第25話 ”四人目”と落書きのタナトス

六月初旬 時刻は午前二時前後 夜世界の東京都大田区


 私達がいるのは、もう少しいけば多摩川という23区最南の大田区の中でも南の端。 

 私達は、どこというわけでもない住宅街のアパートの屋根で、羽を休めていた。 ”羽を休める”というのは文字通りの意味でだ。 私は妖精のような羽で、ミアはカラスのような翼でここまで飛んできて、今は一休み中。 


「感じる....闇の波動を! 聞こえる....救われぬ魂の声なき嘆きが!」

ミアが両手を広げて、舞台にでも立ったように芝居がかった口調で話す。

「へぇ。 私は何も感じないし、聞こえないけど」


「人間には、我ら魔族の波長は感じ取れないのでしょう。 しかし、確かに私の第六感に語りかけてくる声があるのよ」

「魔族ねぇ。 ご両親、普通の人間だったじゃん」

移動に疲れた私が呆れたように言うと、ミアが不敵に笑う。


「フッフッフ。 この体は所詮、依代にしか過ぎないのよ。 内に秘め」....

ミアが得意げな顔をして、長々と語り始める。 

しまった。 私の悪態がミアの変なスイッチを入れてしまったようだ。 


「素直なタイプの思春期病で楽しげで可愛げがあっていいじゃないですか」

姿を消して、音声通信にだけ参加していたエルが、ナチュラルにミアの語りを放置して姿を現す。

「マギさんの学生時代のようなダウナーニヒル系、反社会思想タイプの厨ニはホントに救いようがない上に、可愛げもないですからね」

「うっさいわね。 そんな言葉にする程大げさなもんじゃないわよ」ちょっと斜に構えてた時期はあったような気もするけど。

「なにより、魔法が解けた時に、過去を思い出して悶えるミアさんが見れる楽しみもありますし」エルが悪巧みをしているようにニタニタと笑う。 その邪悪な笑顔は、やはり、天使というより悪魔にしか見えない。

「あんた、悪趣味ね....」


「ちょっと! 何をコソコソと話しているのよ! 話を聞きなさいな!」

ミアが、私とエルを遮るように指をさす。

「うん、ミア。 あんまり形に残るもので変なことしないほうがいいからね。あとで後悔することになるから」苦笑いをして助言する私を、ミアが見下げるように見つめていた。


「ふん。 一度きりの人生で、保身や見栄なんて考えてる暇があるなら、開きなおって自分の道を往くのよ、私は」ミアが毅然とした仁王立ちで語る。


「お、おお。 なんかかっこいい。 一枚上をいかれた気分」

ヘラヘラとした私には言葉を叩きつけられたように感じた。

確かに、ごちゃごちゃ考えて何もできないほうが駄目なことかもしれない。



 話を戻すが、魔族がどうのは置いておくとして、ミアの第六感は本当にタナトスの居場所を、大まかにではあるが感知出来ているようだ。

”死”(タナトス)とは夜世界の影が集まり、実態を持ち、異形へと変貌した化け物で、私がそう名付けた。 


 私も変身後は体の機能が超人化しており、私の”力”である魔法も使えるが、タナトスの感知はイマイチ感覚がつかめない。 夜世界において、現実味を失う影の濃い場所は、昼間の現実世界で人が集まる場所なので、私でも大方予想ができる。 しかし、タナトスの出現は偶発的で、放置しておくと更に影を飲み込み、大きく強大なものになっていくので、ミアの感知は重宝すべきものだ。


 そして、今はミアの曖昧な感知に従い、港区から23区の外れにまで飛んできたのだった。 


 

 私達は飛びながら、中心地から離れた大田区の住宅街を見下ろす。 住宅は多く栄えてはいるが地方の景色とそこまで変わらないように見えた。


「邂逅(かいこう)の時は近い....!」ミアが大げさにつぶやく。 ともかく、タナトスは近いらしい。

 

 私達が降り立ったのは学校。 律儀にも校門に降り立つ。 フェンスで区切られた二つの校庭は隣接した小学校と中学校のようだ。 私達がいるのは、校庭に遊具などはない中学校側だ。 グラウンドに球技か陸上で使う、ナスカの地上絵のような白線が引かれている。 

 ただ、照明の光など微塵もないこの世界では、私達の身体能力を持ってしても暗いグラウンドを向こうまで見通せない。 


「夜の学校って不気味だよね。 校舎の廊下なんて、まさに一寸先は闇って感じだし」言ってから私は、自分が恐れをごまかすためかおどけた口調になっていることに気づく。


「校庭の真ん中あたり.....見える?」しかし、ミアはそんな私を無視して、校庭を睨みつけるように目を細めていた。 

 私も同じように、校庭に目を凝らしてみる。

 

 確かに校庭の中心あたりの一箇所で、もぞもぞと何かが蠢いているようにも見えるが、それが何なのかはまるで判らない。

ただ、タナトスへと変貌していない実体を持たない影なら、不気味なだけで珍しくも脅威もない。


「何かいるようにも見えるけど、暗くてわからないね。 私の力で照らそうか。 いきなり襲ってきたりしないよね」私は暗い校庭から視線を逸らさず、ミアに問いかける。

「魂がオルクス(冥府)に堕ちていたとしても、あの程度の大きさなら襲いかかってくることは無いと思う」ミアのドイツ語らしき造語は名称がころころ変わるので、その場その場でなんとなく伝われば気にしなくていい。


「オッケー」

私が両手を掲げ「光よ!」と叫ぶと、空から小さな光球が落ちてくる。 ”光よ”の前にルーモスと言いかけたのは内緒だ。


 ゆっくりと空に沈む光球がバッと弾け、照明弾のようにあたりを照らす。

影が光によって押しのけられ、暗闇に隠されていた異形が露わになった。


「!!」”それ”を見た瞬間、私はぞくりと身の毛がよだつのを感じた。

校庭にいたのは、幼児がクレヨンでぐるぐると書き殴った落書きのような人の形をした黒いぐちゃぐちゃ。 その姿は現実味がなく、大雑把だが肢体と顔があり、辛うじて人の形だと認識できる。 顔には目と口のあたりに、虚ろな窪みが空いているだけだ。

「レヴナント(亡霊)じゃない。 すでに堕ちた獣か」

  

「何、してるの....」私はタナトス本体よりも、その常軌を逸した行動に恐怖し、思わずミアの腕を握る。

「だから、私の話を聞きなさいよ!」ミアの口調は漫才のツッコミのように軽いものだったが、タナトスの奇行に気づくとその顔から表情が消えていく。


 落書きのタナトスの周りの地面からは、触手のように生える何本かの黒い影があった。 その何本もの触手のような影が、タナトスにまとわりついて磔(はりつけ)にしていた。

 その中の先端の鋭い一本が、タナトスへ向けて構えられたと思うと、一気に突き立てられ、落書きの体を貫いた。 落書きの体がくの字に折れ、痙攣するようにガクガクと震える。 そして、鋭い影が引き抜いては再び突き立てる、これがひたすら繰り返されている。


「....あれは自ら、自分の体を?」拘束されているようにも見えるが、周りに他のタナトスは見当たらない。

 私は握っていたミアの腕を、すがりつくように引き寄せる。  


「あの子達の行動に理由を求めても無駄よ」

ミアは突き放すように、低い声で言った。

「狂ったように暴れていたり、ひたすらうなだれていたり、あの子のようにひたすら自傷を繰り返していたりと、まるでS級の精神病院。 まともに向き合っていたらこちらがどうにかなってしまうわ」


「こんなの、まるで悪夢か地獄」

私は胸を締め付けるような圧迫感に、誰にでもなく消え入りそうな声でつぶやく。  

「事実、ここは地獄でもあり悪夢でもある。 現世で押し殺された魂や感情の流れ着く場所なのだから。 誰でも、理性的に見える人間も内には狂気や醜い欲を内包しているものよ。 この世界は醜い部分だけを偏見報道のように抽出してしまっているけどね」ミアの切れ長の瞳が、遠い目をしていた。 


 私が作り出した、あたりを照らしていた光の玉が線香花火のように次第に弱々しくなっていく。 やがて光は消え失せ、再びあたりを虚しい闇が覆った。 その間もタナトスはひたすら自傷行為を繰り返していた。 

「本当に、自傷....なのかな?」私が疑問をぽつりとつぶやく。 


「言ったでしょ、あの子達に行動に意味など無い。 深く考えないほうがいいわ。 いずれにせよ、私達に出来ることは眠らせてあげることだけ」

私は腕をぐいと引かれ、自分がミアの腕をずっと握っていたことに気づいて、手を離す。


「う、うん。 それは、そうなんだけどさ」私には、タナトスを捕らえ貫いていた触手のような漆黒の影は、落書きのタナトスとは別の意思を持っているように感じられたのだ。 

 ただ、ミアもエルも不審には感じてないようだ。


「さて、放置しておくわけにもいかないでしょ。 メンシュ・グレーセ(人間程の大きさのクラス)なら問題にならないわ。 あなたは視界確保のため、先程のように明かりを灯し続けて頂戴。 戦闘は私が行うわ」

「おっ、始めます? では、戦闘用の集中アシストモードへと移行しますね。 一瞬、視界が歪みますのでご注意を」

場違いに明るいエルの声が終わると、視界がコックピットのように魚眼に歪む。 視界上がディスプレイになったように、インターフェースのアシスト画面が展開されていく。  


私は喉の異物感のような引っかかりを覚えたまま、戦闘が始まろうとしていた。



私とミアが並び立つ。  


「あなた達は安全圏で支援に集中してくれればいいから。 マギ、準備ができたらあなたのタイミングで始めて頂戴」


 私がコクンと頷き、息を深く吸う。 私が集中を高めていると、不意にローブの袖をくいくいと引かれる。 ....なんだ? ミアは隣にいて校庭に目を凝らしているし、エルは先程、アシストのため引っ込んでしまったはずだ。 


 私は少し疑問を覚えながらも後ろから肩を叩かれたように、何の気なしに振り向く。

「うわあ!」と私はそこにいた”四人目”の姿に間抜けな悲鳴を上げていた。








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