第25話 昼食

 人が死んで、屋敷に閉じ込められたってお腹は減ってしまう。生きている限り本能には勝てない。

 お昼になって、昼食の為に大広間に行くことになった。一応全員で固まって動くことになり、箒ちゃんと葛さん以外の四人で大広間に向かった。


 大広間の円卓には既に豪華な中華料理が並べられていた。ターンテーブルまで用意されていて、とても本格的だった。


「どうぞ、お座りくださいませ」箒ちゃんは笑顔で頬杖をついてそう言った。

 私たちはそれぞれ昨日と同じ場所に座った。

「ああ、そうだ。葛さん毒見をお願いしますわ」

 箒ちゃんがそう言うと、葛さんはティースプーンを取り出して、全ての料理を一口ずつ口に入れた。調味料に至るまで、全てだ。

「どうかしら」

「とても美味しくできていますよ」葛さんが優しい口調で言うと箒ちゃんは「よかった」と嬉しそうに言った。


「なにもそこまでしなくてもいいのでは?」

 先生が呆れたように言った。確かに私もそこまでは考えていなかったので少し驚いてしまった。

「念のためですよ。葛さんが犯人でない証拠などないでしょう?」

 箒ちゃんは平然とした口調で言ったが、それがなんだか怖かった。

 食事は恙なく進み、テーブルの上の料理は全てなくなった。朝食をあまり食べられなかったせいか、いつも以上に食べてしまった。葛さんは空になった器を見て満足そうに微笑んでいる。

「さて、提案なのですけれど。ここでお一つ、整理いたしませんか?」

 食器が下げられ始めたとき、箒ちゃんが言った。


「整理?」先生が首を傾げて聞いた。

「はい。事件のあらましを、そして全員のアリバイ確認をしましょう」

 箒ちゃんは手をぱんと叩いてとても嬉しそうに言った。


「まず、理久さんと最後に会ったのはどなたですか?」

 私は少し戸惑いながら、嘘をつくメリットがないと判断して、ゆっくりと手を上げた。箒ちゃんは口を開けて意外そうな顔をしている。しかしすぐに、にっこりと笑った。

「そうですか、そうですわよね。あなたは、そういう運命なんですものね」

 うっとりとした顔で、酔いしれるような声でそう言われた。


「それで、一体全体どういう経緯で理久くんと会ったんだい?」

「箒ちゃんとの談笑が終わって、お風呂に入ってから部屋に戻って、その後理久くんが私の部屋にやって来たんです。そのあと色々と――」

「いやらしいことをしたんだね」

「違います。ふざけないでください先生」

「ふざけていないよ。実のところ自分の教え子がこのまま孤独死するんじゃないかと心配だったんだよ。しかしねえ、高校生相手にやるねえ」

 否定するのも面倒くさかったし、言葉を返せば返すほど、この女は嬉々としてからかってくるのだからしょうがない。


「それで、まあ、十一時半から十二時くらいですかね一緒にいたのは。その後私は部屋を出て大広間で皆さんと晩酌をしました」

「え、聞いてないよ」先生が不満そうに言った。

「申し訳ございません。行き当たりで始まった会でしたので」と葛さんは謝罪した。

「あれが始まったのが十二時二十分くらいだったかしらねえ。十二時二十分に偶然大広間に私と葛さんと史郎さんが来て、準備をしている時に舞さんが来た」

「あれが終わったのは確か二時半くらいでしたね」葛さんはメモ帳にすらすらと何かを書きながら言った。私の証言をメモしているのだろう。



 つまり、ここまでの話をまとめると、昨日の夜会に参加した四人には、十二時半から二時半のアリバイがあるということになる。

「史郎さん、私が頼んでいたことは調べてくださいましたか?」

 箒ちゃんが聞くと、史郎さんは暗い顔で頷いた。

「なにを調べたんですか?」

「死亡推定時間をお調べいただいたんですよ」

 ドラマでしか聞いたことがない単語だった。目の前で人が死んでしまう私にとっては、意味をなさない単語でもあった。しかし今回は、それが重要な手掛かりになると、馬鹿な私でも理解できた。


「僕の専門分野からはかけ離れた分野ですので、大体のことしか言えませんが、おそらく昨日の二十三時から深夜一時の間だと思われます」

 つまり、私の証言と組み合わせれば。

「十二時から一時の間ということですね」

 箒ちゃんはにっこりと微笑んでそう言った。


 けれど、私は笑えなかった。笑っている箒ちゃんが信じられなかった。先生を見ると、先生もなぜか微笑んでいた。二人の笑みに不信感を抱いた。


「どうやら私と静喪先生にしか、理久様は殺せないようですわね」

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