第19話 嘘つきのミア


「いきなり、何するのよお! 死んだかと思ったんでしょうが!」私は立ち上がり、ううう、と唸りを上げて、少女の胸ぐらに掴みかかる。 

「もお! 昨日の今日で色々ありすぎて、ただでさえわけわかんないのにぃ! この世界のことも、自分のことも! 何もわかんないの!! 私はこの短期間で何回死ねばいいのよ!?」

 困惑した少女の顔が、私の腕に揺さぶられ前後にがくがくと揺れる。 

「い、いきなり襲いかかったのは悪かったわよ。 で、でもそれ以外は何のことだか...」

 私のわずかに残った理性が、目の前の少女を責めてもどうしようもないことは理解しており、怒りに支配された体をおさえつける。

「うるさい! うるさい! ああもうイヤ!」

私は突き飛ばすように少女から手を離し、何処にぶつければいいのかわからない、ぐちゃぐちゃな感情を地団駄を踏んで地面にぶつける。


 少女の奇異なものを見る、哀れむような視線には気づいていたが、今まで抑えつけてきた分の鬱憤は、物にでもぶちまけないと収まりが付きそうになかった。 


「マギさんは情緒不安定ですが頭は悪いので、しばらく暴れさせておけば疲れて、おとなしくなりますよ」

「そ、そうなの....」

黒衣の少女の横には、いつの間にか姿を現した天使が並んいた。 

「な!? あ、あなたは誰よ! いつから隣に!?」一瞬遅れて、黒衣の少女が、いつからか隣に並んでいた天使に気づき狼狽する。


「エル! また私の事、なんか言ってるでしょ!」私はエルを指さして叫ぶ。 どこへぶつけていいか分からなかった怒りの矛先がエルに向かう。 今は自分に向けられた小さな悪口が聞き逃がせないくらいに頭に血が登っていた。

 

 激昂した私が、ヘラヘラした天使に掴み掛かろうとするのを、先程私を殺しにかかってきた黒衣の少女が止めるという、もうなにがなんだかわからないカオスな絵面が展開されていた。


 ◇


 私のヒステリーも収まり、座って話が出来るくらいには落ち着いた頃。 

最低限の自己紹介を終えた私達三人は、教会の長椅子に腰を下ろしていた。 

 

 黒衣の少女は”ミア”と名乗った。 ミアが私に襲いかかってきたのは力試しの意味もあったが、一人舞台を見られた気恥ずかしさと、この世界で初めて生きた人間に出会ったという驚きからの、気の動転もあったと素直に謝られた。 こちらも散々、暴れまわった後なので、許す許さないもないのだが。


「完全に外部の人間がいて、この世界が以前から存在していたということは、やはりマギさんの力ではなく、世界側の問題に依って生じているものみたいですね」

「だから、そうだって言ってるじゃん。 私に世界そのものを変えてしまう力なんて....ないって」意識はしていなかったが、なんだか悲観的な言い回しになってしまった。


ミアが腕組みをして、見定めるように私達を見回す。

「ふぅん。 本当に、昨日今日”力”を手にしたばかりのパンピー(素人)ってわけね。 それで、ひとつ疑問なのだけれど、二人はどういう間柄なわけ? 二人共が全く同じタイミングで”契約”を終えたの?」

ミアが私達の姿を交互に眺める。 いつからかは知らないけれど、この世界でずっと独りだったミアが、昨日今日”力”を手にした私達が二人でいる事に疑問を持つのは当然かもしれない。


「契約....かは分かんないけど”力”を手にしたのは私で、こっちのエルはサポート役?らしくて、私達はセットというか....なんというか....」私は良い説明はないものかと、当人のエルに、助け舟を求めるように視線を送る。

「セットというか、ペットですね。 エルがこの下僕の飼い主です」私の頭にぽん、と乗せられたエルの手を、私は払いのける。

「主従関係で言ったら、私が上になると思うんですけど?」



「ミアさん。 我々はまだ何も知りません。 この世界がどういう場所で、先程の化物を含めた街中にいる、存在が曖昧な人影はなんなのかお話しを聞きたいのですが」

 エルの質問に、ミアは長椅子から立ち上がると、舞台にでも立ったように芝居がかった口調で話し始めた。

「フフフフ。 そう、知りたいの。 この闇夜に覆われた世界と、虚無に囚われた幻影達のことを。 ただ、すべてを語るには長い時を要すわよ」

「「はぁ」」私とエルがなんだろうと顔を見合わせる。


「では、語りましょうか。 そう、あれは人の世に神が当たり前に姿を現し、雲の上には天界が、地の底には冥府が存在した、紀元前」私達の返答を待たずに語り始めたミアの表情は、自慢話をするようにどこか得意げだった。

「そ、そこまで遡るの....?」

「これは歴史に記されない、悪魔と呼ばれた一人の英雄の物語。 人と神の住む世界を分けた”天魔大戦”は、人知れず、現代に至るまで怨恨を残すことになった」....



 ....初めの内こそ、真剣に耳を傾けていたミアの話だったが、大げさな専門用語で飾り立てられたスケールの大きすぎる、まるで違う世界の出来事のようなリアリティーのない物語が、ミアの頭の中だけで展開された”作り話(フィクション)”であることは明らかだった。


「”大戦”で地に堕ち、人に紛れた悪魔の血を私は引いている。 それが、ある組織から命を狙われる事になった要因で、すべての始まり」....

 ミアの話は、当人が本当だと強く思い込んでいる欺瞞なのか、子供のように楽しければ現実と空想の区別なんて些細な問題なのか。

「私の内には悪魔が封印されていて、私の体を征服しようと、常に機会を伺っているわ」

 ただ、ミアの”嘘”は、別に私達を騙そうなんて悪意は感じられなかった。 

「私は、ドイツに本部を置く、”マルドゥク機関”と手を組んだ。 これは個人と機関の同盟であり」....

 それどころか、ミアは夢でも語るように瞳を輝かせて語るので、水を差すことは野暮なことに感じられた。

「東京に派遣された第六部隊は、熾天使との戦いで、私のみを残し全滅という憂き」....

ミアは時折、見事なドヤ顔でこちらの反応を伺っていたので、私は、うんうん、へぇ、と感心するような相槌を打っておいた。



 ミアが、この世界で生きた人間に出会ったのは私達が初めてだと言っていた(今の機関だの組織だのといった話とは決定的に矛盾してるけど)。 この世界に何もわからないまま、独りで投げ出されて、空想に頼らないと耐えられないくらい不安だったのかもしれない。 まあ、私の勝手な憶測だけど。


「ただ独り残され機関の陰謀を知った私は、自らの死を偽装し、機関の贖罪の時を虎視眈々と」....



「マギさん、マギさん」

 それにしても、高い天井の建物だなぁ。とミアの話を上の空で聞いていると、耳元で、小さく私の名前を呼ぶ声が聞こえた。 声の方を向くと、エルがもどかしげな顔で私を見つめていた。


ミアには聞かれたくない話でもあるのかなと思い、首をエルの方に傾ける。

「あの、ミアさんの話は信用しない方がいいかと。 この短時間の話の中だけでも、両立しない矛盾がいくつも検出できました」エルは、ミアから隠れるように私に体を寄せ、ミアの話の矛盾を羅列し始めた。

 いや、矛盾とか抜きにしてもミアの話が”嘘”であることは、私でもわかる。 むしろ、人間的な感情が理解できていないエルのほうが、矛盾がないと嘘を見抜くのは難しいのだろうか。


「まあ、いいんじゃない? 本人がそう言ってるんだからそうなんでしょ」私がミアに聞かれるのも厭わずに普段通りのボリュームでそう言うと、エルは信じられないという面持ちで呆れ返っているようだった。

「....いいんじゃない、って」


「ちょっと! 聞いているの?」

 話を中断されたのが不服だったのか、ミアが不満げな顔で私達の顔を覗き込む。


「全く。 日和見主義者と思春期少女に付き合っていると埒が明きませんね」

 エルが、割り込むように長椅子から立ち上がる。 日和見主義とは私のことだろうか。

「ミアさん。 大げさな言葉の造語と非現実な設定による整合性の取れていない”誇大妄想”はもう十分です。 あなたが、俗に言う”厨ニ病”の思春期少女であることはよく分かりました。 どうしてこう、”上”に選ばれるのはおかしな人ばかりなのか....」

 エルがやれやれと、両手の手のひらを上に向けて首をかしげる。 それにしても、バッサリ切り込むなぁ.... 

「妄想じゃないわよ! 私は中二じゃなくて高二だし!! それに、現にこうして悪魔の力を体現しているでしょう!」

 うーん。 確かに、私達が日常では考えられない特異な力を手にしているのは事実だ。 そしてミアは現役女子高生(JK)であるらしい。 私のように”力”を手にしたときに姿を変えたわけではないのかな。


「それもおかしいです。 そもそも神と悪魔は相反すものでしょう。 聖書の引用に六芒星、日本刀に悪魔の血と、出典がむちゃくちゃです。 まるで自分の好みの部分だけを寄せ集めた子供が考えたヒーローです。 ”力”自体は高位者から授かった特異なものでしょうが、その形と性質は、漫画だかアニメだかの影響による、非現実への憧れが源になっているのでしょうね」

エルが合理的にミアの力や話に理由をつけて、反論を抑え込んでいく。

ミアは口をとがらせて、抗議の目で天使を睨む。 天使と悪魔も相容れないものなのだろうか...


「ま、まあまあ。 私はミアの話、信じるよ....? でも、今はどうやったら元の世界に帰れるのか知りたいな」私が仲裁に入る。 なんだか、さっきとは私とミアの立場が逆転してるな。

 しかし、エルはエルで小さな嘘や矛盾を見逃せず、すべてに合理的な理由がないと納得がいかないのだろうか。 最もミアの話なんて聞き流してたくせに、わかったような顔してる私が一番ひどいのかもしれないが。


 私の今までの相槌やフォローが功を奏したのか、エルにそっぽを向いて、私に向き直ると、不貞腐れるようにではあるが、この世界について、私が知りたかった事をぽつぽつと話し始めてくれた。

「心配しなくても、朝が来れば自然と夜も明けるわよ」








 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る