第40話 披露

 推理を終えた私は寝間着のまま大広間へ降りた。

 先生は私の後ろに張り付いて歩き、さっき言ったガタカの内容を執拗に聞いてきた。


「で?それでどうなるんだい?」

「主人公は、運命とか才能とか、そういう壁に真っすぐぶつかって自分の人生を手にするんです。いい映画ですよ」


 私は素っ気なく答えた。すると先生は微笑んだ。


「そうだろうね。運命だとか才能なんてものは壁じゃないからね。なぜならその壁を作っているのは、自分自身だからだよ。そんなものは敵にさえならない」


 先生の言葉はなぜかただの感想とは思えなかった。また指導をされているような気がした。けれど、どんな意図があっての指導なのかは分からなかった。


 そんな、事件とは関係ないことを考えていると大広間についてしまった。考えがまとまり切っていないのに、私は扉を開けて中に入った。


「あら、舞様……どうしましたの?」


 箒ちゃんは円卓に座り朝食を摂っている。葛さんはこれまで通り一緒には食べず、ただ傍らに立っている。


「いえ、ただ犯人が捕まっていない以上、このまま下山しようものなら殺されかねないと気づきまして」

「あら、確かにそうですわね。分かりました。下まで葛さんを護衛につけますわ」

「ロープウェイの電源を落とされれば、タイミングが悪いと脱出できず飢え死にします」


 そう言うと箒ちゃんは黙り込んだ。一休さんのようにこめかみを人差し指をぐりぐりさせて悩んでいる。


「ではどうしましょう。このままあと何日かここにいますか?」葛さんが平坦な口調でそう提案した。

「いえ、ただ犯人捜しを手伝って欲しいんです。見つけ次第拘束し、そのあと私たちはここを出ます」


「で、では、もしかして犯人が分かったんですか?」


 がたんと音を立てて円卓に両手をついて体を乗り出し、爛々とした瞳で私を見た。再び、私に向けて期待の眼差しを向けた。あの談笑の時と同じように……。


 私は一瞬、瞬きの間怖気づいたが、すぐに立ち上がった。期待されるのが苦手なんて壁は自分で作ったものだから、簡単だった。


「はい、解りました」

「ではトリックも解けましたの?」

 声のキーを上げ、嬉しそうに彼女は言った。


「トリックと呼べるようなものじゃありませんでしたけれどね。全て警察がいればすぐに分かったことばかりです」

 私は自嘲的に笑った。警察じゃなくたって、きっと理久くんが生きていればすぐに気づいたことでもあったからだ。どれもトリックというにはあまりにもおざなりだ。子供が引き出しの奥に成績表を隠すのと変わらないレベルだ。


 小説なら評価はぼろくそだろう。


「教えてください。犯人は?」


 私はゆっくりと口を開き、ここで噛まないように気をつけて言った。


「もう、お気づきでしょう。史郎さんですよ」

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