始まりはZ地点
第1話 目覚めと天使
前回(プロローグ編集中) 深い眠りから覚めると、森のなかにいた。自分がここにいる心当たりがまるで見当たらない。わけもわからないまま、記憶をたどっていると、人影が立っていることに気づいた。続き
◇
「あっ! 起きましたね。 おっはようございます!」どこからか、若い女性の、弾むように陽気な声が飛んでくる。
こんな森のなかに、誰かがいるだなんて、夢にも思っていなかったので、驚いてびくんと、体が跳ね起きる。
「うえっ!? だ、だ、だれ?」
ひどく上ずった、鼻声のような、自分でも気持ち悪いと思う、甲高い女性のような声を上げてしまった。 女性のような....?
声の主を探して、あたりを見回す。
自然のなかに、風景から切り取られたような、異彩を放つ人影を見つけた。
見知らぬ他人がいるという状況は、どんな目覚ましよりも効果的に眠気を吹き飛ばしてくれた。冷水でもかけられたように、だらけきっていた体と意識が一気に 寝醒めていく。
「お、おは....」聞かなきゃいけないことは山ほどあるはずだが、口から出かけたのは、オウム返しのような事務的で形式的なあいさつ。
そしてオレは、木漏れ日に照らされる、妖精のように佇む少女の姿を見て、唖然と言葉を失っていた。
少女はブロンドの長いストレートに、白の衣を身にまとっていた。そしてその背中には、デフォルメされた飾りのようにも見えるが、二対の翼が、空中に浮かんでいた。この姿はまさしく,,,,
目の前に、天使が現れた。
◇
現実の自然の中で、ミスマッチに佇む、非現実の存在。
オレは、大口を開けて、石像のように固まっていた。
いや天使のような、という美女を表すのに、よくある比喩表現ではない。
頭に光の輪っかこそないものの、目の前の少女の特徴は、天使の一般的なイメージに酷似していた。
「あ、あなたは一体....?」口がうまく動かなかった。頭も、迷宮に閉じ込められたみたいに混乱している。
天使がオレに微笑んだ。これも比喩表現ではなく、言葉そのままの意味。
「エルのことは、エルとお呼びください。 この度、あなたに遣える役割を受けて、神界より降臨しました。 以後、お見知りおきを」
子供のように、一人称が自分の名前の、天使は”エル”と名乗った。
いや、それよりも、遣わされた? しんかい? コウリン? どういう漢字でどういう意味?
「えーと....あの」呆気に取られていたオレが、ようやく発して言葉がこれだ。思えば目覚めてから、一度も文章としてまともに成り立つ言葉を発してない気がする。
それに、相変わらず、鼻声のような甲高い声は治らない。
エルは、オレが起き上がり、自分を認識したのを確認したのか、ニコニコと邪気のない子供のような眩しい笑顔で微笑みかけてくる。
「少々、お待ち下さい。 もう少しだけ、情報を集めておきたいので。 この世界とこの時代のこと。この国の言葉や知識
『それにあなたのこともね』」
エルは、視線を眼の前に戻し、手と指を、オーケストラの指揮者のように、忙しく動かし始めた。
◇
エルは何をしているんだろうか。指をなぞらせたり、指先でせわしなくつついたり、手をスイスイ動かす仕草は携帯電話やタブレット端末の操作に見えなくもないが、オレには、エルの目の前に何も見えないので、空中をなぞる手は、下手くそな、パントマイムのようにしか見えない。
まだ、時間がかかるのかな。
待ってと言われた手前、割込む事もできずに、改めて、エルの姿を見返していた。
天使の姿をしたエルは、大きな赤ぶちのメガネを掛けていた。その下に幼さを思わせる丸みがかった顔があり、白衣には、SFちっくな文字のような模様が入っている。 この少女は、ほんとに何者なんだろうか。
エルが作業に夢中なので、冷静に、現実的に、客観的にこの状況を理解しようとしてみるが、考えれば考えるほど訳がわからない。
オレの脳の処理能力に対して、抱えているタスクの多さは、対処が追いつかないみたいで、フリーズ状態みたいに固まってしまっている。ただぼうっと、エルの、デスクの上の事務作業でもするに忙しく動く手を眺めていた。
◇
「,,,,,,」
エルの作業は、いつ終わるともしれないので、すっかり手持ち無沙汰なオレは、不意に、自分の体を見回してみる。
な、なんだろうこの格好は...
人の振り見て我が振り直せ。というやつだ。オレは、エルに負けず劣らずのアニメキャラのコスプレのような、浮世離れした服装に身を包んでいた。
赤装飾の模様が入った、魔法使いのような白いローブを着ていた。雨合羽のような全身を包み込むローブを開くと、白いレースの入った、空の色のように青いエプロンドレスが再び全身を覆っている。 なんていえばいいのか、グリム童話の赤ずきんや、不思議の国のアリスのような、ファンタジーチックな衣装。 そしてワンピースの胸元には大きなピンクのリボン。 魔法使いと、魔法少女を足して二で、割ったような格好。
オレの、女装コスプレとか地獄絵図にも程があるんだが、なんなんだこれは。
◇
「えっ」その時、自分の肩から伸びて、オレの意志で動かしているはずの手が、ちらりと目に入り、ゾクリと血の気が引いた。
白いローブの袖口からのぞく腕は、難病にかかった病人みたいにやせ細り、 肌は透き通るように白い。儚げに美しくも見えるが、毛穴すらないように見える肌は、マネキンのような作り物にも思える。
少なくともそこにあるのは、十数年の時を連れ添った、自分の腕ではなかった。
目覚めてからもう、何度目の衝撃だろうか。
体を見下ろしていると、はらりと長い髪の毛が、顔にかかる。
オレは、こんなに髪を伸ばしたことなんて....
背中に垂れる髪を無心で辿る。流れるような髪は、そのまま座り込んだオレのお尻にまで伸びていき、地面にまで到達していた。
さらに驚かされたのは、地面に横たわる長い髪は、仙人みたいに真っ白だったこと。
一体オレはどうなってしまったんだろうか。
◇
そうだ、さっきから感じていた体の違和感。 鼻声のような、甲高い声。
そして、顎を引いて、視線を落とすと見える、この豊かな双丘は....
いやいやいや、そんな、まさか!
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