第39話 定番

 消えた遺体を見て思ったのは「定番だな」という感想だった。


 そもそも、首が持ち去られていた時、気づいてもよかったくらいだ。推理小説じゃこの手のネタはよく出てくるのだから。


 こうなると、第二の殺人も同時に解けたも同然だった。そして、先生と同じ思考に至る。

 第三の殺人は一と二の犯人には不可能だ。では、第三の殺人は犯人が違うと言うのだろうか?


「どうやら分かったようだね」


 理久くんの部屋でたたずむ私の背後から先生の声がした。


「そして同じところで躓いた。君はあの二人が真理さんを殺したと思うかい?」

 あの二人とは箒ちゃんと葛さんのことだ。


「ないですね。箒ちゃんには真理さんを運ぶ力がない。葛さんは真理さんの介助を担当していたから、あの場面で殺す理由がない。もっと容疑者が絞れない段階で殺す方が合理的です」


 なによりも、私たちをそのまま下山させようとしている時点で、白なのは間違いないと言ってもいい。


「ならなぜ?真理さんはなぜ死んだ?」


 先生は不敵に笑う。私はこのいやらしい笑みを知っている。答えを知っている立場にいるとき、先生はこうやって試すように話し、考えて、苦悩する私を見て楽しんでいる。


 私はその笑顔に腹を立て、必死になって答えを探す。学生時代いつもこうだった。


「ヒントをやろうか?」

 そしてまた不敵に笑う。いじらしい笑みだ。


「ベートーベンは偉大な音楽家である」

「え?なんの話ですか?」私は疑問符を頭に浮かべた。

 そういえば、先生は昔からヒントが下手だったなあ……。


「お互い年をとりましたね」

 学生時代を思い出し、言いたくはないが若々しく美しい先生の顔に、小じわが増えていることに気づいた。多分私の顔にも、十代の頃にはなかった老いが見えるはずだ。


「そうだね。人はいつまでも同じところにはいれないさ。自分自身は変わらないのにね」


 自分が立ち止まっても、周りは止まってはくれない。時間は停滞しないし、環境は絶えず変わる。

 だからもがくしかない。這いずって、悶えながら、進むしかない。


 ん?ああ、そういうことか……。いや、これが答えならやっぱりヒントが悪すぎる。


「先生、『ガタカ』って映画を知っていますか?」

「知らんな。なんの話だ?」

「そっちの方がヒントとして優れているって話ですよ」

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