第1話 出会い
春風が吹き渡る4月中旬の公園。
元気良く走り回る子供。
井戸端会議に勤しむ主婦。
幸せそうに手を繋ぐカップル。
「平和」という言葉を表したかのようなその風景の中に僕は立っていた。
そしてその表情はその場には相応しくない程に薄汚れていた。
でもそれは仕方ないことだ。
僕はそのありふれた日常の一頁を今すぐにでも破り捨てたい気持ちで満ちあふれているのだから。
どいつもこいつも本当にくだらない。
きっとこいつらは「明日」が来るのは至極当たり前のことだと思っているのだろう。
そして、その「明日」を繰り返す平凡な日々をこれからも送り続けていくと確信しているのだろう。
だけどそんなのは僕から言わせれば愚かで、そして馬鹿らしいことだった。
何故明日が来ると信じて疑わない?
何故今この瞬間も死が近付いているということから目を逸らす?
僕は現実から目を背けたりはしない。
だから下らない期待もしない。
僕はただ、ひたすらに「その時」が来るのを何もせずに待つだけだ。
僕は今までも、そしてこれからもそう生きていく。
それが僕の――
僕は今年で20歳になる大学生だ。
と言っても殆ど大学には行っていない。
父親に将来の為にと勝手に入れさせられただけの大学なんて行く意味も価値もない。
それにその将来が来る保証なんてどこにも無いのに、確実じゃないものなんかの為に努力するのは愚かなことだ。
だから僕は今日も授業をサボっていた。
と言ってもすることなんて何もない。
毎日特にしたいことも無く、何も考えずに呼吸だけを繰り返す日々。
僕はそれに不満を感じたことも不安を感じたこともない。
だって別に今ここで死んだところで後悔もやり残したこともないから。
もしやりたいことがあるのに死んでしまったら、そっちの方が効率悪いと思う。
どうせいつ死ぬか分からないのなら、後悔も未練も残さないように何も考えない方が上手い生き方に決まっている。
だから僕のように生きることができない不器用な凡人共は馬鹿だ。
そして僕はそんな馬鹿共の巣窟と言ってもいいだろう昼下がりの公園に何故か来てしまっていた。
公園のベンチに座り何を考えるでもなく、時が過ぎるのを待つ。
その目はもう井戸端会議に勤しむ主婦も楽しそうに走り回る子供も幸せそうなカップルも映していない。
その目が映しているのは何も無いモノクロな虚無だけだ。
「…そろそろ帰るか。」
独り言を呟きながらベンチから腰を上げる。
家に帰ったところで夜遅くまで仕事をしている父はまだ帰ってこないだろうから、誰もいないということになる。
まぁ父と話すことなんて何も無いし、いない方が気楽なのだが。
完全に日が落ちた公園を後にしようと歩きだす。
しかしその足が公園の入口付近で突如止まった。
僕の目は先程までは失っていた光を灯していた。
その目の先には一人の少女がいた。
その少女に目が向けられた理由は二つ。
一つは不自然な程に真っ白な髪をしていたから。
だけどそれは何故か分からないが不思議と綺麗だと思えた。
そしてもう一つの理由は、その少女があまりにも浮世離れした美しさを纏っていたからだ。
まるで人形のように整った顔。
少しでも触れてしまえば脆く壊れてしまうのではないかと思ってしまうほど華奢で細い体。
そして穏やかで育ちの良さを物語っている柔らかな表情。
その少女はまさに天使のような美少女だった。
そして気付けば僕はその少女に話しかけていた。
「やぁ、こんにちは。」
僕の声に反応し、肩をビクッと震わせこちらを振り向く美少女。
近くで見ると先程よりも更に綺麗で上品な顔立ちだった。
「……えっと、あの、こん…にちは。」
彼女は戸惑いながらも僕に返事を返す。
全く僕は一体何をしているんだろう。
普段の僕はこんなふうに見知らぬ女の子に声をかけるような男じゃない。
むしろそういう軟派な男を僕は常日頃から見下している。
なのに僕は何をしているんだ。
いくらこの子が可愛いからって――
「……?えっと…私に何か用ですか…?」
……しまった。考え事に夢中になり過ぎて少女の顔を無言で見つめていたようだ。
「あー、いや別にそんな大したことじゃないんだけどね。なんというか…君があまりにもきれ――」
おっと、僕は何を言おうとしているんだ!?
『君があまりにも綺麗だったから見惚れてしまってたよ』
と口に出しそうになっていたよな…。
一体今日の僕はどうしたって言うんだ…。
「いや、すまない。急に知らない男に話しかけられたら気持ち悪いよな。ただもう暗いし、人気もない公園に一人じゃ危ないと思って…って今の状況の方が君から見たら危ないよな…。すまないな、僕はもう帰るよ。君も早く帰った方がいい。ここら辺はたまに変な奴が現れるしな。って君からしたら僕が変なやつか…。」
少女は僕の危険(?)な発言にしばらくおどおどしていたが、いきなり目を細めて微笑んだ。
「そんなことないですよ。貴方はなんとなく安全な気がします。」
天使の微笑みを浮かべながら、女神の慈悲を纏わせた聖なる言葉を放つ少女。
いや、本当に誇張し過ぎとかではなく、その表現でも表しきれていないくらいにその少女は美しかった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕が安全な保証なんてないよ?もしかしたら君を食べちゃうかもしれない。」
我ながらとてつもなく気持ちの悪いことを言ってしまったと後悔したが、少女はクスッと笑って
「大丈夫です。貴方は私と同じ『匂い』がしますから。」
と、意味深なことを告げた。
「匂い?確かに君からは凄く良い匂いがするけど、僕はそんな匂いなんてしないと思うけどな。」
「え?私、良い匂いしますか?」
「ん?」
「え?」
何故だろう、話が噛み合わない。
だが少し天然っぽい所も彼女の魅力なのだろう。
「あ!そろそろ私帰らないと…。お話できて楽しかったです。」
「僕なんかと話して楽しいだなんて、君はきっと本当の楽しさを知らないんだよ。」
僕は少し調子に乗ったことを言ってしまった。
まずいと思ったが、彼女は先程からの柔らかな笑みを浮かべながら
「そうかもしれませんね。」
と、それだけ言った。
「それじゃあさよなら。」
「うん、さよなら。」
僕らは別れを告げ、お互いに背を向けて歩き出した。
しかし五秒も絶たないうちに少女が僕の背中に声をかけてきた。
「あの!お名前、伺ってもいいですか?」
唐突な質問に少しだけ面食らったが、僕は正直に答えた。
「暁月刀邪だよ。君は?」
「私は
「そっか。じゃあまた。」
「はい、刀邪さん。」
僕の名前を呼んだ彼女の笑顔は出会ってから僅か数十分の間に見せてくれた笑顔の中でも飛び抜けて綺麗で、そしてどこか儚げな笑顔だった。
そしてこれが僕が、初めて他人に心の底から興味を持った瞬間だった――。
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