第3話

 天音は昇降口に向かって歩いていた。

 まだ、虹を放って置けないという思いはある。けれど、あの悲痛な叫びを前に、天音は何も出来なくなっていた。


 ――帰れッ


 天音は虹の言葉にハッとなった。やり過ぎた、追い詰めてしまったと理解したのは数秒が経ってからだった。

 気付いてしまえば、その罪悪感から、今度こそ何も言えない。

 言う資格を、天音は自ら、失ってしまったのだから。


 ――何も出来ない。


 心の中で、呟いた。すると、まるで自分自身に言われたような感覚に陥る。そして、誰かに言われることで、本当に実感するのだ。

 その誰かが、たとえ、心の中の自分であろうとも同じこと。

「っ……!」

天音は歯を食いしばる。無意識に利き手である右手を、強く握っていた。掌に微かに爪が刺さるが、そのほんの少しの痛みが、気を紛らわしてくれる。


 悔しくて、悔しくて、泣きそうだった。

 お世話になった先輩を、支えられない。

 その事実が、天音の心を締め付ける。

 ――苦しい、苦しい。

 右手の拳を、胸の前まで持ってくる。それを、左手で包み込んで、必死に落ち着こうとした。

 虹本人にも突き放されて、何も出来ない無力感。

 そこまで考えて、思う。

 自分は、何がこんなに悲しいのだろう、と。


 ――何がこんなに……


 悔しくて、悲しくて、辛くて、苦しいのだろう。


 青山虹が支えられなくて、支えられなかったから……、


 自分は本当に――彼のために、泣いているのだろうか?


 涙は流していないが、悲しいのは事実だ。ここが学校でなければ泣いていただろう。

 今も心の中では、誰にも見られないから泣いているのだ。


 ――その涙は、誰のため?

 自分自身に、問い掛けられたようだった。

 そして、その問いは、核心をついていた。


 そして……


 そして、堀戸天音は、気付いてしまった。

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