第41話 期待
「第一に理久くんを殺した時のアリバイについてですが――」
私はお決まりの言葉での説明を強いられた。「お気づきでしょう」なんて斜に構えた台詞を言った後で詳しく説明するのは恥ずかしかった。
「あの時先生以外にはアリバイがないという結論になりましたが、二十分間なら史郎さんにもアリバイはありません」
「でも、その時間での殺人は不可能だという結論になったのでは?」
「ええ、そうです。二十分では――解体は不可能です」
こんな言い回し、本当は好きじゃない。まるで先生みたいだ。でも箒ちゃんの眼差しを感じるとこうせざるを得ない。
先生の言葉を思い出す。人はなりたいものになる。年下の期待に応えたいと、私は思ったのだ。
「と、言いますと?」
「夜会の開始二十分前に理久くんを殺し、鍵を持って部屋を出る。そして翌日に部屋に行って遺体を解体し、鍵をかけ、外から窓に向かって鍵を投げて部屋に入れる。切り離した頭部もその時外に捨ててしまえばいい」
解ってしまえば、というか普通に考えればすぐに思いつくことができる。でも、この状況がそれを不可能にした。
屋敷に閉じ込められ、人がばらばらにされ殺された。これだけで人は事件を異常視した。アリバイトリックを使ったのだとしても、あっと驚くような、簡単にはばれないようなものを使ったと思い込んでしまう。今の私と同じだ。期待され、それに応えようと必死になる。
「適切な司法解剖がなされていれば、殺されてから何十時間も経ってから解体されたとすぐに分かったはずです」
箒ちゃんは未だ嬉しそうに私の話を聞いている。
「じゃあ、あの時の史郎さんの死亡推定時刻の証言は真実なんですのね。その勘違いをさせるためには、本当のことを言った方が得策ですものね」
私は頷き、箒ちゃんは嬉しそうに笑った。
「葛さんに一つ確認したいんですが、史郎さんを二階に連れて行ったとき部屋まで入りましたか?」
「いえ、ここまででいいと言われたので部屋の前で別れました」
葛さんの証言を聞き、これから話す推理に確信を持った。
「第二の殺人――まあ正確には死んではいませんが。これは一つ目よりも簡単です。探偵がいなくなり、誰も積極的な捜査をしないと判断した彼は、理久くんの遺体をよりばらばらにして、自分の部屋に置いた。そしてわざと屋敷を出て、潔白をアピールし部屋に行く振りをして消えた」
史郎さんは理久くんの遺体にシーツをかけたと言っていた。彼の発言は医者であるという事実が、その行為に怪しさをなくさせていた。
実際は、ばらばらの遺体をバッグにでも詰めて自分の部屋に運んだのだろう。
「でも、史郎さんには真理さんの殺害は不可能だと思いますが」
葛さんが口元に手を当てて苦言を呈した。
「どうして?」箒ちゃんが不思議そうに聞いた。
「史郎さんはあの時足に怪我をしていました。あの腫れでは真理さんを二階には運べません。怪我を手当てした後一緒に二階に行きましたが、あの痛み方は演技とは思えませんでした」
「葛さんが言うなら間違いないですわね。ならどうやって人一人を大広間から運んだんですの?」
箒ちゃんは再び不思議そうに言った。そして、箒ちゃんの葛さんに対する信頼の大きさに驚いた。
「運んでいないんです。彼は何も、誰も、運んでいない」
「では、なにか凄いトリックが隠れているんですのね。人に触れずに転落死させるという、素晴らしいトリックが!」
鼻息を荒くし、顔を紅潮させ、目を輝かせて箒ちゃんは言った。
そして私は心の中で溜息をついた。
これから話す内容には、箒ちゃんが望むようなものなんて何一つないからだ。
そして、これから話すことは推理とは言えない。憶測でしかない。けれどその前の二つ以上に確信している事実だった。
「真理さんは自殺したんです」
でも、この事実を言うことが、他の二つの殺害について話すより、辛かった。
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