第28話 VS 落書きのタナトス②
「ミア、タナトスは光を嫌っているみたい。 私が光の位置を調節して、あいつを四隅に追い詰めるから協力して!」
私は視界に浮かぶ中継画面に向かって叫ぶ。 ミア視点の中継画面は、アクション映画のように画面が目まぐるしく動き回っている。
中庭に広がる殴り書きのようなぐちゃぐちゃの黒い線のすべてがタナトスの体なのか、どこかに心臓のような核があるのかは不明だが、いずれにせよ体を一箇所に集中させなければ攻撃が通らないと思ったのだ。
「アインフェア・シュタンデン!(Einverstanden)」ミアが力強く、聞き慣れないイントネーションの言葉を口にする。
「な、なんて?」またドイツ語なのかは知らないが、口調からして了解の意味だろう。
その間にもミアは小さな台風のように暴れまわり、襲いかかるタナトスはバラバラに引き裂かれていく。 そして、やはり引き裂かれた影は、地面に落ちると液体のようにタナトスに吸収されている。
私は屋上の縁に立ち、指揮者のように腕を振るい、降り注ぐ光の位置を調整する。 まるで弾幕シューティングゲームのように光の弾が規則的に並んでいく。
「コラ・パルテ!(”主旋律に従い”の意味) 光よ! 影の動きを制限して!」
イルミネーションのような無数の鮮やかな光が、私のイメージと指揮者のように振るう腕に従い、中庭上空に展開されていく。
降り注ぐ光の列が、タナトスを追い立てるように逃げ場のない中庭の奥へと追い詰めていく。
◇
「こいつウロチョロと....!」光の隙間をネズミのようにかいくぐろうとするタナトスに、ミアが素早く反応し乱暴に斬りつける。 だが、タナトスは流動体のように切り裂かれながらも刀を潜り抜ける。 結果として、一箇所に追い詰めるというこちらの目的は見透かされたように上手くいかない。
広範囲に広がるタナトスを完璧に閉じ込めるためにはもっと強い光が必要だが、これ以上強い光はミアの妨害になる。 私は、降り注ぐ光の位置と明度を調整していくが中々思うようにはいかない。
「チッ。 七面倒臭い!」ミアが苛立たしげに舌打ちをした。
全体を液体のように広げ、細部は小動物のように素早く動き回るタナトスは星の光をかいくぐり、そのすべてを閉じ込め、追い詰めることは簡単なことではなさそうだった。
「ミア! 刀を掲げて!」私が叫ぶと、乱舞していたミアの動きがピタリと止まる。 ミアの不審な視線が、モニター越しでなく直接、屋上にいる私を見つめていた。 しかし、それも一瞬のことで、ミアはすぐに繋ぎ合わされた刀を両手で掲げる。
「光を纏え! フォルテ!(強く)」私が、中庭のミアに手のひらを向け叫ぶと、掲げられた刀がほのかな光を帯びる。
ミアはにやりと口角を上げる。「上等! この光は闇夜を切り裂くリヒト(明かり)」
次の瞬間バキン、と何かが折れるような音が鳴り響く。 見れば、ミアの手には機械で不格好な繋ぎ合わされた刀が別れ、二本の日本刀(ダジャレではない)、本来の姿があった。
ミアは二刀の刃先を前方へ向ける。 左手は肘をぴんと伸ばし、右手は肘を大きく曲げ顔の横に刀を構える。 私は、光を帯びた刀を構えるミアを不覚にもかっこいいと思ってしまった。 刀を構える張本人の、ヒロイズムやファンタジー世界への憧れが強いミアは、私以上に高揚していることだろう。
◇
降り注ぐ規則的に並ぶ星の光がタナトスの動きを制限し、隙間から抜けようとするタナトスをミアの光を帯びた刀が行く手を阻む。 徐々にタナトスは中庭の四隅へと追い詰められていった。
ミアのモチベーションは最高潮だ。 追い詰められて、どこからか逃げ出そうとするタナトスを、ミアは機敏な動きでほんの少しも見逃さない。
遂にタナトスは校舎の壁に囲まれた中庭の四隅へと追い詰められた。 目の前からは刀を構えたミアが迫る。
「これだけ、体が一箇所に集中していれば攻撃も通るか?」私がミアに問いかける。 四隅に追い詰められ出口を探すタナトスは、虫かごから這い出ようとする虫のようで少し哀れだった。
「迷い子に道を、闇夜に光を、亡霊に安らかな眠りを」
ミアが懐から十字架のアクセサリーを取り出すと祈るように口元に近づけ、仰々しい謳い文句をつぶやく。 ミアは、光を帯びた刀に怯えるように小さく縮こまるタナトスへと歩み寄っていく。
決着の時かと思われたその時。
「っ!? こいつ!」十字架に祈る余裕を見せていたミアが突如、狼狽し慌ててタナトスへと刀を突き立てる。
「な、何? どうしたの? 倒したの!?」私は、何が起こったか理解出来ない。
「こいつ、窓の僅かな隙間から校舎に逃げ込んでる!」ミアが悔しげに叫ぶ。
タナトスの流動体のように崩れた体は、窓枠の隙間に流れ込んで校舎の中へと逃げ込んでいた。
中継画面に映る刀はぐちゃぐちゃの体を貫いているように見えるが、相変わらずダメージを与えているのかは分からない。
私達が追い込んだと思っていた校舎の壁際の四隅はザルな抜け穴だった。
「....いや、まだだ。 ミア! そのまま、そこにいて!」私は叫ぶと、両腕と両手を大きく広げる。
校舎上空に、私の真上に今までのものより幾分大きな、二つの星の光が出現する。
「ちょっと眩しいかもしんない!」
二つの星が降り注ぐ。 一つは中庭へ、もう一つは校庭へ。
「弾けろ! 双子星!(ジェミニ・スター)」
私が、広げた両手のこぶしを握ると、校庭側と中庭側に落ちた二つの星が弾けた。
弾けた二つに光は、朝日のように校舎と中庭を照らし出し、タナトスは光に挟まれる。
次の瞬間、ミアのいた場所からキィィィンと金属音がぶつかる鋭い音が響き、光の中で残響していた。
◇
マギの掛け声と同時に、閃光手榴弾が投擲されたような、まばゆい光が弾ける。
白い光のなか、サングラスと片手で光を塞いだ先に見えたのは、光に本体を浮き彫りにされたタナトスの姿だった。 ゴチャゴチャした黒い線は本体を覆い隠す殻に過ぎなかったようで、光の中には泣き出しそうな子供の顔だけが仮面のように浮かんでいた。
私は片手で光を遮るために得物(刀)を一本に絞り、すべてが白く染まったまばゆい光の中を駆ける。
仮面のような顔に狙いを定め、刀を突き立てる。 光を遮っていた手で刀の柄を押して、両手で確実に刀を押し込んでいく。 切れ味の鋭い刀は、いとも簡単にタナトスの顔を貫いていく。
私が刀を一本に絞り、光の中を駆け出してから決着まではほんの一瞬の出来事だったのだと思う。
私は両手にダイレクトに伝わってくるこれまでに感じたことのない気味の悪い感触を感じていた。 タナトスに突き立てた刀を握った両手から感じる生き物の肉を切り裂き、ズブズブと奥へと入っていくグロテスクな感触。
さらに、その中で声が聞こえた。 初めは、少女がすすり泣くような声だと思った。 クツクツとくぐもった声はクスクスと噛み殺した不気味な笑い声だということに気づいたときには、キヒヒヒヒヒ、キャハハハハと魔女がするような狂った笑い声に変わっていた。
◇
「ミア?」
ロングスカートを抑えてふわふわと下りてきたマギが、私の顔を覗き込みながら着地する。
私は、大きなサングラスの上からでも分かるくらい険しい顔をしていたのだろう。 マギは、自分に失態があったのでは、もしくは私がどうかなってしまったのではないかと分かりやすく不安げな表情をしている。
「ミア、大丈夫? えっと、倒した....のかな?」マギがキョロキョロと、中庭を見渡す。
マギの様子を見る限りでは、先程の不気味な笑い声は聞こえていなかったのだろうか。
「ふー」私はサングラスを外すと、動揺を悟られないようになるべくいつもどおりの得意げな表情と、落ち着いた不遜な口調になるように努める。
「ええ、平気。 私は失敗なんてしないから。 ま、あなたのサポートも上出来だったわよ」
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