解を追いつかせることができないまま、ユーナは螺旋階段から最下層に向かって気さくに返事する。


「こんにちは、サハラさん。呼ばれて参上、人助けギルド【流星の旗】所属、むらさき魔導士のユーナですわ」

「そんなぎょうぎょうしい説明をしなくてもわかってるさ。ほら、降りておいで。さわがしいけど、螺旋階段で話すよりは楽だよ」


 手招くサハラの言う通りに、螺旋階段を下り始めるユーナ。ジタンがあまりの底の深さに驚いている中、周囲では陽気な声がひびいている。

 昼ご飯に喜ぶ工房の主達が、螺旋階段にくくけられてめぐらされていた紐達を器用に使って、さるのようにね飛びながらはなうた交じりで降りていくのだ。

 思い思いの歌をくちずさんでいるせいで統一性はないが、どれも明るい歌詞で暗さを感じさせない。ちゅうももいろの髪をした少女が、シャツとオーバーオールをはだごとすすよごした姿のままユーナに声をかける。


「おい。そっちはなんだ? こっちの昼飯戦争に参加させるにはなんじゃくすぎる」

「カグツチさん、こちらはジタン。昼ご飯ならばナギサさんが持っていますから、問題ありませんわ」

「わかった。ではシチューはこちらが頂く。さらばだ」


 カグツチと呼ばれた少女はすぐさま紐を器用に伝って降りていく。ジタンが困ったようにユーナの顔を見上げた。


「ああ、説明がおくれましたわね。この時計塔こそが産業革命の最先端。最高位魔導士であるしゃくどうばんの発明家マグナス・ウォーカーさんがリーダーを務める、制作ギルド【から】の工房ギルドホームですわ」




 ひげづらそうねん男性が麦酒エールのようにシチューを飲み干す。となりでは機械油で汚れた手をいた青年がパンをみ千切ってしゃくする。

 次々とおかわりをしょもうする声が大合唱のように時計塔最下層でにぎやかにひびわたる。食器の音が楽器演奏というにはやかましすぎるのが難点ではあるが。

 ぎょうよく食べていればあっというまに食事はなくなっていく。それでものうこうな緑色のちょうはつが食器に入らないように気をつかうサハラは、静かにゆっくりとシチューを食していく。


 白い軍服を着ているが、劇場の役者に近いふんと姿勢、なにより軍服の構造があまりにも適当すぎる。顔にうすしょうを施しているが、ジタンの目にははっきりと男に見えた。

 あでやかな男優。そう表現するのがとうな容姿だったが、銀色の目は油断なくジタンをみしている。木のスプーンを手の中で回転させ、指揮棒のようにあつかう。


「ユーナ、その少年は? ここに連れて来たってことは、意味があるんだろうねぇ?」

「女のかんですわ。でもわたくし、そういう勘が外れたことはないのです」

「ははっ! ユーナの場合は野生の勘か第六感の方が似合うだろうに。まあいいさ……トキナガっ、リーダーは?」


 サハラはユーナの言い方に笑いつつ、かないまま背後に現れたトキナガに問いかけた。しょうかべたトキナガは肩をすくめる。


「どうもあのらいで発明家のたましいが騒いじゃったみたい。機械仕掛けの神代デウス・エクス・マキナの改良に夢中さ。僕としてはありがたい話だけどね」

「……それって、神様を蒸気機関で動く機械にむやつ?」


 目を丸くしたジタンの問いに、サハラとトキナガは顔を見合わせた。その間にもハトリとナギサは周囲にいる制作ギルド【唐獅子】のメンバーと楽しそうに会話している。

 特にハトリは見目うるわしく、あいあいきょうといった女性に必要な物全てをそなえている。今もかがやがおで新しい蒸気機関の仕組みについてだまって聞いているほどだ。


「よくご存じだねぇ。その通り。機械仕掛けの神代はマグナス・ウォーカーにしか作れない、どう具さ」

「……すごいの?」

「目の前で笑いかけているトキナガという男が、その魔道具によってこの時計塔に住みつく『どこかの世界の神様レリック』だ」


 姉の様子を気にかけつつもジタンの疑問に答えるチドリ。深緑の目に愛想という物は宿っていないが、見守るような温かさがある。

 それよりもジタンは明らかに人間にしか見えない青年の正体に驚いて声も出なくなる。しかしさきほどの空中静止などが説明できてしまう。

 トキナガの服の内側からどうのように響くどうおんと呼吸として吐き出す息は蒸気はいしゅつ。つぶさに観察すれば、人間によく似せた蒸気機関人形だと判断できる。


「本来『天主以外の神様レリック』を宿せるのは肉体と言われていたが、あちき達のリーダーはその定説をくつがえした。まさに時代のたんだ」

「どちらかといえば『一定以上の存在レリック』をかせるのに、意思のない道具を使うのは暴走を補助する要因であり、望ましくない結果を引き起こす……ということなんだが」

「いや実際、僕以外のやつが人間に友好的だと思わないよ。あ、でものきみ美男美女に弱いから、そこをけばたいていかんらくできるけど」

「それだから緑ほうと黄魔法についてチドリさんとハトリさんが大得意、というのが皮肉が効いていて、いいあんばいですわね」


 そんな会話をしている中、最下層のさらに下。地中に埋められた工房からるようにマンホールをげて出てくる人物が一人。

 縮れた赤毛に緑のひとみ。そばかすが残る顔で、ひとなつっこそうな印象。それ以上に目を引くのはしゃくどういろのオーバーオールに、何日も寝ていないであろう青い目元。

 欠伸あくびをしながらも指先では螺旋を転がしており、ずっと口からなにかをつぶやき続けている。そしてユーナの姿を見たたん、螺旋をゆかに落として勢いよくサハラの後ろにかくれた。


「ゆ、ユーナ氏……ま、まさかまた事件なのかい!? その事件に僕の発明が関わって、だいかいもくんでいるんじゃあ」

「大かいは目論んでいませんわよ。事件にかんしていそうな気がして相談を持ちかけてきたのはサハラさんですわよ、マグナスさん」


 れた捨て犬のようにおびえ震えあがる青年に話しかけたユーナだが、ジタンは思考がいっしゅん止まった。どう見ても小心者にしか見えない青年の名前と、そのぎょういっしない。

 蒸気機関。それはアイリッシュ連合王国だけでなく、世界をまたにかける大発明だ。蒸気機関車など大陸横断の手段として、今も線路を広げ続けている。

 そして機械仕掛けの神代については目の前で人と変わらぬ動きをするトキナガを見ればいちもくりょうぜん。その全てを開発し、世界で七人しかいない最高位魔導士の一人。


「しゃ、サハラ氏!? お客氏の依頼について外部に話すのは厳禁だって僕にいつも注意しているじゃないかぁ!? それなのに、なんで!?」

らいにんの名前を見て疑問に思わないリーダーが悪いんだろう? 本当に発明以外では人間なんだから、仕方のない子供大人だねぇ」


 あきれたように艶やかないきこぼすサハラだが、軍服をマグナスにつかまれて前後に揺さぶられている。マグナスの青い目元とそうはくな顔が相乗し、最早死人の顔に近い。

 ユーナは慣れたようにマグナスが落ち着くのを待つが、周囲ではようやく工房から出てきたギルドリーダーに質問めするギルドメンバー達。全員がポケットに入れていた新作を手にせまる。

 歯車がわない、回転数の計算はかんぺきなのに思い通りに動かない、ベルトの配列について動きのなめらかさを引き出す方法、新しい機械油の性能について。


 大波のようにせる質問の数々にマグナスはまたもやサハラの後ろに隠れてしまう。こうなるとサハラの方がギルドリーダーに見えてしまう。

 しかしジタン以外のその場にいた全員が知っている。サハラはリーダーには向いていない。さんぼうとして組織の統治をかげながら助力するのが似合いであり、リーダーとしては発明のうでが確かなマグナスが一番だと。

 サハラが全員に落ち着くように指示し、順番に整列させる。自分の番はまだかとびつつも、貴重なリーダーの助言をすみやかに求めるため、列を乱す者はいない。


「あ、あの……おなか空いたんだけど……」

「呼んだのに無視する君が悪いんだよ。一体なんのために塔内部にも鐘が響く仕様にしたんだい」

「トキナガ氏までぇ……あ、でもお昼の後にその体調整したいから工房に来てくれないかな? ロケットパンチを実現する理論が完成したんだ!!」

つつしんで辞退させてもらうね」


 子供のように新しい仕組みを思いついて目を輝かせたマグナスだが、えんきょくてきに断ると見せかけた断言が笑顔のトキナガから告げられた。

 んだマグナスだが、それでも意見を求めてくるメンバー達に的確な助言を施していく。発明品を前にしたマグナスは、一瞬で顔つきが変わる。

 皮ぶくろで包んだ指先をあごに当て、緑の目を細めてすきあらばるといったようなはくを感じさせる。その視線にさらされたギルドメンバーはだれもが背筋を伸ばした。


「うん、この歯車どうりつならば問題ない。けど材質が似合わない。木材より鋼材が良いと思う」

「あ、ありがとうございます! でもこのベルトの流れを逆にしたい場合は?」

「そこはメビウスの輪? だっけ? みたいにひねればいいよ。ほら、こんな感じ」


 途中で気になって横からながめていたジタンが、慣れた手つきでベルトの裏表を利用した仕組みを見せる。一列に並んでいたメンバーにどうようが走る。

 マグナスも細めていた目を大きく見開き、ためしにと言わんばかりに次に順番を待っていたカグツチが持っていた蒸気ピストンを活用したみずみ上げの機構についてたずねる。

 ジタンは工場で働いていた経験からピストン運動だけでなく蒸気の排出や底にまる水について話しながら、指先を器用に動かして疑問を解く。


 予想外のことにユーナもなおに驚きながら事態を見守る。サハラとトキナガはかいそうに目を細め、小声で話し合っている。

 いつの間にかマグナスとジタンを中心に輪ができていた。おもしろがったハトリやナギサ、機械の仕組みについてこうしんうずいたチドリも輪に加わっている。

 一通りの疑問を解決した後、マグナスはとした様子でポケットから大量の螺旋とかなづちの形した専用魔道具である工房制作ルームメイカーを取り出す。


「ユーナ氏! かれを、うちで預かりたい!! この子専用の工房を作ってもいいかい!? というか作る! 今すぐ作る!」

「あら。じゃあ今回の件が解決したらお任せしようかしら。丁度、保護可能な場所を求めていましたから」


 鼻息があらいまま興奮し続けるマグナスだったが、ユーナが浮かべたみに冷気を感じて、またもや大量の螺旋を床に落とす。

 勝手に話が進められているジタンとしてはどちらに話しかければいいか迷う中、ギルド内でも実力者として評判のカグツチがその背中を強く叩く。


「こっちもこれ気に入った。しい。おい、はんもの。早く本題話してあっちに事件を解決させろ」

「わかったよ。ほら、リーダーは手を洗ってシチューを食べな。冷める前になくなっちまうよ」


 螺旋を拾っていたマグナスへと適当に声をかけながら、サハラは言葉を続ける。


「実は機械仕掛けの神代制作を依頼する上流階級の紳士ジェントルマンがいてねぇ。これまた高額ほうしゅう。マティウス・アソルダっていうんだけど……知ってるかい? 貿易商をにな貴族の次男坊ヤンガーサンさ」

「いえ全く。貿易商ならばフーマオさんがくわしいとは思いますから、後に電話で尋ねてみますわね」

「ああ、ねこ商人は店に電話をいれたのかい。こりゃ便利だ。ま、そこまではよかったのさ……問題はけいやくの際に連名した奴の方さ」


 問題とは言いつつも笑いながら一枚の紙を差し出すサハラ。丸められた羊皮紙だが、ユーナはそれを受け取って紙面に目を通し、固まる。

 ユーナの様子に気付いたチドリやハトリ、ナギサもおそおそのぞみ、せいだいに驚く。ジタンも試しに視線が集まるサインを読み上げた。


「マティウス・アソルダ……と、むらさきすいしょうきゅうの魔導士パードリー・クラッカー?」

「いやあ、笑っちゃうよねぇ。最高位魔導士、その中でもなぞ多き存在として名をせるあの紫すいしょう宮があちき達に名前を明かすたぁ……笑い話だよ、本当に」

「え? サハラ氏……僕全く知らなかったんだけど。え? やばいじゃん……だって紫水晶宮は……」

「最高位魔導士であるリーダーに依頼する最高位魔導士。話題作りはギルドはんじょうのために必要だと思ったんだが、こりゃあ失敗だったねぇ」


 あっけらかんと笑うサハラだが、マグナスは拾った螺旋を再度床に落としてしまう。散らばった螺旋があちこちに転がっていく。

 しかし螺旋には目もくれず、ユーナ達が眺めている契約の紙に視線を向け続けるマグナス。そして糸がれたように、直立姿勢のまま後ろ向きにたおれた。

 あわきそうな様子だが、す泡もないのか直後に腹の虫が響き渡る。それでも起き上がる気配を見せない。器用なことだとカグツチなどのメンバーは横だおれした彼を見下ろす。


「な、な、な……自分の立場がわかってますの!? 紫がつく魔導士は、問題児のあかし! 堂々と使うものじゃありませんわよ!」

「え? ユーナも紫魔導士じゃん。おれにそう名乗ってたよな?」

「わたくしはべつわく! 紫水晶宮は最高の問題児という悪い冗談ブラックジョークの意味合いが強いのです!」

「それでも世界で七人しかいない価値がある。女王様から一字をいただいた特別な存在なんだからねぇ」


 悪びれた様子がないサハラにきついまなじりを向けるユーナ。その気迫にジタンが怯えてチドリの背中に隠れるほどだ。

 ハトリとナギサがユーナをなだめようと声をかけているが、焼け石に水程度の効果しかめない。さらにトキナガが追い打ちを続けていく。


「その悪い冗談みたいな奴がこれからやってくるよ。隠れてそんがんを拝見でもしたら?」

「最初からそのつもりでしたわね……」

「いやだってねぇ。アソルダさん? なんか賭博ギャンブルで高価な車を人にゆずったから、新しいのが欲しいんだって」


 かみが逆立ちそうなほどおこっていたユーナの気配が変わる。げんな顔をした後、いやな予感に顔をゆがめた。

 ナギサが持ってきていたバスケットにあるサンドイッチをすすめるので、それを掴んで咀嚼し、ユーナは少しだけ落ち着く。

 ハトリは笑顔でジタンの分のサンドイッチをわたし、チドリやナギサも食べ始める。ユーナはまゆに深いしわを刻みながら、苦々しく告げる。


「わかりましたわ……かげながら様子をうかがいます」


 つえがたなにぎつぶしそうなほど手に強く力を入れながら、ぎしりと舌打ちを同時に行うユーナ。その器用さにジタンはみょうな顔をする。

 昼食を食べ終えたギルドメンバー達は自分達の工房にもどり始める。ジタンはカグツチの工房だけが箱のような仕組みに気付き、興味深そうに見上げる。

 明らかに他と用意されている道具がちがう。先程のピストン構造の仕組みから見ても、かのじょが指折りの実力者だとジタンには判断できた。


 マグナスはトキナガか細い体に見合わぬ力で肩にかつぎ、上で揺れている帆船へ連れて行ってしまう。飛ぶように遠ざかっていく後ろ姿は人間ばなれしていた。

 天井の帆船はトキナガので、どこなども用意されている。振り子代わりの遊び心による船なのだが、時計がくるわないのもトキナガの力によるものだ。

 蒸気灯がまたもや各場所でかびがり、規則的な金槌やのこぎりの音、歯車を回転させるために回す螺旋に、ゴムを利用したしんしゅく機能のかくにん


 ジタンにとっては宝の山とちがえるほど好奇心が疼く光景だが、機械構造に興味がないユーナはいらちを隠さずにサハラの指示に従う。

 その背中を追いかけるハトリは悪戯いたずらける子供のようにじゃな笑顔で、ナギサもつられて眉を八の字にしつつも笑う。チドリだけが頭痛をえる顔のまま、ジタンについてくるよう手招く。

 案内されたのは応接室として利用しているサハラの事務室だった。ユーナ達が先程使った入り口とは別のとびらが用意されている。サハラは部屋のすみに置かれた機械の山を指差す。


 積み上げられた蒸気機関の機械は一つ取っても未発表の最新作であり、積み木細工のように放置されていいはずがないのだが、失敗作だとサハラは説明する。

 その裏にあるたてじまの紙がられた壁の上部分を叩くと、回転扉が姿を現す。縦縞にしていたのはこの回転扉のを隠すためらしく、制作ギルド【唐獅子】の遊び心である。

 回転扉の向こうは蒸気灯が天井からぶら下がっただけの簡素な部屋であり、せまくはないが広くもない。壁は薄いので、事務室の会話はつつけになるだろう。


「そんじゃあここに隠れておくれよ。言っとくけど、こっちの声が聞こえるっていうことは、そっちの声も届きやすいからね」


 ユーナ達はサハラの言葉に深くうなずき、ジタンにも余計な言葉は口にしないように注意する。ジタンは両手で軽く自らの口をふさぐ。

 回転扉が閉じれば密閉空間となった部屋に五人。ジタンの体が小さいとはいえ、少しだけ息苦しさを感じる狭さだ。しかしジタンはゆうの体勢でチドリの隣にすわっていた。

 ハトリとナギサがユーナに抱きつくように集まっているからだ。少しでもスペースを確保しようと立っているチドリだが、あまり意味はない。


「ユーナちゃんとこんな狭い部屋で密着できるなんて……役得ねん!」

「お、お姉さま……肩とかあしとかっていませんか? 僕マッサージしますよ!」


 の表情を浮かべて時が過ぎるのを待つユーナの顔は、さとりに至ったそうりょのようであり、ぼうにも似ていた。

 ジタンはユーナの腕をむハトリのきょにゅうと、まいぼつとはいかずともやわらかいかんしょくを伝えているであろうナギサの胸から思わず視線をらす。

 どちらかと言うと、二人と比べて肉厚感がないユーナがびんになったのが正しいのだが、それを口にすることは死に直結すると確信していた。


「……すまんな」


 目の前で姉が原因による直視できない光景にチドリがジタンに向かって静かにあやまる。ジタンは彼にも同情したくなった。

 その前にユーナの返事も待たずに足のマッサージを始めたナギサだが、ユーナの右足から木が折れるような音が聞こえてきた。

 ハトリが口元に人差し指を当てて静かにと無言で伝え、なみだのナギサが左足でばんかいしようと試みて二度目のさい音。


 気まずいせいじゃくが密閉空間を支配した。


 ユーナはまぶたを閉じて白魔法を速やかに発動し、両足を何事もなかったように動かす。それを見てあんしたナギサだが、謝ろうとのどを震わせた。

 しかし本人は小声のつもりでも大声を出すナギサの口元をハトリとチドリが息を合わせたれんけいで塞ぐ。同時に、事務室から扉を開く音が響いた。

 全員が事務室に面する壁に耳を向け、声をらさないように集中しながら気配を読み取る。高級なかわぐつの音と、安い布ぐつの音。二人が来訪している。


 営業する人特有の明るくはつらつとした声でサハラが、マティウス・アソルダとパードリー・クラッカーと相手の名前を呼ぶ。

 回転扉ではすきから相手の顔を見ることはできない。しかしサハラがマティウスの服をめながら、パードリーの服装についても声を出していく。


 マティウスは赤毛と紳士ひげに似合う高級スーツに紳士帽子シルクハットで、黒くられたかしステッキにぎり手にられた舌と目のもんしょうが見事。

 さらに十本指全てにはごうな宝石指輪。輝きからしてカンドていこくの鉱山ではっくつされた原石を、アイリッシュ連合王国に持ち帰ってけんしたのだと見立てる。

 褒められたマティウスはかっぷくの良さそうな低音の声でほがらかな笑い声を響かせる。少し体重があるのか、足音もしずむように大きい。


 パードリーは全身むらさきいろほうで身を包んでいて、黄色のスカーフが首元を隠してアクセントになっている。しかしくような音がわずかに聞こえる。

 じんしんで赤くなっているがだいじょうかとサハラが尋ねれば、愛想のない冷たい声でいつものことだと返事している。くろかみと合わせてやみのような印象で、目もからすに似ているらしい。

 神経質なのか、声が細くするどい上にびんぼうゆすりをして用件を早く済ませたいと言い放っている。サハラが紫水晶宮の魔導士はせっかちさんなのかいとからかえば、盛大な舌打ちを響かせた。


 ソファに座るよう勧めたサハラの指示通り、二人は椅子にこしを沈めて会話を始めた。まずはマティウスが商人らしい景気の良さそうな声で提案した。


「今度の蒸気機関自動車は屋根があるタイプがいいですな! 前のは雨が降っては中も濡れて大変でしたから」

「この国ではめいてきだったんだねぇ。三日に一度は降雨、きりの街ロンダニア。快晴が待ち遠しいよねぇ」

「ええまさにその通り! しかし見込みがありそうな青年の手に渡り、私は新しい車が買える! いはないのですよ!」

「……見込みがある若者ねぇ。マティウスさんが言うならば、そうなのでしょうね」


 少しだけ間を空けたサハラだったが、そんなのも気にさせないこわで相手の会話を盛り上げていく。

 マティウスはおだてられた分だけ口が軽くなるようだが、大事なところではひょうきんにおどけてす技量も持っていた。

 車の話題が続く中、パードリーの声はいっさい聞こえなかった。しかし貧乏ゆすりして床を揺らす音は絶えず耳に届いていた。


「そんじゃあ車の手配はこの指示書を元にお作りします。期間は三げつほど頂き、なにかあれば電報ですぐにお知らせします」

「ええ、たのみますよ! それと……例の物はいかがですかな?」

「機械仕掛けの神代ですね。指示通りの形で完成させましたが、確認して頂いてもよろしいですか?」

「……当たり前だ。少しでもミスがあれば一からやり直させてやる」


 今まで黙りつづけていたパードリーが不快な様子も隠さずに、それでも前にのめりむような声で言葉を出した。

 ごうまんな態度だったが、サハラは気にせずに制作ギルド【唐獅子】のリーダーは貴方と同じ最高位魔導士ですよ、と軽くちょうはつする。

 しゅんかん、貧乏ゆすりの音がえた。最高位魔導士という言葉が出てきてすぐのことだ。サハラは愉快そうな声で言葉を続ける。


「あ、安心してください。リーダーは仕事に根をめすぎたので、今日はお休みですから」

「……ふん。別にそうぐうしても問題ない。最高位魔導士として知り合いなのだからな」

「じゃあ会います? 休みと言っても工房にある寝床でみんをとっているだけですから」

「休息をじゃするしゅはない。手早く確認を済ませ、次の研究にかりたいのでじんそくに案内しろ」


 平然とした声音。しかし逆に乱れがなさすぎてさんくさいパードリーの声にハトリは笑いそうになった。

 サハラは二人に工房へ先に行くと言葉をかけ、重要書類を探すと部屋に残る口実を伝えた。扉が閉まる音の直後、回転扉が動く。


「ね? あやしいだろう」

「マティウスさんはいいとして、パードリーさんとやらが完全にわく物件ですわね」

「おい、ジタン。顔色が悪いようだが……密室でったか?」


 顔を青くするジタンの背中をさするチドリだが、顔色は一向に回復しない。ハトリやナギサも心配そうに覗き込む。


「俺……あの声、知ってる。あいつ……ザキル団にいた!」

「あー、ここにも繋がっちゃいましたわね。サハラさん、マグナスさんにしゅうしょうさまとお伝えくださいな」

「やっぱそっちに行くかぁ。こりゃ、リーダーがまたなみだ目でれきの山をあつめる羽目になるねぇ」

「その手間を省くために今回は灰も残しませんわ。あんしんなさって」


 過呼吸になりそうなほどあわてるジタンとは裏腹に、サハラとユーナはのんぶっそうな会話をする。

 一体どういうことかと推測する必要もないほどユーナの行動を知っているチドリ達は、気のけた溜め息をつく。

 サハラは工房に行って二人に依頼品の確認をもらうと言いながら、事務机の引き出しから一枚の設計図をユーナにわたす。


「三十分は足止めする。その間に後を追うかかどうかは任せるが、あちき達の加担は口に出すんじゃないよ? 設計図の写しも覚えたら燃やしな」


 早歩きで工房へ向かうサハラの背中を見送り、ユーナは渡された設計図を広げる。本来なら門外不出である機械仕掛けの神代の設計図だ。

 蒸気機関を中心とした魔道具。魔法の心得があるチドリやハトリも三分で音を上げ、工場で機械の仕組みについて独学で学んだジタンも五分で仕組みの複雑さにうめいた。

 一見すれば蒸気機関の機械と同じ仕組みだ。そこにりょくの生産方法や緑魔法の活用、および赤魔法と青魔法のへいようから黄魔法による道具のしょうかんとなれば大体の者はお手上げ状態だ。


 しかしユーナは十分間はもくどくした。


 今回依頼された設計の基本は四本の節足こんちゅうの足と思われる部位。大人四人程度が乗れる丸い台に、その足を着けて歩行を可能としている。

 しかし不可解なのは足と考えられるのに、指とおぼしき部位が足一本につき五本。これでは足と言うよりは腕であり、手で地面をむ形だ。

 かなりきょだいな設計であり、マグナスがそくおちいるのも頷ける規格だ。ユーナが読み取れたのはそこまで。これ以上を知るにはかりは一つしかない。


「パードリーさんを追いますわよ。マティウスさんに関しては約二名から情報がしぼせるでしょうからね」

「な、なんで!? ザキル団のほんきょに向かう気か!? そしたらようしゃなく人をころす奴らがわんさか出てくるだけだ!」

「ナギサさんが力の限り全部ばしてくれますわよ。いざとなったら建物ごとつぶしてくれますわよね?」

「あ、あわ、あわわ、お姉さまの頼みなら断りません! あれですよね? 太い柱を何本かくだき折る感じで」


 どう見てもわいいメイドであるナギサはようようこぶしを握る。ジタンが暗殺集団よりもこわいかもしれない少女の顔を注視してしまう。

 注目されたナギサは顔を赤らめて照れているが、ジタンの顔の青さは変わらない。チドリがなぐさめるようにジタンの肩に手を置き、冷静な声で言う。


「大丈夫だ。いざとなったら俺と姉貴の連携でお前を守ってやるから」

「そうよーん! アタシとチドリちゃんはそろえば最高なんだからん! だから安心してねん」


 明るい調子でジタンのほおに軽いキスをするハトリ。流れるような動作と彼女の美しさと愛らしさが混じった表情に、ジタンはようやく顔の色が青から赤になる。

 設計書を赤魔法でえいしょうもなしにあとかたもなく燃やしたユーナは、杖刀の調子を確認しながら立ち上がる。物言わぬ黒い杖刀は艶やかな感触を手の平に伝える。

 少し長く走るため、チドリがジタンを背負い、ユーナが先頭を担う。ハトリはユーナの背後、ナギサがさいこうという順番に。そして五人はサハラの事務室を後にした。




 工房から出てきたマティウスとパードリーは雑談しながら途中までいっしょに歩いていたが、マティウスはレオファルガー広場スクエアに向かって、パードリーはマストチェスター・ブリッジ駅に進んでいく。

 ジタンはマティウスの方も気になったのだが、ユーナ達は迷いなくパードリーを追う。れんの住宅街にそう道路が味気なく続き、夕食の買い出しに出かける主婦もいる。駅が近づくほど、人は多くなる。


「な、なあ。マティウスはいいのか? あいつもザキル団に関わっているんじゃあ……」

「わたくしには最高位魔導士の支援者パトロンとして関与しているカンド成金ネイボッブ程度にしか見えませんでしたわ」

「え? いつの間にそこまで調べたんだよ?」

「話を聞いていれば簡単ですわよ」


 ユーナは走りながら説明する。貴族の次男で貿易商を営む上流階級の紳士。指輪にはカンド帝国の原石を研磨した物で、杖には目と舌の紋章。


「貴族の次男三男というのはちゃく相続が基本のアイリッシュ連合王国では贅沢できませんの。全て長男がぎますから。しかし裁判官や貿易商は上流階級としての面子は保たれますけど……これも細かい区分はあるのがややこしい話ですわ」

「それでなんでザキル団と関係ないんだ?」

「カンド帝国には商売などで何度か旅行しているでしょう。実は貴族の次男三男というのはカンド帝国でごうゆうできますから、遊ぶにはもってこいですわ。で、そんな贅沢ができる土地の危険団体と関わりたいと思います?」

「……思わない」


 パードリーの姿は人混みの中でも見失わないほど派手だった。本人自体は地味なのだが、紫の法衣と黄色のスカーフがとにかく目立つ。

 後ろ姿から見るに黒髪は波打っており、せすぎの研究家というちだ。ただし何度も伸びきったつめで皮膚を掻いており、清潔とはいづらい。

 蕁麻疹だけでなくいたせいで皮膚全体が赤い。通行人がけるように歩くのが気にいらないのか、何度も舌打ちしている。


「指輪は自分の流通で扱っている商品で、身に着けることで相手の興味もく。結構な商売こんじょうですわ。働かないのが貴族紳士の在り方と言いますが、彼は商人の方が合っていたのかもしれませんわね」

「……じゃあなんでザキル団と関わりがあるパードリーと交流しているんだ? 商売として評判に傷がついたら終わりだろう?」

「紫水晶宮の魔導士。パードリーはそう名乗っており、マティウスも表面上は信じている。だから手を貸すのですわ。自分は最高位魔導士にえんじょできる商人なのだと」

「なんで表面上? つまりは心の底から信じてないってことだよな? それもどこで……」


 ジタンの言葉が終わらない内に、いきなりパードリーが走り始める。振り向いた顔には烏のような目玉がしょうそうの色を浮かべていた。

 こうが気付かれたと判断したユーナ達はまどうことなく追いかける。ハトリがれる声で歩く人々に通してもらうようにお願いし、大勢が従った。

 中にはユーナのとっしんするような走り方に怯えた者もいるが、多くの男性はハトリのわくてきな姿に思わず視線を向け続けた。とあるスーツの男は腕を組むこいびとに背中をつねられた。


「舌と目の紋章なんてアイリッシュ連合王国にはありません! あれはがみカーリーのしょうちょう、つまりザキル団のマーク! けどマティウスさんはそれを知らずに身に着けている!」

「わ、わ、じゃ、じゃあなん、で、あの杖を!?」


 走って揺れるチドリの背中から舌を噛まないようにジタンが説明を続けるユーナに尋ねる。その合間にパードリーは曲がりくねった路地にはいむ。

 ユーナ達の足も速いが、パードリーはそれ以上だ。白魔法で一時的に身体能力を強化しているのは理解できるが、並の使い手ではない。


えんしてくれたお礼にとか言って渡されたのでしょう! 紫水晶宮の魔導士の紋章とか口八丁を並べても通じますわ! それを身に着けることで、マティウスさんはますます彼のしんらいを得ていると示すのです! 杖は紳士のファッションですから!」

「な、なんでそんなの渡すんだよ?」

「いざ正体がばれた時、マティウスさんの権力や金でもみ消すつもりなのですわ! つまりマティウスさんもがいしゃです!」


 路地をひたすら走っていたユーナ達だが、足を止めるしかなかった。路地の奥にうまや。つまり厩小路ミューズさそまれたのだ。

 大体はふくろこうになっているが、白魔法さえあればえることや近くの屋根に飛び移るのもできる。どっちにしろパードリーは見失ってしまった。

 休んでいる馬達がつぶらな瞳でユーナ達を見ながら干し草をんでいた。ユーナは近くにあったおけばしたいしょうどうおさえる。


「あのさ……紫水晶宮の魔導士ってそんなに凄いの?」

「紫水晶宮の魔導士は最高位の中では一番のじゃくはいもの。かつて水晶宮クリスタルパレスで行われたばんぱく会で女王を救った功績から一字をあたえられたにすぎませんわ」

「……あの男がぁ?」

「わかりませんわ。なにせ正体不明、じょうはおろか性別すらも明かしてない。うわさと名前だけが独り歩きしたやっかいの火種ですわ」


 ましそうに説明するユーナはこれ以上ここにいても意味がないと体の向きを変える。しかし再度足を止めることになる。

 五人の部下を連れた大男が道を塞いでいた。ハトリはその男に見覚えがあり、ジタンを背負ったチドリが隠すように前に出る。

 ナギサもめずらしくうんざりした表情を浮かべ、ユーナは口元をひきつらせて笑みともいかりともわからぬ顔になる。


「いよぉ。また会ったな……さぁ、ここがねんの収め」

「――なんかもう適当にりょくがあるりゅうほのおで――」


 心底めんどうくさそうに赤魔法で大人一人分の丸い炎のごうそっきゅうを容赦なく大男にぶつけた。ばくはつおんはないが、げたにおいがひどい。

 ジタンもユーナと行動する内に何度か魔法を目にしたが、今のような適当なじゅもんでもいいのかとがくぜんとする。大男は壁に貼りつくように避けていた。

 代わりに部下の一人が無残にも黒く焦げていた。しかし焦げはがれ、れいな体で意識を失くして倒れる。適当ながら、適度に加減した魔法である。


「おいぃいいぃいい!? 人の話は最後まで」

「――えーと、じゃあ次は水で――」


 またもや適当に、適当にしすぎて迷いつつ、赤魔法で引き出された圧縮されたすいてきが十つぶほど煉瓦舗装をえぐるように飛ばされた。

 大男はコミカルな動きで足元にさる水滴からのがれる。まくれた煉瓦の内一つが、先程のこうげきで無事だった部下の一人に当たる。

 意地でこんとうしなかった部下だが、おおつぶの涙を目に浮かべている。大男はそれをねぎらいつつ、ユーナに向けて親のあだのような敵意をぶつける。


「まさか、この何でも屋ギルド【紅焔】のリーダー、デッドリー・グルブンの顔を忘れたというのかぁっ!? ああん?」

「犯罪ギルドのちがいでしょう? 大体ぼうきゃくできるなら一秒もかけずにおく彼方かなたにやるものを、毎度りずに目の前に現れるそっちに非がありますわ」

「責任てんしやがった!? 人のせいにしちゃいけないとママから教わらなかったのかぁっ!?」

「悪人は根からほろぼせ、という教えならおばあ様から受けましたわ」


 デッドリーと名乗った大男はユーナをけいべつする視線を向けた。とら入れ墨タトゥーが描かれた将棋頭を燃やそうかとユーナの額に青筋が浮かぶ。

 ジタンから見ても大男の印象は良くない。黒皮のジャケットに明らかにサイズ違いの白シャツ。ズボンの上にははみ出た大きなエール腹。いやらしい笑みがハトリとナギサに向けられている。


「ぐっふ。ハトリちゃんだけでなく今日はナギサちゃんもいるのかぁ……よっし、お前ら! あの男からぼううばうついでにハトリちゃん達もさら」

「――とりあえず燃えろ――」


 部下達にみを入れようとしたデッドリーの腹に燃えた岩がめり込む。しかし腹のだんりょくで真っ赤な熱を持つ岩がその場に落ちたことにユーナは少しだけ驚いた。

 だが腹には丸を描く赤い火傷やけど。鼻からは痛みによる体液が顔面を辿たどり、涙目で倒れそうになるのをえながらおくめつつ強がるデッドリー。


「ふ、ふへっ……こ、これくらいでもねぇ……」

「――あと三発――」

おにかぁあああああああああああああ!!」


 容赦ない同じ攻撃三連発に、デッドリーの男気に感動した部下達がたてになる。さすがにデッドリーのような豊かな肉はないため、素直に熱さと痛さとしょうげきで無力に転がっていく。

 残った一人の部下が回収に向かい、仲間の尊いせいに男泣きするデッドリーだが、ユーナは完全に白けた態度で茶番劇を眺める目のまま、一応は相手の出方を待つ。


「というか、ジタンがねらいということは貴方達もこの件にからんでいますのね。丁度いい、適当にしぼげて情報を……」

「くそぅっ! ぜっぺきむすめのくせに魔法の威力だけはでかい! 態度もでかい! 反比例だな!? それとも魔力に女のりょくを吸い上げられ」

「――ふっ――」


 呪文という形も成していなかったが、赤魔法は基本的に魔力にそんするため、たとえかわいた笑いだけでも盛大な威力を発揮することができる。

 なので直後に起きた、空から巨大な岩が落ちて煉瓦舗装を砕け割って水道管だけでなく蒸気管も破壊し尽くしついでにデッドリーの顔面を何度もくぼませる、くらいは朝飯前だ。

 しかし実際に実行にするというのはかなりリスキーなので良い子はしていけない魔法の使い方でもある。全てを見守っていた馬達がいななくのも忘れて、怯えたまま動けなくなった。


「……えーと、知り合い?」

「それ以下と覚えときなさい」


 ジタンの問いに簡潔に答えるユーナ。チドリの背中に隠れていたハトリやナギサも頷き、チドリは同情の視線を向けることもない。


「でも情報源として利用はできますわ。今の騒ぎで警官もけつけるでしょう……後は」

「ひっ!?」


 吹っ飛ばされた部下三人を回収し終えて、地下水道にまで落ちて気絶したデッドリーの様子を覗き込んでいた生存者が詰まった悲鳴を上げた。

 そうとユーナに背中を向けたが、背中に投げ飛ばされた杖刀が当たった直後にひんけつに近い状態で昏倒する。その背中を蹴り飛ばすように杖刀は空中回転を決めてユーナの手元に戻る。

 警官の笛が響いてうま退かす声と共に、慌てて先にけたコージがあせを流しながら、倒れた面々とデッドリーの姿を確認してから声をかける。


「コージさん、グッドタイミング! デッドリーがザキル団について詳しいと思いますので、事情ちょうしゅを頼みますわね」

りょうかいした。なにかわかればすぐに電報で知らせるが……なるべくちゃはよしてくれ」


 コージの人当たりの良さにより、ユーナ達は警官達に姿を見られる前にその場からてっ退たいすることができた。

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