第2話:傍若無人
―――初陣を終えた私は五昼夜かけて零狂院の屋敷に戻った。
視界に移る人間全てが私に頭を深々と下げる。
元服を迎えて間もないこの
しかし下げた頭のままで何を思っているかは知らない。
何となく感じはするのだが、あくまでそれは私の憶測であったり、被害妄想の類だから言う必要もない。
「姫様おかえりなさいませ。すぐに着替えをご用意させていただきます…今しばらくお待ちくださいませ」
私は屋敷に入るなり、家の者にすぐ左手にある小部屋に案内される。
戦から帰った零狂院の人間は必ずその小部屋―――仕立て室へ入る。
戦の匂いを家の中に入れないためだとかなんだとか。
摩訶不思議でならない。戦場の華を愛でるであろう我が家が何故戦の匂いを家へ入れたがらないのか。
私は戦場に着て行った元服記念の豪華絢爛な裾引き振袖の帯を緩め、スルリと脱ぐと待機のために用意された死装束のような着物を帯を撒かずに着るとその場に座り込む。
さっきまで着ていた振袖に目を通す。
着ていた時には気にする事はなかったが、返り血のせいで淡い黄色の生地が台無しになっていた。
「お待たせいたしました」
家の者が引き攣り笑いで新しい着物を手に持って私の近くまで寄ってくる。
「なぁ…この着物は前もって言えば申出通りの物を仕立てられるの?それと…名は…なんだったっけ」
両腕を横へ広げてから微動だにしない私に着物を着せ替えていく家の者。
「両備と申します」
声はいささか女と変わらないのだが、私の裸体を見て時折目を逸らしているところからだが、恐らく年頃の男なのだろう。
「両備、もう一度聞くが私が申し入れば、その通りの着物は用意出来るのか…?」
「えぇ…姫様が望むのでしたら私めが仕立て上げまする。…それでどのようなお召し物を…?」
…しまった。具体的には何も用意していなかった。
両備には暫し待て、と言ってその場を済ませ部屋を出た。
次に向かうのは零狂院の屋敷内にある祈りの場。
仏の教えにちなんで本堂、と呼んでいる。
その本堂の中央で座禅を組み、零狂院の始祖であり天下無双とも称される【
「禍津日様、此度の初陣、滞りも苦痛もなく。初陣から先もどうかこの刹夜をお守りくださいますよう―――貴様のような弱者に守られるほど私は愚かではないがな、死人よ。武人が神頼みとは情けない。武人とは自身の武力を以って全てを乗り越えるもの…そうは思わないか口なしの初代。あなたもまた零狂院の掟により二代目に敗北を喫したのでしょう? であるならばこの本堂で神気取りはやめませぬか…御身の意思でないというのなら―――」
座禅から立ち上がり本堂の供え物を手で払い、置物を投げ、神のように召し上げられている初代の像へ当てる。
加えてその像を力いっぱいに引っ張り、地面へ叩き付けるとようやく戦場で溜まりに溜まった火が消えるのを感じた。
片づけもせず、物音に慌てて出てきた使用人たちが戦慄しているのを尻目に私は本堂から出て行った。
「この私が壊してやろう」
それだけを捨て台詞のように吐けば、通路の最奥へと向かう。屋敷的に言うと中央に位置する大広間の事だ。
襖を開けるとそこには3人の男が座っている。
一番奥に座っているのが
当主の補佐をするという名目で零狂院を支配する一番の権力者だ。
その前に座っている二人、左のくっきりとした顔立ちに目つきの悪い男が私の父、
この三人が零狂院の絶対指導者とも言えよう。3人とも現役の時には大した武力を有していたようだが、今やご老体。
その体に鞭を打つ事もなく、そのまま衰えて死ぬのだろう。
ただ心の中でそう思っていても、礼節は弁えるのが武人だ。
一歩、広間へ足を踏み入れるとその場に正座をし、襖を閉めると正座のまま深々と頭を下げる。
「此度の合戦見事であった。大将の姿が見えなかったとはいえ、2万の兵を全て討ち取るとはな」
当然だろう。大将どころか指揮を取る軍師、隊の長までも大した名のない兵。雑兵もいいところだ。
「お言葉ありがたく。しかし大翁様、あの中に名のある武人はおりませぬ。雑兵の寄せ集め同士が外地で合戦をしていた模様…。元服したばかりの小娘が一人で2万を殺すというのも簡単な事でした。故に、私は未だ自身の実力を計れずにいます。我が刀を使う事が出来なかった…いや、使うまでもなかった。貴方がたの悲願の結晶が私であるのなら…それを証明する必要がある。そうではありませぬか…?」
「大翁様の御前であるぞ!刹夜、控え―――」
「良い。刹夜よ…つまり何が言いたい?」
その言葉を待ちわびていた。私は口端を釣り上げながら立ち上がる。
「今すぐ百紅家か大城家を根絶やしにしてきてみせましょう。いや…零狂院一族が当主。零狂院
襖を開け、自分の部屋へと向かって歩いていく。
この私こそが天下無双である事を思い知らせてやるのだ。
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