厄鬼姫~天下無双の章~
そばえ
第1話:詰まらぬ初陣
―――また2つの陣営が領土を争っている。その血生臭い戦場に突如として災厄が訪れた。
たちまちに築かれた死体の山―――そもそもやったのは私だった。
私はどちらの陣営にも属さない第三勢力。勢力というにはあまりに人が少ない。なんといっても一人なのだから。
血は鉄の味がする、と父上が言っていたから返り血を舐めてみたものの、よく分からない。そして戦場は自分たち一族が唯一輝ける場だと教えてもらったが、てんで詰まらない。それが初陣の率直な感想だった。
戦意のない者たちは自分の事を鬼だとか、化け物という風に呼ぶ。それが何故だか分からなかった。
一人残らず斬れ、と言われているから全員殺した。それだけだった。
どうやら我ら零狂院一族は別勢力の士族に雇われ報酬を払ってもらう事を生業としているらしい。だから昨日の味方は今日の敵なんてざらにあるから差し詰め傭兵、と言ってもいいだろう。端から見れば人の心を持たない鬼、と称されているだろうし、実際私はそう呼ばれている。
”鬼のように恐ろしい武力を持ち災厄を運ぶ
長いから縮めて【
何にせよ、我ら零狂院は戦う事で存在意義を見出せるらしい。幼い頃から人を殺す術ばかり教わり、武器と言えば刀の使い方のみを学んでいたため、箱入り娘とは思えないほど左手の中指、薬指、小指は肉刺だらけ。
城下町の由緒ある剣術道場と遥かにかけ離れた一族の道場。刀の握り方からまず相違点がたくさんで、ただひたすらに人を殺す為だけに特化したカリキュラムだ。
そんな私でも憩いの場はあった。
実の兄の部屋で兄と世間話をする事だ。兄の名は
―――が、そんな兄はもういない。
私が元服する3日前、旅に出たっきり帰ってこなくなった。父上や大翁様が命じられたわけでもないらしい。いつになったら帰ってくるのか、ここ数日憂鬱な気分だ。
陣地に帰って丸太椅子に座る。いや、そもそも私は陣地を敷いていなかった。
森の入り口に付き人を置いてそのまま戦場へ駆け出したのをすっかり忘れていたのだ。
「さすがは厄鬼姫様ッ!
どんぐりの付け根ような髪型の面長なこやつは零狂院
しかしそんな事はどうでもいい。軍師だろうが御守りだろうが、私を忌み名で呼んだ者は気に食わない。
「おぉっと…危ないですよ厄鬼姫様…。戦場の後すぐは気が張った状態、というのは分かりますがな…私は唯一の味方ですぞぉ…どうか御静まると共にその血を啜った刀をお納めくださいませぇ」
「私をその名で呼ぶな…。次言ったら首を撥ねるぞ」
ははぁ、と目代は両膝をつき大きく手を振り上げて深く土下座する。平謝りとはこの事だ。まるで誠意がない。
「戦場でもやはり刃毀れした。そこらへんに刺さっていた刀ではダメだ。…だが私の刀を使うまでもないかもしれん」
「姫様の刀を使えば、もはや敵なしです。いえいえ、決して落し物の刀で戦って勝てないと言っているわけではございませぬ。しかし姫、元服してから一度も試し切りをされていないのでは…?」
私の刀―――
零狂院一族の始まりから大切にされていて、零狂院最強の人間、つまりは当主が手にする伝家の宝刀だ。そう聞くと、察しの良い人でなくとも大概の人間は気づくだろう。
紛れもなく、私が零狂院一族の現当主。零狂院
いや違った。元服してからの名は零狂院
生まれて間もない時には名前に文句をつけられるわけもない。
もう少し可愛らしい名前でも良かったのではないか、だって私姫君であるぞ?
名前は違えたが現当主である事に間違いはない。先代当主との死闘にしっかりとした雌雄を決して私が座についたまでの事。
「試さずとも一度握ってこの眼で見たから分かる。あれは今まで握った刀の中でも天上天下に置いて他にない業物よ。歴代最強と謳われた先代が持つのすら惜しい代物だったとも…現役バリバリの男が元服迎えたばかりの娘の人たちで…などと、片腹痛い。歴代最強も落ちぶれたものよ。のう、目代。」
「えぇ、それは勝敗に行方にて一目瞭然でございます姫様。なんといっても貴女様は我が一族の悲願。才色兼備で実力も計り知れないとなれば、大翁様も大変喜ばれましょうっ!」
御隠居様がどうだとか、一族の悲願だとか、いちいち癪に障る事を言う男だ。しかしこれは記念すべき初陣なのだ。今回は見逃すとしよう。
―――初陣で上手くいった武人は必ず次の戦場で調子に乗るのだ。その挙句に自分のミスで部下を殺してしまうなんて事もざらにある。若い大将であればあるほどだ。
目代もあれでいて、武人だ。戦場で死ぬほど本望な事はなかろうよ。
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