第27話 VS 落書きのタナトス 

「エル、この子のこと見ててあげてね。 私達はあいつを追うから」

私は中腰から立ち上がり、ユノの背中をエルの方へそっと押す。

「ユノはエルと一緒にここにいてね」

ユノはエルの隣で、私の事をじっと眺めていた。 なんだか、子供を託児所に預ける親のような気分だ。


エルはだらけた態度で、敬礼のポーズをする。

「あいあい、任されたし。 ようやく戦闘というわけですね」


 突如、視界が歪み、半透明のホログラムで形作られた3Dマップが浮かび上がる。 エルのアシストによるインターフェースのひとつだ。 3Dマップは私達のいる学校を再現しているようだ。

「先程のもじゃもじゃは、目の前の第一校舎と第二校舎に挟まれた中庭に移動した後、動作を停止しています」3Dマップが拡大され、校舎の内部構造までもが詳細に表示される。

 正直、こんな特殊部隊のような厳密なブリーフィングは必要無い気もするが、エルにとっては大した手間でもないのだろう。


「マギ、二手に分かれましょうか。 私は地上から中庭正面に回る。 あなたは屋上から支援に当たって」ミアが校舎の方へ向き直り、私と肩を並べる


「うん。 じゃあ、以降の会話は通信で行おう。 エルよろしく」

 視界上から3Dマップが消え、通信のパーティー画面が新たに追加された。

 私とミアの頭の上には、エルのアシスト機能のモチーフである、天使の輪っかのような電子の幾何学模様が浮かんでいる。

 

 ちなみにこちらの世界では、携帯電話などの電子機器はノイズだらけで使い物にならない。 なので、エルのアシストによる通信でコンタクトを行っている。 

と言っても携帯端末のビデオ通話よりも、遥かに鮮明で高機能であるが。 現在も視界の端に、ライブ画面がお互いを中継している。 

  

「エルちゃんは今のあなた達の科学技術では理解できないくらい高性能ですから。 そもそもこの世界は現実世界とは位相がズレているようなので、基地局や施設を経由する携帯端末が通じるはずもありませんね」

「まー、話が通じるなら理屈はなんでもいいや」

私は、得意げに語るエルに雑に応じる。


「意思の疎通に通信手段は必須でしょう。 エルがいなかったら連絡、連携に手間取っていたでしょうし、あなたも戦闘要員の一人としてカウントしていいわね」

ミアが、後ろにいるエルのほうを振り返る。



「では、始めましょうか」

隣で肩を並べるミアから集中の高まりを感じ、ピリピリと緊張が張り詰めていく。


 私は足を折り曲げかがむと、背中に妖精のような羽を想像し、展開する。 足をバネにした跳躍と同時に背中の羽を一気に振り下ろすと、私は弾かれたように空気を切り裂き空へと飛び上がる。 地上に、私とほとんど同じタイミングで飛び出した、校舎の方へと疾走するミアの黒い姿が見えた。

 私の体は地上十数メートルまで一息に飛び上がり、校舎の真上にたどり着くと、羽を広げふわりと屋上に着地する。


 初めこそ、無重力空間に放り出されたように翻弄されていた空中飛行だが、今となっては海を泳ぐ魚のように、空を自由自在に飛びこなせる。


 私が降り立った学校の屋上は、普段人が立ち入れるようには作られていないらしく、落下防止のフェンス等で囲われてはいなかった。 私は屋上の縁、ギリギリに立ち、中庭に目を凝らす。

 ここからなら中庭全体を俯瞰して見下ろせるが、四方を校舎に囲まれ影になった中庭は、洞窟のように薄暗く先を見通せない。

「屋上に着いたよ! 中庭が見渡せるけど、暗くて何も見えない」


「こちら中庭正面の吹き抜け。 配置に着いたわ。 地上からも闇が濃すぎてあの全身アフロは確認できないわね。 ここに突っ込むのは勇気ではなく蛮勇というものね」私の視界に浮いている見後の中継画面には、ミアの横顔と、ミアの三人称視点からみた映像を写し出している。


「エルがずっと監視していたので、全身パーマはそこにいるはずですよ」

エルの中継画面は一つで、エルの隣にユノらしき黒髪の頭が写り込んでいる。


「あんた等、アフロだのパーマだの言いたい放題ね...」私は、子供の落書きのようで不気味だと思ったのだけれど、主観など人によってこうも変わるものだろうか。


「でもなんでこの学校だけが、こんなにも闇が濃いんだろう」私が暗い中庭を見下ろし、ポツリと呟く。 

 人が集まる場所は、やはり怒りや恨みの感情も溜まり易いのか闇が濃くなりやすい。 都内などの一部は精神の病んだ絵画のように現実味を失っている場所もあった。 

 

 学校という場所は楽しい青春の場であるが、この中だけでひとつの社会が完結している閉鎖的な側面もある。 多くの人間が閉ざされた環境に集まれば必然的にいじめ等の人間関係の摩擦や抑圧もあるだろう。

 ただ、移動中に学校は何度か通りかかったが、こんなにも闇が深い場所はなかった。 この学校だけが、何か特別な問題を抱えているのだろうか。 



 私は屋上の縁に立ち、頭の中に想像を思い描く。 戦いでは役立たずの私の力も出来ることはある。

「私が闇夜を照らす光になる! 中庭を照らし出すから、ミアは構えて!」なんだか、ミアのように大げさな言い回しになってしまったが、私は気恥ずかしさよりも自分の言葉に引っ掛かりを感じていた。


「なーに、ミアさんみたいなこと言ってるんですか。 マギさんの役目は大げさな言い回ししても要は、童謡の赤鼻のトナカイでしょう」エルが、私の”ぼろ”を見逃すはずもなく、中継画面から出鼻をくじくような声が飛んでくる。


赤鼻のトナカイね.... 暗い夜道はぴかぴかのおまえの鼻が役に立つのさ、だっけ。

 

 私は、頭の中のイメージに集中することでなんとかモチベーションを取り戻し、両手を空に掲げる。

「夜曲(セレナーデ)! ”星降る夜に”」

 中庭に、幻想的なイルミネーションのような無数の明かりが雪のように降り注ぐ。


 しかし、中庭の影は予想以上に暗いのか、雪が溶けるように白い光は、闇に溶けていく。

 中庭を照らすほのかな光は切れかかった街灯のようで、より一層不気味さを際立たせる結果になった。 その中に”あいつ”の姿があった。


「っ!」照らし出されたのは、幼児の落書きのような、人の形をした現実味のないぐちゃぐちゃの線。 


「影の確認は出来たけど、この暗さじゃ戦闘は無理! もっと明るくていいわよ、私なら平気!」ミアがそう言うと、懐から取り出したサングラスを装着する。


「なんで、夜世界に持ってきてるのよ....」ファッションアイテムとして持ってたんだろうが、実用的に使う機会があるとは。


「でも、それならそこまで気を使う必要はないね。 上げていくよ!」私の役目は、ミアの視界確保だ。 明るすぎても妨害になるかと思い、さっきは無意識に加減していたかもしれない。

 降り注ぐ光の明度を上げていく。 いくつもの明かりが中庭を照らし、ようやく本来の芝生やベンチが見えた。 


 その時、光に照らされたタナトスの形がぐしゃりと、絡まった糸が紐解かれるように崩れた。 

崩れたタナトスの体は液体のように地面に広がり、四方からミアに迫る。 屋上から見下ろすと中庭は殴り書きされたノートのようだった。


 ミアは、迫り来るタナトスを前に不敵に笑う。 ミアが構えた両手に長い武器が握られる。 その武器はミアがよく使っている二本の刀だったが、二本の刀を柄同士を無理やりつなげ合わせて一つの武器にしたような歪な形をしていた。 

  

 そして、戦いが始まった。



 星降る夜の下に、激しく舞い踊るように武器を振り回す人影があった。


 ミアは繋ぎ合わされた刀をヌンチャクのように華麗に振り回し、触手のように迫る、落書きのタナトスの影をすべて削ぎ落としていく。


「凄い....!」


 ミアは、後ろにも目があるのかと思うほどに、あらゆる方向から襲いかかる影を完全に見切っていた。 まるでアクション映画の雑魚を蹴散らす主人公のような動きに私は見蕩れて、感嘆の声を漏らしていた。


 しかし、引き裂かれたタナトスの一部は、地面に落ちると液体のように地面に広がるタナトスの体に吸収されて、本体に損傷があるようには見えない。 ミアは敵を蹂躙するのが爽快なのか楽しげな顔をしており、余力は十分に残っているようだ。 だが、このままで焼け石に水だ。 私が、何か突破口を見つけないと!


 私はミアに見蕩れていた視線を、中庭全体へと広げる。

すると、中庭に広がるタナトスの体が、露骨に降り注ぐ光を避けていることに気づいた。 

「私の力に攻撃性はないはず.... あいつ、光を嫌っているのか?」



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