第3話 選ばれし者

前回 森のお腹で目覚めた私は、エルと名乗った、天使に出会った。

そして、自分の体が女性の姿に変身していて、天使に負けず劣らずのコスプレじみた格好をしていることに気づいた。 エルが私の体の変化について語り始める。



 天使の姿をしたエルの話を、簡潔に要約すると、こうだった。


私は死んだ。


 体を失った、と聞いた時点で予想は出来ていたので、正直、大きな衝撃はない。

死に至るまでの記憶がまるでないのは、それだけの大きな力による、変化と目覚めがあったから。 しかし、記憶は消えてしまったわけではなく、ただ頭の深いところに行ってしまって取り出すのが難しくなっているだけなのだと。 今はまだ寝起きのような状態で、そのうち自分で思い出すだろう、とのことだ。


 命が終わったのなら、輪廻転生を繰り返すのか、はたまた永遠の無なのか。

私は、何の力で、こうして記憶と自意識を保ったまま、ここにいるのか。 先程、エルが神界がどうのとか、言っていたような覚えはあるが。


「んー、そうですねぇ。 この国の言葉で言えば、何が最適なのか,,,」脈絡もなく、エルは腕組みをして、何やら考え込んでいた。

「やはり、”神”という言葉が一番しっくりきますかね。 あ、別にエルが神だなんて、壮言大語な事は言ってませんからね」


「いや、何も言ってないし。 黙って聞いてるから」


「とはいえ、この世界の宗教観の神とは全く別カテゴリーなので、言葉のままに、仮に”高位存在”と名称します」 


 高位存在は、この世界よりもいくつか上の世界にいる生命であり、この世界で言うところの、神様のように私達を見守っているんだとか。 その存在については、その在り方そのものが、人間とウイルス以上に、異なっているので、説明するのは難しいのだと。 ただ私達の意思や行動を強制することはできず、時折、こうして個人に、力を与えるのだとか。 

 そして、エル、私と高位存在を結ぶ架け橋。 サポート、見届人として、この地上へと遣わされた。 その役割は、私の知っている言葉で言えば、まさに、神と天使。



「あなたは選ばれた。 高位存在に期待されるほどの輝きを有していながら、どこに到達するのでもなく、無念の死を遂げた」

「あなたが手にしたのは奇跡の力。 願いが、現実をも塗り替えていくその力は、まさに魔法」鳴り物入りのように、口調に熱がこもっていく。


「さあ、あなたはその力で何を為す? 

内なる世界へ深く潜りこの世の真理を追求する?

 それとも、この世界に変革をもたらす、救世主となるのか」

天使が、まるで名探偵が犯人にするように、私に向けて、人差し指を突きつける。 



「.....」

「.....」

時が止まったかのような、沈黙。 


「えと、いきなりそんな事言われても、別にそんな、確固たる強い思いなんて、特にないし、その」

私が、嘘をごまかすようにおろおろしていると、エルは肩を落とすほど、大きなため息を吐いた。


「そうなんですよね、いやわかってます。 あなたの経歴は調べさせてもらいましたから。 生まれや育ちはこの国としては特殊ではありますが、社会的にも、人間的にも 特異なものは感じません。」


「そんな事言われても....」私だってわかんない。

私は口をついて出そうになった、言い訳じみた泣き言を飲み込む。 悪気なんてものはないんだろう。ただ、彼女が、私に失望しているのは明らかだった。


この感覚、この目はよく知っている。 見限られる、見捨てられるときの目だ。

この感覚が嫌いだった。 捨てられたくなかったから、自分が世界を見限ったのだと思い込んで、それを言い訳と屁理屈で成り立たせて、傍若無人に振る舞っていたのが私だった。




「なぜ、あなたなんだろうという疑問はあります。 社会的地位としては底辺、特別できることがあるわけでもない。 控えめにいってゴミクズ。 今までの会話も、半分くらい下ネタでしたしね」天使は小悪魔のように笑った。 


「う、うるさいなぁ。 ”控えめに言って”って有り体に言ったら一体どうなるのよ。 いや、言わなくていいけど」多少は自覚してるよ。 


「ゴm... いえ、あなたのことはなんと呼びましょうか。 まだ呼び名すら決めてませんでしたね」


「いま、私のことゴミって呼びかけたでしょ! 

名前なんて、別に何でもいいけど、周りからは「じゃあ、やっぱり”ゴミ”さんと」

私の言葉を、終わりまで待たず割り込んでくる。


「それは嫌だって! 名前じゃなくて言葉として意味、持ってしまっているじゃないの!」


「んじゃ、”ゴミミ”でいいですか」


「ちょっと可愛くしてもダメだから!」


「なんでもいいと言ったのに、わがままですね」エルは、やれやれと肩をすくめる。


「そういうのを屁理屈というのよ! もうあなたには”なんでも”という言葉は使わないように心がけるわ」


「生前の名前から、”マギ”さんにしましょうか。 ”magi”cは奇跡、魔法の意ですしね」


「まあ、いいけど。 他、二つは候補にすら入らないようなものだったからね」

生前の名前というのは、私の名字の真木(まぎ)からだ。 和名なので、ただ当て字でエルの言うような、奇跡や魔法の意はないと思うけど。


「まったく、あなたといると名前一つ決めるのに、時間がかかりますね」

私がわからないことでも言っていたように、口を結んでうんざりとしていた。


「ほとんど、あんたのせいでしょうが!」




 まあ、一応はこの体と天使のことはわかった。

つまりこれは、”転生”というやつだろうか。 私は、散りばめられたキーワードと、穏やかな自然の中の、非現実的な格好の二人を見て、ふと、一つの疑問と、その答えの可能性に思い至った。 


 そうだ。 まだ聞いていない、すごく基本的なことがある。



 ここは何処なのだろうか



























 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る