夜を照らす光の戦士

第24話 マギ VS ミア(模擬戦)

五月の終わり頃


 私達がいるのは夜の遊園地(変な意味ではない)。 昼間は人で賑わう有名テーマパークだ。 しかし、幻想的な極彩色のイルミネーションの光はひとつとしてなく、廃墟のように退廃的な園内からは、影絵で作られた背景のような観覧車とジェットコースターのレールが見える。


 園内の広い場所で、私とミアがこれから決闘でもするように向かい合い、鋭い視線をぶつける。 私は白衣を、ミアは黒衣を纏う、共に変身状態だ。

「では、始めましょうか。 光と闇の戦いを」

不敵に笑うミアが交差した両腕に、虚空の闇から現れた刀が握られる。 二本の日本刀は片方は鋭い切れ味を主張するように妖しく煌めき、もう片方は刀身までが黒く、漆塗りのように鈍く光る。


「どっちが光でどっちが闇なのよ。 それに、戦いといってもただの力試しだし」ミアと対峙する私は呆れながらも、柔術のように構え臨戦態勢に入る。 

「気分の問題よ」とミアが口角を上げる。 これから行われるのはただの練習で、ミアの大げさなセリフはいつものことだ。

 

 薄暗い園内に、私達三人以外の”人”の姿は見当たらない。 なぜなら、今は深夜である以上に夜世界であるからだ。 園内にいくつかの、人の形をした煙のような”影”を見かけたが、この場所は昼間は楽しい娯楽施設であるからか、夜世界の侵食も少なく現実世界の景色とそこまで乖離はない。


 脇で、私達の様子を見守る天使の姿があった。 天使のエルはショーでも観覧するように膝を抱えて座り込み、頬杖をついて私達を見学している。「オッズにしたらマギさん勝利で総取りですよ。 さあ、頑張って」

「誰が賭けてんのよ! そして、私に勝利に賭けてる人が一人もいないし!」



 ”力”を手にして一月ほど。 私はミアの弟子として夜世界での活動を続けていた。 ただ、ミアの学校生活が忙しい時は、夜世界の活動は見送りになったり、私はまだ戦闘は見学で、普段やっていることは夜世界の探検だったりと、その活動はゆるゆるだったりする。 

 今日、ここにいる理由も深夜のテーマパークに忍び込んでみたかったというだけの遊びのようなノリだ。 


 その過程でわかったことなのだが、私とミアでは同じ存在でありながら、力の性質というか、出来ることはずいぶん違っている。 

 ミアは契約だか血筋だかは、発言がブレブレなので置いておくとして、とにかく、悪魔の力を借りて、刀や銃を虚空から取り出し(本人曰く、魔界の武器を召喚している)、翼など体の一部を実体化(本人曰く、内に封じた悪魔を一部、解放している)させ戦う。  

 

その、戦いには不必要に思える小洒落た装飾のついた銃や刀は、形が固定化されている。 

 

 一方で私の力は決まった形や条件を持たない。

思い描いた想像が現実を捻じ曲げ、変えてしまう私の力は、あらゆる形状の武器を創造できてしまう。 さらに火、水、木、雷、風、土、ありとあらゆる属性を生み出し、攻撃だけでなく、サイコキネシスから透過、透視の超能力に至るまで、空想できる限りなら現実にしてしまう”万能”の力だ。


 ....これだけ聞くと、まるで無敵のように感じてしまうが、”万能”とは聞こえの良い言い方で、その実、力の大きさはそこまで強大ではなく、”器用貧乏”と言ったほうが正しいのかもしれない。 実際、ミアと戦ったらどうなるかと言えばこれからご覧になる通りである。 そして何よりも私の力が戦いには向かない決定的な理由があった。



「っ!!」

 私の両手から、ファンタジーゲームの魔法のように火球が放たれる。 バレーボール大の火球が暗い遊園地を照らしながら、仁王立ちのミアに迫る。


 しかし火球はミアの手前数メートルで急速に勢いを失い、しぼんでいく風船のように力なく小さくなって、消えてしまった。 

「気を遣っているのか知らないけど、私を相手に加減なんて無粋よ! 私より強いつもり!?」

刀を地面に差し込み、腕を組んで仁王立ちをしているミアが、イラつき混じりの怒声を上げる。


「手加減してるつもりはないんだけどなぁ」

私は先程から何度も、武器や魔法をミアに向かって放っているのだが、そのすべてがミアにたどり着く前に、弱々しく小さくなって離散してしまうのだ。 そしてこれは、距離や攻撃の種類の問題ではないらしく、属性や武器の形状を変えても結果は同じだった。 

 私は棒立ちのミアをその場から一歩も動かす事もできず、ミアは一向に届かないもどかしい攻撃に、徐々に苛立ちを募らせいた。


「ぷぷ。 ヘタレ童貞のマギさんが女の子攻め立てるなんて、ムリムリのカタツムリ。 マギさんが強気に出れるのなんて自分より弱い相手だけですから」脇で観戦していたエルが、口に手を当てニヤケ面をしていた。

「そんな最低なヤツじゃないよ!」


「ほらほら、だったら少しは度胸見せなさいよ」

ミアがパタパタと手を振るい、煽るように私を鼓舞する。


「むうう、分かったわよ! そこまで言われて何もしない程、私も腑抜けちゃいない!」私はふわりと浮かび上がると、両足を叩きつけるように地面に着地する。 私の両足は舗装されたコンクリートを穿ち、地面がひび割れる。 変身後の飛躍的に向上した身体能力は、素手でコンクリートをも軽々と砕く。

私が両手を持ち上げるように掲げると、その動きに呼応するように粉々になったコンクリートの破片が浮かび上がる。 


「これなら!」大小の破片がサイコキネシスのように私の周りに浮遊する。 この破片は私の力で生み出されたものではなく、誰かに肩入れすることのない実体を持った物質だ。 途中で消えてなくなることはない。

「どうだあああ!!」投げつけるように腕を振り下ろす。 私の操る破片の群れがミアへと襲いかかる。 

 ミアが、地面に刺さった刀に手をかける。 ついに、ミアの手に武器を取らせる。 


 だがそれまでだった。

私が飛ばしたコンクリートの破片は、ミアの頭の遥か上をホームランの弾道で飛んでいった。  


 私は腕を振り下ろしたままのポースで、ミアは刀を構えた中腰の姿勢で固まっていた。

アクション映画の戦闘シーンを一時停止したような決まった絵面だったが、その顔はげんなりと弛緩している。 

「....」

「....ヘタレ」


「”力”は本人の心に強く影響を受けていますから、マギさんの無意識下の潜在意識が攻撃を拒んでいるのかもしれませんね。 元が、傷つくのも、傷つけるのも恐いヘタレダメ男のハリネズミ君ですからね」


「ふー。 ま、私とあなたでは出来ることが違っているのかもね」

ミアが刀を虚空へと仕舞うと、姿勢を楽にする。

「あなたに出来て、私に出来ないこともたくさんあるわけだし。 マギはサポートタイプなのよ、きっと」

「うぅ。 フォローありがと...」女子高生に気を使われる図.... なんて情けない。



 私の力が戦いに向かない理由というのがこれだ。 私の力は原則として、他人を殺める、傷つけることが出来ない。 

 それと、空想できる範囲ならなんでも出来るとは言ったが、時を超越したり、空間を移動したり、概念そのものを捻じ曲げてしまうような大仰なことは出来なかった。 

 要するに私の力はあくまで常識と三次元上にとらわれている。 しかし、エルが言うにはこれらは、私のこれまで培ってきた心の奥底にある常識や固定概念が力を阻害しているだけで、それらを取り払ってしまうことができれば、本当に空想できることは何でも可能なはず、だとか。

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