第33話 迷い
先生と共に大広間へ戻ると、皆静まりかえっていた。特に真理さんは疑いの目で私達を見ていた。
「遅かったじゃない」
「ちょっと女同士の熱い話をしていてね」先生は飄々と言った。
「それで、なにかあったの?」
真理さんは先生を無視して私を見て言った。私は覚悟を決めて答えた。
「二階で、史郎さんが死んでいました」
私の言葉に三人はそれぞれの反応をみせた。真理さんは目を見開きとても驚いている。葛さんはいつもと変わらず涼しい顔をしている。
そして、箒ちゃんはうっとりとした表情をしている。顔を紅潮させ、とても興奮している様子だった。
「史郎さんは自分の部屋で、ばらばらにされ、頭部を持ち去られていました」
私は二階での出来事を詳しく説明した。すると、真理さんはじっと私を見つめた。私のことを見定めているかのような視線に、私は緊張した。
「あなた馬鹿じゃないでしょうから。私たちがあなたを疑っているのは分かっているんでしょ?」
真理さんは髪をかき上げて言った。
「そこの第一容疑者と手を組んでいることを疑うのは当然よ。そもそも、二階に行って戻ってくるのに、時間がかかり過ぎじゃない?」
先生が懸念していた通りだった。私も真理さんの立場だったなら同じことを思っただろうから、安易に否定はできなかった。
「この子は人殺しなんかできないよ。そういう子だ。信じて欲しい」
先生はそう言ってくれたけれど、そんな精神論がまかり通る状況ではない。でも、先生がそう言ってくれたことは、少しだけ嬉しかった。
「まず、状況を整理しましょう」
葛さんが提案した。けれどすぐ箒ちゃんが声を上げた。
「それよりまず食事にいたしません?お腹が減っては戦は出来ぬと申しますし」
私は食欲なんてこれっぽっちもなかったけれど、これからやろうとしていることを考えて、体力をつけるべきだと思って、無理矢理口に押し込んだ。
「今回はドアに鍵がかかっていなかったんですね?」
箒ちゃんは口元を拭いながら聞いてきた。
「うん、そうだね。そちらのお嬢さんが蹴り破らなくて済んでよかったよ」
先生が軽口を言うと、葛さんは涼しい顔を赤面させた。この人にも恥ずかしいと思うことがあるんだなあ。
「今回は、お二人以外にはアリバイがありますわね」
箒ちゃんは私と先生を見ながら言った。
「ちょっと待っておくれよ。確かに可能性があるとしたら私たちだけれどね」
「でもあなたはずっとメイドさんに見張られていて、さっきも一緒に大広間まで来たんでしょ?」
「そうですわね。先ほど舞様を呼びに行った時も、十分少々で戻ってきましたし」
「かと言って、舞さんがいなくなった時間も十五分程度です。本当に前回のように死体を解体してあるなら、時間が短すぎると思いますが」
三人の女性が、そんな話し合いをしている時、私はずっと考えていた。これまでの話をまとめると、私を含め全員に殺害は不可能ということになる。
ならやはり、外部犯なのだろうか。私たちの知らない何者かが、屋敷に侵入し殺しているというのだろうか?
「とにかく、その死体の状態を詳しく知らなければ、短時間で作成可能かどうか分からないんじゃないかしら」
「そうですね。確認してきてくださいますか、葛さん」箒ちゃんがそう言うと、葛さんはなんの抵抗もなく大広間を出ていった。
そして数分後、戻ってきた葛さんは首を横に振り「あれはほんの数分で出来るものではありません」と言った。
「ここにいる全員に犯行が無理なら、外部犯なのかしらね」
真理さんは興味なさそうにそう言った。
「それはないと思うよ」先生ははっきりとした口調で進言した。
「何者かが潜んでいるとするならば、なにかしらの痕跡があるはずだからね。冷蔵庫から食料が消えていたり、第一の殺人では雨で濡れることになるからタオルが消えたりね。既に二日が経過しているのに、我々以外の人間の気配が一つもないのは不自然だ」
「確かに、冷蔵庫からは何も消えていませんし、屋敷の中を掃除している時もそのような気配は感じませんでした」
葛さんは納得したように呟いた。なんというか、葛さんの凄みによって『気配を感じない』という忍者みたいな台詞に妙な説得力があった。
「だとしたらどうやって?第一はともかく第二の殺人には全員にアリバイがあるのよ」
「なんらかの策を講じたのかもしれない。アリバイトリックってやつだよ」
「順番に考えてみましょう」箒ちゃんはそう言うと、葛さんからメモを受け取り、それを読み上げた。
「まず、確定事項としては被害者である理久様の死亡推定時刻は二十三時から一時の間、舞様の証言と照らし合わせると二十四時から一時ということになります。この時間は舞様、真理様、史郎様、そして葛さんにアリバイがあります」
唯一アリバイの無い先生は余裕気な笑みを見せている。
「そして今回は、全員にアリバイがあるとみていいでしょう。二、三怪しい動きもありましたが、結局あの時間ではあの死体は作成不可能ですし返り血を全て拭ってから大広間に来るのも不可能でしょう」
「じゃあやっぱり外部犯なのかしら。でもその可能性は低いんでしょう?」
箒ちゃんは腕を組んで悩みながら、不機嫌そうに言った。
「とにかく、今日からのことを決めよう」
先生が声を上げた。そこで一旦殺人談義は終わり、今日の夜どう過ごすかという話になった。
「内部にしろ外部にしろ、殺人鬼がこの屋敷にはいる。なら、全員でまとまって寝ることを提案するよ」
先生は大広間に布団を広げ、全員で寝ることを提案した。特に反対意見もなく、それで決定となった。
夕食を終えた私たちは全員で入浴し、全員で寝た。
「修学旅行を思い出すね」布団を準備しながら先生は私にそう言った。
「こんな修学旅行ごめんですけどね」
私が皮肉を言うと先生は「だろうね」と呟いた。
先生と体験した高校時代の修学旅行は、酷いありさまだった。私が言った観光地で事故が起き、旅行どころではなくなってしまった。
「箒ちゃんは学校とかには通ってないの?」私はふと気になってそんなことを聞いた。
「教育なんて無意味ですもの。私は自分の学びたいことを学ぶのですわ」
可愛らしい寝間着に着替えながら言う少女は、見た目にはただの可愛らしい女の子にしか見えなかった。けれど、圧倒的な権力が彼女の傍若無人さをカバーしていて、私みたいな一般人とは住む世界が違うのだと思い知った。
「私も学校には行ってないわよ」
円卓でお酒を飲んでいる真理さんは平然と言った。それを聞いた先生は溜息をついて「君たちは勉学を何だと思っているんだ」と嘆いた。
「勉強なんて、自分の道に必要な分だけすればいいのよ。進むべき道を決めてしまったのなら、それ以外の知識なんて無駄でしかないわ。学校に行くのはその道が決まっていない人間だけよ」
そう言うと、真理さんはぐいっとワインを飲み干した。そして顔をほんのりと赤く染め、しっとりとした目つきで先生を見た。
「それはあまりにも極論すぎるとは思うけれどね。学校は勉学の場だけでなく、コミュニティに馴染むための場所でもあるんだよ」
先生はなぜか私を見ながら言った。確かに私は在学中、コミュニティに馴染めているとは言えなかったけれど、それは先生にも言えることだ。だから私はあんたが言うな、という視線を送った。
「そろそろ寝ましょう」葛さんの言葉を受けて、会話は止まった。
しばしの静寂の後、真理さんが再び口を開いた。
「そうね、意見の言い合いはやめにするわ。もうそういう信念とか心情を貫いて生きる必要もなくなったことだし」
私は真理さんの言葉に、どんな意味が含まれているのだろうかと疑問を抱きながら眠りについた。
明日にはきっと雨も止むだろう。だから、忘れてしまおうと思った。山を下りて、日常に戻りさえすれば、あんな光景のことなんてきっと平気になるはずだ。
でも、日常に戻っても、私の周りでは人が死に続けるのだろう。そう思うと、降りたくないという気持ちにもなってしまう。
このまま、目が覚めず、死んでしまいたいと思う。
なぜ、そうしないのだろう。なぜ、生きなければならないのだろう。
私はその問いの答えである先生の寝息を聞きながら、ゆっくりと意識をなくしていった。
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