第22話 東京タワーを望む高層マンション

 私は事件でも思い起こすように、頭に浮かんできた記憶なのかも曖昧な情景を途切れ途切れに語る。

「黄昏の燃えるような草原.... そこに私は立っていた」

「空には夜の群青色と夕日のオレンジが溶け合って、天頂の暗い場所では星が瞬き始める頃」

「私の目の前に、三つの巨人のように大きな顔が浮かんでた」

「三つの連なった彫像のような顔は、青白い光で形作られていて、この世のものではないとういか、私の理解の及ぶものではないのだと思う」

「彼らが人智を超えた超越的存在、エルのいう”高位存在”だったのかもしれない」 

「三人の大きな顔が私に問いかけるようにそれぞれ口を開くと、その声はビリビリと大気を震わせ、私は思わず顔をしかめる」

「ただ、不思議と恐いとは思わなかった」

「三人の顔と対峙していた私は、何かに気がついたのか草原を振り返った」


 薄暗いカフェのテーブルでエルとミアが、私の取り留めのない話を黙って聞いていた。

「....えーと、それだけなんだけど」私の軽い口調での締めに空気が弛緩し、ミアがふー、と息を吐いた。


「んー。 エルも”上”とはコンタクトの取れない中途半端な存在なのでなんとも言えませんが、マギさんの見た三つの顔とミアさんが見た白衣の女性。 マギさんとミアさんの上司にも”個人”のような違いがあるのでしょうか」

エルが腕組みをして考え込んでいた。 私が不意に視線を落とすと、冷めたコーヒーと食べかけのケーキが残っていた。



 その後は、皆が神妙な空気を嫌ったのか、当たり障りのない話題でお茶を濁し、”ナイトメア”の雰囲気を堪能し、カフェを後にした。


 薄暗い雑居ビルを出ると、まだ高い日が眩しく照っていた。 

「私は漆黒の世界の戦いに備えて、帰って眠るけれどあなた達はどうする?」

伸びをしながら言ったミアは、さっきの怪しげなカフェだけが今日の目的だったのか満足げだ。 原宿とはいえ、近くに住んでるミアからしたらちょっと遊びにきた感覚なのだろう。 


「私は午前中に寝てたから眠気は平気。 この後は....どうしよっか」私は後ろにいるエルの方を振り返る。

ミアは、平日の昼間は学校に通っているので夜世界で活動しようと思ったら、眠れる時間は学校から帰った夕方から世界が切り替わる午前一時、二時までに限られてくる。 ミアは、およそ十二時間前の私と出会った昨晩から寝ておらず、今から夜世界に備えて眠るらしい。 なんだか夜勤のようなハードなスケジュールだ。


「じゃあ、まだ時間も早いしうちにでも寄ってく? 」このまま解散の運びになるかと思われたが、私達が答えあぐねているのを見てミアがさらりとそう言った。


 私は、ミアの無警戒、無垢な顔を見て、あることを話しておかなければならないと思った。

「え、えーとね。 騙してたってわけじゃないんだけど、ひとつ言いそびれたことがあって....」

私の正体を黙ったまま部屋に上がるのは卑怯かと思い、私の生前についてエルに茶々を入れられながらも打ち明けた....つもりなのだが、ミアは理解したのかしてないのか、特に驚くでも態度が変わるわけでもなかった。 何しろ、現実味も突拍子もない話の上、私の拙い言葉だ。 私の説明でうまく伝わっていたかは自信がない。 



 電車を乗り継ぎ、大江戸線の赤羽橋駅を下りると、東京のシンボルである大きな赤い鉄塔、東京タワーがそびえ立っているのが見えた。(電波塔としての役割はスカイツリーに奪われてしまったが、東京のシンボルと言えば東京タワーだよね?) 私は、東麻布の住宅街を歩くミアの後を追い、東京タワーと共に天高く伸びる超高層ビルを見上げながら歩いていた。 

高層マンションを見上げて、建物も高いが値段も高いんだろうな、などと考えていると、その高い建物のひとつにミアが平然と入っていく。


「ちょちょちょ!? ミアさん!? どこいくつもり?」自分とは不釣り合いで縁のない建物に私は混乱して、思わずミアの肩を掴んでいた。 

「な、なによ! どこって、家(うち)に決まっているでしょう!」入り口で突然、引き止められたミアは強い口調で言った。


「家....? ここが? も、もしかして、ミアってお嬢様だったり...?」いや、なんか今までのミアの行動、言動を振り返ると辻褄が合うような。

「どこがよ。 ただのマンションでしょう」ミアの泰然とした口調からは、謙遜や嫌味の色は感じられなかった。


「麻布のタワーマンションは”ただの”じゃないと思うけど」

「いやぁ、マギさんの家が犬小屋に見える格差ですねえ」私がマンションの入り口で尻込みしていると、エルが隣で、手で日差しを遮りながらマンションを見上げていた。


「ぐっ。 この超高層マンションと比べたら、物置小屋とほぼ変わらない私の家は確かに犬小屋だよ。 冷暖房なんてないし、風呂トイレは別だし、雨漏りはするし、隙間風と虫は入りたい放題だし....って何言わすのよ!」

「一人で何言ってんですか....」エルが呆れた顔をしていた。 

「エル、あなた、私の家まで知ってるわけ?」

「もちろん! マギさんのことなら学校の成績からネットの閲覧履歴まで網羅していますよ」

「自慢げに言うな! 私にプライバシーはないのか.....」


私達がいつまでもマンションの入口で尻込みしているので、ミアが不思議そうにその様子を眺めていた。

「あのね。 別にこの建物すべてがうちというわけではないのよ。 私の家はこの中の一室で、マンションというのは部屋を「いや、流石に私でもそれくらいはわかるよ! 一室でも凄いから!」


ミアはどうも会話が噛み合わないと、首をかしげていた。 

「お金持ちの家というのは、玄関から家までを車で移動するお城のような豪邸で、メイドや執事を雇っているような家を言うんじゃないの?」

「そこまでいくと、財閥とかのクラスになるんじゃないかなぁ」自覚はないようだがミアの家庭が上流階級であることは間違いない。 エルとは違う意味で、ミアもまた、私とは生きてきた世界が違うみたいだ。


 セキュリティのついた入り口をくぐると、高級ホテルのフロントかちょっとした宮殿じみた、高い天井のエントランスが広がっていた。 エントランスを抜け、両脇に三つずつ構えられたエレベーターに入ると、四十以上の階層ボタンが四列にずらりと並んでいた。 ミアがそのひとつを慣れた手付きで押すと、エレベーターは振動も感じさせず昇って行く。 

 私がそのすべてに、まるで初めて見たもののようにリアクションをとるので、ただの日常風景でしかないミアは困惑しているようだった。



 ミアの家のリビングはシック調で広く落ち着いた佇まいで、一面ガラス張りの窓からは東京タワーと麻布の町並みが一望できる。 このまま高級ホテルの一室として使っても違和感はないだろう。


 リビングにはミアの両親がいた。 ミア(Mia)という名前に端正な顔立ちとドイツ語の引用から、機関がどうのは創作にしても、両親のどちらかがドイツ人で、ハーフくらいはあるのかと思ったのだけれど、両親ともに日本人のようだった。 もちろん悪魔などではなく普通の人間。


「あら、お友達を連れてきたの?」私が玄関正面のリビングの前で呆けていると、ミアの母親に声をかけられる。

「なんでもいいでしょ。 ほら、さっさといくわよ」ミアは思春期少女らしく、ぶっきらぼうに言うと私をぐいぐいと部屋に押し込む。



 





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