第3話 痛み

「これで今月に入ってから何回目だよ…。」


朝から大雨が降り続き、外を歩く人がいつもより少ない五月のある日。

駅に近い大通りに何人もの警察や刑事が集まっていた。

それはもちろん事件があったからだ。

だがそれは普通の事件では無かった。

何故なら、大通りの真ん中で倒れていた被害者の遺体の体からは全身の血が抜かれていたからだ。


「本当酷いですよね…、生きながら全身の血を抜かれるなんて…考えただけでも…」


「全くだ。ったく、胸糞わりぃ。」


低身長の若い刑事と、強面のベテラン刑事は今月に入って既に五回「吸血殺人」を担当していた。


「というかよ、なんでまたあいつらがここにいんだよ。」


ベテラン刑事が忌々しそうに吐き捨てる。


「仕方ないじゃないですか。彼らは吸血鬼が関わる事件においてはエキスパートなんですから。」


ベテラン刑事を宥めるように、若い刑事がそれに答える。


「ちっ…気に入らねぇ。」


ベテラン刑事が睨みつける視線の先には五、六人の刑事がいた。

そしてその内の一人、切れ長の目の刑事がその視線に気付き、ベテラン刑事の方に向かい、威圧するように言った。


「なんですかその目は。何か言いたいことでも?」


「ちっ…なんでもねぇよ。おら、行くぞ後藤。」


「ちょっ、待ってくださいよ、先輩!」


低身長の若い刑事――後藤はベテラン刑事の後を追い、後には切れ長の目の刑事が残された。


そしてその目は赤く染まっていた――。




「もう、またそうやって私をからかって!」


僕は相変わらず今日もいつもの公園で麗愛と駄弁っていた。

そしてその距離も前より更に縮んでおり、今では麗愛をからかうのが僕の日課になっていた。


「だって麗愛をからかうと良い反応が返ってくるから面白いんだよね。」


「もーー!!」


「ははっ。」


顔を真っ赤にして涙目で睨んでくる麗愛。

その表情は、麗愛と会話するようになって一ヶ月が過ぎた今となっては最早愛おしいと思うようになっていた。

こんな気持ちになるのは初めてのことだ。

これが俗に言う「恋」というものかどうかは分からない。

だが少なくとも麗愛と過ごすこの時間は、この空間は誰にも邪魔されたくなかった。

そしていつも誰にも邪魔されることはなかった。

なのに、それなのにその日は―――


「……あっ。」


涙目で睨んでいた麗愛の表情がそれまでとは違う怯えたものに変わったのを僕は見逃さなかった。


「どうした?麗愛。」


不審に思って麗愛を見ると、その視線はどこか違う方に向けられていた。

そしてその視線を辿った先には、切れ長の目の男がいた。


「貴方誰ですか?」


僕は不審感を露わにしながら問いかけた。


「俺の名は形来かたらい。刑事だ。」


形来と名乗ったその男はそれだけ言うと麗愛をチラッと見た。

そしてその目には明らかに不審の色が宿っていた。


「その刑事さんがなんの用ですか。」


麗愛と形来の前に立ち、強い口調で言う。

体を震わせ、俯き怯える麗愛を見て、これ以上この男を近付けてはならないと本能的に悟った。


「最近ここら辺で吸血事件があってな。お前ら何か知らねぇか?」


「吸血事件?知らないですよ、僕らはただの学生なんで。」


そう言えば麗愛は女子高生だと言っていたが、学校は行っていないみたいだ。

そもそも学校に行っていたらこんな所で昼間から僕と駄弁ったりできないけど。


「……そうか。そっちの女は。」


形来が麗愛に近付こうとするが、なんとかそれを阻んだ。


「……私も知らないです。」


「本当か?それにしてはお前さっきから――」


「もういいでしょう。その吸血事件については何も知らないって言ってるんですから、そろそろ帰っていいですか。」


「………。」


形来は僕を睨みつけたがそれ以上は何も言ってこず、その場から去っていった。


「大丈夫?麗愛。」


「ごめんね、ありがとう…。私は…大丈夫…だから…。」


詰まらせながらも何とか言葉を繋げる麗愛。

……一体何にそんなに怯えているんだ?

でもそれを聞くことは出来なかった。

麗愛が余りにも憔悴していたからだ。


「とりあえず今日はもうお互い家に帰ろう。そしてさっきの形来とか言うやつのことは忘れてゆっくり寝るんだ。いいね?」


「うん…分かった…。 」


麗愛はゆっくりと立ち上がると、元気の無い

作り物の笑顔で手を振り、公園を去っていった。

送ろうとも思ったが、何故か麗愛は頑なに拒んだ為、いつものように公園で僕らは別れた。


麗愛はどうしてあんなに怯えていたんだろうか。


僕は何度も頭の中で自問自答したが、答えなど出るはずもなかった。

そしてこれが僕ら二人の「運命」を変えるキッカケだなんてこの時の僕にはまだ知るはずもなかった――。



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