第2話 変身
前回 森の中で目覚めたオレの前に、天使が現れた。 相変わらずわけもわからないまま、天使は話を勧めていく。そんななかふと、自分の体の異変に気づく。
◇
オレは、恐る恐る、自分の胸元の膨らみに手を伸ばす。
”丘”に手をあてがうと、柔らかいものの中に、抵抗なく指が沈んでいった。
揉むと、柔らかいものの中にも弾力があり、手を優しく押し返してくる。
「お、おお」 何の感嘆なんだか。
ぼいん、というよりは、ふにふにというか、ふよふよしているような?
な、なんかこうしてると、落ち着くかも。
お、おう。なんだか、いろいろと疑問があったはずなのに、全部吹っ飛んでしまった。
恐るべし、母なる大地。
そして、必然的に思いつくのは、こういう話には、お決まりなのだが、下の方。
オレは、もそもそと弄るように”アイツ”の確認をする。
「!!!」
”そこ”に十数年、片時も離れず、酸いも甘いも共にした”アイツ”の姿はなかった。
そうか、お前はその一生を、異性とかかわることなく逝っちまったのか。
さらだば、マイサン。 どうか安らかに....
敬礼。
◇
「な、何しているんですか。あなたは」
いつの間にか、作業を終えていたエルが、引きつった表情で、オレを見ていた。
「ちょっとまって、一旦、落ち着くから」
オレは、再び自分の胸の感触を確かめる。
「胸を触るのはやめなさい!」
「....」
「な、なんですか?」
オレが、エルを見つめると、理解できないものを見るように、困惑していた。
ようやく、氷が溶けたように脳が動き始める。今まで、渋滞していた疑問たちが、堰を切ったように流れ始めたのを感じる。 オレは、大きく息を吸った。 感情を言葉にするために。
「なんで、女の子になってるのおおお!?」
頭を抱えて、力の限り、叫ぶ。 オレの魂の叫びは、反響することなく、緑の森に吸い込まれていった。
「いや、遅いですから」エルは呆れたような顔をしている。
「ココハドコ? ワタシハダレ? いやいやなんにも意味がわかんないんだけど!? この体は何!? あなたは一体」
一度決壊した流れはを止めることは難しく、脳内の質問がとめどなく溢れかえってくる。
「どうどう。落ち着いて」「オレは、馬か!」
エルが、たしなめるように、両手をパタパタと煽る。
エルは真っ直ぐな瞳と、真剣な表情になって、何かを言いかけた。
「すべては」
◇
「すべてはあなたが願ったこと。我々は、あなたの願いに導かれて、今のこの状況がある。 あなたのその姿は魔法少女だか何のイメージだか知りませんが、その姿は、あなたが望んだ姿」
「オレが願った、望んだ? この姿を?」
エルは「ええ」と頷いてから、一息に語り始めた。
「まず、その体についてですが、肉体を失ったあなたは、精神体として幽界をさまよっていた。 それを幽界よりもひとつ高位の存在である我々の力添えで、ここ、現界に復活を遂げた。 その物質的な肉体はあなたの本質。 心のかたちによって形作られている。 つまりその姿は、あなたの理想。夢の中のあなた」
なんだか聞き覚えのない単語が多くて、主題の、”オレのこの姿について”のことしかわからなかった。
「は、はぁ。 じゃあ、おれ...私の夢が、魔法少女で、その小さな女児のような夢をあなた達が、叶えてくれたと」私は、的はずれな考察に嫌味っぽい言い方をする。
だって、それこそ記憶に無い。 日朝にやっているような子供向け(大きなお友だちもみているらしい)アニメは見ていなかったし、深夜帯のアニメは見ていたけど、魔法少女というものに特別な思い入れがあった記憶はまるでないのだ。
◇
エルは視線を落として、暗い表情をしていた。
「え、ええ。 重要な役割を任せられたと意気込んでいたら、遣える相手が、女性化願望のある変態オカマで、児童アニメに本気で影響を受けてる妄想患者だった、エルの気持ちがわかりますか...うぅ」
エルは目元を拭うが、その眼はまるで濡れていない。
「いやいや! ちょっとまって! ひどい誤解をしているぞ! そんな願望も性癖もなかったから!」私は必死に弁明する。いやほんとにそんな記憶はないぞ。 さっきのはちょっと、嫌味が口に出ただけであって、言葉そのままに受け取られると困る!
「深層意識の願望というのは本人ですら、気づいていないような。無意識下の願望があるのですよ。 つまり心のかたちが女の子だったと」 エルが、両手の指の隙間から、顔を覗かせる。
「変な言い方をするな! ホントのオカマみたいに思えてくるから!」
「正直すでに心が折れそうです。 帰っていいですかね」
エルは、言葉とは裏腹に、小悪魔のようにニヤニヤとしている。なんかこいつ、私をからかって遊んでないか!?
◇
本当に軽蔑されているわけではなく、私をからかって楽しんでいるのかなと少し安堵したのもつかの間。エルが、本当に怪訝そうな顔をする。
「いやいや、なんでもう一人称も変わって、言葉も柔らかくなってるんですか。 今までのは、冗談半分でしたけど。 やっぱりそういう素質が,,,,」
「ち、違うけど! だってなんか、この体と声で、乱暴な言葉を使うのは、なんていうか、”可哀想”だし」
エルが不思議そうに、キョトンとしていた。
「可哀想? その体はあなたそのもので、あなた以外の何者でもありません。 そのような感情は、他者に感じるものでは?」
「う、うーん? そう言われればそうかも」この体が私のもだという、今までの話も理解しているつもりだったが、そう思って、口から出てしまったので仕様が無い。
だから別に、反論もないけど。
「ん、まあいいや体のことは、話が進まないし」私は、なんでもないような口調で、気まずい話を切り替えるように、話題をそらす。 自分でも意識しているわけではなかったが、これ以上踏み込んでほしくない話みたいだ。
◇
「そもそも、精神体だか魂だか知らないけど、肉体は入れ物にしか過ぎないというのが、あなた達の世界からみた見解でしょ」
カフカの”変身”みたいに突拍子もなく、 理解を超えた体の変化を身をもって体験した私は、否応なしに、自我というものをつよく意識している。
私は演説みたいに大手を振って、自分の主義主張を語り始める。
「人の価値は、本人の意志のない先天的な生まれのものでは決まらない。人種から容姿、家柄から血筋まで。 性別までも
そう、大事なのは心! そして、人生で何を為すか。
どんな姿でも、私はわたしでしかないの」
だから、今のこの状況も、この姿も受け入れて前を見るしかない。
「はぁ.... まあ、順応性が高いのは、生物として優秀な証ですよ。 こちらとしても、話が早くて助かります。 それに”何を為すか”という点については、これからのあなたにも通じるものですしね」
エルは、私の話に思うところは特になかったようで、淡々としていた。
あと、話はどうでもいいところで、いつまでもだらだらしてる気がするけど...
「それで? 何が私に力を貸してくれって? それでこの姿で何を」
私は、膝に手をおいて立ち上がる。膝までもある髪の毛のせいで、頭が重かった。
立ち上がった私を、制止させるように、エルが手のひらをかざしていた。
「まあ待ってください。 物事には順序があります。 今回の顛末、すべてを説明するためには、0から1への要因、あなたにとっては元凶とも言える、大元を知らなければ始まりません」
「そして、その事実は確定してもので、覆ることはなく、それを聞くことはあなたにとって、受け入れ難いことかもしれません」
エルは、硬い表情で私の言葉を待っていた。 さっきまでのくだけた雰囲気はない。
「これだけの衝撃の連続のあとなら、今更、受け入れ難いもないよ。 いいよ、話して」忍び寄るような嫌な予感があった。 私は、自分をもごまかすように、平静を装って、話を促した。
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