夜世界と(自称)悪魔の少女
第16話 この世界は”地獄”?
エルが舞台の幕を開くように、カーテンをスライドしていく。
外の景色は、部屋に入ったときになんとなく覗いてみたけど、小さな道を挟んで、雑居ビルの無感情な灰色の壁と窓があるだけだった。
向かいの人と顔を合わせても気まずいだけなので、来た時そのままにカーテンは閉め切っておいた。
今、エルが開け放ったカーテンの向こうも、ただ暗い壁がじっと、居座っているだけで、別に見ていて面白いものでもない。
それを、見せつけるようにして、神妙な顔で私の反応を待っている、エルの意図が読めなかった。
「別に何かが変わっているようには見えないけど....」
ただ、深夜だからか、外は死んだように静まり返って、一層、暗さを増しているようには見えるが...
....いや、静かすぎるのか? それに、向かいの雑居ビルの灰色だった壁は、暗いというより塗りつぶしたように黒く見える。
私は恐る恐る、窓際へ歩み寄り、天使と横並びになり、街を覗く。
「なに、これ....」
エルの言う通り、浴室の幽霊なんて、些細な事に思えるほどの異様な光景に、私は言葉を失っていた。
街は、タンカー事故で重油が垂れ流された海のように、禍々しく、黒に染まっていた。 眠ることを知らないきらびやかな都会は、退廃的な廃墟のように人の気配がなくなり、灯る明かりはひとつもない。 遠くに見える明かりのない摩天楼は、黒の画用紙を貼り付けられただけの、影絵のように見える。 空も同じように、光るものは、ただの一つもなく、鈍い灰色が世界を閉じ込めるように覆いかぶさっていた。
そして、見下ろした地上には、浴室にいる”なにか”と同じような黒い人影達がうごめいていた。 モヤのような人影達が、まるでゾンビか廃人のように、彷徨い歩くか、うなだれている。
”地獄”と形容するのが、一番伝わりやすいであろう、厭世的に世界を描いた抽象画のような、現実味のない、おぞましい光景が広がっていた。
◇
息が詰まりそうな重苦しい空気に、胃から苦いものがせり上がってくる。 それを生唾を飲み込んで押し戻すと、放心していた私はあることに気づき、ぞっとする。
「っ!!」私は弾かれたようにエルからカーテンをひったくると、それを勢い任せに引いて、外の世界を拒絶する。
街は墨汁を垂れ流したように真っ黒に染め上げられている。 建物などは、窓がないようにディティール(詳細な形)を失っていた。 その中で、私達のいる窓だけが、四角く切り取られた街頭ビジョンのように目立っている気がしたからだ。
そんな気配はまるでなかったが、地上に蠢くあいつらが私達に気づいて、街灯に群がる虫のようにこちらへ向かってきたらと思うと、本能的な恐怖が働いたのだ。
「な、なんなのよこれ。 ここはどこ? 人がいない? あいつらは一体....」私は恐怖におののき、後ずさると、ベッドに足がぶつかり、シーツの上に尻餅をついて、へたりこんだ。
「 地形や建物といった外部環境は、本来の東京と変わらないんですけどね。 この世界、あいつらがなんなのかに関しては、正直、エルもお手上げとしか」エルがアメリカンジョークをかましたように、手のひらを上に向けて、肩をすくめる。
「マギさんが力を得たことで”この世界”に入れたのか、マギさんの力が”この世界”を生じさせているのか。 あるいはもっと、夢の世界のような、脳内世界に意識だけが取り込まれているのか」
「わ、私の力が世界を!? 私にそんな、大それたことが出来る力なんてないよ! それに....」
「可能性の話です。 睡眠前のあなたの精神状態は不安定でしたから。 ただ、エルの直感としては、前者の外的要因、世界側が抱えている問題のように感じますが」
前者、私達が知らなかっただけで、この世界は前から存在していた。 力を得た、影響かはわからないが、そこに私達が入り込んでしまった、という考え。
◇
「とりあえず、外を調べてみませんか? 人類の歴史も開拓精神によって、未知の世界を切り開いてきたのです。 このまま、部屋に引きこもっていても事態は進展しないどころか、この世界に閉じ込められたままの可能性もあります」エルが、カーテンが閉じたままの窓に手を伸ばしていく。 私の脳裏に、先程見た地獄のような光景が蘇ってきた。
「外に....? い、嫌だよ! 開けないで!」私は、身を守るために甲羅に引っ込む亀のように、シーツに身を包める。
「この世界を作っているのが要因が外にあるなら、余計なことしない方がいいよ! 夜明けになって朝日が昇れば、あいつらも引っ込んで、元通りの世界になるかもしれないし」深夜は妖魔が跋扈する、暗闇に隠された時間。 藪をつついて蛇を出す結果になるかもしれない。
「必ずしも、時間が解決してくれるとは限りません。 携帯端末に表示されている時間は、ネットから切り離されても、内部でただ時間を刻んでいるだけで、この世界が元の世界と同じように進んでいる、また、同じ場所にあるとも限りません」
その後しばらく、外に調査に行きたいエルと、部屋にこもって時間が解決するのを待ちたい私との議論が続いた。 議論といってもただ、私が子供のように、いやいやと駄々をこねているだけだったが。
結局はエルに押し切られる形で、外へと向かうことになった。 ”何か”が浴室にいる同じ部屋で、明けるともしれない夜に怯え続けるのか、と発破をかけられたのが決定打だったかもしれない。
◇
私は、左腕を体に巻きつけるように、右肩へ回すと、背中のマントを脱ぎ捨ているように左腕を振るう。 すると、私の全身を光が包んだかと思うと、マジックショーの早着替えのように、私は白いローブに古風なワンピースの衣装に身を包んでいた。
この胸の前で腕を切る、闇を振り払うような動作が、変身のトリガーだ。
「初披露なのに、変身シーン、カットとは.... 変身中は裸になってくれないと、動画機能を用意した楽しみがないんですが」
「それ、魔法少女モノのアニメの話でしょうが... 私の変身はこうなの。 大体、私の変身シーンなんて、動画に残してどうする気よ」
「せっかく、動画にしてスーパースローで変顔探しでもしようと思ったのに」
「何その、予想外の使い方!?」てか、それなら裸とか関係ないじゃん....
◇
私の身長の半分ほどしかない、外へと繋がる四角い窓に手をかける。
カラカラと、窓を開け放つと、とても四月とは思えない生暖かい空気がむわりと流れ込んできた。
腰ほどの高さにある窓枠に足を掛けると、背中を折り曲げ、上半身だけを外の世界に乗り出す。
「ちょっと余計なこと言わないでよ。 集中してイメージしないと、力をうまく使えないんだから」
「あいあい。 そう言えば、この世界の調査でしたね」エルは、思い出したように言う。
「調査はアンタが言い出したことでしょうが....」
私は身を乗り出すと、風もなく、滞る空気が粘りつくように喉に絡みついてきて、むせ返りそうになった。
窓枠にしゃがみこんだ私は、水中で自分が浮かび上がっていくイメージを思い描く。 不意に、窓枠にかかる足の裏の感覚がなくなっていく。 昼間より容易に、私の体は浮かび上っていた。 目を開けると、支えもなく窓際に浮遊している私がいた。 真下の路地裏のような小さな通りには、いくつかの、煙のような黒い人影が見えた。
「では、調査といきましょうか。 エルはこの部屋で、前回同様サポートに当たりますね」エルが、キーボードに手を置くように手を構えると、私の頭に天使の輪っかのような光輪が浮かび上がった。
私の視界が、コックピットに囲まれたように魚眼に歪む。
視界を妨げないように、視野の下の方の、左右に二つずつ追加されたインターフェースの画面は、それぞれ時間と位置を計測しているだけのシンプルなものだった。 この世界のことはまだ、エルも探り探りなのだろう。
私はふわりと浮かび上がっていくと、ホテルの壁を、水泳の蹴伸びのように足蹴にする。 壁を蹴った力で、押し出された私の体は、空を泳ぐようにふわふわと飛んでいく。
”飛ぶ”といっても昼間とはまるで方法が違う。 体を限りなく軽くして、月面にいるように、ふわふわと飛んでいく。 緩やかな放物線を描いて、体がが落ちてくると、時折、高いビルに足をつけて、跳ね飛んでいく。
本来、人の体は、飛べるようには構造されていないのだ。 力の使い方が未熟な私は、こちらの跳ね跳んでいく方法のほうがイメージしやすかった。
◇
足の下に、真っ暗な世界が流れていく。 振り返ると、私がいたホテルが暗い背景の一部に溶け込んでなくなってしまったように見える。
景色は代わり映えしない。 墨汁を垂れ流したような黒い街が続いて、ポツポツと黒い煙のような人影がさまよい歩いているだけだ。
エルが地上を検分しているのか、時折、建物や黒い人影が線に囲われ、視界の下の方で、ウェブページのソースコードのような文字列が、せわしなく現れては消えていく。
以降、テンポ悪くなるかな? と思ってこの話の中で、ばっさりとカットした独白のような部分(書きかけ)です。
むせ返るような空気に、本当に外に出て大丈夫なのかと、不安になり、ちらりとエルのほうを振り返る。
「環境の調査は一通り、こちらで終えましたが、人の生命活動を脅かすものはありませんでした。 建物、地形を始め、空気中の成分まで、夕方の東京と何ら変わりはありません」
私の不安なんてお見通し
「風もなく、気温、湿度はこの季節の平均よりは、多少高いですが、この異常事態の中では特筆するような.... どうしました?」
エルが言葉の途中で、ぽかんと見つめている私を見つけて、疑問を顔にする。
なんだか、エルが、会社のプレゼンで資料片手に、自分の企画を説明する、優秀なビジネスマン(ウーマン?)に見えたのだ。
「い、いや。 なんか、エルはすごいしっかり者で、私とはタイプが違うんだなと思って」
そのビジネスマンのイメージは私ではまるで、想像できないことだった。
労働にお金をもらう以上の価値を見いだせない、労働意欲の低い私は、ブルーカラーの制服に身を包んで単純作業をこなしている姿のほうが容易に想像がつく。
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