第20話 ミアに弟子入り+土曜日の表参道
ミアの話を私なりに要約する。 夜世界(私が勝手に名付けた)は真夜中の午前一時、二時から同日午前六時前後まで隠されたその姿を現す。 多くの人が睡眠の中で無意識に解けて、夢と現実の境が曖昧になる時間に、人と世界の本質が露わになる裏の世界。 その中で私達だけが実体を失わない。
ミアの見解だが、夜世界は時間帯ではなく多くの人眠りについていることが、世界の切り替わりに由来しているようだ。
「その証左に、今日のような週末や、世間一般の長期の休みには人々が眠る時間が遅くなるのか、切り替わる時間帯が遅くずれ込んだりするの」ミアが腕を組んで、長椅子に反対からもたれかかる。
「あの、街中にいた影たちが、人の理性を取り払った本性ということ? それじゃあミアが戦っていたあの、異形の化物は....?」
ミアの表情が、今までと打って変わって重々しいものになる。 顔立ちは整っているので、真剣な表情になるとその顔は美しくどこか儚げに映える。
「現世で他人、または自らによって押し殺された感情。 強い未練や遺恨を残した死者の魂。 あれが幽霊のような個人の魂そのものなのか、一時の強いフラストレーションなのかはわからないけれど、現世で行き場を失った心なのだと思う」
「そして、実体の曖昧な影たちは他者を求め、彷徨い、いくつもの影が重なり合うと、先程あなた達が見たような、実体を持った異形へと変貌する」ミアの切れ長の目がどこか遠くを見つめていた。
すべてミアの見解ではある。 しかし、私が夜世界を見て受けた印象と、ミアの言っていることは一致している。
「それで、ミアさんはあの異形と化した影と、夜な夜な戦いを繰り広げていると」
エルが、空気にそぐわない軽い口調で、口を出してきた。
「....戦いというよりは、魂の救済と解放。 機関は世界の秩序がどうのとか言ってた気がするけど、すでに機関とは袂(たもと)を分けた私には関係ないわ。 私は単に、あの子達が嘆き苦しんでいるようで放ってはおけなかった」
「私に出来ることは、すでに救えないあの子達をせめて安らかに眠らせてあげること。 それが”力”を手にした私の使命だと勝手に思ってる」
ミアが語りを終えたのか、深く思案するように目を閉じ、教会に沈黙が訪れた。
「なるほど、なるほど。 ただの痛い思春期少女だと思ってましたが、やはりミアさんにも”上”から選ばれるだけの光り輝く精神性を持ち合わせているようですね。 マギさんとミアさんの”痛いキャラ”以外の共通点が少しだけ見えた気がします」空気の読めない軽い口調の天使に、私とミアが責めるような視線を飛ばす。
◇
ミアが懐から懐中時計を取り出し、時間を確認していた。
「おしゃべりもそろそろ終いにしましょうか。 もうすぐ夜が明けるわよ」
パチン、と懐中時計の蓋を閉じた音が重たい空気を仕切り直す合図だったように、ミアは元の明るい口調で戻る。
「あんまり家から離れたところで世界に切り替わられると、公共交通機関の始発で帰るハメになるわよ。 現世でも”魔力”の行使は可能だけれど、普遍的な一般人に”異能”を露呈することは、闇を生きる私達にとっては好ましくないことでしょう」
そして、また大げさな用語と得意げな表情も一緒に戻ってきた。 ミアは始発で帰った経験があるのかな....
「賢明な判断です。 ヒロイズムに酔いしれるミアさんが、今まで力を見せびらかす事をしなかったのは意外ですが」
「アンタはいつも一言、余計なのよ」天使を睨むミアの代わりに、私がエルの頭を小突いておく。
私も時間を確認しようと指輪のような携帯端末を起動すると、視界に5:10と表示されたホーム画面が浮かび上がる。
「五時か.... もう早朝と言っていい時間だもんね」
とりあえず、この世界は朝が来れば明けるものだと分かり安心した私は、体の力が抜けて眠気が襲ってきた。
「ミアは明日もこの世界に来るんだよね?」
「ええ。 悪魔と契約を交わした時から、夜になれば強制的にこちらの世界に誘(いざな)われるわ」そう、これは呪いでもあるの....、と付け加える。 呪いと言う割には、その表情は悲壮には見えない、楽しんでいるように得意げだが。
「じゃあ、これからは私達もミアに同行してもいいかな?」
「....」私の問に、ミアは複雑な表情で黙りこんでしまった。 また契約がどうとかおかしなことを言って快諾してくれると思っていたので、私は面食らってしまう。
「えーと、まだ聞いてないことも色々あるし、現状こっちにいられるのが私達だけなら一緒にいたほうがいいかな、と思ったんだけど....」私は思わず、取り繕うような言い訳を口にしていた。
「....この世界は戦いの場でもあるのよ。 あなたと行動をともにするのが嫌なわけではないのだけれど、私は他人を守りながら戦えるほど強くはないわ」
「じ、自分の身くらいは、自分で守れるようになるから....」ミアの厳しい視線に、私は何の根拠もない、言い訳を重ねる。
「幻影たちが向こうから襲ってくることはない。 だから、深夜の間眠っていれば今までどおりに過ごせる。 覚悟もなく、目的も曖昧なまま成り行きだけで闇に踏み込めば、自らが闇に飲まれることになるわよ」
「話くらいならいくらでもしてあげる。 けど、私の戦いに誰かを危険に巻き込むわけにはいかない」話は終わりとばかりに踵を返したミアの背中に、カラスのような大きな黒い翼が生える。
「ま、待って!」
膝を折り曲げ、羽ばたこうとしていたミアを大声で引き止める。
ミアが振り返り、鋭い視線が私を捉える。 多分、これが最後のチャンス。
私の目的、覚悟。 この力を手にした理由....。
「....この世界での戦いがどう結びつくのかはまだ、まるで見えないけれど、私の願いは世界を変えること。 私が目指すのは誰も泣かなくていい世界。 彼らが苦しんでいるのなら、この世界に私が導かれたことは、きっと何かにつながっていると思うから。 だから....」
「.....」ミアが真意を探るように、私の目をまっすぐに見つめる。
私は決して目を逸らさないように、ミアの黒い目を直視する。
「まあ、そこまで言うなら断る理由もないけど。 自衛の手段くらいなら教えてあげるわ」ミアが表情を崩すと、翼をしまう。
私がほっと、一息つくと、ミアが黒い羽を散らしながらこちらへ向き直る。
「話が聞きたいのなら、今日の昼でもいいわよ。 今日は土曜で、こちらは特に予定もないしね。 そちらは?」
「うん。 私達はこの先決まった予定はなにもないよ」今日は土曜日だったけ。 そういえば、さっきミアが話の中で週末とか言ってた気がするな。
「毎日が日曜のニートにとっては曜日や予定なんて、あってないようなものですからね」エルが悪戯っぽい笑みを浮かべて、私をからかう。
「昨日まで、今が何年なのかもわからなかったんだから、曜日がわかんないのはしょうがないでしょうが!」
ミアが私達のやり取りを、頭に疑問符を浮かべて眺めていた。 ミアは昼間はただの高校生で、”力”を手にしたときに、私のように体を変えてしまったわけではないようだ。
まだまだ、聞きそびれたことは多い。 ホテルに閉じこもっていても、夜は明けたのだろうがミアには出会えなかった。 この”縁”もなにかにつながっているのだろうか。
◇
私達は、ミアがホームを自称する渋谷区の、原宿駅で昼の一時に集合の約束をして解散した。
ホテルに戻った私はベッドに倒れ込むと、夜世界が切り替わる瞬間の世界の夜明けを待たず眠りこんでしまった。 まるで、大晦日に年越しの瞬間まで待てずに眠ってしまう子供のようだったが、夜世界は毎日出現するものらしいので、そのうち世界が切り替わる瞬間も見れるだろう。
結局、チェックアウトの時間の午前十一時ギリギリまで眠り込んでいた私は、エルにまたバラエティ番組のドッキリのような手段で起こされ、バタバタと忙しく荷物をまとめていた。
私がホテルの使い捨て備品をカバンに詰めていると、エルが怪訝な顔でそれを眺めていた。
「何よ? もらえるモノはもらっておいたほうがいいでしょ」
「ケチくっさ....」
◇新宿駅構内
貴重品と最低限の日用品だけをポーチにまとめて、後の大荷物は駅構内のロッカーに詰め込んでおいた。 ロッカーには荷物を預けておける最大日数は三日で、放置された荷物は処分される、と注意書きがあった。 まあ最悪、処分されても困るようなものは入っていない。
私は部屋着のようなをだらしがない、ぶかぶかの服で新宿駅を歩いていた。
サイズの合っていないブーツなどは最早、長靴のようで、歩くたびにガッポガッポと間抜けな音を鳴らす。
「まずは、服なんとかしないとね.... 後、髪も切りたいな」
長い髪は後ろにポニーテールに一つにまとめてみたが、それでも足の膝辺りまで垂れ下がっている。 近い内に、せめて腰辺りまではバッサリと切りたい。
「しかし、東京の路線図とこの新宿駅構内というのは、恐ろしく複雑ですね.... 正直、エルが一(いち)からルートを模索するより、既存のナビアプリにでも頼ったほうが早いかもしれません」
私達は新宿駅構内の人混みの中を、エルのナビに従い進んでいく。 私の後を、天使のエルがふわふわと滞空しながらついてくる。 やはり、普通の人には見えていないのかその様子を気にする人はいない。
集合場所までは姿を隠して飛んでいっても良かったのだが、力の発覚というリスクを考えて、電車と徒歩で移動することにした。
「携帯端末で誰でも高画質の写真が取れて、SNSで全世界と共有出来る時代ですからね。 どこで、誰に見られるかわかったもんじゃありません」
「人類総パパラッチ時代なんて、言い得て妙だよね」相互監視社会というのか、便利ではあるが、目に見えない息苦しさを感じるのも事実だ。
「空飛ぶ透明クズ人間、現る!! なんて見出しですぐ記事になりますよ」
「クズって何よ! 私の内面の話!?」
◇ちょっと飛ばして、待ち合わせの原宿駅 表参道口
土曜日の原宿駅は、竹下通りにでも遊びにいくのか若者でごった返していた。 おそらく地元からも遠くからも遊びに来る人がいるのだろう。
昼間に私が出歩くのは目立つかと思ったが、都会というのが功を奏した。 おしゃれというのは行き過ぎると理解できない人からしたら奇抜に見えるもので、ちょくちょく派手な格好をした人もいるので、私も原宿という街に溶け込むことができている。
エルのナビに従いながら原宿駅を移動し、表参道口までたどり着いた。
「待ち合わせ場所、表参道口としか言ってなかったから、これだけ人が多いと連絡取らないと落ち合えないかもね」駅の出口を抜けると、道路沿いにずらりと人が並んでいた。
「ま、マギさん。 あれ....」私が端末を起動しようとした時、珍しくエルが狼狽していた。
後書き
話を重ねるごとに後ろへ後ろへと話がずれ込んで、今回はタイトルの箇所が最後のちょっとだけになってしまってます....
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