第28話 誘い
史郎さんが去ったあと、私は窓を眺めた。雨が強くなるたびに、大丈夫かなと心配していた。そう言えば聞こえがいいかもしれないが、史郎さんにもしものことがあれば止めなかった私が責められるのを危惧してのことだった。
私はこんな状況になっても、自分の保身が第一なんだ。そのことに心底嫌気がさした。
溜息交じりに廊下を歩いていると、窓を見つめる真理さんを見つけた。
「どうしたんですか?」私が声をかけると、車椅子を回転させてこちらを向いた。
「あら、ちょうどよかったわ。今絵が完成したのよ。あなたにあげるから部屋まで来てくれる?」
私は真理さんの車椅子を押して、彼女の部屋に向かった。
「意外ね。断られると思っていたのに」
「どうしてですか?」
「だってあなた、私を疑っていたでしょう?」真理さんは首を回してここちらを向き、私の目を見つめながら言った。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
「ばれてましたか」
「誰だって気づくわよ、あんな質問されればね。でも安心しなさい。私は犯人ではないわ」
私は既にそう結論付けていたので、真理さんの告白には驚かなかった。
「だって私の足は、本当に動かないんだもの。山奥にでも放置すれば私は屋敷に戻ってこられない。まだ疑っているのなら試してみてもいいわよ」
上品な微笑みで彼女はそう言った。
「いえ、私の浅はかな考えは既に廃棄されています。あなたを疑ってはいませんよ」
「そう。じゃあ次は誰を疑っているのかしらね」
真理さんは呟くように言った。私も再度自分に問いかけてみた。しかし、先生が筆頭容疑者となった現在、それ以上の回答は浮かばなかった。
部屋の窓際に置かれていた絵は、昨日とは見違えるとは美しくなっていた。完成前と後ではここまで違うのかと驚いた。昨日もそれはそれは綺麗だったけれど、比べ物にならないくらい、目の前の絵は輝いていた。
「どう、気に入ったかしら?玄関先くらいには飾れるんじゃないかしら」
真理さんは謙遜を言ったが、明らかに私の住む部屋には不釣り合いだった。この屋敷くらい立派な建物でなければ、この絵が死んでしまうと思うくらいだった。
「ありがとうございます」お返しするものがない私は感謝を述べることしか出来なかった。
「いえ、お礼はいいのよ。ただ、一つだけお願いしたいことがあるの」
突然の言葉に私を顔をこわばらせた。
「そんなに身構える必要はないわ。簡単なお願いよ」
真理さんはにっこりと笑って言った。
「私の身代わりになってくれないかしら?」
素敵な笑顔には似ても似つかない台詞だった。
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