第17話 教会の少女 VS 異形の怪物

 私の耳の横には、ヘッドセットを模したような、通信のインターフェースが浮いており、画面にはONLINEと書かれた表示の下に

[Magi]

[El]

と、私達二人の名前が並んでいる。 エルって綴りは”El”だったんだ。 ”L”の一文字でも読みとしては通用しそうだけど。


 地獄と称した世界をよそに、そんな余計なことを考えれるくらいには、私は冷静さを取り戻せていた。 地獄のような世界もこれだけ移動しても、変わり映えしない上に、身に迫る危険もないとなれば、慣れてきてしまうものだ。 


 上空を駆ける私は、街を見渡してみて気づいたのだが、ディティール(詳細な形)を失い、現実味をなくしている世界にも、場所によってその度合いが異なっている。 

 私達のいたホテル周辺は、すべてが陰りになったように、黒く染まっていたが、建物や地形の輪郭や姿は明確に残していた。 これが、摩天楼が立ち並ぶ、都会の中心地にもなると、建物や地形すらも絵画のように変貌し、世界そのものが形を曖昧にしていた。 その光景は、自分が抽象絵画の中に入り込んでしまったような錯覚に囚われるほどだった。 そこには、底知れぬ不気味さを覚えて、近付こうとは思えなかった。


 この世界と謎の人影の調査に忙しいのか、珍しくおとなしかったエルの声が、久しく通信のインターフェースから聞こえてきた。

「マギさん。 近くの教会で、あなたが力を使用した時と同様の、高エネルギー反応を感知しました」音声はクリアだったが、くぐもって聞こえる声はどこか、エルのためらいを感じさせた。


「それって、つまりはその教会に私と同じような力を持った人間がいる、ということ....?」

「その可能性も十分にあるので、エルは接触を推奨したいのですが、情報が少なすぎるのでリスクを考えるとなんとも.... 教会内を熱源感知や遠隔監視で探ってみたのですが、正しく検知できませんでした。 この世界に今までの常識はまるで通用しません」


 私の他にも選ばれて、力を使える人が? 今までは、自分のことで精一杯でそんな事を考える余裕もなかった。 その人物が私のすぐ近くに.....  


 

 私達のとった選択は、教会への潜入。 とりあえず様子を見てみないとなんとも言えない、という中途半端な回答。

エルの丁寧すぎるほどのナビに従い、外からは教会には見えない無骨なデザインの、高い建物に裏口から入り込む。 


 教会の中は、建物の見た目からは想像もできないほどに荘厳だった。 左右対称に並ぶいくつもの柱に、アーチがかかり奥へと橋がかけるように伸びている。 奥に向けられた長椅子が整列しており、その最奥にはやはりというべき、壁面に大きく十字が鎮座している。 外に明かりはないはずだが、窓枠のステンドグラスからは、虹色の光がわずかに差し込んでいた。 


 教会の中腹、左右に同じようにある通路口から、建物内に足を踏み入れた私は、神秘的な光景に、しばし目を奪われていた。 しかし、教会の中心あたりで、動く二つの影を見つけて、急いで通路口に身を引っ込める。

「教会の中心に誰かがいた!」私は、後ろについてきていたエルに、声が響かないように耳打ちをする。

「”誰か”だといいんですけどね。 ....”何か”ではなく」

私達は、通路口から頭だけを出して、二つの影を凝視する。


 この暗さと距離だ。 おそらく普段の視力なら二つの影がいる、ということだけがわかる程度だろうが、変身後は身体能力が何十倍にも引き上げられている。 視力を含めた五感も例外ではない。 私が目を凝らすと、顕微鏡を通したように細部までが詳細に覗ける。



 まず、私の目を嫌でも惹きつけたのは、小さなゴミ山のような、ごちゃごちゃとした影の方だった。 それらを構成しているのは人の体。 外部にごちゃごちゃと飛び出て見えるのは、人の腕や足だ。 二つの内の一つの影は、人の背丈ほどに積み上げられた死体の山だった。 

 私が、その惨状に嘔吐することも、悲鳴も上げることもなく済んだのは、現実に人間の死体が小山になるほどに集められているわけではなかったからだ。 小山の中心の大部分は黒いモヤに包まれている。 アレはおそらく、外にいたモヤのような人影と同じように、そういう”存在”なのだ。 小山は、ヘドロが意思を持ったように、一つの固まりとして、もう一つの人影に這うように詰め寄っていく。 (以下、異形の化け物と呼称)

 

 異形の化物が、這いずるごとにぐじゅぐじゅと肉塊を引きずるような音と、パキパキと骨の折れるような音がした。 私はその音に、身の毛がよだつような悪寒を覚えた。


 その音を切り裂くように、カツン、カツン、と小気味よい靴音を響かせて歩くのはもう一つの黒い人影。 異形の化物に背を向けて、散歩でもするかのようにゆっくり歩いていく。 黒い人影は、今まで見てきたような黒いモヤのような影とは違い、輪郭、形まではっきりしている。

「人だ...!」私が通路から身を乗り出して、教会の奥へと歩く、後ろ姿を見つめる、顔は見えない。 腰まで伸びた黒髪と線の細いシルエットを見る限り女性だろうか。 袖口からわずかに覗く白い手が、生きている人間だと確信させてくれた。 生者に出会えたというだけのことがこんなにも嬉しいとは。 


 全身を黒い衣装に包んだ女性は、異形の化物と少し距離を取って、歩いていく。 黒衣の女性が何の前触れもなく、くるりと後ろを振り向く。 私達の気配か物音に気づいたのかと思い、私は反射的に身を隠す。 


 黒衣の女性が振り向いたことで、その外見があらわになった。

黒衣の人影は、今の私と同じくらいの年齢の少女だった。 切れ長の流れるような目に、引き締まった顔立ちは気品に満ち溢れている。 

全身を覆う黒い外装は、仰々しい軍服のコートようで、足までを覆い隠していた。 体の前面には、ベルトやらバックルやら紋章の刻まれた銀の装飾やらが、ゴテゴテと飾り付けられている。


 振り向いた黒衣の少女は、自分を追従する異形の化け物を見つめる。 幸い、私達に気づいた様子はないようだ。 しばらくすると、少女はくるりと踵を返し、再びゆっくりと歩き始めた。 その動作は化物がしっかりとついてきているか、確認しているようにも見えた。 

 少女のペットでも散歩させているようなあまりの落ち着き払った様子に、異形と少女は友好関係にあるのかな、と考えを巡らせる。 

 しかし、少女は、異形の腕が絶対に触れない、一定の距離を保っているようで、どうやらそういうわけでもないようだ。


「化物をおびき寄せてる....?」少女は、ただ近くで動くものに襲いかかる異形の化け物をおびき寄せているように見えた。 化物は亀のように移動が遅いので、散歩でもさせているように、緩慢な光景に見えるのだろう。 


 でも、どこに誘導しているんだろう? また、その目的は?

 

「奥の地面の”アレ”に、でしょうか」

私の疑問の答えは、エルが指さした、教会の奥に見つかった。


 教会の最奥、壁面に描かれた大きな十字の下、地面には六芒星が描かれている。 六芒星の周りは見覚えのない文字が円周に描かれ、星の六つの角の先には、術式のような小さな円が描かれており、複雑な幾何学模様を形成していた。 ”魔法陣”というやつだろうか。 少女は魔法陣に向かい、グロテスクな化物を引き連れ、歩き続ける。


 私のいる場所からだと、柱が邪魔をして、最奥の様子が見づらい。 私達はコソコソと教会に足を踏み入れると、長椅子の後ろに身を隠し、黒衣の少女と異形の化け物の行く末を見守った。

 


 それから、少女は二度、三度、後ろを振り向いて、同じように化物がついてきているか確認し、ついには、最奥の地面に描かれた六芒星の魔法陣へと足を踏み入れた。 


「In the beginning God created the heaven and the earth.(始めに神は天と地とを創造された)」突如、教会に少女の力強い声が響き渡った。

「な、何!? 英語...?」演説でも始まったのかと思った。  

 少女は詠唱のように、堂々と大仰な文章を唱え続ける。 

 明らかに、日本語発音の英語で、文も単調だったが、学校の授業レベルの英語力しかない私には、意味までは理解できなかった。


「Now the earth was formless and empty. Darkness was on the surface of the deep. God's Spirit was hovering over the surface of the waters.(地は形無く、虚しく、闇が深淵の面にあった) 」

 少女は早歩きに、魔法陣の外周を沿うように歩き始める。 六芒星の六つの角の先にある術式のような円を、少女が通ると、まるで起動するように魔法陣が光り始める。 

  

「God said, "Let there be light," and there was light. (神は”光あれ”と言われた)」

 何かが起ころうとしている魔法陣の中にいる、異形の化け物は、そんなこと気にもならないのか、意識できる理性もないのか、なおも外周を歩く少女に襲いかかろうと手を伸ばす。 


「 God saw the light, and saw that it was good. God divided the light from the darkness.(神はその光と闇を分けられた)」

 歩くよりも遅い化物は、黒衣の少女に追いつくはずもなく、少女が魔法陣の一周を終えた。 すべての陣が起動して、魔法陣全体が光りを放ち始める。


「God called the light "day," and the darkness he called "night." There was evening and there was morning, one day. (神は光を昼と名づけ、闇を”夜”と名づけられた)」黒衣の少女が両手を大きく広げる。 キィィィィンと高周波が鳴り響き、魔法陣は、目を開けていられないほどの、まばゆい光を放ち始める。 




後書き。 

決着まで書くつもりだったけど、今日中に更新したかったので半端なところで切れてます。 ごめんなさい。 また、近い内に更新しようと思います。


本文の日本語訳はかなり省略してます。 


 



 

 

 


 

 

 


 



 


 


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