第27話 抵抗
先生の部屋の前に全員が集まった。先生はドアの向こう側に立ち、私たちに向かって手を振っている。ひらひらと、気だるげに、気のない別れをしている。
「じゃあ、皆さん、また会おう」そう言うと、ドアは軋んだ音を立てて閉じてしまった。
がちゃり、という鍵のかかった音を最後に、先生の部屋からは何も聞こえなくなった。
「この部屋の鍵は先生しか持っていないんですよね?」私は葛さんに聞いた。
「そうです。合鍵はありません。彼女が部屋に鍵を持ち込んだ以上、このドアを開けることができません」
私は胸を撫でおろした。ん?どうして私はほっとしているんだろう。自分でもよく分からなかった。
その後、真理さんは部屋に戻り、私と史郎さんは大広間で休むことになった。箒ちゃんと葛さんはどこかに行ってしまった。
雨音が響く大きな部屋で二人、しばらくは会話もないままだった。しかし、そんな気まずい雰囲気に耐えかねたのか、史郎さんは口を開いた。
「あなたは、どう思いますか?」端的で、分かりやすい質問だった。
「先生は犯人ではないと思います。でも、こうするのが一番だと思って、あんなことを言ったんだと思います」
そうだ。きっとそうなんだ。
だって、昔からあの人はそういう人だった。
生徒を守ろうとする先生だった。全然、そんな風には見えないのに、見せないのに、彼女は良い先生だったんだ。だから私は、先生が苦手だった。
良い人ってことはつまり、死んではいけない人ってことだから。私のそばにいちゃいけない人だから。
図々しくて、ふてぶてしくて、自分も他人もどうでもいいと思っているような風なくせに、いつだって誰かを守ろうとする。
そして今回は、私を守ろうとした。
皆、先生の言葉でそんな考えには至らなかったけれど、私のアリバイは不完全にもほどがあるものだった。
私には二十三時から二十四時二十分までのアリバイがない。理久くんをばらばらにするには十分な時間だ。そして、その時間でさえ私の証言を元にしている。私の証言が真実なんて確証は――どこにもないのに……。
奇妙な態度で注目を集め、挑発的な言動で自分を疑わせた。そうして、笑顔で手を振って、私を守った。
だから私は、先生が犯人ではないと、断固進言した。
「そうですよね。僕もそう思います。さっきも言いましたが、外部犯の可能性が一番高いと思うんです」
史郎さんは優しく微笑んで肯定してくれた。
「外部犯ですか?」
「ええ、窓から侵入し殺害する。二階ではありますが、それほど高い場所にあるわけでもありませんし、十分可能です」
確かに、この屋敷に犯人がいるという考えよりは現実的に思えた。
でも私には、この事件には奇妙ななにかが隠されているように思えた。それこそ、推理小説の探偵のように、不気味な直感が働いていた。
けれどやっぱり、探偵ではない私では、その考えに確信など持てなかった。理久くんがいてくれれば――。私はそんな都合の良いことを考えた。
「一つ、舞さんに伝えておきたいことがあります」史郎さんは妙に改まってそう宣言した。私は突然の言葉に身を強張らせた。
「なんですか?」
「これから僕は、山を下りようと思います」
私は窓の外を眺めた。外ではまだ雨が降り続いている。
「危険ですよ」
「分かっています。ですが、このままではいけないでしょう。今この屋敷で、一番体力があるのが僕です。降りるとしたら僕しかいない」
確かにその通りだが、今この屋敷の中では命の危険が誰にでも迫っている状態だ。外部犯にしろ、内部犯にしろ、この屋敷に犯人が潜んでいる可能性があるということはそういうことだ。
こんな状態で、男手である史郎さんがいなくなるのは不安だった。
「大丈夫でしょう」
私の表情を読み取って、不安にかられていることを察したのか、史郎さんは穏やかな笑みでそう言った。
「大丈夫、きっと大丈夫ですよ」史郎さんは、優しく、明るく、穏やかに、そう言ってくれた。
結局、私程度に史郎さんの意志を止める力など無く、史郎さんは防寒具を来て、こっそりと屋敷を出ていってしまった。
私にだけ話して、他の人に秘密にしているのは、議論の時間が惜しいからだろう。しかし、誰にも言わずに出てしまうと、残された人に不安を与えてしまうから、私にだけ言ったんだ。
史郎さんの行動を、私はそう解釈して、黙って彼の背中を見送った。
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