第21話 土曜日の表参道

 結果から言えばミアは簡単に見つかった。

 

 五月も間近に控え、ぽかぽかと陽気は暖かく、腕や足を出したラフな格好の人もちらほらと見かけられる中、エルが指差す駅の出口の脇に異様な人物が佇んでいた。 

 黒のレザーコートを全身に纏い、バックルがいくつも巻き付いた傭兵のような黒いズボンを身に着けたその少女は、顔には芸能人がつけるような大きなサングラスをつけて、映画のワンシーンのように腕組みをして壁にもたれかかっている。 

 これからマトリックスにでも出演しにいくのだろうか。



「わーお...」私には、その不審人物に凄く見覚えがあった。 昨晩、夜世界で出会った少女も、少し趣旨は違うが同じように黒衣の衣装に全身を包んでいた。 


「面白いのでこのまま一時間位、放置して様子を見てみましょうか」

私の隣にいたエルが、手で口元を抑えて悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「いじめか.... もう少し寒い時期だったら、そこまでおかしいとは思わないけどさぁ」男子中学生が好みそうなファッションだとは思うが。


 私は気乗りしないながらも、駅の出口の脇にいる見覚えのある人物に歩み寄り、腕を組んだまま片手で携帯端末をいじっていた黒衣の少女の顔を覗き込む。

「あの、ミア....だよね?」

少女の顔に掛かっている、昆虫の目のような大きなサングラスが私の方を向いた。


 ミアは私を確認すると、サングラスの下の目が私の格好を上から下まで観察するように凝視していた。 

「どうしたのよ、その格好」こちらの世界で初めて会ったミアの第一声がそれだった。

「あなたがそれを言う....?」私の格好も変だとは思うけど。



 ポカポカ陽気なのに全身真っ黒のコートを羽織った黒髪少女。 サイズの合わないぶかぶかの服を着た白髪ロングの少女。 天使のコスプレのような格好をしたブロンド少女。 色とりどりの髪色と服装をした三人が現実世界の町並みの中にいると、アニメのコスプレのようだ。

 エルの姿は他の人に見えてないとはいえ、このおかしな格好の集団で人混みを歩くには勇気がいる。 ”力”の露呈とか関係なく、凄く目立っている気がする。


「ミア、その格好暑くない....?」私がミアにそれとなく、服装について突っ込んでみる。

「フッ。 体などは所詮、仮初(かりそめ)。 悪魔と契約を結んだ時点ですでに人としての肉体は形骸化しているわ」ポーズを付けてそう言ったミアの顔には汗が滲んでいた。 「そ、そう.... 熱中症には気をつけてね」


「まあ、私も人混みは好きではないし、少しは落ち着いてる表参道の方へ行きましょうか。 私の目当てもそっちにあるしね」

 ミアがコートをなびかせ踵を返すと、ショップが並ぶ並木道を歩き始めた。


 現役女子高生のミアにアドバイスをもらいつつ、原宿で服を揃えられたらと思ってたんだけど、この分では頼りにはなりそうにないな。



 最初に私の希望でヒルズに寄り、その中の古着屋で私の服一式を揃えた。 どうせなら思いっきりフェミニンな服装にしてもいいかなと思ったが、またエルがからかってきそうなので、ゆったりしたガウチョパンツにシンプルな白のシャツ、その上にデニムジャケットを羽織るという、中性的なイメージを残す服装にした。 マネキンの着ている服や街を歩いていた女の子のコーディネートを参考にしたので、無難な格好...だと思う。 

 ミアが予想通り、ティム バートンの作品に出てくるようなゴシック調の服ばかりを勧めてくるので、言葉を選んで断るのが大変だった。


 帽子だけは元のまま、黒いキャップを深く被る。

「マギさんが原宿で服揃えるとか生意気な。 地方の食品スーパーで売ってる服ぐららいが分相応でしょうに」店を出ると、エルが不満そうな顔をしていた。

「はいはい、そうね。 あんたはなんだろうと文句つけるのだから、あんたに何か言われることを心配するだけ無駄だったわね」私はぶっきらぼうにエルをあしらい、もう少し可愛らしい服でも良かったかなと、少し後悔しながら古着屋を後にした。 



 その後、私達はミアの目的のカフェに向かった。 本来、軽食かおしゃべりのためか時間を潰すためのカフェ(喫茶店)が、そこに行くこと自体が目的になっている女の子達の心理は、まだ私には分からない。


 携帯端末で地図を見ながら進むミアが雑居ビルに入っていくので、私達もその後をついていく。 店の名前を示すものは雑居ビルの一階にある、各階層のお店の名前が並ぶ看板だけだったので見つけるのに苦労した。

 

 私達はエレベーターで四階にある”ナイトメア”という名前のカフェに向かう。 

「少し手間取ったけど、なんとか辿り着けそうね。 しかし、あなた達と出会えたのはこちらとしても僥倖(ぎょうこう)だったわ。 眷属(けんぞく)なしで俗世を歩くには、少々私は目立ちすぎる」ミアは小難しい単語でよくわからないことを言っているが、要は独りでは入りづらかったということだろう。

 

「いつの間に私達は眷属に.... てか、目立つとか独りとか、そういうのは気にするのね」

「別に一緒に来る子がいないわけではないのよ? 私の周りって真面目ちゃんと不思議ちゃんだらけだから、中々、都合がつかないのよ」ミアが不満げに口を尖らせていた。

「へぇ、学校の同級生? ミアに不思議ちゃんと言わせる子って一体....」しかも”だらけ”ときた。 本当に魔法学校にでも通っているのだろうか。

 そして、ミアの学校での立ち位置というのも気になるところだった。 なにせこのキャラだ。 からかわれたり、避けられたりしてないといいけど.... 



 ”ナイトメア”の中は怪しげ(そういうコンセプトのカフェというだけで、お店自体が怪しいわけではない。 東京には風変わりでニッチが店が色々とあるのだ)だった。 床には赤いカーペットが敷かれ、ロウソクの明かりが店内を薄暗く照らしている。 中世ヨーロッパのお屋敷を思わせる内装で、本棚には分厚い本と共に、ドクロが置かれ魔法陣の描かれたクロスが敷かれていた。 魔術占いをテーマにしたカフェなのだとか。 

 私達はゴシック調のスーツ姿の男性にテーブルに案内され、古風な椅子に腰を下ろす。

 

 私は、四桁の値段が並ぶメニュー表に、注文を躊躇して店内を見渡すと、他のお客さんも若い女の子が多いようだった。 ただ、その多くはゴシックというのか、神秘的で綺麗ではあるが暗めのメイクや服装をしている。 服装はミアと同じように一様に全身が黒い。 類は友を呼ぶ、とは言うが....



 注文したコーヒーとケーキが机に並ぶと、ミアに端末を渡されせがまれたので、私はポーズを決めるミアの写真を何枚か撮らされることになった。 ミアの風変わりな出で立ちは、気品ある顔立ちも手伝って、この場とよくマッチして絵になっていた。 ミアにも年相応の女の子らしい側面が見えたのと同時に、カフェに来たがっていた理由なんてどうでも良くなっていた。 


「あなたの髪の色や長さは”解放状態”特有のものだと思っていたけど、元からなのね。 悪いとは言わないけれど、少し驚いたわ」すでに満足げなミアが、優雅な所作でカップを口につける。

「あー、うん。 なんで真っ白なんだろうね。 私もミアの格好が向こうで会った時とそこまで変わらないから、びっくりしたけどね」後ろで束ねた白い髪をいじりながら他人事のように語る私を、ミアが不思議そうに眺めていた。


「ミアはさ、”力”を手にしたときのこと覚えてる?」私は、単品で注文したチーズケーキを口に運びながら、ミアと話を続ける。

「”審判の時”のことね.... そう、あれは学校で帰りが遅くなって、空が黄昏に染まる刻だった。 旧校舎の禁足地である封印された地下の図書保管庫」....

ミアが得意げな顔で語り始める。 不味い、また変なスイッチを入れてしまった。

 

「はいはい。 妄想の話はもういいですから」エル興味なさげに、私が分けたケーキを咀嚼していた。

「だから妄想じゃないわよ!」エルに話を一蹴されたミアが大きな声で否定する。 静かな店内にミアの漫才のツッコミのような声が響き渡る。 注目を浴びたミアはバツが悪そうに縮こまっていた。 


 しょぼくれたミアはすっかり気弱になってしまった語調で、小さく話し始める。

「脈絡のない話で記憶が曖昧だし、もしかしたら、後付の思い込みで私が勝手に補完しているかもしれないけど」 そこまで自分を顧みることができるのに、さっきまでの明らかな妄想は何なんだろうか。


ミアが、”力”を手にしたときのことを途切れ途切れに話し始める。

「女の人...だったと思う」「ベールのような白衣を纏った女性」「その人は武器と盾を持っていて、いや、その時は持ってなかったんだけど、うん、何言ってるか分かんないわね。 とにかくその人は何かを守るために戦っていたんだと思う」「その人が私の背後にいて、私の肩に両手がそっと置かれた。 それで....」


「黄昏....」脈絡なく呟いた私を、二人が不可解そうな表情で眺めていた。

「今更、そこに食いつきます? もしかして、ミアさんの妄想話に影響されちゃってます?」茶化すエルを、ミアがいまいましく睨んでいた。


「いや、ごめん。 話聞いてなかったわけじゃないけど、なんか私もよく分かんない光景が頭に浮かんできて....」


















 




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