第26話 究明

「で、でも私たちのアリバイは完璧ではありません」

 私の口調は慌てていた。なぜか慌てふためいていた。まるで、先生が犯人だと思いたくないみたいだった。


「いや、完璧なんだよ」

 先生は私を制するように言った。とても落ち着いていて、冷めきっている、いつもの口調だった。


「だって、夜会が始まったのは十二時二十分からです。だったら十二時から二十分の時間があるじゃないですか」

 言いながら、それは無理じゃないかと思っていた。二十分で人をあそこまで残虐に、残酷に殺せるとは思えないからだ。


「そうじゃないよ。短時間だから無理だとか、そういうのじゃあないんだよ」

 先生はまた、いつも通り、私の心を見透かして言った。


「雨が降っていただろう?それも台風並みの豪雨が」

 先生は窓を眺めながら言った。窓の外には雨雲が広がり、風と雨が大地を揺らし、濡らしていた。

「犯人は窓から逃げた。なら雨に濡れる。けれど君たちの中に、大広間に集まった人間の中に――そんな痕跡があった人がいたのかい?」


 目を閉じて、昨日の夜のことを思い出してみても、そんな人は一人もいなかった。

 けれど、そんな痕跡はいくらでも消せるはずだ。私の心は頑なに拒否を続けた。自分でも分からないくらい、強固な意志を持って拒絶していた。


「それこそ君の考えていたことで説明できる。時間が足りない。人をばらして、誰にも気づかれないように屋敷に入って、服を着替えて大広間に行く。あ、靴の処分もしないといけないね。泥がついているだろうから。それと、そう、頭。持ち去った頭をどこかに隠さないといけない。私だったら埋めるかな。だとしたらやはり、時間が足りない」


 傘、レインコート、長靴、あらゆる方法を考えた。けれど、どれも現実的な方法とは言えなかった。

 時間。決して可逆にはできない壁が、そこにはあった。


「じゃあ、私も容疑者なんですの?」

 箒ちゃんが楽しそうに笑って言った。事件の渦中に自分がいることを喜んでいる。

「いや、どうだろうね。小さく華奢な体躯の箒ちゃんでは、高校生の理久くんを殺せるとは思えないよ。まあ、少女が少年を惨殺というのは、中々に強烈で味のある話だとは思うけれどね」

 箒ちゃんはそう言われて残念そうに溜息をついた。


「じゃあ、あなたが犯人なの?」

 真理さんは落ち着いて質問した。この究明の場で、顔色一つ変えずにそこにいた。

「それは違うよ。私は人を殺したりはしない」

 先生は今までの言葉とは打って変わって、それだけは否定した。


「ただ状況証拠をまとめると、そういうことになるってだけだよ」

 話はそこで停滞した。容疑者を絞り込めど、確定できる証拠などないからだ。

「しかし、外部犯という可能性もあります。窓から侵入し、殺して窓から逃げる。というか、そっちのほうが僕には現実的だと思える」

 そんな史郎さんの言葉によって、話は更に煮詰まった。誰も何も喋らなくなって数分後、先生は良いことを思いついたように表情を明るくさせて言った。


「じゃあ、人狼ゲームといこうか」

「人狼?」

「おや、箒ちゃんは知らないのかい?最近流行っているゲームなんだよ。村の中に紛れ込んだ狼男を見つけるっていう趣旨のゲームなんだ」

 先生が何を言おうとしているか、そのゲームを知っている私はすぐに分かった。

「狼男は一晩に一人を殺す。村人たちは殺されない為に、昼の間に誰が人狼なのかを話し合いで決める。そして人狼と定められた人間は処刑され、それで殺しが止まれば村人の勝ちってところだ。まあ、他にも色々と役があったり、もうちょっとルールは複雑なんだけれどね」

「じゃあなに、あなたを殺すってこと?」

 真理さんは平然と物騒なことを言った。


「いやいや、そこまではしない。ただ行動を制限するんだ。私は部屋から一歩も出ない。トイレやお風呂の時のみ葛さんに同行してもらって部屋を出る。つまり、私に何もさせず、何をするにしても監視をつけるってことさ」

「それになんの意味がありますの?」箒ちゃんは首を傾げた。


「みんなも多分、こう思っているんじゃないかな。屋敷から出られない以上、次に殺されるのは自分かもしれない――と。だから、その危険性を排除したいのさ。助けが来るか、呼びに行けるまで拮抗状態を維持する。皆は私が葛さんと一緒じゃない時に出くわしたらただ大声を上げればいい。それだけで殺される確率はぐんと減るからね。それが唯一屋敷に閉じ込められたということの、利点なんだよ」


 先生はおそらく、自分が犯人でないということを、百パーセント証明できるものを持っていない。だから、自分の行動を制限することで他の全員の行動までも制限しようとしているんだ。先生に人殺しができない状態で殺人が起これば、先生が犯人ではないと知られてしまえば、それは犯人にとって不味い状態だといえるから。


 自分を犠牲にして、これ以上被害が出ないようにしているんだ。

 私はそれを知ってしまったから、分かってしまったから。


「いいと思います」


 そうとしか言えなかった。

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