第18話 マギ VS 黒衣の少女

 キィィィィン、モーターの回転が振り切れるような音が高まっていく。 


 高周波の音が限界まで高まった時、少女が叫んだ。

「”ハイリヒ・クロイツ”(聖なる十字)!!」

私は眩しさと突風に思わず顔を手で覆う。 教会は爆発が起きたようなまばゆい閃光に照らされ、爆風が整列された長椅子を揺さぶった。 


指の隙間から見えたのは、魔法陣から立ち上る、太陽の塔のような十字の光だった。


 耳が痛くなる高周波の残響とまばゆい光りが消えると、薄暗い教会に完全な静寂が訪れた。 光の十字に飲み込まれた二つの影は、少女のシルエットを残して、跡形もなく完全に消失していた。


 私は少女に声をかけようと、隠れていた長椅子の後ろから立ち上がる。 中央の通路へ歩いていくと、視界に捉え続けていた少女が、肩を上下に揺らし始めた。


「フッフッフフ。 アハハハハハ!」少女が気でも狂ったように大口を開けて、笑い始めた。 私はその光景にぎょっとする。


 見ていて気持ちのいいくらい快活に馬鹿笑いをしていた少女は、ひとしきり笑って満足したのか一息つくと、くるりと踵を返す。 

「ふぅ。 威力は悪くないけど、愚鈍な相手にしか通用しないでしょうね。 何より準備がネック....」


 歩き出そうとした少女と、私の目が完全にかち合う。 少女は、行進のように腕と足を上げたおかしな姿勢のまま、凍りついたように固まっていた。


「「.....」」


 教会の最奥。 地面に描かれた魔法陣の上には、頭からつま先まで黒い衣装に身を包んだ黒髪の少女。 教会の中心には、全身に白いローブを纏った白髪の私。 白と黒で対になった二人が、目を合わせたまま時が止まったように固まっていた。



 教会の最奥で、羞恥に顔を赤くして私をにらみつける黒衣の少女がいた。

「いや、そんな屈辱を受けたように憎々しげに睨まれても....」コソコソと黙って見てたのは悪いとは思うけど。 


「でも、あの赤面っぷりからすると、さっきのノリノリの詠唱と勝利の高笑いは、部屋で一人のときに誰も見てないと思ってやっちゃう、”アレ”だったみたいだね....」

「録画しとけば弱みになったかもしれませんねぇ。 惜しいことをしました」

「いや、そんなことは考えてないし...」私の部屋でのペットとのじゃれ合いも他人が見たらドン引きものだろうし、一人だと思って、はっちゃけちゃう気持ちは分からないでもない。     


 軍服のような仰々しい服装の少女がふー、と大きく息を吐いた。 辱めに歪んでいた表情が引き締まったものになる。 本人は至って真面目なので笑ってはいけないのだろうが、表情が百八十度ころころと変わる様は見てて面白いものがあった。


「そして、この痛いコスプレ感のある格好と大げさな技名は、どうやら本当に、マギさんと同類の予感....!」

「いちいち、うるさいなぁ」私、そんな変な技名とか言ってたっけ....?


 エルのことは放っておいて、私は教会の最奥にいる少女に届くように、大声で話しかける。「ねえ! あなたはだあれ? ここはどこなの?」


 返答はない。 代わりに少女が虚空を握り込むように構えた両手には、いつの間にか刀が握られていた。 刀は細く、しなやかに湾曲しており、洗練された刀身は月光を受けたように妖しい光りを放っていた。

「日本刀....? でも、なんで武器を....」


 少女は日本刀を腰に添えて、片足を大きく踏み出すと、前傾に低く構える。 鞘はないが、あの構えは”居合”。

低く構えた姿勢は、まるで獲物に襲いかかるネコ科の構えだ。 少なくとも、お話をしようという態度には見えない。 いつでも踏み出せる臨戦体勢で静止して、私を睨む少女の目は”そちらも構えろ”と言っているようだった。


「ちょ、ちょ、ま、待ってよ! コソコソ盗み見してたのは悪かったけど、私は戦う気なんて!」

 

 武器としての刃物とは、爪や牙を持たない人間が、生き物を殺傷するための戦いの道具。 それを構えることは、すなわち、これから行われるのが、どちらかが食い殺される命を賭した戦いだというとこ。 

 

「見られたからには殺す、ということでしょうか。 秘密の多い、年頃の女の子は恐いですねぇ」いつの間にか姿を消したエルは、逃げ込んだようにライブ通話の四角い画面の中にいた。

「年頃の女の子は、そんな簡単に人を殺そうとしないから!」


「ま、待って! 私はまだこの世界のこと何もわからないの! 盗み見してたのも...」私は再び、少女に向けて大声で叫ぶ。 臨戦態勢で待っている彼女の目には、往生際の悪い私はさぞかし見苦しく写っていることだろう。


 しびれを切らしたのだろうか。 少女の体が更に深く沈み込んだ次の瞬間。 少女が立っていた地面が爆発したようにえぐれて、煙が上がる。 黒衣の少女が地面を蹴り出し、弾丸のような勢いで飛んでくる。


「マギさん! 戦闘の姿勢を!」エルが叫ぶ。

「”戦闘”って言ったって、どうすれば...!?」私は戦いの方法なんて知らない。 けれども少女は、黒の外装をなびかせ私に迫る。 


 五十メートルはあったはずの距離を、数歩で駆け抜け、あっという間に距離を詰めてくる。 


 私だって黙って殺されるわけにはいかない....! 攻撃....? 防御....? 

「うぅ、ええええい!」

 私は静止させるように両手を突き出すと、透明な丸い壁が現れる。 私と少女を遮るバリアー(防壁)だ。 イメージが明確に固まっていないながらも、身を守ろうとする思いが力に反映された。 


 迫りくる少女は躱して回り込もうなどとは考えないのか、鏡のような防壁に一直線に突っ込んでくる。 

 少女と防壁がぶつかる! 私は衝突に体をこわばらせて、腕を強く構え、防壁のイメージをより強固なものにする。 


「!!」

ガシャアアアン!! 鏡が割れるようなけたたましい音と共に、防壁はガラス細工のようにあっけなく砕け散っていた。 刀の太刀筋などまるで見えない。

砕けた防壁の破片が飛び散る。 その後ろには、刀を振り抜いた少女が私をまっすぐ見据えていた。 


少女はすでに、刀を構え直し次の動作へ移っている。 こちらへ向けられる刀の切っ先が鋭く光る。 もう、私に新たにイメージを練り直す余裕はなかった。 

「や、まっ...て」最後に出来たのは懇願するように両手の手のひらを見せて、後ずさることだけ。 少女はその両手をかいくぐり、私の懐へ滑るように飛び込んできた。


 ドン、と飛び込んできた少女の体がぶつかる。 

私のお腹には、固いものが押し当てられている感触があった。  



 時間にしたら少女が駆け出してから十五秒もなかったかもしれない。 秒殺といっていい決着。


 なにがどうなった...? 懐に飛び込んできた少女は、抱擁を待つように私に体を預けている。 少女の手には日本刀が握られていたはずだ。 私はおそるおそる、固い感触が押し付けられるお腹を見下ろす。 

 そこには、私のお腹に深々と突き立てられる、少女の握る日本刀の”柄”があった。 


 すると、その先の刀身は、私の腹を突き抜けているだろうか。 


  痛みはまるでない。 声すらも上げられなかった。 小説でよくみる、刃物に刺されたときの”熱い”という感覚もない。 ただ、見たままに”柄”がお腹に押し当てられている固い感触だけ。 


 剣の達人に切りつけられると、あまりに鋭い切れ味に、切られたことにすら気づけないというが、これがそうなのだろうか。

 体を切られた想像に息が荒くなる。 顔が触れ合う程近くにある少女の頭が動いた。 少女は、私の顔を覗き込んでニヤリと笑う。


 「フッ。 なんだ、大したことないのね」 


 少女が一歩、後ろに引くと、私に突き立てた刀を引き抜こうとする。 私の頭に浮かんだイメージは、自分の腹から吹き出す血液と溢(こぼ)れる内蔵。 今は、たまたま刀身が栓になっているだけで、それを引き抜いたら、痛みとともに取り返しのつかないものが流れ出てしまうと思った。


 黒衣の少女は、私の泣きそうな顔と、少女の手の上から、二重に刀の柄を握る私の手を無視して、刀を強引に引き抜く。 私は足に力が入らなくなり、お腹を抑えて崩れるようにへたりこんだ。

 

 しかし、私の想像するような血みどろの事態にはならなかった。 刀が突き立てられていたはずのお腹を覗くと、服すらも切れていなかった。 不思議に思い、少女が握る刀を見ると、柄の先には刀身がなかった。 正確には、刀の切っ先は私とは反対を向いていた。

 貫かれたと思った私のお腹には、ただ、刀の柄頭が押し付けられていただけだった。


 少女は決着の直前に、刀を逆手に持ち替えていた。 つまりは、少女に私を殺す意思はなく、私の力試しをしていたということか。 そして、そのテスト結果は、私の完全な敗北と”大したことない”という評価。


「こちらの世界にいるのだから、もう少し出来るものだと思っていたけれど....」

私がうずくまったままでいると、少女は不安になったのか、膝をついて私の顔を覗き込んできた。 

「ちょ、ちょっと大丈夫? 体は傷ついてはいないと思うのだけれど....」

覗き込んだ少女を私がキッとにらみつけると、少女がたじろいだ。 




 


 





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る