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 自宅療養を経て二週間ほどで無事職場復帰を果たした頃には年末シーズンとなり、決算期とばかり仕事がタイトになっていく。残業も当たり前のこの時期に、波那も含め特に体調を崩す者も無く、社員全員が一丸となって乗り切ることができた。

 仕事納めとなったこの日は遅ればせながらの忘年会が開かれ、殺人的忙しさを乗り切った営業一課全員が集まっての盛大な会となっている。皆一様に充足感と疲労感に満ちており、中には早々に潰れてしまう者も現れた。

「こんなじゃ飲んでも酔えないよ」

 座敷なのを良いことにそこらで寝転がり始める同僚たちの介抱に大忙しの沼口は、折角の飲み会だと言うのに満足に酒が飲めないのが少々不服そうだった。下戸の波那と小田原も彼を手伝い、酒を飲んで酔っ払えるのが羨ましいやら危なっかしいやらで、何とも言えない表情を浮かべている。

「あの、畠中さんって好きな方とかいらっしゃるんですか?」

 そんな中、この忙しい時期に中途採用で入社してきた若い女性社員牟礼珠希ムレタマキが、今晩は無礼講を真に受けて表向きだけはイケメンの畠中に近付く。

「悪いことは言わない、彼は止めておきなさい」

 畠中と一番そりの合わない望月は何とか彼女に行動を起こさせないようたしなめる。他の女性社員たちも畠中の性格の悪さを話して聞かせることで望月に加勢したが、それを違う意味に捉えた様でこの場で自身の気持ちを告白してしまった。

「やっちゃった……」

 新人の大胆な言動に頭を抱えた奈良橋は、少し離れた位置から畠中の態度を窺っている。言葉遣いは考えてよ……そう願う彼女の思いは届かず、畠中は相手を一瞥する視線を向けている。

「黙れブス」

「えっ?」

 牟礼はそこまでの返事が返ってくるとは思わず、酒のせいか感情的になって泣き出してしまう。これを見ていた女性社員たちは一斉に彼女を慰め始めた。

「彼はああいう男なの、むしろ振られて良かったのよ」

「他探した方が絶対良いから、アレ以下はそういない」

 畠中はそんな様子を尻目に、バカじゃねぇの? と毒吐いていると頭に激痛が走る。

「断るのは自由だけど言い方考えなさい」

 畠中は頭をさすりながら殴った張本人である奈良橋を嫌そうに見る。

「痛ってぇなぁ、俺女嫌いなんだよ」

「だったらそう言えば済むことでしょ? どうしてその言葉チョイスしたかなぁ」

「なら見せりゃ良いんだろ?」

「見せるって何を?」

 畠中はその言葉を無視して立ち上がり、端の方で仲良く食事をつまんでいる波那と小田原の所へ歩み寄って小泉波那と声を掛ける。それを見ていた奈良橋の表情が変わり、冗談でしょ? と独り言を言った。

「……はい」

「お前、俺と付き合え」

「ええっ!」

 波那は思いも寄らぬ相手に交際を申し込まれてしまい、大きな瞳を見開いて固まってしまう。沼口を始めとした他の社員たちもこの光景に驚きの表情を見せ、酔っ払って寝ていた者たちも起き上がって向かい合っている二人を見つめている。

「何も今言わなくても良いじゃない」

 この中で唯一平然としている小田原は、畠中の言動に若干呆れた表情を見せている。

「こっちの話に割って入ってくんな」

「いやいや、割って入ってきたの君でしょ? 僕らだって話してる最中だったんだから」

 小田原は子供じみたことを言う部下の態度に思わず笑ってしまう。

「普段何の仕事してるか分かんねぇ奴に……!」

 畠中が上司相手に食って掛かろうとしてきたところであのと立ち上がった波那は、多少怒りを滲ませた顔をして背の高い畠中を見上げている。

「お断りします、僕はあなたみたいな方は嫌いです」

 彼はキッパリとそれを断ったが、何だか晒し者にされた感覚に陥ってしまい、その場にいられなくなって自身の荷物を持って小田原に一礼した。

「すみませんがお先に失礼します。良いお年を」

「良いお年を、気を付けて帰ってね」

 小田原は引き留めること無く部下の背中を見送る。波那は他の社員たちにも年末の挨拶をしてから店を出て行った。

「まぁ仕方ないよね」

 皆波那の気持ちに同調し、場の空気が沈んでしまったので帰り支度を始めている。

「俺念のために波那を追い掛けます。皆さん良いお年を」

 沼口は挨拶をして一足先に外に出る。

「あぁ、頼む。良いお年を」

 課長は波那のことを部下に任せ、自身は店員に飲食代の精算を済ませる。

「僕たちどうします? 帰るには早いし、場所換えて飲み直しませんか?」

 志摩の提案に残っているほとんどの社員が賛同したので、課長二人が二次会用に二万円ずつ渡す。

「課長もご一緒しませんか?」

「そうだな……小田原さん、畠中を頼みます」

「分かりました」

 課長は二次会に賛同した者たちを引き連れて店を出る。小田原は茫然としている部下が落ち着くのを、食事を摂りながら一人静かに待っていた。

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