EPⅠ×Ⅳ【赤銅盤の発明家《red×bronze×foundations×inventor》】
ロンダニアの中心部に存在するため、代表的な建物としても有名である。ゴシック復興様式で建造された細長い
乳白色のステンドグラスが大きく円を
時計塔
まずは上に
直下に白い
入り口の先にある板と言うべき
上下を
「トキナガさん! どうせそこらへんで
すると上で動く気配があり、ジタンは見上げる。宙を泳ぐ帆船から顔を
つまり落ちている。帆船から落下して来ている人物に驚く前に、相手は空中に静止してしまう。逆さまの状態で、緑の
衣服も同じく重力を無視しており、
「なんだい?
「時の神である
「あと十秒もすれば姿を現すよ。だってほら」
きっかり十秒後。時計塔全体を震わす大音量がロンダニアの街へと正午を知らせるために
同時に奥で
時計塔の一番
「
野太かった声がいきなり
「こんにちは、サハラさん。呼ばれて参上、人助けギルド【流星の旗】所属、
「そんな
手招くサハラの言う通りに、螺旋階段を下り始めるユーナ。ジタンがあまりの底の深さに驚いている中、周囲では陽気な声が
昼ご飯に喜ぶ工房の主達が、螺旋階段に
思い思いの歌を
「おい。そっちはなんだ? こっちの昼飯戦争に参加させるには
「カグツチさん、こちらはジタン。昼ご飯ならばナギサさんが持っていますから、問題ありませんわ」
「わかった。ではシチューはこちらが頂く。さらばだ」
カグツチと呼ばれた少女はすぐさま紐を器用に伝って降りていく。ジタンが困ったようにユーナの顔を見上げた。
「ああ、説明が
次々とおかわりを
白い軍服を着ているが、劇場の役者に近い
「ユーナ、その少年は? ここに連れて来たってことは、意味があるんだろうねぇ?」
「女の
「ははっ! ユーナの場合は野生の勘か第六感の方が似合うだろうに。まあいいさ……トキナガっ、リーダーは?」
サハラはユーナの言い方に笑いつつ、
「どうもあの
「……それって、神様を蒸気機関で動く機械に
目を丸くしたジタンの問いに、サハラとトキナガは顔を見合わせた。その間にもハトリとナギサは周囲にいる制作ギルド【唐獅子】のメンバーと楽しそうに会話している。
特にハトリは見目
「よくご存じだねぇ。その通り。機械仕掛けの神代はマグナス・ウォーカーにしか作れない、
「……
「目の前で笑いかけているトキナガという男が、その魔道具によってこの時計塔に住みつく『
姉の様子を気にかけつつもジタンの疑問に答えるチドリ。深緑の目に愛想という物は宿っていないが、見守るような温かさがある。
それよりもジタンは明らかに人間にしか見えない青年の正体に驚いて声も出なくなる。しかし
トキナガの服の内側から
「本来『
「どちらかといえば『
「いや実際、僕以外の
「それだから緑
そんな会話をしている中、最下層のさらに下。地中に埋められた工房から
縮れた赤毛に緑の
「ゆ、ユーナ氏……ま、まさかまた事件なのかい!? その事件に僕の発明が関わって、
「大
蒸気機関。それはアイリッシュ連合王国だけでなく、世界を
そして機械仕掛けの神代については目の前で人と変わらぬ動きをするトキナガを見れば
「しゃ、サハラ氏!? お客氏の依頼について外部に話すのは厳禁だって僕にいつも注意しているじゃないかぁ!? それなのに、なんで!?」
「
ユーナは慣れたようにマグナスが落ち着くのを待つが、周囲ではようやく工房から出てきたギルドリーダーに質問
歯車が
大波のように
しかしジタン以外のその場にいた全員が知っている。サハラはリーダーには向いていない。
サハラが全員に落ち着くように指示し、順番に整列させる。自分の番はまだかと
「あ、あの……お
「呼んだのに無視する君が悪いんだよ。一体なんのために塔内部にも鐘が響く仕様にしたんだい」
「トキナガ氏までぇ……あ、でもお昼の後にその体調整したいから工房に来てくれないかな? ロケットパンチを実現する理論が完成したんだ!!」
「
子供のように新しい仕組みを思いついて目を輝かせたマグナスだが、
皮
「うん、この歯車
「あ、ありがとうございます! でもこのベルトの流れを逆にしたい場合は?」
「そこはメビウスの輪? だっけ? みたいに
途中で気になって横から
マグナスも細めていた目を大きく見開き、
ジタンは工場で働いていた経験からピストン運動だけでなく蒸気の排出や底に
予想外のことにユーナも
いつの間にかマグナスとジタンを中心に輪ができていた。
一通りの疑問を解決した後、マグナスは
「ユーナ氏!
「あら。じゃあ今回の件が解決したらお任せしようかしら。丁度、保護可能な場所を求めていましたから」
鼻息が
勝手に話が進められているジタンとしてはどちらに話しかければいいか迷う中、ギルド内でも実力者として評判のカグツチがその背中を強く叩く。
「こっちもこれ気に入った。
「わかったよ。ほら、リーダーは手を洗ってシチューを食べな。冷める前になくなっちまうよ」
螺旋を拾っていたマグナスへと適当に声をかけながら、サハラは言葉を続ける。
「実は機械仕掛けの神代制作を依頼する
「いえ全く。貿易商ならばフーマオさんが
「ああ、
問題とは言いつつも笑いながら一枚の紙を差し出すサハラ。丸められた羊皮紙だが、ユーナはそれを受け取って紙面に目を通し、固まる。
ユーナの様子に気付いたチドリやハトリ、ナギサも
「マティウス・アソルダ……と、
「いやあ、笑っちゃうよねぇ。最高位魔導士、その中でも
「え? サハラ氏……僕全く知らなかったんだけど。え? やばいじゃん……だって紫水晶宮は……」
「最高位魔導士であるリーダーに依頼する最高位魔導士。話題作りはギルド
あっけらかんと笑うサハラだが、マグナスは拾った螺旋を再度床に落としてしまう。散らばった螺旋があちこちに転がっていく。
しかし螺旋には目もくれず、ユーナ達が眺めている契約の紙に視線を向け続けるマグナス。そして糸が
「な、な、な……自分の立場がわかってますの!? 紫がつく魔導士は、問題児の
「え? ユーナも紫魔導士じゃん。
「わたくしは
「それでも世界で七人しかいない価値がある。女王様から一字を
悪びれた様子がないサハラにきつい
ハトリとナギサがユーナを
「その悪い冗談みたいな奴がこれからやってくるよ。隠れて
「最初からそのつもりでしたわね……」
「いやだってねぇ。アソルダさん? なんか
ナギサが持ってきていたバスケットにあるサンドイッチを
ハトリは笑顔でジタンの分のサンドイッチを
「わかりましたわ……
昼食を食べ終えたギルドメンバー達は自分達の工房に
明らかに他と用意されている道具が
マグナスはトキナガか細い体に見合わぬ力で肩に
天井の帆船はトキナガの
蒸気灯がまたもや各場所で
ジタンにとっては宝の山と
その背中を追いかけるハトリは
案内されたのは応接室として利用しているサハラの事務室だった。ユーナ達が先程使った入り口とは別の
積み上げられた蒸気機関の機械は一つ取っても未発表の最新作であり、積み木細工のように放置されていいはずがないのだが、失敗作だとサハラは説明する。
その裏にある
回転扉の向こうは蒸気灯が天井からぶら下がっただけの簡素な部屋であり、
「そんじゃあここに隠れておくれよ。言っとくけど、こっちの声が聞こえるっていうことは、そっちの声も届きやすいからね」
ユーナ達はサハラの言葉に深く
回転扉が閉じれば密閉空間となった部屋に五人。ジタンの体が小さいとはいえ、少しだけ息苦しさを感じる狭さだ。しかしジタンは
ハトリとナギサがユーナに抱きつくように集まっているからだ。少しでもスペースを確保しようと立っているチドリだが、あまり意味はない。
「ユーナちゃんとこんな狭い部屋で密着できるなんて……役得ねん!」
「お、お姉さま……肩とか
ジタンはユーナの腕を
どちらかと言うと、二人と比べて肉厚感がないユーナが
「……すまんな」
目の前で姉が原因による直視できない光景にチドリがジタンに向かって静かに
その前にユーナの返事も待たずに足のマッサージを始めたナギサだが、ユーナの右足から木が折れるような音が聞こえてきた。
ハトリが口元に人差し指を当てて静かにと無言で伝え、
気まずい
ユーナは
しかし本人は小声のつもりでも大声を出すナギサの口元をハトリとチドリが息を合わせた
全員が事務室に面する壁に耳を向け、声を
営業する人特有の明るく
回転扉では
マティウスは赤毛と紳士
さらに十本指全てには
褒められたマティウスは
パードリーは全身
神経質なのか、声が細く
ソファに座るよう勧めたサハラの指示通り、二人は椅子に
「今度の蒸気機関自動車は屋根があるタイプがいいですな! 前のは雨が降っては中も濡れて大変でしたから」
「この国では
「ええまさにその通り! しかし見込みがありそうな青年の手に渡り、私は新しい車が買える!
「……見込みがある若者ねぇ。マティウスさんが言うならば、そうなのでしょうね」
少しだけ間を空けたサハラだったが、そんなのも気にさせない
マティウスは
車の話題が続く中、パードリーの声は
「そんじゃあ車の手配はこの指示書を元にお作りします。期間は三
「ええ、
「機械仕掛けの神代ですね。指示通りの形で完成させましたが、確認して頂いてもよろしいですか?」
「……当たり前だ。少しでもミスがあれば一からやり直させてやる」
今まで黙りつづけていたパードリーが不快な様子も隠さずに、それでも前にのめり
「あ、安心してください。リーダーは仕事に根を
「……ふん。別に
「じゃあ会います? 休みと言っても工房にある寝床で
「休息を
平然とした声音。しかし逆に乱れがなさすぎて
サハラは二人に工房へ先に行くと言葉をかけ、重要書類を探すと部屋に残る口実を伝えた。扉が閉まる音の直後、回転扉が動く。
「ね?
「マティウスさんはいいとして、パードリーさんとやらが完全に
「おい、ジタン。顔色が悪いようだが……密室で
顔を青くするジタンの背中をさするチドリだが、顔色は一向に回復しない。ハトリやナギサも心配そうに覗き込む。
「俺……あの声、知ってる。あいつ……ザキル団にいた!」
「あー、ここにも繋がっちゃいましたわね。サハラさん、マグナスさんに
「やっぱそっちに行くかぁ。こりゃ、リーダーがまた
「その手間を省くために今回は灰も残しませんわ。
過呼吸になりそうなほど
一体どういうことかと推測する必要もないほどユーナの行動を知っているチドリ達は、気の
サハラは工房に行って二人に依頼品の確認をもらうと言いながら、事務机の引き出しから一枚の設計図をユーナに
「三十分は足止めする。その間に後を追うかかどうかは任せるが、あちき達の加担は口に出すんじゃないよ? 設計図の写しも覚えたら燃やしな」
早歩きで工房へ向かうサハラの背中を見送り、ユーナは渡された設計図を広げる。本来なら門外不出である機械仕掛けの神代の設計図だ。
蒸気機関を中心とした魔道具。魔法の心得があるチドリやハトリも三分で音を上げ、工場で機械の仕組みについて独学で学んだジタンも五分で仕組みの複雑さに
一見すれば蒸気機関の機械と同じ仕組みだ。そこに
しかしユーナは十分間は
今回依頼された設計の基本は四本の節足
しかし不可解なのは足と考えられるのに、指と
かなり
「パードリーさんを追いますわよ。マティウスさんに関しては約二名から情報が
「な、なんで!? ザキル団の
「ナギサさんが力の限り全部
「あ、あわ、あわわ、お姉さまの頼みなら断りません! あれですよね? 太い柱を何本か
どう見ても
注目されたナギサは顔を赤らめて照れているが、ジタンの顔の青さは変わらない。チドリが
「大丈夫だ。いざとなったら俺と姉貴の連携でお前を守ってやるから」
「そうよーん! アタシとチドリちゃんは
明るい調子でジタンの
設計書を赤魔法で
少し長く走るため、チドリがジタンを背負い、ユーナが先頭を担う。ハトリはユーナの背後、ナギサが
工房から出てきたマティウスとパードリーは雑談しながら途中まで
ジタンはマティウスの方も気になったのだが、ユーナ達は迷いなくパードリーを追う。
「な、なあ。マティウスはいいのか? あいつもザキル団に関わっているんじゃあ……」
「わたくしには最高位魔導士の
「え? いつの間にそこまで調べたんだよ?」
「話を聞いていれば簡単ですわよ」
ユーナは走りながら説明する。貴族の次男で貿易商を営む上流階級の紳士。指輪にはカンド帝国の原石を研磨した物で、杖には目と舌の紋章。
「貴族の次男三男というのは
「それでなんでザキル団と関係ないんだ?」
「カンド帝国には商売などで何度か旅行しているでしょう。実は貴族の次男三男というのはカンド帝国で
「……思わない」
パードリーの姿は人混みの中でも見失わないほど派手だった。本人自体は地味なのだが、紫の法衣と黄色のスカーフがとにかく目立つ。
後ろ姿から見るに黒髪は波打っており、
蕁麻疹だけでなく
「指輪は自分の流通で扱っている商品で、身に着けることで相手の興味も
「……じゃあなんでザキル団と関わりがあるパードリーと交流しているんだ? 商売として評判に傷がついたら終わりだろう?」
「紫水晶宮の魔導士。パードリーはそう名乗っており、マティウスも表面上は信じている。だから手を貸すのですわ。自分は最高位魔導士に
「なんで表面上? つまりは心の底から信じてないってことだよな? それもどこで……」
ジタンの言葉が終わらない内に、いきなりパードリーが走り始める。振り向いた顔には烏のような目玉が
中にはユーナの
「舌と目の紋章なんてアイリッシュ連合王国にはありません! あれは
「わ、わ、じゃ、じゃあなん、で、あの杖を!?」
走って揺れるチドリの背中から舌を噛まないようにジタンが説明を続けるユーナに尋ねる。その合間にパードリーは曲がりくねった路地に
ユーナ達の足も速いが、パードリーはそれ以上だ。白魔法で一時的に身体能力を強化しているのは理解できるが、並の使い手ではない。
「
「な、なんでそんなの渡すんだよ?」
「いざ正体がばれた時、マティウスさんの権力や金でもみ消すつもりなのですわ! つまりマティウスさんも
路地をひたすら走っていたユーナ達だが、足を止めるしかなかった。路地の奥に
大体は
休んでいる馬達がつぶらな瞳でユーナ達を見ながら干し草を
「あのさ……紫水晶宮の魔導士ってそんなに凄いの?」
「紫水晶宮の魔導士は最高位の中では一番の
「……あの男がぁ?」
「わかりませんわ。なにせ正体不明、
五人の部下を連れた大男が道を塞いでいた。ハトリはその男に見覚えがあり、ジタンを背負ったチドリが隠すように前に出る。
ナギサも
「いよぉ。また会ったな……さぁ、ここが
「――なんかもう適当に
心底
ジタンもユーナと行動する内に何度か魔法を目にしたが、今のような適当な
代わりに部下の一人が無残にも黒く焦げていた。しかし焦げは
「おいぃいいぃいい!? 人の話は最後まで」
「――えーと、じゃあ次は水で――」
またもや適当に、適当にしすぎて迷いつつ、赤魔法で引き出された圧縮された
大男はコミカルな動きで足元に
意地で
「まさか、この何でも屋ギルド【紅焔】のリーダー、デッドリー・グルブンの顔を忘れたというのかぁっ!? ああん?」
「犯罪ギルドの
「責任
「悪人は根から
デッドリーと名乗った大男はユーナを
ジタンから見ても大男の印象は良くない。黒皮のジャケットに明らかにサイズ違いの白シャツ。ズボンの上にははみ出た大きなエール腹。いやらしい笑みがハトリとナギサに向けられている。
「ぐっふ。ハトリちゃんだけでなく今日はナギサちゃんもいるのかぁ……よっし、お前ら! あの男から
「――とりあえず燃えろ――」
部下達に
だが腹には丸を描く赤い
「ふ、ふへっ……こ、これくらい
「――あと三発――」
「
容赦ない同じ攻撃三連発に、デッドリーの男気に感動した部下達が
残った一人の部下が回収に向かい、仲間の尊い
「というか、ジタンが
「くそぅっ!
「――ふっ――」
呪文という形も成していなかったが、赤魔法は基本的に魔力に
なので直後に起きた、空から巨大な岩が落ちて煉瓦舗装を砕け割って水道管だけでなく蒸気管も破壊し尽くしついでにデッドリーの顔面を何度も
しかし実際に実行にするというのはかなりリスキーなので良い子は
「……えーと、知り合い?」
「それ以下と覚えときなさい」
ジタンの問いに簡潔に答えるユーナ。チドリの背中に隠れていたハトリやナギサも頷き、チドリは同情の視線を向けることもない。
「でも情報源として利用はできますわ。今の騒ぎで警官も
「ひっ!?」
吹っ飛ばされた部下三人を回収し終えて、地下水道にまで落ちて気絶したデッドリーの様子を覗き込んでいた生存者が詰まった悲鳴を上げた。
警官の笛が響いて
「コージさん、グッドタイミング! デッドリーがザキル団について詳しいと思いますので、事情
「
コージの人当たりの良さにより、ユーナ達は警官達に姿を見られる前にその場から
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