第6話 あなたを信じる
こくんと頷いて、エルは真剣な顔で私をまっすぐ見据える。
「マギさんがやることさえはっきりしてくれれば、エルはそれを全力でサポートします」
私もうなずき返す。 本音でぶつかってでしか、築けない信頼もあるのだ。
「それとマギさんはエルが、上の世界からを降りてきたと、認識しているみたいですがそれは誤りです。 エルという個体はあなたのサポートのために造られたモノ、あなたありきの存在」
「そうなんだ。天国だか、天界みたいな場所があるのかと思ってた」
「はい、だからこれだけは覚えておいてください。 何があっても、これからどこへ向かうとしても、エルはマギさんの味方。これは未来永劫、恒久に変わることはない」
なんかとてつもなく重たいことを言っているけど、その顔は真顔そのものだった。
「そ、そう。ありがと。なんか重いけど」
◇
とにかくやることは決まったし覚悟も決めた。
私たちは木々の隙間から見える、山の斜面に真横に伸びる道路を睨むように見上げる。
張り詰めていく緊張感の中で、私は大事なことを失念していた事に気がつく。
取り繕うような笑顔でくるりと後ろにいる、エルの方を振り返る。
「えっと、それで私に何ができるんだったっけ?」
エルが、お笑い番組みたいに体を倒してずっこけていた。 緊迫した空気は、一瞬にしてふわふわと四散していった。
◇
「その前に少しだけ、失礼します。 我慢してください」と言って、エルは両手を数字の一を示すように人差し指を立てて、その指をつきつけるように、私に向ける。
「?」
突きつけられた人差し指がそのまま、近づいて、近づいて、近、
「ちょ、ちょ待て! 何する気よ!?」思わずエルの手を止める。 このままだと眼球に人差し指が突き立てられることになっていたからだ。
「我慢してといったでしょう」
「眼球に指突っ込まれたら、我慢出来ないわよ!」
「エルはあなたの味方だといったでしょう。 あなたに危害なんて加えません。 時間も迫っているんですよ」
怒気を含んだ口調で、 私を諭すように言った。 これではまるで私が物分りが悪く、駄々をこねているみたいじゃないか。
「何をしようとしてるかだけ教えてよ。 E.T.のポスターみたいに指をくっつくけるのが正解だったわけ?」
「口で説明するのは難しいです。 ちょっとした天使のおまじない、加護とでもいいましょうか。 目を閉じたままでいいですから、すこしおとなしくして」
瞬きもしない真っ直ぐな瞳が、私を捉えて離さない。 時間を無駄に浪費しているは確かだ。 こんな小競り合いなんてしてる場合ではない。
「わ、わかったわよ。私もあなたを信じる」
目を閉じると、私の髪をかき分けて入ってきた両手が、頬に添えられる感覚があった。
次に、私より一回り小さな天使が、密着するような間合いに、一歩近づいてきたかと思うと、グイ、と両手に顔を引き寄せられる。
キスされるのかと思った。
エルが鼻と鼻が触れ合うような距離にいて、子供の熱でも計るように、おでこ同士がくっついていた。
そのすぐ下にあたっている固い感触は、赤縁の眼鏡だろうか。 顔にかかる吐息が艶かしく感じられて、私は前かがみ(変な意味はない、身長差のせい)の滑稽な格好で、固まっていた。
時が止まったように続くかと思われた膠着状態は、その実、ほんの一分にも満たなかったと思う。
「はい。もういいですよ」すっと、密着していた温もりが離れていった。
「ふへぇ」緊張の糸が切れて、大きく息を吐く。 変に思われたくなかったのか、密着してる間、自分がずっと息を止めていたことにようやく気づく。 結局、何をされたんだろうか。
目を開けると、視界いっぱいの細胞のように小さな数字と文字が滝のように流れて、幾何学的模様が襲いかかるように広がっていく。
「う、なにこれ....」
私は目にゴミが入ったみたいに、何度か目を瞬かせると、細かな数字の羅列と模様は背景に溶けこむように消えていった。
ゴシゴシと目をこする。「なに? 何したの... 今のは一体」
「すぐに分かりますよ。 それより今は目の前のこと! 絶対助けるんでしょう?」
エルは無邪気に斜面の道路を指差し、私を鼓舞した。
◇
「あなたの力は奇跡の力。あなたが願うなら、どんな絵空事だって現実に変えていける。 道理もすっ飛ばして実現する力は、まさしく魔法!」
「奇跡の力。 魔法....」
私は、自分の手のひらを見つめる。青いワンピースと白い髪、白いローブが足首までカーテンみたいに伸びている。 白いローブから伸びる腕は、不健康に青白く華奢で、前からよく知る自分のものではない。
「えっと、具体的に何をどうすれば、その”力”を使えるの?」
「力を与えられたと言っても、本質はあなたの内から溢れ出る力。 我々はそれを現実へ落とし込む術を教えたに過ぎない。」
「ただ信じる。 きっと出来ると強くイメージすること。 エルよりも、自分と向き合ってください。 きっと答えはそこにしかない」
「ただ信じる....ね」聞こえによっては怪しい宗教だ。 でもこれは、私の望んだこと。 誰に強制されたわけでもない、私自身が選んだこと。
だからまず、一番はじめに自分が自分を信じてあげなくっちゃ。
傍観者でいることは、傷つくこともないし、楽なことでもあるだろう。
でも私の人生の主人公は私だ。 待っていたって、物語は始まらない。
自分と向き合う。 私はどうしたい? 誰も死なせたくない。 あんな惨劇を現実のものにしたくない。 だったらどうする?
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