2020年、東京
第11話 2020年、東京
「ちなみに、このバスは何処に向かっているの?」
エルの返答までは、情報でも検索しているのか、一呼吸、置いてからだった。
「静岡のハママツを発、終着シンジュクの高速バス、とありますね」
エルの言葉は、市区町村まではまだ把握できていないのか、若干、たどたどしさを感じさせた。 シンジュク? ....新宿か。
「新宿.... 東京かぁ」 思い描いたのは、摩天楼が立ち並ぶ、大都会。
「東京ですか! この国の事実上の首都にして、人口が集中する、社会、文化、経済、の中心地! 始まりの舞台としては、都合いいんじゃないでしょうか?」
天使が楽しげに、画面から身を乗り出そうとする。
人が集まってる、ね。 逆に人が集まりすぎて、東京一極集中なんていう問題も生まれてるんだけどね。 通勤ラッシュの人混みや満員電車を想像すると、辟易してしまう。 私はマイペースな人間なので、人が過密な場所は好きではかった。
ううん、疲れてダウナー気味なのかネガティブになったいるな。 人混みは好きではないが、人が集まっているということは、デメリット以上の利点もある。 エルの言う通り東京は、文化や流行が生まれる日本の中心地。 きらびやかで、はなやかな都会。 都会ならではのいいところもたくさんあるだろう。
エルは珍しく、遊びにでも行くようにはしゃいでいるし、水を差すこともないか。
「じゃあ、このまま、バスに揺られてようか。 ここから、東京なんていったら、かなり時間かかるでしょ」現在位置は静岡だから、最低でも三、四時間というとこか。
バスは、真っ直ぐな木々のトンネルを走り抜け、少し急な坂道を下っていく。 そろそろ、山を抜けて、麓まで下りてきた頃だろうか。
「ウェブサイト上の情報によると、休憩を含めて、シンジュクまで約五時間。 空間的移動に、これだけの手間と時間がかかるとは。 まだまだ原始的な生き物ですね、人間というのも」おそらく、悪気はないのだろうが、ちょくちょくこの天使は、人を見下した発言をする。
「五時間か.... どこでもドアを持っているみたいに、どこへでも、一瞬で移動できる、あなたからしたら、原始的に感じるかもね」地球の裏側の国まで、民間旅客機でも一日あれば行けてしまう時代だ。 しかし、ワープのような移動が可能なエルが、車での移動を原始的と思うのも無理はない。 私も五時間と聞いて、気が滅入っていた。
バスは森を抜けたのか、景色は生い茂る木々から、コンビニや、チェーン飲食店の目立つ色の看板へ、少しづつ変わっていく。
「マギさん。 バスはこれから、市街地や高速道路を走行すると思われます。 姿を消す方法と、物質の透過の会得を推奨します。 お疲れでしょうが、もうひと踏ん張りだけがんばりましょう。 それが出来たら、バスの中でゆっくり休めますよ」
◇
そう言えば、この力、姿は知られてはいけない、という制限があるんだった。
「ところで、なんで、この力を人に知られてはいけないの? 正体がバレると、魔法が使えなくなるなんてのは、なんか聞き覚えのある話あるけど」
「んー、実の所、力を秘密にする、という制限はエルの勝手な独断なんですよ」
あっけなく言い放ったエルの言葉には、疲れている体を引き起こさせるだけの衝撃があった。
「は、はぁ? 私がバスを止めるのに、その制限のせいでどれだけ」
私は上半身を起こし、画面をにらみつける。
「ちょ、ちょっと待ってください! 言い訳になりますが、エルの行動はすべてあなたを思ってのこと。 この特異な力が、明るみに出れば、事故以上の悲劇を招くと思ったからです。 また、話が長くなるので今は詳しくは語りませんが」
天使は、罪を告白するように、弱々しく話し始めた。
「普遍的な大衆の中に”あなたという異質”が存在しているとき、人がどう思って、どう動くかを、少しでも推測すると、恐ろしい結果にしかならなかったからです」
天使の重たい口調が、私の熱を冷ます。 エルが危惧していることは、大衆の中の特殊な存在、という一文だけでなんとなく、察せてしまった。 人の集まりの中に、”他とは違う”モノが居たらどうなるかなんて、私もよく知っていること。
走るバスの上で、座っている、私の長い白髪と白装束が、流れるようになびいていた。
「....特殊な存在。 普通ではない、か」
「エルもまだ、生まれたばかりの存在。 判断、言葉は、誰かに申し付けられて、決められたことではないので、全部、独断といえば独断。 エルがあなたに遣えるのは、あなた達の基準でいうと、本能的な欲求。 ”生を受けた意味”があなたに遣えるという使命なのです。 くどいかもしれませんが、エルの行動は、すべてあなたを思ってのことなのですよ」
◇
「まあ、約五時間、天井にへばりついている根気と、発見されて、変質者扱いされるのをいとわない図太さがあるなら、別にそのままで構いませんが。 エルが情報収集片手間に監視して、転げ落ちそうになったら、気が向いたら助けますよ」
「私の味方だって、重たいこと、たくさん言ってたくせに、ぞんざいな扱いだなぁ。 わかったわよ、私の力は秘密ね。 まあ、目立って、人目を引いてもロクな事になりそうにないのは確かよね」
◇
バスは東に向かい、ひた走る。
道中、カメレオンの補色のように、姿を隠す方法と、物質をすり抜ける、透過を覚えた。 バスの中でゆっくり休もうと思ったのだが、席のほとんどが埋まっていたおり、流石に隣に人がいる席は、姿を消せるとはいえ、バレるのが怖かった。 なので、私はバス下部のトランクで、体を伸ばして休むことにした。 この時期なら、大して暑くも寒くもない。 誰かのリュックを枕にして、規則的に並べられた、スーツケースと共に横になって、道中を過ごした。
そして、舞台は東京へ―
◇エルside
”ワタシ”はこの人のために生まれた。
この人に遣えること。 それがワタシの生きる意味。
ワタシは人ほどに原始的な生き物ではないが、高位存在に直接、コンタクトを取ることは出来ない、半端な存在。 誰にどうしろと指示を受けたわけでもない。 ただ、本能のような欲求が、この人に遣えるという使命なのだ。
ワタシタチに”個”や”自分”という概念はないので、生まれつきの使命に対して、不満はない。 人、特にマギさんは生まれついての縛りを嫌い、自由というものを求めているようだが。
しかし、よくわからない人ですね。 最初は、頼りない人かとも思いましたが、バス事故の対処を見る限り、この人は、本質を見抜く慧眼を持ち合わせているようですね。 これから、このあてのない旅は、果たしてどうなっていくのか。 まあ、少しは、期待しますよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます