早すぎた出会い
がとーしょこら
早すぎた出会い
僕は映画が好きで、映画館にもよく足を運ぶ。何かを始めたい時、何か満たされない時、その時の感情に合った映画を一人で見ることにしている。
今回選んだ、青春のはじけるような恋愛物。大学生活も半ばに差し掛かっているが、周りは男ばかり、恋愛のれの字もない。きっと僕は恋がしたいんだ。
物語も最高潮を迎えるその瞬間、現実が僕を呼び覚ます。
「つめたっ!」
隣の人が零した飲み物が僕の上着にシミを作る。
「ごめんなさいっ!」
二人して素っ頓狂な奇声を発してしまった僕らは周りの視線に気付き、慌てて自分の口を押さえる。とにかく映画に集中しよう。身振り手振りだけでそう伝えた。
ただし僕はここから先、映画どころではなくなってしまった。そんなことよりも僕の脳裏に焼き付いていたのは、上映中感動し涙を流す彼女。暗がりでよく見えなかったが、スクリーンの光に照らされた涙は僕にはない眩しいものだった。
見知らぬ女の子のそんな表情を近くで見てしまったからか、今も妙にドキドキしている。
「さっきはごめんなさい」
声の主。その女の子は上映が終わると、何度も申し訳なさそうな顔をして謝ってくれた。
僕はかぶりを振り、席を立つ。
「何かお詫びをしたいのですが・・・」
「気にしなくていいですよ」
そう繰り返すも表情が乏しい僕が悪いのか、内心怒っているように見えていたらしい。
そのまま立ち去ろうと思っていた僕。だが、彼女のある一言が僕を呼び止めた。
「あの・・・映画、お好きなんですか?」
見た目が派手な女の子。僕とはまるで縁がないと思っていた。これがその女の子、幸子と仲良くなるきっかけだった。
僕たちはそれ以来、気になる映画を見つけては頻繁に連絡を取り合うようになる。
二人で観て、二人で熱く語る。共通の趣味がなければ出会わないような二人。
同じものを観ていても色々な受け取り方がある。それを知ることができるのが二人にとって新鮮だった。
そんな僕たちのお気に入りは、とあるコメディ映画。彼女は笑うために、僕は笑顔で彩られた彼女の表情をみるために。世界一かわいいと思える笑顔を見た気がした。彼女のことが好きなんだと思った。程なくして僕らは付き合うことになった。
恋人らしいデートが更に互いの魅力を増幅させる。
子供のように遊園地ではしゃぐ彼女。ある時は、海を憂いのある眼差しで見つめる僕。
意外にも可愛らしい小物をねだる彼女。外食をすれば薀蓄を披露したがるグルメな僕。
そして、二人で見た花火大会。
「いつまでも、一緒にいようね」
そう言葉を交わすのがデート終わりのお決まりだった。
もちろんいいことばかりでもなかった。意見が衝突することもしょっちゅうある。いい部分と同じく、悪い面もちゃんと理解してあげるのが円満の秘訣。
そのことに若い僕らは気付くことができなかったんだ。いつもの些細な言い争いを皮切りに、僕が就職のため地元を離れることが決まっていたある日。
「こんなに辛いなら、別れようか」
どちらともなく言い出したことだ。好きという気持ちはまだあったのに。
そんな軽はずみな言葉が二年間の関係に終わりを告げた。
別れ際、背を向けて別々に歩き出す。二人は一度だけ振り返ったが、顔が合うことはなかった。
そんな僕は今、地元の親友・康介の家にお邪魔している。あれから五年、仕事の忙しさもあって地元に帰ることはほとんどなかった。
康介とは暇さえあれば、昼間からでも飲んだくれていた悪友みたいなものだ。
就職してからは、たまに連絡をはさむ程度で会うのも五年ぶり。
「近々俺、結婚することになってさ。お前にも紹介したいなと思って、久しぶりに家にこないか?」
康介からのこんな電話でもなければ、せっかくの休日。寝てすごすつもりだった。
しこたま買い込んできた缶ビールのプルトップを勢いよく引く。白昼に響く小気味いい音が学生時代を思い出させた。
「でも、康介が結婚するなんて驚いたよ。あれだけ結婚しないーって豪語してたのに大人になったんだな」
「そういうお前も、あの頃に比べてだいぶ落ち着いてる。お互いおっさんになったってことだな」
以前はあれだけお酒に強かったのに、缶ビール二本もあけると軽く酔い始めていた。
旧友に会って若返った感覚でいたが、そんなことが歳の重ねを実感させた。三本目に手を伸ばしかけた時、呼び鈴が鳴る。
「おっ、きたきた。彼女もう呼んであるんだよ。美人だからって惚れるなよ?」
康介はそう、冗談めかして来訪者を迎えに行く。あいつはいいやつだからな。さぞかしいい人を射止めたんだろうな。
不意に顔をあげると一瞬、時が止まったように感じた。おぼつかない足取りで戻ってきた康介の隣にいたのは幸子だった。
「なんだよー、知り合いだったのか。驚かせてやろうと思ったのに」
頷く僕に、康介は少しだけ不満そうに笑った。まさか彼女とこんな形で再会することになるとは。世間は狭い、この言葉が思い浮かんだ。
彼女はいい歳のとり方をしていた。前にも増して魅力的に見えた。彼女が来たことで、康介のお酒もガンガンすすみ惚気話にも花が咲く。話を聞き遠慮がちに相槌をうつ彼女。 正直、彼女のこんなにも柔和な態度は見たことなかった。僕は何故か無性に悔しくなって、それを打ち消すかのように無理やりお酒を頼った。
僕も会話に参加していたが、上の空で内容はよく覚えていない。しばらく経った後、キッチンに向かう僕の背中を彼女が追いかけてきた。
「もうそろそろやめといたら?だいぶ酔ってきてるようにみえるよ」
「僕は大丈夫だよ」
嫉妬もあったなんて言えない。強がりを言うが、彼女の差し出した水を受け取ると我に返った。
「それにしても、久しぶりだね。やっぱり昔を思い出しちゃったよ」
彼女は、当時と変わらない顔で僕に微笑んでくる。
「そうだな、君は前以上に魅力的になった、それに物腰も柔らかくなった」
「あなたも表情が豊かになったわ」
「君から教わったのかもな」
「あら、気の利いたこともいうようになったのね。じゃあそれも追加で」
そんな軽口も今となっては懐かしい。本当はもっと聞きたい事があったはずだった。何を話そうか考えている僕に彼女は言う。
「私たちはきっと若すぎたのよ」
彼女の確信めいた一言で妙に納得してしまった。その簡単な答えに二人で笑う。
「今・・・幸せか?」
彼女はニッコリと頷く。今まで見た中でも最高の笑顔だと思った。まだ彼女のことが好きだった自分に気が付いた。
本来は飲み明かすつもりで来たのだが、これ以上いたらきっと想いが膨らんでしまう。
適当な理由をつけて、早めに帰ることにした。
「大丈夫なの?足元おぼつかないけど」
心配そうに玄関で話す彼女の後ろから、康介の声が響く。
「幸子、送ってってやれよ。久しぶりにあった知り合いなんだろ?本当は俺の仕事だが申し訳ないが酔っててもう歩けない」
自分の言葉に大笑いしている康介。彼がここまで酔うと、一度言い出したら曲げないのは相変わらずだった。
「楽しかったよ、またな康介」
康介は、僕の顔もみず手をヒラヒラさせ送りだしてくれているのが見えた。
まだ夕日が目に眩しい。お酒で火照った僕の身体には外の冷たい空気が心地よかった。彼女と隣同士、歩いてはいるが特に口を開くことはない。言葉はいらない。
当時を懐かしみながら歩く。僕達にとってはそれだけで十分だ。
駅に向かう道。大通りを進み、角に差し掛かったところ。
ここはよく二人で来ていた映画館。通り過ぎようとする僕の袖を引っ張る彼女。
指差す先のポスター。二人がお気に入りだったコメディ映画、その待望の続編だった。
「ねぇ、これ観ない?」
強引にひっぱる彼女は目を輝かせて言う。こういうところは変わってなかった。
「え、いいけど時間大丈夫なのか?康介も待ってるんだろ?」
「連絡するから大丈夫!それにほら康介って、映画興味ないからさ。誰かと映画みるのなんて五年ぶりなのよ」
僕も幸子と別れてから、一人でしか行ったことはない。
元気になりたい時には笑える映画を。今の僕の感情にピッタリだと思った。
急いでど真ん中の席に座る僕ら。通いなれた懐かしい風景。いつもここで観ていた。
ようやく上映のブザー。なぜだか少し緊張した。世界は暗く閉ざされ、二人しかいないかのようだ。この瞬間も映画館の醍醐味の一つだ。
最初から映画は期待通り笑わせにきてくれた。やっぱりこのシリーズは最高だ。
開始30分ほどまでは楽しく笑っていた。
すると、スクリーン越しのやりとり
「もう少し早く出会っていたら~」
こんな月並みなセリフが少し気になった。僕達は違うんだ。
もう少し大人になってから出会えていたら。恋愛に早いも遅いもない。きっと恋愛に必要なのはタイミングなんだろう。
今でもこんなに楽しいのに。君と変わらずこうやって過ごす未来もあったのかな。
そんな風に考えると、自然と涙がボロボロ零れてきてしまう。涙が上着にシミをつくった。 今日、僕は同じ相手に二度目の失恋したんだ。世界が爆笑の渦に巻き込まれている間、僕だけが泣いている。いや二人だ。隣の彼女も泣いていた。
君の手が僕の手を握る感触を感じる。僕も握り返した。残り一時間ちょっと。その間だけでいい。恋人同士でいようか。
映画が終わると何事もなかったように、二人で席を立つ。もう顔を合わせる事も言葉もいらなかった。二人は別々な道を向き歩き出す。お互い振り返ることはなく、そして消えていった。君と初めて出会った恋愛映画のラストのように。
「お幸せに、そしてさようなら、大好きな人」
早すぎた出会い がとーしょこら @chocostory
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