第24話 捜査
先生が去ったあと、私はもやもやとした気持ちを抑えきれなくなって、部屋から当てもなく飛び出した。
大広間で史郎さんはコーヒーを飲んでいた。背中には脱力感が見え、疲れが体表から漏れ出ているように見えるほどだった。
「大丈夫ですか?」
「あ、舞さん。ええ、大丈夫ですよ」
史郎さんは笑顔で答えたが、空元気のようだった。
「あのままでは可哀想だと思いましてね。一応ばらばらになった体を集めて、シーツをかけてきたんです。でも、やはり結構ショックな光景で、この有様です」
医者でもやっぱり悪意に満ちたあの死体には抵抗があるようだ。
「やっぱり、その……頭はありませんでしたか?」
「はい。部屋の中には……」
部屋、その単語を聞いただけで、私は血だらけの空間を連想してしまう。けれど、取り乱しはしない。冷静に思考は巡る。
なぜ頭部を持ち去ったのか、なぜばらばらにしたのか、改めて推理する。まあ、分かるはずもないのだけれど。
「さっきの箒ちゃんの言葉は、なんだったんですか?『ありがとうございます』って」
聞かれて、また私は心をきゅっと絞められた気がした。けれど、知っておいてもらうべきだと思って話すことにした。
「私の周りでは、よく人が死ぬんです。家族、友人、知人関係なく死んでいきます。例えるなら……そうですね――推理ものの探偵のようなものでしょうか」
史郎さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。唖然とした表情だ。この話をするとこんな風に相手は戸惑ってしまうから苦手だ。
「推理する頭をもたない、ミステリーの主人公なんですよ、私は」
自分のことを主人公と言うのは憚られたけれど、それが一番正しい表現だと思った。
「だから、多分お礼を言ったんだと思います。理久くんが死んだのは私のせいだから」
自分で言って、暗い気持ちになってしまう。
「そうでしょうか」
史郎さんは顎に手を当てて考えながら言った。
「舞さんが死に出会いやすいとしても、その死の原因は舞さんじゃないでしょう」
そんな言葉を、史郎さんは平然と言ってくれた。
「あなたは死に出会いやすい。だからあなたのそばにいる人も死に出会いやすい。それだけのことなんじゃないですか?」
その言葉は素直に嬉しかったけれど、やっぱり、自分のせいで死んでしまったという罪悪感は強く、素直には喜べなかった。
私は大広間を出て真理さんの部屋へ向かった。廊下は日の光が入らないせいで薄暗く、時折雷の閃光が走り、洞窟のような不気味さだった。
私は臆することなく進んでいき、真理さんの部屋の前に立った。ノックをしようとしたら、中から「どうぞ」と聞こえていた。
「よくわかりましたね」私は驚きながら部屋に入った。
真理さんは窓際で絵を描いていた。昨日描いていた庭の絵だ。もう仕上げの段階らしく、絵は色鮮やかに輝いていた。
「なぜかね、足が動かなくなってから耳がとても良くなったのよ」
よく目が見えない人は嗅覚や聴覚が発達するという話を聞くが、それと同じような物だろうか?しかし、足と聴覚に関連性が見当たらないので、それは勘違いなんだろうなと思った。
「それで、何の用かしら?」
「少し話をしたくて」
真理さんは車椅子を百八十度回転させて、私に体を向けた。
「真理さんは普段、死骸の絵をお描きになるんですよね?」
「そうよ。それが?」
「その絵には人も描かれるんですか?」
私の質問に対して、真理さんはとても穏やかな微笑を見せた。
「ええ、もちろん。むしろ人を描くことのほうが多いわ」
「その絵のモチーフは何から引用されるんですか?」
真理さんはその質問を聞くと、全てを知り尽くしたかのような含み笑いを浮かべた。その聡明で静かな姿に私はぞっとしてしまった。
「全て想像よ。そりゃ人体構造の専門書や、戦時中に撮られた悲惨な写真なんかを参考にはするけれどね。死体を模写したりはしないわよ」
「そうですか」
「もっとはっきり言いましょうか?」真理さんは浅い溜息をつき「私は自分の絵の為に人を殺したりはしないわよ」と言った。
真理さんはまた車椅子を回転させて、絵を描き始めた。
「すいません。ありがとうございました」
私も踵を返して部屋を出ようとした。私の考えが全て読まれているということが恐ろしくなり、すぐにでも出たくなった。
「あ、そうだ。この絵、明日には完成するから楽しみにしていなさい」
真理さんは昨日と変わらない調子で言った。余裕が見える口調を、私は不可解に感じながら部屋を後にした。
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