禁酒法の街に響く賛美歌 02
改めて新たな登場人物の紹介をしよう。
4人目。探偵の「ルーナ・ミストアイルズ」だ。
このケネス・ヒース探偵事務所が正規雇用している探偵であり、本日付けで勤務開始となる。
女性ではあるが元軍属で性別をごまかしていたところバレてセクハラを受けた末に上司をぶっ飛ばした結果、当然のごとく強制退役。親戚のツテで事務所の手伝いで食いつないでいたところ、ケネス・ヒースにより引き抜かれ、今日に至る。
男装の麗人であり、今回もそのスタンスだ。でも元からわりと男っぽい。
さて、ここから彼女の数奇なる物語は再スタートする。
前回の続き、彼女が探偵事務所を訪れたところから。
彼女がドアを開けると、目前に広がるのは、カオス。混沌。なぜ共通のスペースに存在しているのかわからないインテリアの数々。
まず、巨大な銃火器の真ん中にそびえる大きな十字架。そして掛けられているロザリオ。
その隣には、新しいものから古いものまで、鏡のように光っているものから血で汚れているものまで、所狭しと刃物が並べられている。ナイフをはじめマチェットや手斧まで雑多に敷き詰められている。
また、その向かいには、ロッカーかと思いきや、少し開いている扉からなかを覗くと、替えの警察の制服やジャケット。それに並ぶショットガン、拳銃、警棒その他。
絶句しつつ、奥を覗けばそこには、このカオスな空間をものともせずに、人の良さそうな顔で微笑みながらコーヒーを飲む男性の姿がある。もちろんケネス・ヒース所長だ。
彼の存在に、失いつつあった正気を取り戻すと彼女は呼吸を整え、大きな声で。
「こんにちは!」
「おっと。やぁ待っていたよ。ルーナ「君」、でいいのかな。」
「はい、それでお願いします!」
「元気があっていいね。早速だが、先ほど依頼が入り、すでにうちの非正規メンバーが向かっている。ほんの数十分前だから、追いつくかもしれないね。」
「分かりました、向かいます。行き先はどちらに?」
「あぁ、おそらくは、探し人であるアル・カセッティの下宿にでも向かったんだと思う。彼らは車で向かったから、君もタクシーあたり拾っていくといい。領収書忘れないようにね。はいこれ今回の資料。」
「(軽く目を通して)……。はい、分かりました。では、行ってまいります!」
「あぁ、彼らにあったら、よろしくたのむ。根は悪い奴らではないが、少しばかり、変わり者たちでね。」
「は、はい!(直感は間違ってなかったか。)」
「では頼んだよ。」
時を少し遡り、先行したならず者どもはといえば。
車のキーを指にかけ、くるくるしているメイ。
「さーて、どこから行きますかぁ?とりあえず下宿かなー?」
「まぁそうだろうな。」
「ええ、行きましょうか。きっと主のお導きがあります。」
「では乗ってー。さて、安全運転でいきます?それとも危険運転でいきます?個人的には後者が好きですがお二人には遺書を書いていただく必要があります。」
「「ぜひ安全運転で!」」
「ではリクエストにお答えしましょーう。」
静かに、勇ましく、文明の音を響かせて、3人を乗せたフォードは走り出す。
数十分ほどの道のりを進むと、目的の地域が近づいてくる。
近づくほどに、明らかに、《治安が悪くなっている》のがわかる。
地図ではわからなかったが、どうやら入り組んでおり、そのせいで浮浪街となっているようだ。
メイは車を寄せて止める。
「これ以上は車じゃ無理ですねー。行き止まりに当たったら狭くて切り返せませんよぉ。道案内できないんですかぁ?おまわりさん。」
「こんな道、仕事じゃなきゃ通らねえし可能なら通りたくない。」
「悩める子羊たちがいっぱい居ますねぇ。」
「とにかく、ここからは徒歩だな。近いんだろ?」
「ええ、そのはずですねぇ。」
車から降りたテミスはあたりを見渡し、おもむろに動き出した。
「もし、そこのお方。」
彼女が話しかけたのは、道の脇に座り込んでいた浮浪者。
みずぼらしいコートを羽織り、荒れた長い髪の隙間からは虚ろな視線を確認できる。
「……お布施はねえぞ。それともお恵みか?」
「いいえ、頼みごとを少々。」
「……頼みごと、だぁ?」
「ええ、私たちが戻るまでの間でいいので、その車を見ていていただきたいのです。」
そう言いながら彼女は懐からドル札を数枚取り出し、浮浪者の手を取るフリをしつつ握らせる。
「……ふむ……。」
煮え切らない様子だ。
「……もしや、他にお仲間がいらっしゃいますか?」
すると彼はくいっとあごで示す。その先には、3人の仲間と思しき浮浪者がいるのが確認できる。
「では、これでいかがですか?」
追加のドル札を渡すと男は口角を上げる。
「いいだろう、不審なものを見たらどうすればいい。」
「叫んでいただければ聞こえます。」
「わかった。」
男は立ち上がり、目配せすると周囲から3人の浮浪者が集まってくる。
金を分けると男たちは、車の四方を囲むように、距離を取って道路脇に座り込んだ。
その様子を確認したテミスは満足そうに
「これで車は無事とも言い切れませんけど、何もしないよりは安全です。」
「何をしていたんだ?」
「迷える子羊にお恵みを。」
「ふぅん、そうか。ちゃんとシスターだったんだな。」
「???シスターですけど……?」
「…あぁ、おっかないですねぇ…ふふっ。」
一行は車を残し、スラムの裏路地へと歩みを進めていく。
三叉路に入ったときだった。
「その角の奥から、誰か近づいてきますね。」
「ほんとですねえ。なんか不穏かも?」
「え、まじで?なんで気付く??」
「てことでわたしは消えまぁす。」
メイがすぅっと通りの影に消える。そして気配までもが消えた頃。
角からそれは顔をのぞかせる。
「よぉシスターさんにおまわりさん。こんな通りをデートですかぁ?さぞ金持ちなんだろうなぁ。」
長身のひょろりとした浮浪者だ。
「仕事だが?本職ではないけどな。(デートと言ったな…メイは見ていないのか)」
「巡礼です。」
「はぁそーですかぁ。にしてもこっちのシスターさんは、華奢でベッピンさんだねえ。どーですか、「俺ら」のことも癒してくれませんかねえ!」
三叉路のもう片方の道からも気づけばもう一人ガタイのいい浮浪者が近づいてきており、歩いてきた道からも巨漢の浮浪者が近づいてきていた。
退路は塞がれた。
「おいおい、真昼間からとっ捕まりたいのか?止めとけよ。」
「チッ、つべこべ言わずにとっとと身包み置いて行きなぁ!」
長身の浮浪者はバタフライナイフをぱちんぱちんと器用に振り回し、順手に構える。
あぁ、哀れなり。こうしてスラム街に赤い雨が降り始める。
浮浪者が構えるよりも早く武器を抜いた者がいた。
2丁のモーゼルC96を懐から引き抜き、いざ撃たんとしているのは。
「主のお導きあれ。」
テミスだった。
懐から引き抜き、斬りかかってくるチンピラに。
チンピラよりも血走った目で、テミスは両の銃口を突きつけた。
今、チンピラの懐に潜り込み引き金を引きかけたまさにその時だった。
ぐにっ《拳銃⇒ファンブル》
テミスは、ローブを踏んづけて、その場に顔から転んだ。
あっけに取られたチンピラだったが、もちろん反撃のチャンスを見逃すはずもなく。
思いっきりテミスは背中から刺された。《ナイフ⇒クリティカル》
その一連の動きを皮切りに、大乱戦アーカムシスターズが開幕した。
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